憧れの魔法少女のマスコット選抜試験、通称『デスペア』。
 その選抜方法は『いかに担当魔法少女を絶望に落とせるか』。希望と力を与え、信用させ、それからその心を壊し、時には死をも厭わない。
 つまり自分ではなく、仮パートナーの魔法少女の心と命を用いた、残酷なゲームのようなものだ。試験に利用される人間たちには、どう足掻いても悲惨な未来しかない。

 試験概要の説明を終えた会場は明るくなり、今は受験者同士の作戦タイムらしい。中には協力してクリアしようとしているマスコットもいるようで、あちこちで相談の声が聞こえた。

「ねー、メルティー、大丈夫?」

 未だに受け入れられず呆然としていると不意に声をかけられ、ボクはつぶらな瞳のくまを見上げる。こんな人畜無害そうな顔をして、彼は過去にもこんな残忍な試験に臨んだのだろうか。

「……アポロ、三回目って言ってたよね? 過去二回とも同じ試験内容だったの?」
「うん、そうだよ。でも、二回とも失敗しちゃって……」
「それって……」

 アポロの言葉に、わずかな希望が芽生える。もしかしたら、彼もボクと同じ葛藤を抱えているのかもしれない。
 しかし、そんな希望はすぐに打ち砕かれた。

「えっとねー。一回目は絶望を与える前に、パートナーが別の魔法少女に殺されちゃって」
「え……」
「居るんだよねー、得点にさせないために妨害してくるライバル。お陰でぼくの得点はゼロ」
「そんな……それって、そいつがパートナーに他の魔法少女を殺すように促したってこと?」
「さあ、ぼくはその後すぐに失格になっちゃったからわかんないけど……試験期間は一週間しかないし、その期間で人間に人間を殺すよう唆せるんだから、すごいよねー」

 試験に受かるために、人間を手にかける同族が居る。それも自分の手を汚さず、パートナーにやらせている。その事実に思わず絶句した。

「二回目は妨害される前に片をつけようと思って焦ってさ、うっかり幸福になりきる前に絶望を与えちゃって」
「それは……どうなったの?」
「その子『魔法をもってしても自分の人生にはいいこと一個もない』って悲観して、自殺しちゃったんだよねー……感情の触れ幅もそんなになかったし、もっと上げて落とすを徹底しないとダメみたい。ぼく、今回こそしっかり絶望させたいな」
「……そう」

 一瞬の希望が絶望を増幅させるというのは、どうやら本当らしい。
 アポロの言葉に、ボクは思い知らされた。

 憧れの裏側の真実、誰かの不幸の上に成り立つ幸福。パートナーとは名ばかりの生け贄。

 あまりのことに、ボクは試験そのものを辞退するか悩んだ。実際何人かの今回が初参加であろうマスコットたちは、試験を辞退するようで係員に声をかけていた。
 ボクもそちらに踏み出し掛けたところで、頭上からのんびりしたアポロの声がする。

「あー。辞退、今年も結構居るんだねー、可哀想に……」
「可哀想?」
「だって、試験内容を知って辞退なんて、許されないでしょ? 魔法少女とマスコットは憧れの的。それがこの世界の理で、それがある種信仰のかたちにもなる。それもまたぼくらの力になるんだから」

 アポロの言葉に耳を傾けながら、ボクは辞退を申し出たマスコットたちがスタッフの黒服たちにどこかにつれて行かれるのを見送る。

「試験に臨んで落ちたならまだいいよ、最初乗り気じゃなくても終われば覚悟は決まるし。何なら自分の行いを正当化するために、ポジティブな解釈をする」
「……」
「けどもし最初から拒否する精神で試験のことを広めたなら、それはネガティブなものとして扱われるでしょ? この世の理を曲げて、根底のエネルギーを否定し侵害することになるもん。そんなの許されない」
「……なるほど、ボクたちにとって当たり前のもの……呼吸や飲食の仕組みを全否定して、さらに空気や食べ物を減らして妨害してくるようなものか……」
「そういうこと。許されないよねー」
「……なら、辞退したみんなは、どうなるの?」

 こんな話をしていても、アポロの表情は変わらない。なんたって、いつでも人間の味方のような、愛らしいくまのぬいぐるみのような見た目なのだ。
 そのつぶらな瞳は、手元の半透明の魔法石へと注がれる。

「……さあ。なにか別のかたちで、試験の役にでも立ってるんじゃないかな」
「別の……」

 ボクは貴重なはずの魔法石が試験でこんなに配られる理由を、聞く気にはなれなかった。


「それでは皆様、はりきっていってらっしゃいませ」
「それじゃあメルティー、人間界で会うこともあるかもだし、そのときはお話ししようねー」
「うん……そうだね」

 辞退者はもう居ないようで、チェルシーさんの一声で試験は滞りなく開始される。
 先に向かったアポロを見送ってから、結局辞退する勇気もないまま、ボクは人間界へと向かうゲートを潜る受験生たちを見送る。

 ボクのパートナー『桜樹いちご』は、どんな少女なのだろう。
 巻き込まれてしまう彼女に、せめてボクがしてやれることはないのかと自問自答する。

「……あら。まだ参加者が残ってましたの?」
「……チェルシー、さん」

 さきほどまで消えていたモニターがつき、鈴を転がしたような可憐な声がする。
 画面の向こう側から、あの血のように赤い瞳が、真っ直ぐこちらに向けられている気がした。

「あなたは……ああ、受験番号301のメルティーさんですわね。まだ行きませんの? 試験期間は人間界の時間で一週間。向こうとこちらでは時間の流れが違いますもの、あまりのんびりしていては終わってしまいますわよ?」
「……あの。ボク、今回初参加なんだ。だから……どうしたらいいのか、わからなくて」

 チェルシーさんはボクを値踏みするように見下ろす。そして、初心者なりに残忍な計画を練っているのだと判断してくれたのか、はたまたボクが抜け道を探しているのを見破られたのか、面白いおもちゃを見つけたような無邪気な様子で、綺麗な笑みを浮かべた。

「あらあら、そうでしたか。では、過去の優勝者の例をご覧になりますか?」
「え……?」
「本来そういうのはダメなのですけど……特別ですわ」
「えっと、なんで……」
「そうですわね……強いて言うなら、赤い魔法石に黒猫なんて、わたくしと同じ色合いなんですもの。お揃いみたいで嬉しいので、親近感が湧きましたの」
「はあ……」

 彼女の思考がわからない。けれど何かの参考にはなるかも知れないと、ボクはその特別な申し出を受けることにした。

「それに、優勝者は試験突破はもちろんのこと、賞品として『なんでも願いを叶えられる権利』が与えられますの。ぜひ参考にして優勝を目指して欲しいですわ」
「願いを叶えられる権利……?」

 都市伝説レベルの噂で聞いたことがあった。しかし運営側から公的に提示され、ボクは少し驚く。
 この試験には、まだボクの知らないことが隠されていそうだ。

「それでは、こちらが過去のデスペア最高得点の『ミルキーと花雪りんごペア』の記録ですわ。……極上の絶望をご堪能あれ」

 そして、再び暗くなった会場内で、モニターには映画のように映像の記録が映し出された。


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