「____あら、今日は制服?」親が玄関から顔を出す。
____彩葉さんと話してから数日。
僕はいるかに会いに行くことにした。
「学校?」
「えっと‥‥‥‥部活」
「そう」いってらっしゃい、となんだか嬉しそうにリビングに消えていく。
「行ってきます」誰もいないドアに声をかけて、玄関を開ける。
____。
今日の空は雲がかかっていて、とても星が見えそうには思えなかった。
なのに、どうしてか、そこにいる気がしたんだ。
校門と図書室を抜けて、部室棟に足を向けた。
今は夏休み。天文部同好会は、もちろん休み____の、はずなんだけど。
____18時56分。
だいぶ空が青くなってきた。相変わらず雲は多い。
渡り廊下を抜けて、部室棟に入る。
階段を上がった先。4階の隅の小さな部屋。
『天文部』と大きく書かれた段ボールの看板がぶら下がっている。
いつからか、その下の空いたスペースに押し込むようにして、マスキングテープの上から丸い文字で『同好会』が加えられていた。
____キィ。
少しだけ開いていたその扉が、僕の後ろで鳴いた。
僕の足元から伸びていた光の筋が消えて、静かな闇に包まれる。
見慣れた大きな窓と、雲のすき間から、藍の降り始めた空が見え隠れする。
そのそばに、白くて大きな望遠鏡と、淡い月明かりに照らされた、白い髪の女の子が座っていた。
「____なに、観てるの?」
「____えっ」
くる、と振り向いて、固まった。
その大きい瞳が、僕を映している。
「お、と‥‥‥‥?」
「いるか」
空いた窓から、ぬるい風が通り過ぎていく。
____あのときと少しだけ違うのは。
お互いの名前を知っていること、くらいかもしれない。
「えっ、え、響!?なんで来たの?」
「えぇ、ひどいなぁ」
「だって部活____ない、のに」
「そうだね?」
「なん、で?」
「なんで、って____星、観たくなった、から」
「今日、曇りだよ」
「うん」
「星、観えないよ‥‥‥?」
「いるかに、会いたかったから」
「____響」
「?」
「へいき、なの?____私、変、なのに」
「僕は、変でいいと思う。____僕もだいぶ、変だし」
「‥‥‥‥‥え」
「色々、考えたんだけどね。やっぱりいるかは、いるかだなって」
「僕の瞳が碧かったり、光が眩しいのと同じで。いるかの世界の色がちょっと違うのも、"いるかの普通"なんだなって」
「____こんなこと言うと、変かもしれないけど。
僕、よく外国人に間違われるんだ。だから、話かけてくれたとき、日本語で嬉しかった‥‥‥‥2回目の、鍵持ってきてくれたときも。
‥‥‥‥びっくりしたけど、嬉しかったよ」
「そ、そんなの、日本なんだから当たり前じゃん。私、英語苦手だし‥‥‥‥」
「1度も外国人?って聞かれないから、こういうこともあるんだなって思って」
「気にしてたんだ」
「うん。ちょこっとだけね。もう、慣れたけど」
「‥‥‥そっ、か」
「僕の瞳は、碧に見えてるんだよね」
「うん」
「どんなふうに見えるの?」
「え、」
「なんか、気になって」
「響、」
「ん?」
「なんか、普通だね?」そう言って、初めて僕を近くで見つめてくる。
「‥‥‥そう、かも」言われてみて、気がついた。
「僕、なんかもっと、緊張するかなって思ってたんだけど‥‥‥‥いるかに会ったら、なんか安心して」
「いるかがいてくれてよかったって、思った」
「ほん、とに?」
「うん。今日だけじゃなくて、ずっと。____僕1人じゃ、部活にしようとか思わなかったし。
いるかに会わなかったら、ここでずっと1人で星観て、卒業してたと思う」
「だから、いるかと、こうやってたくさん話しながら部活できて、一緒に星観れて‥‥‥‥すごく、楽しい」
「私、うるさくない?」
「えっ、まぁ‥‥‥うん」
「ひどいなぁ、ちょっとくらい否定してくれたっていいのに〜!!」
「‥‥‥‥‥いるかの笑った表情、久しぶり」
「んぇ、そんなに笑ってなかった?私‥‥‥‥」
「うん。‥‥‥‥嬉しい」
「____ん、」
「いるか、怒ってる?」
「んーん。怒ってない‥‥‥‥‥響は、たまにかわいいなって。思っただけ」
「かわいい?」あまり言われたことなくて、反射的に聞き返してしまう。
「うん‥‥‥‥」
「なっ、なんで、覗いてくるのっ‥‥‥‥?」
「なんか、珍しい反応するな、って思って。あんまり見たことないから‥‥‥‥」
「だめぇー!!」
「見せてくれてもいいのに‥‥‥」僕のことはいつも覗き込むくせに。
「今はだめ!!」と顔の前でバッテンを作られてしまった。
「‥‥‥‥‥っ、ふふ」
「なっ、なに?」
「いるかと、また一緒だなって思ったら、なんか嬉しくなっちゃって」
「なに、それぇ‥‥‥‥」不服そうな瞳が、僕を見上げる。
「いるかには、僕はどんなふうに見えるの?」
「髪は、暗めの黄土色で‥‥‥瞳は、青空みたいな、優しい碧」
「へぇ」そんな色に見えるんだ。
「私には、青がすごくきれいに見えるんだ。他の色がぼんやりしてるのもあるのかもしれないけど。
‥‥‥‥だから、サングラスかけたときに、他の色と比べると、青ってそんなに目立つ色じゃないんだ〜って思って、びっくりした」
「響は、私の髪、どう思う?」
「どうって?」
「どう、って‥‥‥‥‥その、見た目」そういえば、あまり言ってこなかったかもしれない。
「いるかのこと、初めて見たときにね、"碧い月"みたいだなって」
「月って、白じゃないの?」
「碧色もあるんだよ。去年の夏のやつだけど‥‥‥‥」鞄からカメラを取り出して、写真を見せる。
「うわ、‥‥‥‥‥きれい」
「でしょ。いるかの髪に似てるなって思って」
あの時は月明かりも強かったから、余計にそう見えたんだ。
「私、よくお祖母ちゃんみたいだって、言われてたんだ」
「髪、白いから。それでいじめられたりしてた。
色も、普通の人みたいに見えないけど。私は、この髪の色も、この景色も、全部好きだけど。他の人は違うんだなって、ずっと思ってた」
「響も、みんなと同じで、やっぱり変な子って思うんじゃないかって、ずっと怖かった。
____でも、一緒に星観たくて。
天文部、続けるためには、言わなきゃ、って」
「きれいって、言ってもらえたの、初めてだな‥‥‥‥」
いつの間にか、部屋は月明かりで照らされていて。
その髪がまた、碧く光る。
____やっぱり、きれいだ。
「‥‥‥‥よかった」
「‥‥‥‥っ、うん」
「____響、ありがと」僕の胸の中で、いるかの声がする。
小さくて、あったかい。
「‥‥‥‥うん」僕もその背中に手を回した。
「‥‥‥‥いるか、泣いてる?」
「ご、ごめん‥‥‥‥嬉し、すぎてぇ」しばらく鼻をすすって、「ん、もう大丈夫」と顔を上げる。
「僕、いるかと一緒に星観たい」
「‥‥‥‥うん。私も」
空はいつの間にか晴れていて。
初めて出会ったときみたいに、月明かりが僕らを照らしていた。
小さな体温は離れたけど。
代わりに少しだけ、心臓が暖かくなった。



