人生で一曲だけ、聞き返せない曲がある。
カセットテープレコーダーに録音されたchapter5。
古びたカセットテープに刻まれた音声は、私の青春のだった。
#
二十歳の時、大学の授業の合間を縫って教習所に通って自動車免許を取った。当時はハンドルを握って一般道を走っただけで、もう絶対に東京では運転しないと固く心に誓った。車こわい。運転してる人すごい。
あれから、早8年。
私は今、都内のレンタカー屋で借りた5人乗りのコンパクトカーの運転席でハンドルを握っている。
まだ太陽も上らない早朝5時に出発したけれど、予想通り首都高の渋滞にハマった。先行車のナンバープレートばかり眺めていると、うつらうつらとして徐々に瞼が降りてくる。
パァ! という後続車のクラクションで再び意識が戻る。慌ててアクセルを踏み込んだ。
高速に入る前に近くのコンビニで買った缶コーヒーを口に含んで、あくびを噛み殺す。
20代前半の時は、一徹どころか三徹くらいしても余裕で車を運転する体力があったけど、やっぱ25超えて同じことをしたら、どうにも体が悲鳴をあげる。ここ最近、取り憑かれたようにしていた仕事をしていたせいだ。ロクな睡眠も取れていなかったのだから、自業自得だ。
気分転換で運転席の窓を開けると、排気ガスの匂いと冷たい風が吹き込んできた。ハンドルを人差し指で叩きながら、鼻歌を転がすように歌う。ビル群の隙間から差し込む日の光に思わず目を細める。
これから私が行先を照らす光の階段のように続いていく。
首都高を抜けると、車が流れ始めた。
渋滞に苛立っていただろう後続車が次々に私の車を追い抜いてゆく。
東北自動車道の標識を見つけ、右車線に車線変更。何年運転していても、やはり合流は緊張する。ウインカーを出して、合流車線から直進していた大型トラックの後ろにつけた。ほっと肩を撫で下ろす。
『目的地まで残り170キロメートルです』
カーナビのアナウンスが淡々と流れて来る。
ここから目的地まで平坦な道が続く。
本格的に眠気との戦いだ。
ハンドルのボタンを操作して、FMラジオをつけた。適当に周波数を変えていると、ラジオMCの声で手を止めた。電波が悪いのか、ところどころノイズが混じってMCの声が飛び飛びだ。
『長い冬が明け、ようやく暖かい春の──感じされる今日。そして、本日──は、かつて日本で──の日でもあります。私も当時、20になったばかりで──』
もう一度、ボタンを押そうとしていた手を止めた。
『それでは──ください。スピッツで、春の歌』
春の陽気を感じさせるイントロが、スピーカーから流れて来る。
私はボタンに置いた親指をずらして、再びハンドルを握りしめた。さらにアクセルを踏み込むと、緩やかに加速し始めた。春の日差しで照らされたアスファルトを、風を切って走る。
これからは人生100年時代だと、どこかのネットニュースの記事で読んだ。
そんな長い長い人生の中、人生の分岐点は何処かと問われたら、私は迷わず答えるだろう。
高校三年生、たった一年だけ過ごしたあの場所で──私の人生は変わった、と。
今日、私は会いにいく。
かつての私に、青春をくれた彼等に。

