無駄とも思える特別警備を始めてから一週間が過ぎました。もはやなにも起きないと確信し、ほとんど変化のない光景の監視に辟易していたところに、夕方になって高橋さんがふらりとやってきました。

「高橋さん、やっぱり美智子さんが言っていたことは虚言か妄想だったみたいですね」

苦痛でしかない監視業務を一向に解除しようとしない会社への不満を合わせて愚痴を漏らしましたが、高橋さんは黙ったまま美智子の家を眺めているだけでした。

「湊家について、ちょっと調べてみた」

そう切り出してタバコに火をつけた高橋さんが、独自に調べた内容を語り始めました。

「亡くなった美智子の父親は、相当なやり手だった反面、家族に対しては厳しい人だったようだ。奥さんや息子たちには一切贅沢させず、自分一人が毎晩豪遊していたらしい」

高橋さんの仕入れた情報によると、亡くなった美智子の父親の評判は飲み屋以外は最悪だったらしく、その不満は今なお三人の息子たちに色濃く残っているとのことです。

「そこに現れたのが美智子という存在だ。どういうわけか、亡くなった父親は美智子にだけは湯水のようにお金を注ぎ込んで贅沢させていたらしい」

「やっぱり、亡くなった父親も娘には甘かったということですか?」

「それもあるだろうが、一つ気になるのが美智子の出自がよくわからないということだ」

「どういうことですか?」

「これはあくまで噂らしいが、美智子は産まれてすぐに孤児となった後に湊家に引き取られたそうなんだ」

表情を曇らせた高橋さんが、なにか含みをもたせるように小さく呟きました。

「亡くなった父親と母親の結婚は、両方の親が無理やり決めた結婚だったらしい。ただ、亡くなった父親には当時結婚を決めていた女性が他にいたらしく、その関係は結婚後も切れることはなかったらしい」

「ということは――」

「美智子は、その女性との間に生まれた子という可能性がある」

なにかを思案するように空を見つめたまま、高橋さんはとんでもないことを口にしました。もちろん、あくまでも噂にすぎないと言っていましたが、火のないところに煙は立ちませんから、おそらく高橋さんも信憑性があると思っているようでした。

「美智子の母親は、出産後すぐに亡くなっているそうだ。おかげで美智子は乳児院に保護されたらしいが、すぐに亡くなった父親が引き取って特別養子縁組の手続きをしたらしい」

「そうなると、母親は血のつながらない赤の他人の子の面倒を今もみていることになりますよね?」

「噂が事実だとすれば、そういうことになる。それと、美智子の出自以外にも気になる点がある。亡くなった父親は、病気ではなく事故死だった。生前は相当な釣り好きだったらしく、自前の船で度々友人たちと釣りに出かけていたそうだ」

高橋さんの調べによると、亡くなった父親の死因は船から誤って転落したことによる水死だったそうです。当時、酔ったまま船に乗ったのを港まで送迎していた妻が証言していたようで、傍若無人に遊び呆けた罰が下ったと周囲は口にしていたとのことでした。

「急な父親の死によって相続も難航したらしいが、美智子と三人の兄弟の争いを諌めたのは、母親だったらしい」

情報によれば、急死とあってか亡くなった父親は遺言書を作成しておらず、相続は法定相続の後に遺産分割協議になったそうです。その際に、美智子と三人の兄弟が激しく対立したそうですが、母親が美智子の面倒をみる条件としていくらかの金銭と家を相続し、後は三人の兄弟に全て譲り渡すことで話をつけたようです。

「結果的に会社の財産と経営権を引き継いだ兄弟も納得したわけだが、もとから特別扱いされていた美智子との関係はさらに悪くなり、今では湊家の家に兄弟が近づくことはなくなったというわけだ」

「なるほどですね。あの家はどこか寂しいと言いますか、妙な悲壮感が漂っているように感じてましたが、その裏にはそんなことがあったわけなんですね」

「まあホームセキュリティに関わっていれば、金持ちの黒い話なんてものはくさるほど見聞きするもんだ。だから、特別湊家が変だとは思わないが、ただ気になる点もなくはない」

「気になる点、ですか?」

思わせぶりに語る高橋さんに、さらに興味が深くなった私ですが、その話を聞くことはできませんでした。

なぜなら、突然会社から電話がかかってきて、至急美智子の家へ対応に向かうように指示してきたからです。