みなさんは、ホームセキュリティというのを知っていますか?

なんとなくテレビやネットで聞いたことはあるという人はいるかと思います。一昔前にあるプロ野球の有名な監督がcmでやっていて、『◯◯◯してますか?』のセリフは話題にもなっていました。

とはいえ、ホームセキュリティを導入するにはそれなりの費用がかかります。そのため、ホームセキュリティを導入するのは金持ちの人というのが警備業界では常識になっていました。

しかし、ここ最近は闇バイトによる家屋侵入系の強盗事件が増えたことで、私が勤める警備会社にも問い合わせが増えています。備えあれば憂いなしということなのでしょうが、正直な話、この手の犯罪に対してはあまり役に立たないというのが私の感想になります。

前置きはこれぐらいにして、早速ですが、これからホームセキュリティを通じて関わってしまったある話をしていきたいと思います。

あれは、梅雨に入ってじめじめとした日が続いていた頃でした。当時、新しい支社に転勤となってようやく環境と仕事に慣れてきた頃、夜勤明けの私に少しつきあってほしいと高橋さんが誘ってきたのが事の始まりでした。

高橋さんはこの支社では割と長く勤めているベテランの先輩隊員で、社内では困ったら高橋さんに聞けと言われるくらいみんなの頼りされているような人でした。

その高橋さんが誘ってきた内容が、とあるホームセキュリティに関するものでした。高橋さんが関与するくらいだから重要な案件かと思ったのですが、契約者が湊美智子と聞いた瞬間、私は嫌な仕事に巻き込まれたとすぐにわかりました。

なぜなら、湊美智子という名前は会社内でも有名であり、かなり変わった人だと認識されていたからです。

ただ、幸運にもこれまで彼女の家があるエリアを担当したことがなかったため、私はトラブルに巻き込まれることはありませんでした。そのため、具体的な内容は噂程度しか知らず、いよいよ貧乏くじを引いたとげんなりしたのを覚えています。

さて、これからいよいよ本題に入りますが、私が体験した内容には、いささか説明がつかない部分があります。こうしてふりかえってみても、あの事件の真相がなんだったのかはよくわかりません。正直なところ、本当に解決と言っていいのかわからないくらい曖昧な終わり方でした。

そのため、ここから先は当時の状況をリアルタイムの時系列で進めていこうと思います。そのほうが、あの不可解な事件の真相をみなさんも一緒に探ることができるのではないかと思います。

ぜひ、今も腑に落ちていない不思議な事件の謎解きにご参加していただけたら幸いです。


〜以下、当時の時系列へと変更します〜


約束の日を迎えた朝、高橋さんの運転する車に乗って美智子の家へと向かいました。彼女の依頼はホームセキュリティに関することらしく、会社からはとりあえず現場に行って現況調査を行いつつ、依頼内容を詳しく聞いてこいというものでした。

「美智子さんて、かなり変わった人なんですよね?」

普段から口数少ない高橋さんの空気に落ち着かなかった私は、それとなく話題をふってみました。しかし、高橋さんはなにか考えごとをしているのか、「まあな」と言葉を濁すだけでした。さらには、その後の私の質問にもまともに答えることもなく、なぜ私を相棒に選んだのかという理由を聞くことさえ叶わないまま、車は目的地にたどり着きました。

――なんか、高橋さんて苦手なんだよな

車からおり、閑静な住宅地を眺めながらため息をもらします。この町は海に近い場所にあることから、水産関係の仕事をしている人が多くいます。昨年亡くなった美智子の父親も、代々続く水産加工の会社をいくつも手がけていたらしく、相当な資産家だったようです。その空気を感じさせるかのような立派な木造二階建ての家が、軽い緊張に包まれた私の眼の前にそびえ立っていました。

その家には、今は美智子と母親が二人で暮らしているようです。美智子には三人の兄がいるとのことですが、みな家を出てそれぞれ父親の会社を引き継いでいるとのことでした。

「とりあえず挨拶してくるから、その間に外周を調査しておいてくれ」

立派すぎる門構えに軽く身震いしていると、早速高橋さんが指示を出してきました。美智子が契約しているのはホームセキュリティのみで、それ以外は彼女が独自に対策しているようです。事前情報では、その対策が異常なくらい神経質らしく、すでにその片鱗が門扉の上に並ぶ二台の防犯カメラからも伺えました。

あまり手入れされてるとは思えない乱雑とした庭に入り、すぐに外周から建物を観察していきます。まず目についたのは、びっしりと敷き詰められた防犯砂利でした。防犯砂利とは、人が歩くと普通の砂利より大きな音がするもので、侵入時に音を嫌う泥棒を威嚇するのに一定の効果があるとされています。

しかし、その反面、うるさい音が気になるということであまりメイン通りには使われないことが多いのですが、ここまで家を取り囲むように敷き詰められているのを見たのは初めてでした。

その耳につく音を聞きながら周囲を眺めると、やはり目につくのは防犯カメラの存在です。それも一台や二台ではありません。少なくとも十台以上の防犯カメラがあらゆる方向に向けられていて、この時点で異常なほどの対策をしているという話に納得できました。

さらに奥へと進み、侵入経路となるドアや窓、換気扇などを調べていきます。まず、ドアについては、ドアノブをさわってみて通常のドアではないことがわかりました。防犯上の理由から詳しくは話せませんが、ドアを開けるのに通常とは違う方法を用いる防犯対策があります。その対策がしっかりされており、かつ、ドア自体がかなり頑丈な作りになっていました。ただ、一つ気になったのは、ドアの右上辺りにステッカーサイズのなにかが貼ってあった跡があることでした。

次に目を向けたのは窓ガラスですが、こちらも強化ガラスに特殊なフィルムが貼ってあるのがわかりました。また、窓には当然ホームセキュリティのマグネットセンサーが付いていて、開けると異常信号が会社のコントロールセンターに行くだけでなく、威嚇のサイレンとフラッシュライトが作動するという徹底ぶりです。

そして、窓にも右上辺りになにか貼ってあったものを剥がしたような跡がありました。それがなにかはわかりませんが、とにかく防犯装置に対してだけは徹底的に手を加えているという印象だけは強く感じました。

その他、換気扇についても侵入防止用の蓋がつけられていて、その蓋をつけるためのネジも特殊な工具でしか外せない形をしたネジというこだわりぶりでした。

――防犯対策としてはやり過ぎなぐらいに完璧かな

ぐるりと一周回ったところで、そんな感想が自然ともれてきました。そして、この家を見た時から抱いていた違和感は、一気に確信へと変わっていきました。

それは、家全体から漂う悲壮感でした。外観は立派な家であり、かつ、湊家は地元で有名な資産家です。当然、多くの人がこの家を訪れてくると考えていいはずです。しかし、そうした賑わいといいますか、人の往来を感じさせるような活気といった空気が全くもってありませんでした。

そんな感想を抱いて玄関の方へ移動すると、契約者である美智子と高橋さんが玄関先でなにかを話しているのがわかりました。

――この人が、湊美智子か……

実際に本人を前にして、なぜ彼女がみんなから嫌煙されているのかすぐにわかりました。見た目は、品の良さを感じる四十代くらいに見えます。身なりも小綺麗にしていて、不快な感じは一切ありません。

ただ、異常なくらい病的に青白い顔と、そこに深々と刻まれた眉間のシワ、さらには見開いたギョロりとした眼が、あきらかに普通の人ではないと物語っていたからです。

不機嫌そうな態度の美智子に案内されるがまま重々しい玄関の扉を抜けると、すぐに大きな鈴が玄関の扉につながっているのに気づきました。どうやら扉が動くたびに鈴の音が鳴るようで、そっと扉を閉める間も耳につく音を無機質な空間に広げていました。

耳障りな音から逃げるように靴を脱いで家の中に入ると、その異様さは一気に加速していきました。全てのカーテンが閉められているため家の中全体が薄暗く、さらに雑多な物が床や目につくスペースに散乱していて、やはり人が気軽に訪ねてくるような家ではなさそうでした。

そうした異様な視覚的情報に加え、やけに肌寒い空気と妙に生臭いにおいが不気味さに拍車をかけてきます。なんといいますか、普通の家に入ったら中はお化け屋敷だったという感じでした。

そのままリビングに案内されると、キッチンでは美智子の母親らしき人がお茶の準備をしていました。ただ、母親に関しては嫌な感じは一切ありません。むしろ、ごめんなさいねと言わんばかりに小柄な背を何度も曲げるあたり、この世界で唯一まともな存在に思えました。

「それで、ご相談したいこととはなんでしょうか?」

母親が麦茶を配るのを見届けた後、高橋さんはすぐに本題に入っていきました。気のせいでなければ、母親の手は緊張しているかのように震えていました。その反面、目の前の美智子は眉間のシワを消すことなくこちらを凝視しています。この時点で、この家の主従関係が明らかになったような気がしました。

「実は、最近この家でおかしなことが続いているんです」

全くまばたきをすることなくこちらを睨みつけていた美智子がようやく口を開いた内容は、正直なところ予想外過ぎてにわかに信じられないものでした。

彼女の話によれば、この家に何者かが侵入して家の中を物色しているというものでした。最初は気のせいだと思っていたけど、片付けたはずの本が突然テーブルの上に置いてあったり、誰もいないはずの家の中で足音がしたりするといいます。

そうした現象が起き始めたのは主だった父親が亡くなった以降からのようで、何者かの侵入を危惧してすぐにホームセキュリティを導入したものの、現象が収まる気配がないといいます。そのため、現象が起きる度に防犯対策を強化しているものの、最近では誰かの気配を直接感じるようなこともあり、このままでは謎の侵入者にやられてしまうのではないかと、能面顔のまま美智子は淡々と説明しました。

「このままだと、いつか泥棒にやられてしまうんじゃないかって思うと不安なのです」

だからもっと警備を強化してほしいと、美智子は絞り出すようなかすれた声で私と高橋さんを睨みながらお願いしてきました。

「話はよくわかりました。ですが、この家はもうすでに充分対策されていると思いますが」

美智子の話を聞いていた高橋さんが、落ち着いた声で返していきます。こうしたわけのわからない話にこれまで担当エリアの隊員たちはつきあわされてきたようですから、その代表者たる高橋さんの表情にも、またかといった辟易する気配が漂っていました。

「どこが充分なんですか!」

高橋さんや担当エリアの隊員たちの心情を察していたところ、突然、美智子はテーブルを両手で叩いて身を乗り出しながら叫び声を上げました。

「そうやってあなた達は毎回馬鹿にしているみたいだけど、実際、誰かが家の中をうろついているのは間違いないんですよ! だから、今の対策で充分なわけがないでしょ!」

一気に興奮した美智子が、金切り声を上げるように高橋さんに詰め寄ってきます。その間、四画面になっている防犯カメラのモニターに目を向けていた私は、美智子の勢いが落ち着くのを待って声をかけることにしました。

「あの、防犯カメラにはなにか映っていませんでしたか?」

敵意むき出しとなった美智子に恐る恐る尋ねると、彼女はきつい眼差しを私に向けながら無言で首を横にふりました。

――あれだけの数の防犯カメラに映ってないのはおかしな話だな

美智子の威圧感に萎縮しながらも、さっき見た防犯カメラが頭をよぎっていきます。あれだけ死角がない状況の中で侵入できるとしたら、犯人は透明人間以外に考えられません。

その上、透明人間だったとしてもさらに問題があります。隙がないほど対策された窓や扉に加え、ホームセキュリティそのものを犯人がどうやってすり抜けたのかが疑問になってきます。

「わかりました。とりあえず会社に報告して対策を考えたいと思います」

これ以上は話をしても無駄だと感じたのか、高橋さんは美智子の話をあっさり引き受けることにしたようです。

「よかったんですか? こんな案件引き受けて」

話を終えて車に戻る途中、黙ったままの高橋さんにさりげなく尋ねてみました。通常、こうした相談については一度担当営業に確認するか、少なくとも支社の責任者に一言相談してから案件を引き受けるようになっています。ですが、高橋さんはそれをせずに引き受けたことが少し気になっていました。

「あの家、どう思った?」

私の問には答えず、代わりに高橋さんが質問してきました。どうやら、美智子の家を担当したことがない私の率直な感想を知りたいようでした。

「なんといいますか、一言で言いますと異常だと思いました」

「異常?」

「はい、だって、あのやり過ぎなくらいの防犯対策からしても普通ではないですよね? それに、美智子さん自体がまともとは思えませんでした」

高橋さんの意図を汲み、とりあえず感じた内容をそのまま伝えます。しかし、高橋さんは私の話に同意する様子はありませんでした。

「あの表に設置してある防犯カメラ、実は全部ダミーなんだ」

「え?」

私が同意してくれないことに不満を抱いたのがわかったのか、高橋さんは頭をかきながら予想外のことを口にしました。

「ダミーって、でも、確かに防犯カメラの映像を映したモニターがありましたよね?」

「もちろん、本物のカメラは一見しただけではわからない位置にちゃんと設置してある」

「だとしたら、なんでそんなことをしているんですか?」

「それは防犯カメラの弱点を知ってるからだろうな。防犯カメラは、レンズを塞がれたりケーブルを切られたらなんの役にも立たないだろ? 最近の泥棒は、犯行に及ぶ時にはまず防犯カメラをつぶしてくることがほとんどだ。だから、防犯対策としてダミーカメラをおとりにして本物のカメラをつぶされないように設置するというのは、ある意味有効な方法ということになるんだ」

高橋さんの説明に、私はなるほどとうなずくしかありませんでした。確かに、最近泥棒にやられた現場では、防犯カメラのレンズをスプレーでだめにされたりケーブルを切られているケースが増えているのは事実でした。

「それに、あの家には本来あるはずのものがなかった。いや、もともとはあったんだが今日見たら外されていた。それがなにかわかるか?」

不意に問われ、私は考えたものの答えはわかりませんでした。そんな私の様子を見た高橋さんは、苦笑いしながら道具入れから一枚のステッカーを取り出しました。

「会社のステッカー、ですか?」

高橋さんが取り出したのは、ホームセキュリティや機械警備を設置した際に配布する警備会社の名前入りステッカーでした。それを見た瞬間、一気に記憶が外周を点検していた時に戻りました。

――確かに、なにか剥がしたような跡があった

記憶に刻まれた光景をひっぱり出し、橋本さんの答えを重ねていきます。あのとき見た窓や扉には、ステッカーサイズのなにかを剥がした跡がありました。

「でも、なぜわざわざステッカーを剥がしたんですか? 防犯を考えたら警備会社のステッカーを貼ってたほうがいいと思うんですけど」

「それが、必ずしもそうとは限らないんだ。実は、随分昔に外国人グループによる強盗まがいの侵入事案が多発した時期があってな。そのときに捕まった犯人が言っていたのが、警備会社のステッカーが貼ってある家を狙えってことらしいんだ」

「警備会社のステッカーが貼ってある家を狙えって、そんなリスクをわざわざ犯人が選んでいたんですか?」

「泥棒いわく、犯行におよんだ時に一番の不幸はなにも盗む物がなかった時らしい。だが、どんなに下見したとしてもどの家が確実かなんてわからないもんだ。そこで目をつけたのが警備会社のステッカーだ。わざわざホームセキュリティを設置するくらいだから、当然金目の物が置いてあると考えたってわけだ」

「なるほど、そういう理由があったんですね」

「最近は闇バイトによる強盗が多発しているだろ? あの手の犯行にはホームセキュリティはあまり役に立たないのが現状なんだ。犯人はそんなものお構いなしに襲うような連中だから、警備会社のステッカーなんて貼ってたら、かえって下見の時に候補にあがる可能性が高くなってしまいかねないからな」

「だから、ステッカーを剥がしたというわけなんですね」

「それだけじゃない。あの窓と扉を見てわかったと思うが、物理的な攻撃にもちゃんと耐えられるようにしてあった。つまり、泥棒が強引に侵入してくることも想定して、物理的にも心理的にも侵入できないようにしてあるんだ」

高橋さんの説明に、再び脳裏に点検していた時の光景が広がってきました。あの敷き詰められた防犯砂利やフラッシュライトに威嚇のサイレン装置は、確かに泥棒の犯行を心理的に断念させるには充分な対策と言えそうです。

「まあ、一見したら確かに異常に見えるが、一つ一つ見たらちゃんと理にかなってるのも事実だ。美智子の異常性は否定しないが、果たして本当に異常なのかどうかは、あの計算された防犯対策を見る限りなんとも言えないのが俺の本音だ」

そう締めくくった高橋さんに、私も今は同意するように頷くしかありませんでした。

果たして湊美智子は本当に異常なのか?

異常だから、ありもしない泥棒の存在を訴えているのか?

それとも、異常ではなく本当に泥棒の存在を感じているのか?

その答えを探るうちに、この後不可解な現象に巻き込まれることになったのです。