電話を切ると、高橋さんも異変を察知したようで一緒に対応に向かってくれることになりました。
何事かと玄関のインターホンを鳴らすと、すぐに甲高い鈴の音と共に表情を強張らせた美智子が飛び出てきました。
「やられました!」
「やられた?」
「だから、泥棒にやられたって言ってるでしょ!」
あきらかにパニックになっている美智子が、怒声を浴びせながら狂ったように夕食が並び始めたテーブルを指さしていました。
「二階に置いていたバッグが移動してるの!」
美智子がわめきながら指さす先に、確かに黒い手提げバッグが床に置かれています。どうやらそれが泥棒による仕業と訴えているようでした。
「中を点検させてもらいますね」
落ち着かない美智子を制し、奥で固まっている母親に声をかけた高橋さんが、目配せしながら家の中に入っていきます。どうやら泥棒の犯行ならまだ家の中にいると考えているらしく、それを今から検索するつもりのようでした。
――泥棒って、高橋さん本気なんですか?
高橋さんの行動に内心毒づきながらも、とりあえず犯行現場を確認します。といっても、問題の手提げバッグが置いてある周辺は雑多な物で散らかっており、正直元から置いてあったと考えても問題なさそうでした。
とはいえ、それをパニックになっている美智子に言えるはずがありません。母親の困ったように何度も背を曲げるのに観念し、仕方なく点検をすることにしました。
基本的に、警備会社の点検は外周点検から始まります。まず、外周に侵入を示す痕跡がないか確認し、その痕跡がなければ内部点検へ移行します。
今回も、基本に沿って外周点検から始めて機器の作動点検までも行いました。もちろん、結果は異常なしです。窓やドアの開閉を示す作動記録はなく、テストで機器を作動させてみましたが、やはり問題なく作動するのがわかりました。
「部屋の中に防犯カメラはありますか?」
機器に問題がないとしたら、後は防犯カメラの映像を確認するだけです。運良く防犯カメラが犯行現場を記録していたら、事の真実はすぐにわかります。
しかし、私の問いに美智子は困ったように首を横にふりました。聞けば、家の中にはなぜか一台も防犯カメラは設置されていないとのことでした。
――防犯カメラがないって、なんか変だな
外の防犯対策に気をとられていて気づきませんでしたが、よくよく考えたら室内に防犯カメラが一台もないのはおかしい気がします。
もちろん、プライベートを防犯カメラに撮影されるのは嫌だから設置しないということはよくあります。しかし、それでも金庫の前や貴重品を置いている場所に設置するのは珍しくありません。
なぜなら、窃盗の捜査において防犯カメラの映像がないのは極めて厳しい状況になるからです。現在、窃盗事件において犯人は犯行を否認するケースが圧倒的です。仮に侵入して窃盗行為を働いたとしても、侵入は認めるが窃盗行為そのものは否認するというケースが多いのです。
そのため、犯人が否認した場合に犯行を裏付ける防犯カメラの映像といったものがなければ、とたんに捜査が厳しくなります。実際に、家屋侵入の窃盗事件で住居侵入でしか起訴できなかったという話もあるくらいです。
推測ですが、あれだけ防犯対策に異常なほど気をつかっている美智子なら、そうした話は知っているはずです。さらには、実際に泥棒の存在にひどく怯えているわけですから、室内に防犯カメラを設置しない理由などないはずです。
「異常はないみたいだな」
不意にわいた疑問に訝しく思っていると、室内の検索から戻ってきた高橋さんが険しい表情で耳うちしてきました。やはり、美智子の言っていた内容は妄想か虚言でしかないようでした。
「どうします? あの様子だと問題ないと言っても信じないと思いますよ」
一人テーブルに座ってなにかを呟いている美智子の様子を伺いながら、高橋さんにどうするか尋ねます。といっても、異常がないことには代わりがないので、高橋さんもどう切り出すか迷っているようでした。
「ひょっとしたら、本当になにか説明がつかないことが起きてるのかもしれない」
「え? どういうことですか?」
「侵入した形跡が一切ない以上、この家にはなにかあるのかもしれないってことだ」
声を低く保ったまま、高橋さんが意外なことを口にし始めました。どうやら高橋さんは、美智子の話を虚言とは受け取らずに実際に起きてることとして捉え、かつ、その原因を超常現象かなにかだと考えているようにも見えました。
「ちょっと、変なこと言わないでくださいよ。まさか幽霊の仕業とか言わないですよね?」
「あながち、その線も無くはないかもな」
高橋さんは私に目を向けることなく、ただじっと家の中の様子を伺っていました。
その横顔からは、全く冗談を言っている気配は感じられず、私はこのときになってとんでもないことに巻き込まれてしまったと気づきました。
何事かと玄関のインターホンを鳴らすと、すぐに甲高い鈴の音と共に表情を強張らせた美智子が飛び出てきました。
「やられました!」
「やられた?」
「だから、泥棒にやられたって言ってるでしょ!」
あきらかにパニックになっている美智子が、怒声を浴びせながら狂ったように夕食が並び始めたテーブルを指さしていました。
「二階に置いていたバッグが移動してるの!」
美智子がわめきながら指さす先に、確かに黒い手提げバッグが床に置かれています。どうやらそれが泥棒による仕業と訴えているようでした。
「中を点検させてもらいますね」
落ち着かない美智子を制し、奥で固まっている母親に声をかけた高橋さんが、目配せしながら家の中に入っていきます。どうやら泥棒の犯行ならまだ家の中にいると考えているらしく、それを今から検索するつもりのようでした。
――泥棒って、高橋さん本気なんですか?
高橋さんの行動に内心毒づきながらも、とりあえず犯行現場を確認します。といっても、問題の手提げバッグが置いてある周辺は雑多な物で散らかっており、正直元から置いてあったと考えても問題なさそうでした。
とはいえ、それをパニックになっている美智子に言えるはずがありません。母親の困ったように何度も背を曲げるのに観念し、仕方なく点検をすることにしました。
基本的に、警備会社の点検は外周点検から始まります。まず、外周に侵入を示す痕跡がないか確認し、その痕跡がなければ内部点検へ移行します。
今回も、基本に沿って外周点検から始めて機器の作動点検までも行いました。もちろん、結果は異常なしです。窓やドアの開閉を示す作動記録はなく、テストで機器を作動させてみましたが、やはり問題なく作動するのがわかりました。
「部屋の中に防犯カメラはありますか?」
機器に問題がないとしたら、後は防犯カメラの映像を確認するだけです。運良く防犯カメラが犯行現場を記録していたら、事の真実はすぐにわかります。
しかし、私の問いに美智子は困ったように首を横にふりました。聞けば、家の中にはなぜか一台も防犯カメラは設置されていないとのことでした。
――防犯カメラがないって、なんか変だな
外の防犯対策に気をとられていて気づきませんでしたが、よくよく考えたら室内に防犯カメラが一台もないのはおかしい気がします。
もちろん、プライベートを防犯カメラに撮影されるのは嫌だから設置しないということはよくあります。しかし、それでも金庫の前や貴重品を置いている場所に設置するのは珍しくありません。
なぜなら、窃盗の捜査において防犯カメラの映像がないのは極めて厳しい状況になるからです。現在、窃盗事件において犯人は犯行を否認するケースが圧倒的です。仮に侵入して窃盗行為を働いたとしても、侵入は認めるが窃盗行為そのものは否認するというケースが多いのです。
そのため、犯人が否認した場合に犯行を裏付ける防犯カメラの映像といったものがなければ、とたんに捜査が厳しくなります。実際に、家屋侵入の窃盗事件で住居侵入でしか起訴できなかったという話もあるくらいです。
推測ですが、あれだけ防犯対策に異常なほど気をつかっている美智子なら、そうした話は知っているはずです。さらには、実際に泥棒の存在にひどく怯えているわけですから、室内に防犯カメラを設置しない理由などないはずです。
「異常はないみたいだな」
不意にわいた疑問に訝しく思っていると、室内の検索から戻ってきた高橋さんが険しい表情で耳うちしてきました。やはり、美智子の言っていた内容は妄想か虚言でしかないようでした。
「どうします? あの様子だと問題ないと言っても信じないと思いますよ」
一人テーブルに座ってなにかを呟いている美智子の様子を伺いながら、高橋さんにどうするか尋ねます。といっても、異常がないことには代わりがないので、高橋さんもどう切り出すか迷っているようでした。
「ひょっとしたら、本当になにか説明がつかないことが起きてるのかもしれない」
「え? どういうことですか?」
「侵入した形跡が一切ない以上、この家にはなにかあるのかもしれないってことだ」
声を低く保ったまま、高橋さんが意外なことを口にし始めました。どうやら高橋さんは、美智子の話を虚言とは受け取らずに実際に起きてることとして捉え、かつ、その原因を超常現象かなにかだと考えているようにも見えました。
「ちょっと、変なこと言わないでくださいよ。まさか幽霊の仕業とか言わないですよね?」
「あながち、その線も無くはないかもな」
高橋さんは私に目を向けることなく、ただじっと家の中の様子を伺っていました。
その横顔からは、全く冗談を言っている気配は感じられず、私はこのときになってとんでもないことに巻き込まれてしまったと気づきました。



