碧と春    【ボカデュオ2025『 Azulight 』  原案・原作】


「____あら、今日は制服?」親が玄関から顔を出す。



____彩葉さんと話してから数日。

僕はいるかに会いに行くことにした。



「学校?」


「えっと‥‥‥‥部活」


「そう」いってらっしゃい、となんだか嬉しそうにリビングに消えていく。



「行ってきます」誰もいないドアに声をかけて、玄関を開ける。







____。


今日の空は雲がかかっていて、とても星が見えそうには思えなかった。

なのに、どうしてか、そこにいる気がしたんだ。



校門と図書室を抜けて、部室棟に足を向けた。

今は夏休み。天文部同好会は、もちろん休み____の、はずなんだけど。







____18時56分。

だいぶ空が青くなってきた。相変わらず雲は多い。




渡り廊下を抜けて、部室棟に入る。
階段を上がった先。4階の隅の小さな部屋。

『天文部』と大きく書かれた段ボールの看板がぶら下がっている。
いつからか、その下の空いたスペースに押し込むようにして、マスキングテープの上から丸い文字で『同好会』が加えられていた。




____キィ。

少しだけ開いていたその扉が、僕の後ろで鳴いた。


僕の足元から伸びていた光の筋が消えて、静かな闇に包まれる。



見慣れた大きな窓と、雲のすき間から、藍の降り始めた空が見え隠れする。

そのそばに、白くて大きな望遠鏡と、淡い月明かりに照らされた、白い髪の女の子が座っていた。





「____なに、観てるの?」


「____えっ」




くる、と振り向いて、固まった。

その大きい()が、僕を映している。




「お、と‥‥‥‥?」


「いるか」




空いた窓から、ぬるい風が通り過ぎていく。


____あのときと少しだけ違うのは。

お互いの名前を知っていること、くらいかもしれない。





「えっ、え、(おと)!?なんで来たの?」


「えぇ、ひどいなぁ」


「だって部活____ない、のに」


「そうだね?」


「なん、で?」


「なんで、って____星、観たくなった、から」


「今日、曇りだよ」


「うん」


「星、観えないよ‥‥‥?」


「いるかに、会いたかったから」







「____(おと)


「?」


「へいき、なの?____私、(こんな)、なのに」


「僕は、変でいいと思う。____僕もだいぶ、変だし」


「‥‥‥‥‥え」





「色々、考えたんだけどね。やっぱりいるかは、いるかだなって」


「僕の()が碧かったり、光が眩しいのと同じで。いるかの世界の色がちょっと違うのも、"いるかの普通"なんだなって」


「____こんなこと言うと、変かもしれないけど。
僕、よく外国人に間違われるんだ。だから、話かけてくれたとき、日本語で嬉しかった‥‥‥‥2回目の、鍵持ってきてくれたときも。
‥‥‥‥びっくりしたけど、嬉しかったよ」


「そ、そんなの、日本なんだから当たり前じゃん。私、英語苦手だし‥‥‥‥」


「1度も外国人?って聞かれないから、こういうこともあるんだなって思って」


「気にしてたんだ」


「うん。ちょこっとだけね。もう、慣れたけど」


「‥‥‥そっ、か」


「僕の()は、碧に見えてるんだよね」


「うん」


「どんなふうに見えるの?」


「え、」


「なんか、気になって」




(おと)、」


「ん?」


「なんか、普通だね?」そう言って、初めて僕を近くで見つめてくる。


「‥‥‥そう、かも」言われてみて、気がついた。
   


「僕、なんかもっと、緊張するかなって思ってたんだけど‥‥‥‥いるかに会ったら、なんか安心して」

「いるかがいてくれてよかったって、思った」



「ほん、とに?」


「うん。今日だけじゃなくて、ずっと。____僕1人じゃ、部活にしようとか思わなかったし。
いるかに会わなかったら、ここでずっと1人で星観て、卒業してたと思う」


「だから、いるかと、こうやってたくさん話しながら部活できて、一緒に星観れて‥‥‥‥すごく、楽しい」


「私、うるさくない?」


「えっ、まぁ‥‥‥うん」


「ひどいなぁ、ちょっとくらい否定してくれたっていいのに〜!!」


「‥‥‥‥‥いるかの笑った表情(かお)、久しぶり」


「んぇ、そんなに笑ってなかった?私‥‥‥‥」





「うん。‥‥‥‥嬉しい」


「____ん、」


「いるか、怒ってる?」


「んーん。怒ってない‥‥‥‥‥(おと)は、たまにかわいいなって。思っただけ」


「かわいい?」あまり言われたことなくて、反射的に聞き返してしまう。


「うん‥‥‥‥」




「なっ、なんで、覗いてくるのっ‥‥‥‥?」


「なんか、珍しい反応するな、って思って。あんまり見たことないから‥‥‥‥」


「だめぇー!!」


「見せてくれてもいいのに‥‥‥」僕のことはいつも覗き込むくせに。


「今はだめ!!」と顔の前でバッテンを作られてしまった。




「‥‥‥‥‥っ、ふふ」


「なっ、なに?」


「いるかと、また一緒だなって思ったら、なんか嬉しくなっちゃって」


「なに、それぇ‥‥‥‥」不服そうな瞳が、僕を見上げる。





「いるかには、僕はどんなふうに見えるの?」



「髪は、暗めの黄土色で‥‥‥()は、青空みたいな、優しい碧」



「へぇ」そんな色に見えるんだ。
  


「私には、青がすごくきれいに見えるんだ。他の色がぼんやりしてるのもあるのかもしれないけど。
‥‥‥‥だから、サングラスかけたときに、他の色と比べると、青ってそんなに目立つ色じゃないんだ〜って思って、びっくりした」






(おと)は、私の髪、どう思う?」


「どうって?」


「どう、って‥‥‥‥‥その、見た目」そういえば、あまり言ってこなかったかもしれない。


「いるかのこと、初めて見たときにね、"碧い月"みたいだなって」


「月って、白じゃないの?」


「碧色もあるんだよ。去年の夏のやつだけど‥‥‥‥」鞄からカメラを取り出して、写真を見せる。


「うわ、‥‥‥‥‥きれい」


「でしょ。いるかの髪に似てるなって思って」


あの時は月明かりも強かったから、余計にそう見えたんだ。




「私、よくお祖母ちゃんみたいだって、言われてたんだ」

「髪、白いから。それでいじめられたりしてた。
色も、普通の人みたいに見えないけど。私は、この髪の色も、この景色も、全部好きだけど。他の人は違うんだなって、ずっと思ってた」


(おと)も、みんなと同じで、やっぱり変な子って思うんじゃないかって、ずっと怖かった。

____でも、一緒に星観たくて。

天文部、続けるためには、言わなきゃ、って」






「きれいって、言ってもらえたの、初めてだな‥‥‥‥」



いつの間にか、部屋は月明かりで照らされていて。

その髪がまた、碧く光る。


____やっぱり、きれいだ。





「‥‥‥‥よかった」


「‥‥‥‥っ、うん」




「____(おと)、ありがと」僕の胸の中で、いるかの声がする。

小さくて、あったかい。



「‥‥‥‥うん」僕もその背中に手を回した。







「‥‥‥‥いるか、泣いてる?」


「ご、ごめん‥‥‥‥嬉し、すぎてぇ」しばらく鼻をすすって、「ん、もう大丈夫」と顔を上げる。




「僕、いるかと一緒に星観たい」


「‥‥‥‥うん。私も」





空はいつの間にか晴れていて。

初めて出会ったときみたいに、月明かりが僕らを照らしていた。




小さな体温は離れたけど。

代わりに少しだけ、心臓が暖かくなった。