六日目の朝、どこかの家のつきっぱなしのテレビから、私が殺した人たちの情報が流れる音を聞く。その中にお父さんとお母さんの名前もあった。
 そしてふと、ゆずるを十人目にすると決めていたのに、ノルマが増えたせいで忘れていたことを思い出す。

「ねえミルキー、私、何人殺した……?」
「二十八人なのです」
「そっか。らいむを生き返らせるのに、足りそう?」
「……うーん、ぎりぎりいけるかもです?」
「まだ足りないってこと? もう二、三人殺した方がいい?」

 二十八人、そんな数字を聞いても現実味がない。あと少し増やすくらい誤差の範囲だった。

「そうですねぇ、あと少しあった方が安心なのです」
「わかった……」

 あちこちで救急車やパトカーの走る音が聞こえる。もしらいむの死体を先に警察が見つけたら、連れていかれてしまう。自分が捕まるよりもそんな心配から、私は急いた。
 家まで戻ってゆずるを殺すのは後でいい。まずはらいむを生き返らせなくては。

「らいむ……まっててね……」

 らいむの死体を川の底に沈めたまま、どこかに打ち上げられないよう、誰にも見つからないよう、私は水で圧迫するようにして魔法で閉じ込めた。

 警察も近くを彷徨いている。私は次のターゲット探しに難航した。最悪捕まるのは構わないけれど、それはらいむを生き返らせてからの話だ。
 不意に、ミルキーが「りんごちゃん」と声をあげると同時、別の声も聞こえてきた。

「あ、見つけた……あいつだよ、魔法少女殺し!」
「あの子が……よくも、ざくろちゃんの仇!」
「……うるさい。今忙しいの、邪魔」

 昨日魔法少女を殺しすぎたからか、他の魔法少女たちが襲ってくるようになった。もうどこにも味方は居ない。やはり私にはミルキーだけだ。
 躊躇することなく返り討ちにして、私は一息吐く。心が痛むのは一瞬だけで、ターゲット探しの手間が省けたな、なんて思ってしまった。

「りんごちゃん、エネルギーはたまったのです。あとはどうするのです?」
「らいむを生き返らせる……ゆずるを殺す……」
「ゆずるくんは今警察なのです、お話聞かれてるのです」
「……私が犯人だって、証言してるかな……先に殺せばよかった。まあ、もう普通にしててもバレるだろうけど……」

 早くらいむを生き返らせよう。ついでに子犬も生き返らせたら、らいむは溺れたことを夢だと思ってくれるかも知れない。
 私はふらふらと川縁に向かう。そして、魔法で彼女と子犬を引き上げ、河川敷に横たえる。

「……ごめんね、らいむ」

 彼女の顔を見て、その苦痛がありありと感じられた。
 あの時躊躇せずに魔法で彼女を引き上げていたら、死なせずに済んだかも知れない。冷静になった今になってようやくそんな考えに至り、申し訳なさに涙が溢れた。

「今、生き返らせてあげるから」

 魔法を使い、私は蘇生を試みる。今までより広範囲に青い光が溢れ、周囲の人の目にも触れた。
 らいむを見てか、それとも人殺しの私を見てか、どこからか「警察」なんて声も聞こえたけど、今はそんなの気にしていられない。
 集中しなくては。らいむを取り戻すためにここまでやってきたのだ。
 しかし、どれだけ頑張っても、らいむや子犬が目を覚ますことはなかった。

「……、……なんで? なんで生き返らないの?」
「りんごちゃん」
「ミルキー……どうなってるの? エネルギー足りない? ねえ、あと何人殺せばらいむは生き返るの!?」

 私がミルキーを問い詰めていると、警察が到着したようでこちらに駆け寄ってくる人の姿が見えた。
 相手は複数だ。彼らを殺すにしても、今はエネルギーが足りない。私は断腸の思いでその場を離れた。
 らいむの遺体は警察が連れていくだろう。早くなんとかしなくては。

 あの日ミルキーの夢に付き合うと話した人目につかない路地裏に隠れ、私は改めて問い詰める。

「ねえ。さっき、なんで失敗したの?」
「りんごちゃんは、ゆずるくんを殺してないのです。最大のエネルギーがまだ確保できてないので、ミルキーが一旦お預かりしたのです」
「お預かり……?」
「はいなのです。死体に無駄打ちされる前に、ミルキーが回収したのです」
「無駄打ちって……」
「おめでとうなのです。渾身の魔法が叶わなかった絶望に、またエネルギーが増えたのです!」

 つまり私の魔法はらいむに届く前に、ミルキーが掠め取っていたのだ。
 邪魔された怒りと、焦り、それから思い出したゆずるへの殺意が一緒になり、私の思考はゆずる殺害へと切り替わる。

「なら、ゆずるを殺したら、回収した分返して。そのエネルギーと合わせてらいむを……」
「ところでりんごちゃん。ゆずるくんは、りんごちゃんを探してって警察に相談しに行ったのです」
「……は?」
「両親があんな死に方して、家族はもうりんごちゃんしか居ないんだから当然なのです」
「……私が犯人だって、捕まえようとしてたんじゃないの?」
「そうじゃないのです。両親の死はショックみたいですけど……行方不明のりんごちゃんのことも案じてるのです。両親さえ居なければ、きっといい弟さんなのです」
「そんなわけ……」

 ここに来て、私の心は揺らぐ。こんな家でなければ、こんな育てられ方されなければ、確かに仲の良い姉弟で居られたのかもしれない。
 けれどミルキーは、そう思わせてから、またしても私の心を掻き乱した。

「でもまあ、殺すのです! ゆずるくんは、らいむちゃんの夢を叶えてくれる男の子かもしれないのです。その子を殺せば、もう頼れる相手はりんごちゃんだけなのです」
「……」

 本当に、そうだろうか。私はもう捕まってしまうだろう。だとしたら私は、またしてもらいむの夢を奪うのか。
 らいむは生き返らせてくれた恩を感じて、一瞬でも私にまた笑顔を向けてくれるだろうか。それとも死んだのはおまえのせいだと糾弾するだろうか。
 らいむのために生き返らせたいと思っていたのは、全部自分のためだったのだろうか。
 ぐるぐると悩んで、私は動けなくなった。その場に座り込むと、ミルキーが気遣うように頭を撫でてくれる。こんなことをされるのは、何年ぶりだろう。

「今日はもう休むのです。おうちは規制線張られてますけど、今は警察も居ないのです。帰るのです」
「……ううん。ここでいい……」

 町の喧騒が遠くに聞こえる暗くて汚ない路地裏で、麻酔が切れたみたいに疲れた心と体はじわじわと感覚を取り戻す。
 どこからかニュースの音が聞こえてきて、被害者家族の悲痛な言葉や、殺した人達の名前や年齢を知る。彼らはエネルギー源などではなく、ひとりひとり人生を持った人間だった。それを今更ながら痛感した。

「……何で、こんなことになっちゃったんだろ」

 ぐるぐるとした思考が魔法石の中で微弱な光となって渦巻く。それを眺めている内に、私は疲れて眠ってしまった。


 七日目。今日で試験終了だ。魔法の力を使えるのも、あと少し。
 今更どれだけ悩んでも、ゆずるを殺すしか選択肢はもうないのだろう。
 何もかも捨て去る覚悟で、らいむを生き返らせることだけを願い、私は今ゆずるが居るらしい警備体制の敷かれたホテルに向かう。

 私は指名手配されてるかもしれないし、ゆずるが捜索を出しているなら見つかって大事になっても困る。
 路地裏で少し回復したエネルギーで魔法を使って、私はその警備を抜けホテルに入り込んだ。
 ミルキーが教えてくれた部屋に辿り着き、私は深呼吸してから、ノックをした。

「ゆずる、居る?」
「……りんご姉!?」

 勢いよく開いた扉。ゆずるは私を見て、涙を浮かべる。本当に、心配してくれていたのだ。
 今ならまだ間に合うだろうか。姉弟としてやり直せるだろうか。
 否。もう私には、そんな道は残されていない。

「どこ行ってたんだよ……! 父さんも母さんも、あんなことになって……りんご姉まで……」
「うん……ごめんね、ゆずる」

 私はあの時彼の手から奪い返したらいむのボールペンで、ゆずるの首を刺した。
 驚愕、絶望、苦痛、困惑、いろんな感情の混ざりあった顔で、ゆずるがその場に倒れる。
 私は彼を振り返ることなく、その場を後にした。

「お見事なのです! 魔法が使えないからどうするのかと思えば……直接手を下すなんてさすがなのです」
「……エネルギー、今のでかなり回復したよね」

 初めて人を刺した。その感触は思ったより生々しい。震える手を固く握りながら、ホテルの空室に身を潜めた私は問いかける。

「……ねえ、前にさ、私自身のエネルギーからもチャージできるって言ってたでしょ? 時間、もうあんまりないから……それ出来る?」
「はいなのです。りんごちゃんのエネルギーを直接魔法石に注ぐのは、負荷が大きいけど大丈夫です?」
「うん。どうせ、後の人生ろくなものじゃないもの」

 幸せになりたかった。願いを叶えたかった。それなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

「わかったのです。どれくらい注ぐです?」
「……今日を乗り越えられたら……ううん、らいむとまた会えたら、後はもうどうでもいい」

 らいむを生き返らせて、この地獄のような現状を彼女に知られたら、きっと軽蔑されてしまうだろう。
 やり直せたらと夢見たものさえ叶うはずないと諦めて、私はただ、彼女を生き返らせひと目また会えることだけを願う。

「それじゃありんごちゃん、ミルキーが移すお手伝いするのです! そこにふかふかのベッドがあるのです、横になるといいのです」
「うん……」
「すぐに終わるのです、ゆっくりしてるのです」

 ベッドに横たわると、心身ともに限界だったのだろう、すぐに睡魔が襲う。けれど寝ていられない。魔法石を握り締めて、私は少しの苦しさと共に自分の体からエネルギーが抜けていくのを感じながら、ぼんやりとミルキーを見上げる。

「りんごちゃん、今見るなら、どんな夢がいいです? 叶わないものでもいいのです。夢なんですから」
「……そうだな……らいむとお店屋さんをするの……遠くの町に逃げて、二人だけで、新しくやり直すんだ。私はゆずるみたいな男の子になって、新婚さんだってお客さんにからかわれながら、らいむと笑い合うの」

 全て失い絶対に叶わない想像をして、涙が滲む。

「りんごちゃんの夢は、らいむちゃんありきなのです?」
「うん……そうだね」
「……ここで悲しいお知らせなのです」
「?」
「らいむちゃん、りんごちゃんの魔法の水圧で本来よりも状態があれだったのです。連絡がつかなくなった時期と遺体の状態の差……怪しまれて、司法解剖されてるのです」
「解、剖……? 私のせいで、らいむが切られてる……?」

 らいむがケーキ作りのために果物を切り刻んでいる光景が、ぼんやりと頭の中に浮かんだ。
 甘い香りに、楽しそうな顔、器用な指先に、やがて仕上がる美味しそうなケーキ。その光景を側で見るのが、私は好きだった。

「……あと、もう一個悲しいお知らせなのです」
「なに……?」
「りんごちゃんが頑張ってるから、ずっと言い出せなかったのです……」
「……何を……?」

 こんなにも良い淀むミルキーは初めてだ。嫌な予感がして、私は起き上がる。強い貧血みたいな感覚に、ぐらりと眩暈がした。

「……らいむちゃんは、もう生き返れないのです」
「…………え?」
「死んですぐならまだ望みはあったのです。でももう、こんなに時間も経って、死体の状態もあんなのじゃ……あれを生き返らせるなんて無理だって、りんごちゃんだって薄々気付いてたんじゃないです?」

 見て見ぬふりをして来た現実。本当は川から引き上げた時、気付いてしまった。けれどそれを自覚したらもう、立っていられなかった。見て見ぬふりをして、わずかな希望に縋るしかなかった。

「……待って、だって、私、そのためにこんなに殺して……」
「わかってるのです。だから、言えなかったです……」

 嘘だ。言うタイミングならいくらでもあった。寧ろ唆して来たのはミルキーだった。
 このぬいぐるみはずっと、味方のふりをして私を騙してきたのだ。

「じゃあ、私は、なんのために……」

 町の人を、魔法少女を、両親を、弟を、多くの人をこの手で殺した。
 改めて突きつけられた、唯一の希望を打ち砕かれた絶望、唯一の仲間の裏切り、喪失感と罪悪感、悲しみと怒りに苛まれて、私はミルキーを殺そうとした。
 けれど魔法石に奪われている私自身のエネルギーは、きっと寿命のようなものなのだろう。強い感情に支配されても、もう指先ひとつ動かない。
 ベッドに倒れ込み、涙で溺れそうになりながら、死にかけのような呼吸を繰り返す。

「せめて、らいむちゃんとお空の上で仲直り出来るといいのです」

 それはあの日ミルキーが言っていた言葉だ。あの時にはもう、こうなることがわかっていたのだろうか。
 悔しさや苦しみも魔法石の糧となり、強い青い光に照らされた私はその眩しさに目を閉じる。
 もう何も考えず、せめてその幸せな光景の夢を見て、終わりたかった。

「……まあ、りんごちゃんが行くのはお空じゃなくて、地獄の方かもしれないですけど」
「……」
「でも、ありがとうなのです! りんごちゃんのお陰で、ミルキーは多分優勝なのです!」

 私は幸せな夢を見ることさえ叶わないらしい。始まりの日に見た、空からの美しい景色。それをらいむと眺めたかった。
 最後に彼女の笑顔を思い返そうとして、それさえ叶わぬまま、私は息をするのをやめた。


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