糸屋って知ってるか?
駅までの道のりをゆっくりと歩きながら、篤久の話を聞いた。
「糸屋?」
どんな店なのか想像ができなかった。篤久のことだから、大盛りサービスの充実したラーメン屋か。
いいや、それなら美希は無関係。僕の背中に痛烈なダメージを与える必要はない。
ならば、彼女を誘いたい店か?
僕の脳内では、いかにも女子が「カワイー」と写真を撮りまくるだろう、ファンシーなカフェしか浮かばなかった。経験不足で、しかも想像力が貧困だ。
女子が集団で訪れる店への偵察は、単独だとキツいのは理解する。だが、男ふたりで行ったところで、場違い感は変わらない。むしろ、羞恥心が二倍になるだけだ。
さすがに断ろうかと思ったが、どうやら篤久の言う糸屋は、僕の脳内にある店とはまるで異なるものであるらしい。
市内でも、デートに向いている飲食店やカラオケなどの商業施設が集まっているのは、学校の最寄りバス停からバスに揺られて十五分の商業地区。
しかし、糸屋があるのは学校から徒歩で行ける――僕らは家から一番近い高校を選んで受験したので、小さい頃からしょっちゅう通っている、商店街だった。
東京のなんとか銀座みたいに、テレビの取材が入ったり、観光スポットになる場所じゃない。僕がもっと小さかったころよりも、ずいぶんとシャッターが下りたままの店が多くなった。
閉店した店舗を、格安で貸し出す事業も始まっているようで、糸屋はそういう経緯でオープンしたばかりの店なのかもしれない。若者が都会に流出するのを防ぐ目的もあり、そういえば先日も、手作りアクセサリーを売る店がオープンしていた。
好きな子へのプレゼントを買いたいのか、と問えば、ちょっと違うと言う。
「糸屋ってさ、噂があんだよ」
「噂、ねぇ」
商店街の隅の隅、住宅地との境目にあるその店は、一見するとただの古民家だった。看板も何もなく、引き戸の出入り口があるだけだ。
糸屋は、その名前の通り、糸や紐、リボンなどを販売している店だった。
「手芸品店?」
というわけでもないそうだ。針や布はなく、本当に「糸」やそれに類するもの全般しか扱っていない、なんともニッチな店である。
金持ちの道楽でやっている店なのか、はたまたこだわりのセレクト品や珍しい輸入の品物などを扱っている、知る人ぞ知る名店なのか。
贈り物にしては人を選ぶし、元体育会系男子である篤久が、用事のある店ではない。だからこそ、「噂」について入店前に聞くべきだろう。
篤久は、「こないだ聞いたんだけどさ」と切り出した。
「この店、縁結びや縁切りができるらしいぜ」
思わず、まじまじと彼の顔を見つめる。
野球に打ち込んでいた篤久は、それにふさわしい体格をしている。運動とは無縁の僕とは比べようもなくたくましい彼が、恥ずかしそうに頬を染めている。
色が白いのならまだ格好もつくだろうが、篤久は地黒だし、長年の屋外活動の結果、ずっと日焼けしている。可愛いとはとても言えない。
年相応か、それ以上にごつくて、夢見る乙女という風貌ではない篤久が、「縁結びのおまじない」について話をするのは、ギャグでしかなかった。
思わず笑いそうになって、口元を押さえる。手の内側では、唇が変な形に歪んでいる。
「赤い糸を買って、五円のおつりをもらえばいいらしいぜ」
「ふーん」
子どもの頃から遊んでいる商店街だが、そんな噂話は初めて聞いた。店の存在すら知らなかったから、当たり前だが。
「逆に縁切りしたいときは、白い糸なんだって」
そして篤久は、赤い糸を買いに来た。
駅までの道のりをゆっくりと歩きながら、篤久の話を聞いた。
「糸屋?」
どんな店なのか想像ができなかった。篤久のことだから、大盛りサービスの充実したラーメン屋か。
いいや、それなら美希は無関係。僕の背中に痛烈なダメージを与える必要はない。
ならば、彼女を誘いたい店か?
僕の脳内では、いかにも女子が「カワイー」と写真を撮りまくるだろう、ファンシーなカフェしか浮かばなかった。経験不足で、しかも想像力が貧困だ。
女子が集団で訪れる店への偵察は、単独だとキツいのは理解する。だが、男ふたりで行ったところで、場違い感は変わらない。むしろ、羞恥心が二倍になるだけだ。
さすがに断ろうかと思ったが、どうやら篤久の言う糸屋は、僕の脳内にある店とはまるで異なるものであるらしい。
市内でも、デートに向いている飲食店やカラオケなどの商業施設が集まっているのは、学校の最寄りバス停からバスに揺られて十五分の商業地区。
しかし、糸屋があるのは学校から徒歩で行ける――僕らは家から一番近い高校を選んで受験したので、小さい頃からしょっちゅう通っている、商店街だった。
東京のなんとか銀座みたいに、テレビの取材が入ったり、観光スポットになる場所じゃない。僕がもっと小さかったころよりも、ずいぶんとシャッターが下りたままの店が多くなった。
閉店した店舗を、格安で貸し出す事業も始まっているようで、糸屋はそういう経緯でオープンしたばかりの店なのかもしれない。若者が都会に流出するのを防ぐ目的もあり、そういえば先日も、手作りアクセサリーを売る店がオープンしていた。
好きな子へのプレゼントを買いたいのか、と問えば、ちょっと違うと言う。
「糸屋ってさ、噂があんだよ」
「噂、ねぇ」
商店街の隅の隅、住宅地との境目にあるその店は、一見するとただの古民家だった。看板も何もなく、引き戸の出入り口があるだけだ。
糸屋は、その名前の通り、糸や紐、リボンなどを販売している店だった。
「手芸品店?」
というわけでもないそうだ。針や布はなく、本当に「糸」やそれに類するもの全般しか扱っていない、なんともニッチな店である。
金持ちの道楽でやっている店なのか、はたまたこだわりのセレクト品や珍しい輸入の品物などを扱っている、知る人ぞ知る名店なのか。
贈り物にしては人を選ぶし、元体育会系男子である篤久が、用事のある店ではない。だからこそ、「噂」について入店前に聞くべきだろう。
篤久は、「こないだ聞いたんだけどさ」と切り出した。
「この店、縁結びや縁切りができるらしいぜ」
思わず、まじまじと彼の顔を見つめる。
野球に打ち込んでいた篤久は、それにふさわしい体格をしている。運動とは無縁の僕とは比べようもなくたくましい彼が、恥ずかしそうに頬を染めている。
色が白いのならまだ格好もつくだろうが、篤久は地黒だし、長年の屋外活動の結果、ずっと日焼けしている。可愛いとはとても言えない。
年相応か、それ以上にごつくて、夢見る乙女という風貌ではない篤久が、「縁結びのおまじない」について話をするのは、ギャグでしかなかった。
思わず笑いそうになって、口元を押さえる。手の内側では、唇が変な形に歪んでいる。
「赤い糸を買って、五円のおつりをもらえばいいらしいぜ」
「ふーん」
子どもの頃から遊んでいる商店街だが、そんな噂話は初めて聞いた。店の存在すら知らなかったから、当たり前だが。
「逆に縁切りしたいときは、白い糸なんだって」
そして篤久は、赤い糸を買いに来た。
