優の背中を見ながら,楽しかった頃の自分を思い出し,一緒に歩いている女性を見ては怒りとも嫉妬ともいえない複雑な気持ちが胃を鷲掴みするような,ギリギリと締め上げるような不快感を与えた。


「ムカつく……マジでムカつく……」


 前を歩く二人はもう随分と慣れているような,付き合いたてのカップルにはない親密な距離感があった。

 あの背中にもたれかかったこと,ふざけておんぶしてもらったこと,陸上の大会では多くの選手たちがあの背中を見ながら苦しそうにゴールしていたこと,私だけが触れることを許されていたあの背中を隣にいる女が奪ったこと,なんで私だけが不幸を背負わなくてはいけないのか,なんで裏切った男が幸せにしているのか,頭の中でぐちゃぐちゃと嫌な思いが駆け巡り,世の中すべてが由香子を拒絶し不幸を背負わせようとしているように思えた。

 なんで私だけがこんな思いをしなくちゃいけないのか,私を裏切って,私を捨てた男が笑顔を見せてよいはずがない,私から優を奪った女なんてもっとも酷い苦痛とともに地獄に堕ちればいいと思った。


「死ねばいいのに……」


 目の前を歩く二人から感じられる安心しきった空気が,由香子の心を蝕むように腐らせ,腐った肉塊が身体から汚らしくボトボトと抜け落ちていくように思えた。

 息を吸っても空気が肺まで届かないような息苦しさと,深呼吸をしようとしても肺の手前までしか空気が入っていかない苦しさでパニックになりそうだった。