「何をやっているのさくら!あんたは早く掃除をしなさい。」

「そうよ。異能を持たないあなたが聞くような話ではないわ!早くこの部屋から出ていって!」

「あやめ様、つばき様、申し訳ございません。かしこまりました。」

妹と母に言われ急いで部屋を出た。


私は異能を持たない、そう思われている。そのせいで家ではひどい扱いをされている。

でも、本当は異能を持っている。しかし私の異能は治癒なため使う機会がなく誰もそれを知らないのだ。今さら、異能を持っていると言う気もない。


そんな日々を過ごしていた。


「さくら様、旦那様がお呼びです。」
使用人の1人がさくらに声をかけた。

「かしこまりました。今行きます。」


広間の前。深呼吸し、
「さくらです。参りました、お父様。」

「入れ。」
低い声が中から聞こえてきた。

「失礼いたします。」

「そこへ座れ。」
一切優しさを持たないその声に怯えたがそれを隠し、かしこまりましたと言われた通りに座った。

「おまえに嫁いでもらう。嫁ぎ先は鬼のあやかしの白夜様のところだ。」

「かしこまりました」
怯えと動揺を隠しながら一生懸命声をだした。

「よかったじゃない。あの、鬼のあやかし様のところに嫁げるなんて。」

この家から出ていけるのは嬉しい。
でも、

「しかも、凶悪で有名な白夜様のところだなんて、何をされるのか楽しみだわ!」

そう、白夜様はあやかしのなかでも上位に位置する方だが、気に入らない人はすぐにでも殺す、そう噂されている。


「荷物をまとめて、早くこの家から出ていって!」


かしこまりましたと言い広間から出て自分の部屋へと向かった。


荷物をまとめていた。さくらの荷物は片手でも持てるくらいの量しかない。買ってもらうこともなければ、自分で買う機会もなかった。


荷物を持ち、もう一度広間へと来た。

「さくらです。失礼いたします。」

開けると広間には家族全員がそろっていた。

「何よ!早く出ていって!」

「わかっております、あやめ様。」

ここへ来たのには理由があった。

「今までありがとうございました。それでは失礼いたします。」
お礼と別れの挨拶をしに来たのだ。

「あなたがいなくなるなんて、清々しいわ!」
お母様が興奮したように言った。
それを聞きながら広間を出た。


玄関へ行き、誰もお見送りをしてくれないのに寂しさを覚えながら、1度お辞儀をし家を出た。




さくらは家の敷地からそとに出るのははじめてだった。そんなはじめての体験にそわそわしながら歩いている。


さくらのきれいとはいえないその姿にすれ違う人はジロジロと興味深そうに見てくる。


地図を見ながら歩いていると、目的の場所についた。

「わー、」
さくらは思わず声が出た。

見えたのは、今まで住んでいた屋敷よりも倍以上の大きさの屋敷だった。

玄関まで行き、

「ごめんください」


「はい、どなたですか」

出てきたのは、中年の女性だった。

「さくらと申します。こちらの白夜様との縁談がありこちらに参りました。」


「さくら様ですね、お待ちしておりました。中へどうぞ。」

この女性の優しそうな雰囲気に緊張が少しほどけた。

中へ入るとやはり広かった。女性の後ろを歩いているがもう来た道がわからないくらいに。


ついたところはあまり豪華ではない部屋だった。

「坊っちゃん、縁談で来たさくら様がお見えです。」


「入れ。」



さくらは緊張しながら部屋に入った。そこには、白夜様が座っていた。彼は冷たい目をしており、まるで彼女の心の内を見透かすかのようだった。

「さくらか。お前が嫁ぐのか。」白夜様の声は低く、威圧感があった。

「はい、さくらです。どうぞよろしくお願いいたします。」さくらは頭を下げた。

白夜様は彼女をじっと見つめ、何かを考えているようだった。さくらはその視線に耐えながら、心の中で不安が募るのを感じた。

「俺が気に入らないことでもあればすぐにでも殺す。」

「かしこまりました」
低い声、その圧から
さくらはそう答えるしかなかった。

「それと、おまえは異能を使えないのだろう?」

「はい、そうです」
さくらは嘘をついた。

「まぁ良い。俺の邪魔にだけはなるな。」

「かしこまりました」


数日後、さくらは白夜様の屋敷での生活に慣れ始めていた。しかし、彼女の心の中には常に異能を隠しているという緊張感があった。彼女の治癒の力は、誰にも知られていない。今さら知られたところで、態度を変えられるのが嫌なのだ。





この世界には異形というものがいる。あやかしは異形を倒す任務が課せられている。


白夜もその中の1人だ。しかも、白夜はあやかしのなかでもトップにたつあやかしだ。だから、毎日訓練をしに行ったり、異形を倒しに行ったりと忙しい。


だから白夜と顔を合わせるのは朝と夜のご飯のときだけだ。


そんなある日、
「今日は異形と戦ってくる。いつもより手強い相手だからいつもより遅くなりそうだ。」
そう白夜は言った。

「かしこまりました。夜ごはんはどういたしましょうか」
いつもは一緒に夜ごはんを食べているが、今日はそうもいかないだろう。

「さきに食べていてくれ。待ってなくて良い。」

「かしこまりました」


そして、白夜は屋敷を出ていった。


さくらは昼は普段使用人と一緒に家事をしている。最初のうちは使用人たちにも止められていたがやらないという選択肢はなかったため、無理を言ってやらせてもらっているのだ。

そして夜になり、1人でご飯を食べていると、屋敷のなかが騒がしくなった。
どうしたのかと廊下に出ると、ちょうど使用人の1人が通りかかった。

「何かあったのですか?」

使用人は困ったように
「坊っちゃんが帰ってきたのですが、大ケガをしていて…」

「えっ…」

さくらは急いで白夜のもとへと向かった。

「白夜様!」

そこにはお腹から大量の血を流した白夜がいた。

さくらは考えた。本当は異能を隠していたい。でも、いまはそういっている場合ではない。たくさん悩んだ末、自分の異能、治癒を使うことにした。

白夜のお腹に手を当て目を閉じる。

すると手を当てている辺りが光り傷がどんどん治っていく。

「これで治りました。白夜様は意識を失っていますが、すぐに目を覚ますでしょう。」


使用人たちが目を見開いた。

「さくら様、異能を使えたのですか。しかも治癒なんて。」


「はい、隠していてすみませんでした。」

「いえ、坊っちゃんを助けていただきありがとうございました。」
使用人は優しい笑顔を向けた。

「お役に立てて何よりです。」

そして、使用人たちが白夜を部屋へ運んだ。

白夜が眠っている間、さくらはずっと白夜の手を握って、目が覚めるのを待っていた。

白夜が目を開けた。

最初、さくらが隣にいるのに驚いたようだったがさらに自分の体を見て驚いていた。

「私は怪我をしていなかったか、治っているがどうなっている。」


「私が治癒を使って治しました。私は異能を使えます。隠していて申し訳ございませんでした。」
頭を下げたさくらの頬に白夜は手をやり撫でた。

「いや、それは良い。治してくれてありがとう。」


さくらははじめて白夜の優しい声を聞いた。