憎くて仕方ない男、鬼塚 良平にお姫様抱っこをされて、グラウンドから退場する俺。
 もちろん、体育の教師にも保健室へ行くことは報告してくれた。全部、鬼塚が。
 お姫様抱っこされた状態で「水巻、咳が止まらないんで、俺が連れていきます」と。
 
 もう、死にたいよ。転生して間もないけど……こんな仕打ちをされる覚えはない。
 熱くなる頬を隠すため、両手で顔を隠す。
 すると鬼塚が言う。「水巻、大丈夫か? 熱でもあんのか?」って。
 誰が望んだんだ? こんな展開。

  ※

 保健室へ入ると、ようやく床に脚を下ろしてくれた。
 グラウンドから校舎へ戻るには、長い階段もあったから、正直重たかったと思う。
 しかし、彼は平然とした顔で保健室の先生に、俺の症状を伝えている。

「あ~ 風邪じゃないと思います。ひょっとして、ぜんそくじゃないっすか?」

 と鬼塚が話したことで、思い出した。
 朝、お母さんが言っていたことを……。
 俺に「発作が起きたら、これを使え」とカバンに吸入薬を入れられたんだ。

 
「じゃあな、水巻。俺、まだ授業残ってるから、無理すんなよ」

 クソ、いじめられっ子のチビなのに。身体は頑丈なのか。

「う、うん……ありがとう」

 俺がお礼を言っても、鬼塚は無言のまま保健室を去っていった。
 残った俺は、保健室のベッドで横になる。
 
 気がつけば俺の発作は、少しずつ治まってきている。
 あれか、激しい運動をしたせいで、発作が起きたとか?
 やはりこの肉体は、虚弱体質で間違ってないのかもな。
 文字通り、か弱い女の子になっちまった……。

  ※

 保健室の先生が気を利かせて、ベッドの周りをカーテンで隠してくれた。
 体操服にブルマ姿の俺は、先ほどの光景を思い出して親指を強く嚙んでいる。
 本当は叫びたいけど、近くに先生がいるから。

 クソがっ! なんで、俺が鬼塚なんかにお姫様抱っこされるんだよ!
 あいつ、チビのくせしてこういう時は、俺を女扱いしやがって。
 でも、確かに鬼塚の腕。結構、筋肉ついてたな……。

 ベッドの上でしばらく休んでいると、保健室に誰かが入って来た。

「あの、水巻さんに制服を届けに来たんですけど……」

 この声、優子ちゃんだ。

 カーテンがゆっくりと開かれると、眼鏡をかけたブルマ姿の中学生が立っていた。
 心配そうにこちらを見つめている。

「藍ちゃん、大丈夫? 発作が出たんだよね? カバンから吸入薬を持って来たけど……」

 と白くて小さな容器を差し出す。

「あ、ありがとう……」
 
 一応、受け取ってはみるが、使い方が分からん。
 吸えばいいのか?
 でも、症状は自然と治まってしまったんだよな。

「でも、本当にビックリしたよ。藍ちゃん、ぜんそく持ちなのに……いきなり走り出すんだもん」
「そ、それは……」

 鬼塚に負けたくないから、全力で走ったとは言えないよな。

「それから制服も持って来たよ。体調が良くなったら、着替えて教室に戻ってきなよ」
「うん」
「あ、体操服の上から着るんだよ。さっきみたいなことになっちゃうよ! 女の子なんだからね!」
「はい……」

 中身は37歳のおっさんなのに、13歳の中学生に叱られるとか。

「でもさ、鬼塚くん。意外と男らしいんだね? 藍ちゃんのこと、お姫様抱っこして保健室まで連れて来るなんて……」
「うっ!」

 思い出すだけで、胸が痛む。

「ひょっとして、藍ちゃんのこと。好きだったりして?」
「ないない! それだけは絶対に無いって! 鬼塚だけはっ!」
「そんなに否定しなくても……。ていうか、呼び捨てなの?」
「……」

 また墓穴を掘ってしまった。