湊美智子の件について会社で話し合った結果、ホームセキュリティとは別に特別警備を実施することになりました。
内容としては、美智子の家の近くに車で待機し、外で監視を続けながら異常があった際にはすぐに現場確認をするというものでした。
この提案に、美智子は費用はいくらかかってもいいからお願いしますと、二つ返事で了承したとのことでした。
そういうわけで、早速私と高橋さんを含む数名のチームが組まれ、二十四時間体制での監視が始まりました。
ただ、当然ながら監視が始まって三日が過ぎてもなにも起きる気配はありません。完璧とも言える防犯対策をなんの痕跡も残さないまま突破する泥棒などいるはずはないのですから、チームのメンバーの大半は、おかしな現象は美智子の妄想からくる虚言だといつものように思っているようでした。
そうした状況の中、監視を続けてわかったことは、美智子は一切外出しないということでした。外出するのは母親のみで、昼前から昼過ぎに車で出かけて夕方には帰ってくるというサイクルを繰り返していました。手にした買い物袋を見る限り、身の回りの世話や買い物といった行為は全て母親に任せているようです。ただ、時折運送屋が荷物を届けているあたり、美智子もネットを使ってなにかをやっている気配はありました。
そうした僅かな変化しかない光景を眺めていたある日、不意に母親がお茶とお菓子を手に話しかけてきました。開口一番、母親がこんなことにつきあわせてごめんなさいと謝ってきたことで、私は苦笑いを浮かべながら母親に謝る必要はないと伝えました。
「あの子は、お父さんにひどく甘やかされて育ったものだから、大人になってからあんなふうになってしまってね」
家の方をしきりに気にしながらも、母親が世間話をするかのように家族の話を始めました。
「その反面、三人の息子にはお父さんは厳しくしていたのよ。娘ばかり甘やかしてなんて周りから言われてたけど、お父さんは頑固だったからね。でも、今では息子たちがお父さんの会社を立派に引き継いでくれたから、結果的にはよかったってことになるのかしらね」
美智子の前で縮こまっていたイメージとは裏腹に、元来話し好きの性格なのか、母親がざっくばらんに家庭のことを教えてくれました。
母親によると、湊家では代々父親が絶対的存在であり、美智子の父親も今どき珍しいくらいの亭主関白だったようです。その中で、末っ子の女の子として生まれた美智子は、文字通り箱入り娘として溺愛されていたとのことでした。
「でも、今の時代は女性も活躍してなんぼでしょ? けど、甘やかされて育ったせいか、あの子は社会に出てからうまくいかなかったの」
大学卒業までわがままし放題だった美智子は、一度は他県で職についたものの長くは続かず、結局いくつも転職をくり返した挙げ句に父親の会社で面倒を見ることになったそうです。
しかし、その頃には既に兄たちが会社の役職についており、美智子は適当な役職につくこともできないまま、母親の手を借りてなんとか仕事をしていたとのことでした。
「なにもできないことに見かねたお父さんが仕事の世話まで私に任せたけど、そのせいで仕事まで母親が手伝ってるって周りから陰口叩かれようになってね。結局、よかれと思ってやった結果あの子はああなってしまったの」
なにか遠くを見つめたまま語る母親の横顔に、僅かな影が広がっていました。要するに、美智子は世間知らずのお嬢様でいたがゆえに、周りからバッシングされて精神的に病んだということのようです。
その後は、父親が他界したことで相続した家に引きこもるようになり、いつしかひどく泥棒に怯えるようになっていったとのことでした。
そこまで話したところで、急に母親がバツの悪そうな顔で軽く頭を下げていそいそと離れていきました。何事かと家に目を向けると、二階の窓のカーテンを開けた美智子が両腕を組んでこちらを睨みつけていました。
――残された過保護のお嬢様か
お嬢様というには年を取りすぎていますが、今でも母親にとっては手のかかる娘に変わりはないようです。だからこそ、こうしたおかしなことにも母親は黙ってつきあっているのでしょう。
そう考えたら急に虚しくなった私は、いつものように買い物に出かけていく母親を見つめたままなんともいえない空気に身を委ねるしかありませんでした。
内容としては、美智子の家の近くに車で待機し、外で監視を続けながら異常があった際にはすぐに現場確認をするというものでした。
この提案に、美智子は費用はいくらかかってもいいからお願いしますと、二つ返事で了承したとのことでした。
そういうわけで、早速私と高橋さんを含む数名のチームが組まれ、二十四時間体制での監視が始まりました。
ただ、当然ながら監視が始まって三日が過ぎてもなにも起きる気配はありません。完璧とも言える防犯対策をなんの痕跡も残さないまま突破する泥棒などいるはずはないのですから、チームのメンバーの大半は、おかしな現象は美智子の妄想からくる虚言だといつものように思っているようでした。
そうした状況の中、監視を続けてわかったことは、美智子は一切外出しないということでした。外出するのは母親のみで、昼前から昼過ぎに車で出かけて夕方には帰ってくるというサイクルを繰り返していました。手にした買い物袋を見る限り、身の回りの世話や買い物といった行為は全て母親に任せているようです。ただ、時折運送屋が荷物を届けているあたり、美智子もネットを使ってなにかをやっている気配はありました。
そうした僅かな変化しかない光景を眺めていたある日、不意に母親がお茶とお菓子を手に話しかけてきました。開口一番、母親がこんなことにつきあわせてごめんなさいと謝ってきたことで、私は苦笑いを浮かべながら母親に謝る必要はないと伝えました。
「あの子は、お父さんにひどく甘やかされて育ったものだから、大人になってからあんなふうになってしまってね」
家の方をしきりに気にしながらも、母親が世間話をするかのように家族の話を始めました。
「その反面、三人の息子にはお父さんは厳しくしていたのよ。娘ばかり甘やかしてなんて周りから言われてたけど、お父さんは頑固だったからね。でも、今では息子たちがお父さんの会社を立派に引き継いでくれたから、結果的にはよかったってことになるのかしらね」
美智子の前で縮こまっていたイメージとは裏腹に、元来話し好きの性格なのか、母親がざっくばらんに家庭のことを教えてくれました。
母親によると、湊家では代々父親が絶対的存在であり、美智子の父親も今どき珍しいくらいの亭主関白だったようです。その中で、末っ子の女の子として生まれた美智子は、文字通り箱入り娘として溺愛されていたとのことでした。
「でも、今の時代は女性も活躍してなんぼでしょ? けど、甘やかされて育ったせいか、あの子は社会に出てからうまくいかなかったの」
大学卒業までわがままし放題だった美智子は、一度は他県で職についたものの長くは続かず、結局いくつも転職をくり返した挙げ句に父親の会社で面倒を見ることになったそうです。
しかし、その頃には既に兄たちが会社の役職についており、美智子は適当な役職につくこともできないまま、母親の手を借りてなんとか仕事をしていたとのことでした。
「なにもできないことに見かねたお父さんが仕事の世話まで私に任せたけど、そのせいで仕事まで母親が手伝ってるって周りから陰口叩かれようになってね。結局、よかれと思ってやった結果あの子はああなってしまったの」
なにか遠くを見つめたまま語る母親の横顔に、僅かな影が広がっていました。要するに、美智子は世間知らずのお嬢様でいたがゆえに、周りからバッシングされて精神的に病んだということのようです。
その後は、父親が他界したことで相続した家に引きこもるようになり、いつしかひどく泥棒に怯えるようになっていったとのことでした。
そこまで話したところで、急に母親がバツの悪そうな顔で軽く頭を下げていそいそと離れていきました。何事かと家に目を向けると、二階の窓のカーテンを開けた美智子が両腕を組んでこちらを睨みつけていました。
――残された過保護のお嬢様か
お嬢様というには年を取りすぎていますが、今でも母親にとっては手のかかる娘に変わりはないようです。だからこそ、こうしたおかしなことにも母親は黙ってつきあっているのでしょう。
そう考えたら急に虚しくなった私は、いつものように買い物に出かけていく母親を見つめたままなんともいえない空気に身を委ねるしかありませんでした。



