狂った世界で生きていく

「ここ、か」
私は、チラシを片手にとある洋館に来ていた。
それは、某SNSで随時募集されている『バイト』だった。
『この洋館の一室に、2日間泊まっていただきます。その間、スマホの使用は禁止。飲食物の持ち込みは可能。小説や漫画などの娯楽品も可能。ただし、眠ってはいけません。外から声がかかりますが、絶対に扉や窓を開けたり外に出たり、返事をしてはいけません。部屋の鍵は締めなければなりません。報酬は10万円とさせていただきます』
既にこのSNSの投稿主の元には何人か応募が来ていたみたいだが、運良く私が選ばれた。
生活が困窮しているわけではなかった。ただ、新しいバッグが欲しかった。
けれどそんな浅い考えで応募したことを、少し後悔している。異様な雰囲気を放つ建物を見て、私は覚悟を決めて誰もいないこの洋館に足を踏み入れた。
DMの指示に従い、募集にあった一室までたどりついた。これから私は、この部屋から出ることは許されないし、もし呼びかけがあっても答えてはならない。スマホの電源を切り、私は持ってきた小説を開いた。
案外時間とは早く進むもので、気付くと窓の外は暗くなっていた。ただ、ここからだ。眠らないようにしないといけない。持ってきたカップ麺を啜って、エナジードリンクを飲み干した。時刻は深夜1時。
コンコンコン。
誰もいないはずの洋館に、ノックの音が響いた。反射的に返事をしようとして、私は口を抑えた。
コンコンコン。
ノックは続く。さっきより力強く。意味がわからない。依頼主からのドッキリとか?
コンコンコン。
どんどん音が強くなる。私は耳を塞いだ。
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン。
叫び出しそうになるのを堪え、私は膝を抱えて恐怖に耐えた。なぜ。どうして。ついには扉をガチャガチャとする音までした。扉が壊れてしまうんじゃないと思うくらい、狂ったようにガチャガチャガチャガチャと。私は恐怖のあまり涙を流していた。とにかく、早く時間が過ぎればいいと思った。
いつまで、耳を塞いでいたか。気づいたら音は止んでいて、私は涙でグシャグシャの顔のまま、ほっと息をついた。
にゃおん。
窓の外から猫の鳴き声がした。窓辺を見ると、黒猫が入りたそうにカリカリと窓を引っ掻いていた。
私はちょうど持ってきた食料の中にツナ缶があるのを思い出し、窓を開けたところでおかしなことに気付いた。
ここは、2階である事に。
依頼主の募集内容を思い出した。
『扉や窓を開けてはいけません』
目の前には、にやりと嘲笑(わら)った顔が、私を見ていた。

朝の慌ただしい時間。リビングに朝のニュースが流れる。
『昨日未明、都内在住の20代女性が行方不明となっています。調べによりますと女性は行方不明となる数日前、SNSに投稿されている怪しいバイトに応募したとして、警察は闇バイトの可能性もあると見て捜査を続けています』