由香子は大学時代から付き合っていた三歳年上の栗原優《くりはらゆう》と別れて以来,この五年間ずっと一人で生きてきた。

 優と別れてからも何度か引っ越しはしたものの,通勤時間を考え都内のマンションに住み,職場での経験とともに責任のあるポジションについて忙しい毎日を過ごしていた。

 別れた理由は,優の浮気が原因だった。

 別れた日の朝まで,由香子は優との結婚を考えていた。考えていたというより,それが当たり前だった。

 毎日遅くまで一生懸命仕事をし,業務が終わらず忙しくて休日ですら潰れることもあった。しかし由香子は仕事にやり甲斐を感じ,自分のできることを常に精一杯頑張っていた。

 そんな由香子に優も最初のころは理解を示していたが,徐々に由香子から気持ちが離れ,由香子が気付いたときには優の心は完全に離れていた。

 優の気持ちにも気付かないほど,由香子にとっては優と一緒にいるのが当たり前だった。あまりにも当たり前すぎて,自分の頑張りを理解しない優に対して,職場で怠けているんじゃないか,ちゃんと仕事ができているのだろうかと心配するほどだった。

 あの日,優から別れ話をされるまで,こんな状況になっているなんて想像もしていなかった自分が情けなく,疑うことすらなく無条件で優を信じていた自分が愚かだと痛感した。

 あの日以来,由香子は男を信用できなくなった。 学生時代の由香子は明るく真面目で,誰からも人気があった。几帳面な性格から,旅行や呑み会,サークルのイベントの幹事をよく任されて頼りにされる存在だった。

 みんなの希望に応えたくて,ネットでお店やホテルなど,なんでも一生懸命調べ常に完璧を目指していた。

 そのころ知り合ったのが同じ大学の先輩だった優だった。優は陸上部の部長で,中学生のころから国体に出場する陸上競技界では有名な選手だった。

 たまたま呑み会で席が近くなり,お互いに惹かれてすぐに付き合いはじめた。

 陸上の大会の日は必ず応援に行き,打ち上げでも隣に座っていた。誰が見ても羨ましいといわれる程,お似合いのカップルだった。

 優は大学を卒業すると,スポーツ用品を製造販売する会社に就職した。理由は,多くの大学の先輩がその会社の陸上部に入っていたからだった。陸上部に入る社員のほとんどが営業職で,仕事が終わった後は会社の近くにある運動場で汗を流していた。

 由香子は,お互いに頑張りながら成長していくような気がして,仕事でも陸上でも優が頑張っている姿を見るのが好きだった。

 由香子にとって,優は自分を癒してくれる存在だと思っていた。優も由香子と一緒にいることで毎日のストレスが解消されていると思い,優といるときは精一杯楽しみたかった。


「なあ,由香子。最近,俺たちさぁ……ちゃんと話をしてないよな……」


「どうしたの? 突然」