殺したいほど憎いのに、好きになりそう


 長いエスカレーターに乗って、俺たちが入るスクリーンの階で降りる。
 鬼塚が二枚の前売り券を若い女性スタッフに渡すと、半券を返された。

「ほら、これが今日観る映画だぜ」
「あ、ありがとう……」
 
 
 鬼塚が一枚の半券を差し出すので、のぞいてみる。
 ”ピッグ”というタイトルが書いてあり、ピンク色の可愛らしい豚の写真がプリントされていた。
 こんな映画、観たことない……鬼塚のやつ、こんな子供向けが好きなのかな?

 まだこの時代には、座席指定というシステムがないため、自由席という奪い合いしかいない。
 だから、上映開始前に俺と鬼塚は一番前で並んでいる。
 そもそもがこの映画は、そんなに人気がないように思える。
 俺たち以外の客はほとんど親子連れだもんな……。

「それでは、ただいまから13時上映予定”ピッグ”吹き替え版の入場を開始します」
 
 とスタッフが開場の案内を大声でしていた。
 しかし、作品名のあとになんか聞きなれないバージョンが耳に入ったような。

「じゃあ入ろうぜ。どこらへんがいい?」
「え? う~ん、私はどこでもいいけど……」
「せっかくだから、真ん中あたりにしようぜ。大画面で豚さんが見られるぜ」
「ぶ、豚さん……?」

 本当に鬼塚の趣味だったのかな。

  ※

 会場に入るとやはり俺たち以外の若者は少なく、彼女の好みで無理やり連れて来られている彼氏ばかりだ。
 大半は子供連れの親子ばかりだ。
 その中でも、俺たちは10代前半なのでかなり浮いている。

「じゃあ、席にカバンとかハンカチ置いて売店に行こうぜ」
「え、なんで?」
「そりゃ、席を取っておかないと他の人に盗られるからだろ?」
「……」

 色々とめんどくさい世界だな、もう。


 一度、スクリーンから出て売店に向かう。
 こちらはカップルばかりだ。まあ俺たちと違って、子供向けの映画を鑑賞に来てないからな。
 いいなぁ……俺も大人向けの映画を楽しみたかった。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」

 気がつくと、笑顔の若い女性スタッフが俺の目の前にいた。
 あ、俺たちの番が来たのか。
 
「水巻、どうする? 俺ポップコーンはいいや。すみません、ミルクをラージで一つください」

 こいつ、”もりもりにんに君”の言う通り牛乳を飲んでいるのか?

「お前はどうするんだ?」
「あ、私? えっと……とりあえずポップコーンのラージを一つ、それからナチョスを二つ。あとホットドッグも三つください。あ、マスタード多めで」

 俺が一気に注文を言ったので、スタッフのお姉さんが慌ててしまう。

「少々お待ちください。ポップコーンのラージと……あと、お飲み物はどうされますか?」
「飲み物はコーラのラージで」
「か、かしこまりました……」

 たくさん注文したせいで売店のスタッフたちは慌て始める。
 それを見た辺りにいるカップルたちがクスクスと笑う。

「ねぇ、見た? あの子細くて可愛いのに、あんなに注文しちゃって……彼氏がかわいそう」
「そんなこと言うなよ。あれなんじゃないか? その分、全部胸に栄養が行っちゃったとかで」
「えぇ~ だとしても、私だったら嫌だな。バカ丸出しの牛みたいな胸とかさ……」

 そう言って、勝手に藍ちゃんの身体をいじっている。
 だが俺の隣りにいる小さな少年がそれを聞いて黙っているわけもなく、彼らを睨みつける。

「水巻! たくさん注文していいからな。俺、今日のためにお小遣い貯めて来たんだから!」
「え? いやいや、おごらなくていいよ。私もお年玉持って来てるし……」
「いいや! ここは俺に払わせてくれ!」
「そう? なら、ごちそうになろっかな」

 知らないカップルのおかげで、タダ飯になったぜ。