第4章 断片 fragments






【文章作成アプリにのこされたテキスト①】

「はあっ……はぁっ……はぁっ…………!」
 二〇二二年五月。私は息を切らして野山をトレッキングしていた。運動不足のために、わずか一時間歩いただけで脇腹に痛みが走り、情けなく(あご)をだして喘ぐ羽目になっていた。この日のためにトレッキングシューズを新調したのだが、それが(あだ)となって、かかとには靴()れができている。
 フィールドワークの言い出しっぺは私だが、その時はやくも後悔しつつあった。
「阿刀川さん、ゆっくり行きましょう! べつに何かの競技じゃないんですからのんびりしても文句言われないですから!」
 すぐ後ろを歩く編集者Tが言う。
 その後ろを歩いている皆川さんの「同意……です……」という声も聞こえた。
 今回の私たちは四人のパーティーだ。
 案内をつとめる地元農家の人の姿はもう見えない。
 さすがこのあたりを日常的に歩きまわっているだけあって、農家の人はスイスイと(こと)()げに斜面をのぼっていき、その健脚はデスクワークに慣れたわれわれではとてもついていくことができなかった。
 これでは案内人の意味がないじゃないかと思っていたら、農家の人は戻ってきて、
「あとちょっとだよ。もうすこしだからがんばって」
 と激を飛ばしてくれた。
 私たちはひので野鳥の森公園を出発し、二つ塚峠方面へ向かっている。グーグルの地図にも載っていない〈関谷(せきや)間口(まぐち)〉と地元の人々が呼ぶ場所があり、そこが今回の目的地なのである。
 明日筋肉痛になること確実の足をなだめすかしながら山道をのぼっていくと、次第に視界が開けてきた。樹木がまばらになり、傾斜がゆるくなり、青空が見えた。
 やがて私たちは不思議な場所に到着した。
 山の中に、突如として(まる)く平べったい野原があらわれたのだ。妖精がこっそりつくった庭と言われたら信じてしまいそうだ。ここが〈関谷の間口〉なのだ。
「おー。ここは気持ちがいいな」と編集者Tが言う。
 皆川さんも汗をタオルで拭きながら、
「すごいですね、キノコの群生地だ。でもどうして〈関谷の間口〉なんでしょう」
 と疑問を口にした。
 地元農家の人に訊ねてみたが、地名の由来は知らないという。
「昔からそう呼ばれてたね。さあ……なんでかは知らんね。とにかくここらあたりの地面はすべてキノコが根っこ伸ばしてるんだ。たったひとつの株があちこちに成長して、見渡す限りを(おお)ってんのよ」
 農家の人はあたりをぐるりと見回す。
 私も周囲の湿った地面を眺め回した。
 名前もよくわからない雑草や枯れ草の中に、ちいさくて白いものがちらほらと顔をのぞかせている。小動物の骨のようにも見えるそれらはキシメジ科に(ぞく)する菌類の子実体(しじつたい)である。平地は五十平方メートルくらいあるだろうか。そのすべての面積を菌類が覆い尽くしているとは、にわかに信じがたい。
「表面積だけでいうなら世界最大のシロナガスクジラより巨大ですね」
 と皆川さんが言うと。
 フンと農家の人は鼻で笑った。
「クジラ? もっともっとだよ。はじっこからはじっこまで測ったら六〇〇メートルくらいあるよ。たぶん(キノコの)年齢は数百歳とかじゃないかな」
「数百歳ですか、たまげたな」
「植物は長生きするからね、うちの近所の寺にある杉の木なんて300年とか生きてるよ。ほら見なよここ」
 農家の人はスタスタと歩いていく。
「ここ、ほら」と地面を見て「菌輪(きんりん)だ。直径一〇メートルくらいあるね。ここだけじゃないよ、こっちにもあっちにもあるんだよ」
 ひょいひょいと地面を移動しながら、農家の人は私たちに菌輪の場所を教えてくれる。目をこらすと、ちっちゃいシメジのようなものが緑のなかから芽ぶいている。途切れがちではあるが、それらは円を描いている。よく見れば、地面にいくつもいくつも円がある。
 うっかりすると踏んでしまいそうなので私は慎重に近づいた。
 菌輪は英語圏ではフェアリーリングとかピクシーリングと呼ばれる。昔の人は、これは妖精たちが輪になってダンスをして草を踏み荒らした痕跡(こんせき)だと考えた。
「これが見たかったんだろ? あんたら」
「ええ。そうです、これです」と私はうなずいた。
「変わってんね、こんなものを見にわざわざ来るなんてさ。このあたりじゃ珍しくないよ。うちの庭にもたまに輪っかができるくらいだから」
「このあたりはキノコが多いんですか?」
「そうだね。日本の野山ならどこいっても地面の下にキノコが菌糸伸ばしているんじゃないかなぁ。あいつら条件さえ揃えばどんなところにも生えてくるから」
「そういえばゴルフ場の芝生にも生えますよね」と編集者Tが言う。「一度見たことがあるなぁ。千葉のゴルフ場に行ったら、芝生に濃いグリーンの輪ができていて、遠目にもはっきりとわかるから不気味でしたよ。キャディさんは、芝生の根っこにキノコがからみついているせいだと言ってましたけど」
 地面の下のキノコが、色でわかるパターンもあるようだ。
 菌類は菌糸をからみつかせて植物の根を枯らせたり、逆に植物ホルモンを生成して周辺の環境を異常成長させたりする。
 キノコというと、スーパーで見かけるブナシメジやしいたけを連想するが、あれはキノコの本体ではない。大部分は地面に埋まっていて、そっちが本体なのだ。
 私たちがキノコと呼んでいるものは子実体という胞子(ほうし)をばらまくためのもので、いわば花や果実のようなものである。時期が来れば地面の外に子実体を伸ばし、風に胞子を運んでもらうことによって繁殖するのだ。
「このあたりには目に見えない胞子がうようよと漂っているんでしょうね」
 私はあたりを眺めまわす。
 フィトンチッドに満ちた心地よい森の空気が、急にほこりっぽく感じられてきた。肉眼で見えるはずもないが、胞子が今もそのへんを飛んでいるのではないか。
「あと一週間くらいが飛散のピークでしょうね」
 と皆川さんはそう言ってマスクをずらすと、深々と息を吸い込んだ。
 私は思わず「あっ」と叫びそうになった。
「……皆川さん。今大量に胞子吸い込みましたよ、きっと」なんてことをするのだろうと(とが)めるような気持ちで言うと、当の本人は平気な顔をして「大丈夫ですよ。キノコアレルギーないですし」と言う。「気にしてられないですよ」
 信じられないと私は思った。
 以前に話した土井健斗のケースを忘れてしまったのだろうか。
 もっとも都会で暮らしていれば排気ガスやハウスダストなど吸い込みまくっているだろうし、昨今は厄介なウィルスもうようよしているだろうから、あまり気にしすぎない方がいいというのはその通りなのだが。
「胞子だけじゃないですよ、花粉だってこのあたりにうようよしてますよ」
 皆川さんは空に目を向ける。
 五月の今、スギ花粉のピークは終焉したが、それでもまだ微量の花粉が飛んでいるだろう。森にいれば、杉だけでなくヒノキやらケヤキやらコナラやらの他の花粉もそこらじゅうに漂っているはずだ。
 そもそも目に見えないスギ花粉をなぜ人間が知覚できるのかといえば、スギ花粉がたまたま多くの日本人にアレルギー反応を引き起こすからだ。
 幸い私のアレルギーはスギ花粉だけだが、編集者Tはブタクサアレルギーも持っているために夏頃まで鼻をぐしゅぐしゅさせている。逆にアレルギーがない体質の人であれば、春先になってもマスクなしで平気で過ごせるし、花粉が空を飛んでいても気づかないだろう。
「そういえば昔から不思議だったんですけど、都心には杉なんてあまり生えてないのに花粉症きついですよね。花粉ってどこから飛んでくるんでしょう」と私。
「さあ。そういえば不思議ですねぇ」と編集者T。
「偏西風で飛んでくるから東京の西からじゃないですか。奥多摩(たま)とか神奈川とか。あとはあきる野のあたりにも杉が生えてるのかな」と皆川さん。
 なるほど。花粉は西から飛んでくるのか、と得心する。
 私はもう一度周囲を見回した。
 新宿から電車で二時間もかかる場所のスギ花粉が二十三区にも飛んでくるのだということは、キノコの胞子も風にのって運ばれてきているに違いない。
 離れてタバコをすっていた農家の人が戻ってきたので、私は質問してみた。
「あのう。すみません。日本の山ではキノコなんてめずらしくないんですよね。ということは、このあたりの人は日常的に胞子を吸ってるはずですよね?」
「ん、まぁそうなんじゃないの? あまり気にしたことねえけど」
「変なことを訊ねますけど、キノコの胞子がですね、肺にはいって病気になった人とか知りませんか。そういう話を聞いた、とかでもいいんですけど……」
「んー。聞いたことないねえ」農家の人は頬をポリポリとかいた。「キノコの胞子吸うと病気になるのかい? 聞いたことねえなぁ。もしその程度で病気になるなら日本じゅうが病人だらけになると思うよ?」
「ですよね、はい」
「キノコくらい平気だよ。まあカビとかなら体に悪そうな気がするけどさ、キノコの胞子くらいなら、みんな日頃から吸ってるよ。気づかないだけでさ」
「そうだと思います。変なこと聞いちゃいましたね、すみません」
 やはり土井健斗のケースは非常に珍しいのだろう、と思う。
 ふつうはキノコの胞子を吸ってもなんともないし、健康被害もおよぼさないのだ。
 アメリカの症例報告にも十万人にひとりいるかいないかのレアケースだと記載されていたし、胞子が体内で発芽(はつが)するなど通常ありえないことなのだ。
 ふと思いついて、私はマスクをずらすと目を閉じた。
 鼻から深々と空気を吸い込む。
 空気中を漂うキノコの胞子も肺に送り込まれたことだろう。
 しばらくして目を開き、空を見てみた。
 そこにあったのは、よく晴れた空だけであり、いくら眺めてみてもUFOの姿は見えてこなかった。

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【皆川雄一氏との通話のテープ起こし①】

「どうもお久しぶりです大変でしたねぇ、連絡頂いた時びっくりしました」
──お久しぶりです。いやまぁ今は落ち着きましたけどね、あれからマンションも引っ越しましたし。費用もあちらがすべて負担してくれたので、心機一転気持ちを切り替えることにしました。
「そうですか。でも阿刀川さんが無事だったのは何よりです。バールで玄関をこじ開けるって強盗の手口そのものですよねぇ、へたしたら襲われていた可能性もあったわけで。……犯人の動機はいまだに?」
──そうですね。いまだに。
「うーん、何がしたかったんでしょうか」
──相手の弁護士さんとこの前ちょっとお話したんですが、犯人の子、体調を崩して入院しているみたいなんです。咳がひどいらしくて。
「例の感染症ですか?」
──いえ、PCR検査は陰性だったみたいで。原因不明なんです。
「ふむ、なんでしょう」
──どのみち大学は休学する予定だったみたいですが。心配になりますよね。
「僕は阿刀川さんのメンタルを心配していますよ。やはり声に元気ないですし、失礼ですけどこの前通話した時よりお()せになった気がします」
──そうですか? でも結構平気なんですよ。この前一週間ほど実家に帰省して骨休めしてきましたし。でもあれかなぁ、メンタルにはダメージあったかもしれません。母親が心配しちゃって、こっちに帰ってきたら?としつこくて。
「なるほど。拠点を実家に移せ、と?」
──ええ。世の中リモートが主流になりつつありますし、東京に住まなくてもこっちで仕事できるんなら帰ってこい、と……。
「ふーん、意外とアリなんじゃないですか。そういうのも」
──いやぁきっついですね、女三人で暮らすなんて。私も妹も婚期のがしちゃって独り身なもんで。もう結婚に関してはあきらめたみたいで何も言わなくなりましたけど、母と娘二人で一緒に暮らすなんてしんどいです」
「そういうもんですか」
──ええ。ただ妹には悪いことしてしまったなと。私がこういう性格だから長女の役割を全部妹に押し付けてしまったんです。懺悔(ざんげ)の気持ちしかありません。
「僕は一人っ子なんでそういった関係性の機微はわかりませんねぇ。ただ結婚に関しては同じ状況です。僕も好き勝手やって生きてきましたから、気がついたらまわりが家庭持ちになっていて。いつ相手を見つけたんだと文句を言いたい(笑)」
──マッチングアプリとかやってみては? 皆川さんのプロフィールなら……。
「いやいやどうせ話が合わないです。僕が興味あることに興味がある女性はめったにお目にかかれないですし、相手に合わせるのは苦痛です。それならこうして阿刀川さんとUFOの話をしていたほうが気が楽です」
──それはどうも(笑)。そういえば一週間ほど実家に帰ったのはじつは理由がありまして、妹の友人と会うためなんです。その子もUFOを見たらしくて。
「ほう。そうだったんですか」
──皆川さんに意見をうかがってみたいんです。ところで話はちょっとズレるんですが、生成AIが画像を生成する仕組みってご存知ですか?
「生成AI?」
──はい。面白い画像を入手したんです。あとで共有しますね。

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【取材ノートに手書きされた長めの草稿(余白に二〇二一年八月の日付)】

 日本は各地に名産品があり、たとえば宇都宮(うつのみや)といったら餃子、草津(くさつ)といったら温泉といった具合だが、中にはUFOを観光資源に利用している自治体がある。
 それが福島県のI町だ。この町では古くから未確認飛行物体の目撃が多発しており、地域創生のためにUFOをモチーフにして町おこしを展開しているのだという。平成4年には研究資料などを展示する「UFOふれあい館」をオープン。公共施設を空飛ぶ円盤のデザインにするなど、UFOの里をアピールしている。
 そんな町にA子ちゃんは住んでいる。
 彼女は妹の友人で、わが家にも遊びに来たことがあったので私も面識があった。A子ちゃんは大学を卒業したあと美術教師としてI町の中学校に赴任(ふにん)し、趣味のサークルで知り合った男性と結婚して、現在は夫の実家で生活している。
 そして最近、A子ちゃんはUFOを頻繁(ひんぱん)に目撃するらしい。
 八月のちょうどお盆の時期、私と妹はくわしい話を聞かせてもらうために、I町に向かうことになった。
 道すがら、妹は車を運転しながらA子ちゃんの近況を話してくれた。
「あの子の趣味ってのが山歩きでさ。もともとアウトドアの趣味なかったみたいなんだけど一時期(やま)ガールとか流行ったじゃん。そのときにハマったらしくてね。でも基本的にはソロで行くのが好きみたいで、そのせいで今年の春に山で遭難しかけたらしくて……」
「ええっ。大丈夫だったの?」と私はおどろいて言う。
「大丈夫だったよ。ハイキングもできる山だったから、本来なら道に迷うのもむずかしいくらいなんだよ。でね、ここからが本題だけど。山から帰ってきたあたりから、頻繁にUFOを見るようになっちゃったんだって」
「頻繁にってどのくらいのペース?」
「多いときには週一。不思議だよね。それまで全然見たことなかったらしいのに」
 それは胡乱(うろん)な話だ。
 私の実家からI町まで車で行けば二〇分くらいなので、しゃべっている間にあっという間に到着した。今回はA子ちゃんの家を訪ねるのではなく、UFOふれあい館という施設で待ち合わせをしているようだ。
「隣町にそんなものがあるなんてはじめて知ったよ」と妹は言う。
 車は町を通り抜けて、山道を登っていく。このあたりは「千貫森(せんがんもり)」と呼ばれるUFO目撃多発エリアらしい。途中、案内板から顔をのぞかせる宇宙人を発見したりしながら、緑したたる道を進んでいくと、六角(ろっかく)屋根の「UFOふれあい館」が見えてきた。併設するように物産館があり、こちらは道の駅といった趣きである。
 私たちは車を駐め、本館より先に物産館に入った。
 物産館は、みやげ物屋のほかに食事ができる場所もあるようだ。クーラーもほどよく利いていて居心地が大変よろしい。
 私は「ここで冷たいものでも飲んで待っていようか」と提案した。
 妹は入口にあるメニューの看板をじっと見つめていたのだが、いきなり「UFOラーメンっていうのを食べてみたい」と言い出した。 
「えっ。昼にそうめん食べたじゃん?」と私は言った。ふたりともここへ来る前にしっかりと食事を済ませてきているのだ。
「じゃあ一杯だけ注文してシェアしよ」
 と妹はやけに乗り気で「ほらこれ見て」と看板を指さす。カレーライスやらうどんやらの見本写真が載っている中にUFOラーメンもある……のだが、注文してのおたのしみということか、その写真だけ黒くぬりつぶされているではないか。
「ほらっ見てよ、どんなラーメンなのか気にならない? これで好奇心がわかないなんてクリエイターじゃないよっ」
 そんな無茶な、である。
 困ってしまった。
 大体クリエイターを何だと思っているのか。
「また来りゃいいじゃん。その時に注文しようよ」と言うと、
「えぇーそもそもお姉ちゃんこっちに帰ってこないじゃん」と妹は膨れ顔になる。私もムキになってきて「いや来るから。じゃあ今年の年末は帰省する」となんだかんだと約束をさせられてしまった。
 私が病気して以降だと思うのだが、最近の妹は時々子どものようになることがあり、要するにワガママを言って甘えたいらしいのだ。
 なんとか説得して「うん……わかった……」と言わせたが、それでも妹は諦めきれないらしく、「うぅーUFOラーメンってどんなラーメンなんだぁ、気になるぅ〜」としばらく歯()みしていた。

 そうこうするうちに、A子ちゃんがやってきた。
 彼女はすっかり大人の女性になっていて、私たち姉妹がUFOラーメンを食べるかどうかで言い争っていたことなど(つゆ)知らず、優雅に近づいてくると「お久しぶりです」とおじぎした。
 その背後から三〇代くらいの男性がこちらに歩いてくる。
 男性はA子ちゃんの登山サークルの仲間で、本業は福島市の地域共創(きょうそう)課の職員とのことである。今回、私がUFOの件で取材にくると聞きつけて、どうせならI町のことも知ってほしいと急きょ同席することになったのだ。
 職員さんの案内でさっそく私たちは本館に向かい、そこで常設の展示物を見学させてもらった。内容はどちらかといえばファミリー向けで、磁力で浮くプレアデス星人の円盤の模型だとか、これまでにI町で撮影されたUFO写真、3Dシアターなどがあり、バラエティ豊富でなかなか見ごたえがあった。
 それが済むと二階へあがり、ロビーの喫茶室で話を聞かせてもらう時間となる。
「とりあえず、この町でUFOの目撃がどれくらい多いのか気になっています」
 と私が言うと、
「そうですね、まあ日本でいちばん目撃されているんじゃないでしょうか。石川県羽咋(はくい)市もUFOが出現する場所で有名ですが、はっきり言って負けていないと自負しています」
 と職員さんは胸をはった。
 ことUFOの町という呼び名にかけては、余所(よそ)に譲る気がないようだ。自身も目撃経験があり、思い入れが強いのだとか。
「小学生の頃なんですが、学校帰りになにげなく空を見たら、オレンジ色の円盤が編隊を組んで飛んでいたんです。しかも二〇とか三〇とかの数でした。そんなもの初めて見たんでびっくりして見守っていたら、すぐに雲のなかに消えてしまいました」
「二〇とか三〇って大編隊じゃないですか」と私がおどろいてみせると、
「そうなんです。飛行機やヘリじゃなかったですね。音しなかったんで」
「そのとき一緒に目撃した人とかいました?」
「いえ。残念ながら私ひとりでした」職員さんは首をふった。
「わたしこっちに来ていちばん驚いたのは」と今度はA子ちゃんが言う。「この町の人ってUFOを見るのが日常茶飯事(さはんじ)なんです。赴任(ふにん)した中学校でもクラスにだいたい五人か六人くらいは見たことのある子がいたりして」
「それはかなり多いね。ちなみに町の人口はどのくらい?」
「およそ五〇〇〇人です。人口の二割はUFOを見たことあると思います」
 職員さんが言うには、目撃情報のほとんどは千貫森(せんがんもり)周辺で起きているとのことだ。
 それはまさに私たちが今いる場所である。
 千貫森は標高四六二・五メートルのピラミッド型をした山だ。伝説では、かつてこの地には大貫坊という雲にとどくほどの巨人が住んでいて、その大貫坊が土を盛って造ったのが千貫森なのだとか。
 山の中には巨石や奇岩があり、千貫森付近で採取できる「ぴんから石」と呼ばれる鉱物は叩くと金属のような音がして、磁場をくるわせる性質があるらしい。
 また頂上付近の地面を蹴ると反響のある音が返ってくることがあり、もしかしたら地面の下に空洞があるのではないかと考えられている。
「私はこの千貫森に秘密があるのではないかと思うんです」と職員さんは言った。「お時間あればコンタクトデッキという展望台があるのですが、あとでちょっと登ってみませんか。もしかしたらUFOを見ることができるかもしれません」
「こんな昼間から出現するものなんですか?」
 と私が問うと、職員さんはうなずいた。
「ええ。昨年から試みにSNSで目撃情報を集めはじめたんですが、一年間でおよそ七〇件ほど集まりました。五日に一件のペースで何かしら目撃されているわけですから、いつ出現しても不思議はありません。今日これから見られるかもです」
 にこやかな顔をしながら職員さんはヒヤッとすることを口にする。
 おかげで場は盛り上がって、妹などは「うわっ。私こういう時本当に見ちゃう自信がある!」と声のトーンを高くしてはしゃいだ。
「そういえば」と私は言う。「A子ちゃんは山で遭難しかけたあとにUFOを見るようになったんだよね。もしかしてその山って千貫森だったりする?」
「あ、はい」とA子ちゃんはうなずいて「正確にはその近くの一貫(いっかん)森なんですけど、場所は同じようなものです」
「A子さんはワーム派だよね。僕はコウキュウ派だけど」と職員さんが言った。
 突如(とつじょ)聞き慣れない言葉が飛び出てきた。
 ワーム……コウキュウ……?と面食らっていると、職員さんはあわてて、
「あ、すみません。コウキュウというのはですね、光の球と書きます」
 と空中に文字を書くように指を動かした。
 光球(こうきゅう)ということらしい。
「そしてワームというのはミミズみたいな虫のことです。この町で目撃されるUFOを形状で分類してみると、おおまかに二種類に分かれるんですよ。光の球か、うねうねとしたワーム状の物体か。不思議なことに、光球を見るひとは光球だけを、ワームを見るひとはワームだけを目撃するんです」
「それは……たしかに不思議ですね。つまり派閥があるわけですか」
「そうですそうです。僕は光球派、A子さんはワーム派なんです」
 私は皆川さんから聞いた話をふと思い出した。
 二十世紀末の円盤ブームは今では下火になり、令和の現在では目撃されるUFOは原点回帰のように火の玉タイプが増えているのだとか。誰もがスマートフォンを持ち歩く時代では宇宙人も出現しにくいのだろう。
 そういう意味で光球はポピュラーな形状といえる。
 だが、ワームとは……。過去の例でもめずらしい気がする。
「えーと、A子ちゃんはそのワームタイプってのしか見たことがないんだ? それってどういう感じなの?」
 私が問うと、A子ちゃんは「うーん」と考えこみ「黒い毛糸って感じですかね。言葉で説明するのはむずかしいんですけど……」
「写真とか撮ってない?」
「いいえ、それが……」と気まずそうな顔になり「何度か撮影できないか試してみたんですよ、スマホで。でも何も写ってなくて。こう言うと嘘くさく聞こえちゃうんですけど、アレは写真に写せないのかもしれないなって」
介良(けら)事件でも捕獲した円盤の撮影ができなかったらしいです」と職員さん。「もしかしたらUFOは妨害電波のようなものを発していて、写真を撮影しようとする人間の脳に働きかけて邪魔をするのかもしれません」
「うーん。まあ、そうかもですねぇ……」
 そんなわけあるか、と思ったがここは言葉を飲み込む。
 A子ちゃんがスマートフォンで撮影を試みたが何も写っていなかったというのは結構重要な証言である気がする。それはある可能性を示唆(しさ)するからだ。
 話を続けてもらう。
「今年の四月に一貫森で道に迷っちゃって、まあ無事に帰れたんですけど、じつは帰途で最初のUFOを見たんです。その時は疲労のせいで眼の中にあるゴミが見えているのかなと思ったんですけど。それから二、三日して、ふと空を見たらまた黒い毛糸みたいなものが浮かんでいて。なんか怖くなっちゃって、とりあえず眼科を受診してみたんです」
「ふむ。で、眼科ではどうだった?」
「異常なしでした。家に帰ってから(しゅうとめ)さんに話したら、ああもしかしたらUFOかもねと言われて、まさか自分が見るなんてとビックリしちゃって」
 I町の目撃報告でもワーム派は少数勢力のようだ。
 姑さんがたまたまワームを見る体質だったらしい。
 その日を境に、A子ちゃんは積極的に空を見るようになった。二日続けて目撃するときもあれば、一週間音沙汰(おとさた)なしというときもあった。それでも見えなくなるということはなく、四月から今までコンスタントに目撃が続いている。
 空に浮かぶ黒い毛糸というと気持ち悪く感じるが、A子ちゃんにとっては見られたらラッキーなものらしく、それほど不快感はなかったという。
「写真に写せないから、スケッチしたんですよ」と彼女はスケッチブックを見せてくれた。鉛筆で丁寧に形状を写し取られたそれは、たしかにミミズやヘビのようだった。
「なにか規則性があるような……」
 と私は思わずつぶやく。
 A子ちゃんがスケッチしたワームは、現在までに二十一種。目撃した日付順に並べられていて、すべて形状が微妙に異なるのだが、適当に作られた形ではなく何かのパターンがあるように見えるのだ。
「それ、わたしも思ったんです。単一だと気づかなかったんですけど、こうしてたくさん並べてみると何かに似ているなって思えてきたんです。ただのランダムな黒い線じゃなく、別のものの形じゃないのかなって」
 A子ちゃんは言いながら、スマートフォンを取り出した。
 私たちに一枚の画像を見せて「話がいきなり変わってしまうんですけど、ちょっとこれを見てくれますか。これ、うちの二歳の娘が書いてくれたんです。母の日に、おかあさんの絵とメッセージを」。
 そこには(おさな)い子どもがクレヨンで描いた絵と、つたない文字がつづられていた。おかあさんありがとう、と書いたのだろうか。子どもには「あ」の文字がむずかしかったらしく「ね」のように見えるし、「か」はひっくりかえってしまっている。判別できるのは「り」「と」「う」くらいだろうか。
 だが母の日という情報を与えられているので、「おかあさんありがとう」と書いたのだろうということは想像することはできる。
「わたし、これ他人に言うの初めてなんですけど、ワームって子どもがひらがなとか漢字を見よう見まねで書いた文字に見えるんですよね。人間が使っている文字を、だれかが真似してるみたいって」

  ✕   ✕   ✕

【皆川雄一氏との通話のテープ起こし②】

──以前皆川さんは、もしかしたら宇宙人は言葉を話さないかもしれない、とおっしゃっていました。
「ええ。そうですね」
──それ、もう一度(くわ)しく聞かせてもらえますか。
「いいですよ。たとえば地球上に限定してみても高度な言語をあやつるのは、われわれホモ・サピエンスだけです。イルカやクジラは音で意思疎通しますし、オウムは人間そっくりに声まねをしますけど、人間ほどの能力はないわけです」
──それは知能の高さとは別なんですね?
「ですね。チンパンジーやゴリラ、あるいは犬などは人間の三歳児くらいの知能はあります。それだけ頭が良ければ、言葉くらい話してもよさそうじゃないですか。なのに人間のように喋れないのは、口腔(こうこう)内の構造が異なるからです。声によるコミュニケーションを成立させるには、複雑な音声が必要不可欠です。イルカやクジラや犬もたしかに言語らしきものを持ってはいるけど、ぜんぜん足りていません」
──私たちだけの能力だ、と。
「人間が複雑な声を出せるのも、ただの偶然ですけどね。たまたま中咽頭(いんとう)が広かったんです。もし狭ければ、われわれも言葉を話していません」
──宇宙人もそうかもしれない?
「可能性はあると思います。そもそもこの地球で、人類になるべき種族は恐竜だったはずなんです。不幸にも6500万年前に小惑星が衝突したために滅んでしまったけど、もし衝突がなければ、恐竜の子孫が天下をとっていたはずです。トロオドンという二メートルくらいの恐竜がいるんですけど、この種が知的生物に進化していたかもしれません。ただ、(のど)の構造的に彼らも言葉を喋れなかったでしょうけど」
──その場合、どうやってコミュニケーションをとるんですか?
「考えられるのはジェスチャーです。手話やボディランゲージですね。あるいは歯や舌をつかったクリック音でモールス信号のように意思疎通をするかもです。もしそうなれば、言語は〈音色〉でなく〈リズム〉になるでしょう。あるいはタコの仲間は体表の色を自在に変化させますが、色彩言語もあるかもですね」
──声によるコミュニケーションがなければ、文化はかなり異なるでしょうね。歌なんて発展しないでしょうし、携帯電話もないかもしれません。テレビとか映画はあるのかな。映像はすべて字幕つきなんでしょうか。
「文字も思想が異なるでしょう。われわれの文字は発声前提です。もし声を持たない宇宙人がいたら、ひとつの文字がひとつの音を表現していると理解できないかもしれません。彼らの本は象形文字で書かれているはずです」
──われわれで言えば、絵文字やスタンプで会話するようなものでしょうか。音読という概念もないので、彼らの脳が文字をどう処理するのか想像できません。そんな宇宙人がいたら、われわれはコミュニケーションできるんですか?
「問題なくできると思いますよ。時間はかかるでしょうけどね。同じ宇宙に住んでいる以上、物理法則は同じですから相互理解は可能なはずです。七〇年代にアレシボ・メッセージという電波を宇宙に送信したんですけど、素数を理解していれば解読できるようにしてあるんです」
──なるほど、数学ですか。
「ある程度文明が発展していれば、素数を理解しているはずですから。まあ、相手が原始時代だったりしたらどうしようもないでしょうけど(笑)」
──つまり解読は相手次第ということですね。逆もしかりですよね。相手がこちらにメッセージを送っても、われわれが解読に失敗している可能性もある。
「そうですね。たとえばアレシボ・メッセージは二進数を活用しているのですが、こちらの想定したデコード手順を宇宙人が行ってくれるかわからないんですよ。ちょっと特殊な表記方法をしているので、そこでつまづいたら解読に失敗するかもしれません。その場合は意味不明な信号に見えるでしょう」
──なんか意味ありそうだけど、よくわからないって感じですよね。
「ですね」
──先ほど見てもらったA子ちゃんのスケッチはどうですか。皆川さんあれを見てどう思いましたか。
「うーん……文字ではないかってことですか? どうでしょうねぇ」
──私は面白いなと思ったんです。文字を理解していないけど、とりあえず真似してみようとしたらあんな風になるのかなって。何も知らなければ、文字なんて線をウニョウニョさせただけに見えるはずじゃないですか。でも、そのウニョウニョに人間が興味を持っていることは理解している。だから自分たちも書いてみた……。
「ふーむ」
──A子ちゃんは子どもが練習した文字みたいだと言ってましたけど、私、別のものを連想したんです。
「……ああ。もしかしてそれが生成AI?」
──そうです。最近何かと話題ですよね。
「まあこれから先はAIを無視できない世の中になっていくでしょうね。最初の方で生成AIがどうのこうの言ってたのはそういうわけですか」
──画像を自動生成するAIってありますけど、あれって大量の画像データを学習して出力しているんですよね。画像に文字が(まぎ)()んでいて、出力するときに文字の残りカスが現れることがあるじゃないですか。実際には存在しない文字、でも既存の文字の特徴をそなえていて、読めそうに思える文字。
「はいはい、はい」
──仮にAIが人間とコミュニケーション取ろうと考えたら、文字に着目するんじゃないでしょうか。よくわからないけど、ウニョウニョした線を出力すると人間の反応がいいなぁ……みたいな。
「ちょっと誤解してらっしゃるかもしれないけど、現時点のAIはただの計算機ですよ。性能が上がることはあっても、意識を持つとは考えにくいです」
──だから、仮にですよ、仮に。私も現在のAIは高性能なファービーくらいにしか考えていませんから。
「(笑)」
──皆川さんは以前に〝われわれはなぜ空にヘンなものを見るのか〟とおっしゃっていました。UFOって、人間の脳内から興味を()きそうなものをピックアップして見せているように思えるんです。ただ、あまりにも種族としての差異(さい)があるから、結果として、われわれも解読に失敗しているのではないかと。
「それは同意です。阿刀川さんをあまり喜ばせたくないから黙ってましたけど、空に文字や記号があらわれた例は過去にもあるんです。レディ・オブ・ザ・レイク号事件とかですね。宇宙人がコンタクトをとってきたら、最初は意味不明でしょう。アレシボ・メッセージのように暗号としか思えないものになるはずです」
──はい。
「だけどやはり阿刀川さんの説には疑問があります。A子さんの見たものが文字だったとしてもコンタクトする相手がなぜ彼女なんでしょうか? 政治形態が異なったとしても、コンタクト相手に一般人は選ばないと思いますよ。仮にも恒星間航行を成功させるような知的生命なら、もっと効率的な手段を取ると思いますが」
──それはそうですけど。
「本物の宇宙人がコンタクトしてくる時は、きわめて大規模で具体的な接触になるでしょうね」
──じゃあUFOの正体は宇宙人ではないんですよ、きっと。
「ほう。では何なんですか? その正体は」
──それはわかりません。でも今までに取材させてもらった人はUFOは宇宙人の乗り物ではないと口にすることがあるんですよね。……くやしくなってきたので話題を変えますけど(笑)、さきほどAIには意識がないと言ってましたね。
「はい。AIはただの計算機です」
──では、意識って何でしょうね。どうしたら意識があるとわかるのでしょうか。

 ✕   ✕   ✕

【文章作成アプリにのこされたテキスト②】

 昼に目がさめた。
 寝汗がすごかったので、とりあえずシャワーを()びる。
 交感神経が刺激されたのか思ったよりもサッパリして気分が落ち着いてきたので、スマートフォンでSNSをチェックした。
 病院から帰ってすぐに投稿した報告にリプがたくさんついていたので、ありがたく読ませてもらう。みなさん私の体調を心配してくださっていて、もうしわけない気持ちになった。本当はひとりひとりに返事をして元気なところを見せたいのだけど、今は時間がほしくて「すみません」と独り言しながらスマートフォンを閉じた。
 冷蔵庫を開いてみたけど、食欲がない。
 昨日の夕食を抜いたので何か食べたほうがいいと頭ではわかっているのだが、胃のあたりにオモリがついているようで、気分がのらない。
 ベッドに横になったら眠ってしまうから仕事場の椅子に座ったのだが、習慣とはおそろしいもので、椅子に座るなり自動的にパソコンの電源を入れてしまい、電源を入れたからには何か書いていないと不安になるので、今こうして書いている。
 入院にそなえてポメラを買おうと思っていたけど、無料のワープロアプリの出来が思ったよりも良い。
 スマートフォンにも同じものを入れたので、元気なうちはノートパソコンで文章を書き、寝転びながらスマートフォンで続きを書く、なんてこともできる。
 昨日はつかれた。
 病院では八割くらいが待ち時間だったので、ひさしぶりにさくらももこさんのエッセイを読みかえした。
「そういうふうにできている」(新潮文庫)という本だ。
 さくらさんが帝王切開の手術を受けることになった「手術」の項で、心と脳と魂の関係について考察している部分がとくに心に響いた。
 ためしに引用してみる。
 さくらさんは長年「本当の自分とは結局何だろう」と考えていたという。それは難しい問題であり、いくら考えてみても答えにたどりつくことはできなかった。

「脳が思考を司る機能ならば、つまり心は脳なのか、人間とは単なる脳という『機能』に操られて愛も優しさも体現しているのか、それとも霊的な魂というものが存在してそちらが本当の自分だというのなら、思考や感覚などもそれが素となっているのだろうから、それなら脳の役割とは一体何か?」

 こういった疑問は、誰もが一度は考えるのではないだろうか。
 心とは何か、脳とどういう関係なのか。脳が人間の思考を司っているのなら、私が私であるという感覚やうれしいとか悲しいといった感情は、しょせん脳が生み出している幻想にすぎないのだろうか。
「私」を感じているのが脳なら、「私」とは脳なのだろうか。
 それとも魂とでも呼ぶべき本質的な何かがあるのか。
 さくらさんは、帝王切開手術を受けて、「これまでの人生の中で最も死に近い状態」にある時に、問題解決の糸口を得たのだという。
 手術は局部麻酔によって行われたのだが、さくらさんは、

「私は手術開始からほどなく、自分自身が肉体とは別のエネルギーの波動である事を実感としてとらえていた。それはただただゆるやかで静かで心地よく、宇宙空間を漂っているようであった」

 と感じたそうだ。
 私が私である感覚は脳とは別に存在しており、麻酔が脳というコンピューターをシャットダウンさせると、言語が休止し、意識がむきだしになった。
 この意識こそ本来の自分そのものだ、とさくらさんは言う。
 意識は「自分の根本のピュアなエネルギー」であり、それ自身はまわりに影響をおよぼすことはできない。他者と交流することもできない。この世界で何かをするためには肉体と脳が必要となる。つまり脳とは「意識」が「肉体」へ命令をするためのシステムにすぎないのだ。
 そして心とは、意識が脳を使用している〝状態〟のことだった……。
 手術を受けながら、さくらさんはそのようなことを考え、次のように結論する。
 意識、脳、心は、それぞれが密接に関係しあっているせいで、ごっちゃにされがちだが、全部別々のものである、と。
 もちろん、この結論が正解だというつもりはない。
 だが、私はこれまで唯物論者で、死んだら自分の意識もおわりだと思っていた。今回さくらももこさんのエッセイを読んだことで、肉体とは別の、意識のエネルギーのようなものがあるのかもしれないと考え直すようになった。
 それは少しだけ、今の気持ちを楽にしてくれたのはまちがいない。