ミッシングリンクという言葉をご存知だろうか。


連続的に起こる物事を鎖に例え、その存在が推測されるのに発見されていない隙間。それをミッシングリンクという。


なんでそんな話を持ち出したかと言えば、私の住む街では、不可解な出来事が数多く観測されている。


それなのに、街の人々は平気な顔をして、首を傾げることも無く、ごくごく普通に生活を送っているのだ。


私がいくら声をあげようと「まあそういうこともあるわよ」とか「普通じゃない?」とか全くもって相手にされない。


直近の出来事で言えば、家を覆うようにして真っ黒な布のようなものが覆いかぶさって、まるで夜みたいに暗闇が突如現れた。真昼間なのにだ。


母にそれを訴えると「今日は家の当番なのね」なんてゴミの当番がまわってきたのと同じくらいのトーンで受け流され、私は頭を抱えた。


自室に戻って、もう一度カーテンを開けてみると、やはり暗い。じっと目をこらす。どこかに隙間があって、光が差し込んできたりはしないだろうかと。


すると、真っ暗な闇からギョロりと目玉が2つ浮かび上がった。

「ひえっ!」

肩を飛び上がらせ、カーテンをぶん投げるようにして閉め、文机の角に足をぶつけながら、部屋の隅っこへと逃げた。


こんなの、普通じゃないに決まっている。
私の街はおかしくなってしまった。みんな、友達も家族も、この変な生き物たちと普通に共存している。


私にしか見えていない、という訳でもなさそうで、逆に気持ち悪い。1か月前から私の街はおかしなことになってしまった。


つまりミッシングリンクの失われていた部分が、突如にして浮かび上がってきたわけだ。


ものが無くなったと思えば、それは小さな大根に足を生やしたような生き物が盗んで逃げていくところを目撃する。


こいつさえ目視出来なければ、ただものを無くしてしまったのだと考えることになるのだが。見えてしまうわけで……。

そんな日常に放り込まれた私は考えてみた。
そして、ひとつ仮説を立てることになった。


失われていたはずの環が浮かび上がり、円環が形成された。無くし物には必ず無くなった経緯がある。

寝苦しい日には、胸の上で何かが寛いでいることもある。


今まで見えていなかったものが見えるようになった。
それをみんなはどこか当たり前のように受け止めていて、私は困惑している。


私だけ、困惑している。


つまり、私だけアップデートが完了していない。

私だけ旧世界の感覚のまま。
ミッシングリンクの、失われた環があったという事実を脳に留めたまま、この摩訶不思議な変なモノ達と共存しなければいけなくなった。


ということなんじゃないかと私は考えたわけだ。


とりあえずその変なモノ達のことを『妖怪』と名づけることにして、その妖怪達に戸惑い、振り回される私の日常をこの書に綴っていくことにしよう。


もう、ここは私の知っている『私の街』では無い。


妖怪達が跋扈する、不可解極まりない、ミッシングリンクの隙間に落とされたのだ。


と、そんなことを書いている間にも、文机の足元に妖怪がいるではないか。

なに、その真っ白なもふもふな毛を纏った妖怪は拳3つ分くらいの大きさ。

目は見えないのか封をされたように開かず、耳だけをぴくぴくと動かしている。


こういう可愛いのもいるのかと油断して観察していると、突如その妖怪が、ぐわっと口を開けた。


そのちまちました体躯に見合わない、大きく裂けた口からはとてつもなく鋭い牙が伺える。

裸足でフラフラとさせている足を食いちぎられはしまいかと心配になるくらい、グロい。


なんだなんだと警戒していると、オエッとその妖怪は何かを吐き出す。私は咄嗟に足を開いて、避けた。なんか、汚いな。


白い何か粘液と一緒に出た。

なんだ、薄いな紙か?


キュートでグロいその妖怪が吐き出したのは手紙だった。

涎でびちゃびちゃになっているので、触れるのに躊躇したが、その妖怪がジリジリと近づいてくるので、私はさっとその手紙を取り上げ、できるだけ涎をティシュで拭き取ることにした。


妖怪は、私が手紙を取るとまた静かに文机の下でじっとしている。これを渡しに来たのだろうか。


手紙にはこう記されていた。


『その白い獣、凶暴な妖につき、滅殺対象。
手紙を受け取りし者、丁重に保護し以下の番地まで届けるよう』



白い獣とはこの目の前のふわふわした妖だろう。
自分の殺害予告を自分で持ってくるスタイルなのか。

しかし、滅殺対象とは相当な案件なのではないだろうか。私の手に負えるとは到底考えられない。


手紙を裏返す。


『放棄すれば死刑』


と追記があった。

私は手紙をそっと文机の上に置いて、一度腰を下ろす。
目の前には白いふわふわ。あのグロい口内を思い出しゾッとする。これを届けなければ死刑。


いやいや、しれっとこの白いのを逃がしてしまえば、誰が手紙を受け取ったのかなんて分からないのでは? と悪知恵が働く。


そうだ、そうしよう。

よし、と意気込み立ち上がると、手首に紋様が浮かび上がる。それは、次第に具現化され、あっという間に手首に縄がかかった。


うん? なんだこれは、と引っ張ってみるが、どうにも外せそうにない。よく見ると縄の先は、白い妖の首に巻きついているではないか。


なるほど、もうこの妖をその住所まで届けるしか無さそうだ。


「ねえ、そこのふわふわ。あなた本当はすごく怖い妖怪なの?」

「…………」


まあ、返事が返ってくるわけもない。
ということで、私はこの白い妖を在るべき場所へ届けるべく、比較的安全圏のこの自室から外へ赴かなければならなくなった。


幸い、縄をくいくいっと引っ張ってみると、その白い妖は犬の散歩よろしくついてきた。


その住所に向かって歩いている道中、この妖が凶暴と称される理由を思い知った。というのも、お散歩気分で道行く妖をばくばくと食べて歩くのである。食べ歩きである。


そうやって、自分より何倍も大きな妖を、あのグロい牙を剥き出しにして、それはもう美味しそうに食べる。


おや? と私は首を傾げる。


そのふわふわの白い妖は、ひとまわり、ふたまわり、と大きくなっていくのだ。食べて、大きく。食べて大きく。むくむく、大きくなっていく。


そこで私は気づいた。

この妖、目は見えないのかと思っていたが、ただ単純に目が細いだけで、私と同じくらいの大きさになった妖は、じろりとその細い目で私を見てきた。


そして言う。


「俺をそこへ連れていったら、一番にお前を喰ってやる」






───────END.