「魔法少女のお供マスコットになりたいかー!」
「おー!」

 はじめはただの憧れだった。それが、どうしてこんなことになってしまったのだろう。


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 昨今アニメや漫画での知名度を上げつつある、みんなの憧れ『魔法少女』。どこにでもいるような普通の女の子が不思議な力で変身して、ファンシーな魔法を使って人助けをしたり、世界の危機に立ち向かったりする。
 そしてその傍には、可愛らしいマスコットキャラクターが居るのが常だ。

「……ここか。うう、ドキドキしてきた」

 そしてボクは今、そのマスコットたちの選抜会場に居た。
 魔法少女のお供は、ボクたち『フェアリーテイル王国』の住人の憧れの職業だった。

 周囲を見渡すと、うさぎのぬいぐるみのような可愛らしいものから、枕に手足を生やしたような雑なフォルムのもの、霧やもやのような実態さえ危ういものさえ居た。
 そんな中、首に赤いリボンを巻いた黒猫のマスコットのような見た目をしたボクは、きょろきょろと辺りを確認する。

 試験会場たる白くて広いドーム状の建物は、外から覗けない。中に入るのも初めてだった。マスコット選抜希望の住人は、千人は居るだろうか。
 この試験は不定期開催の上謎も多く、この中から何人選ばれるのかもわからない。

「ねーねー、きみ、選抜ははじめて?」
「え? あ、うん……」
「そっかー、ぼくは三回目なんだー。今度こそ受かりたいなー」

 不意に声をかけてきた、ボクより一回りくらい大きいくまのぬいぐるみ。彼はのんびりとした様子で、ボクと同じく試験開始を待っているようだった。

「三回目……ベテランだ。ねえ、選抜試験ってどんなことするの?」
「えっとねー……絶望」
「……え?」
「あ、ぼく『アポロ』。よろしくねー」
「……ボクは『メルティー』……よろしく」

 聞き間違いだろうか、不穏な響きに一瞬戸惑うけれど、試験が始まれば嫌でも知ることになるのだ。

「そっか、よろしくねメルティー。お互いがんばろー」
「うん」

 案内された会場はドームの中心の広い空間で、受付で貰ったものを眺めたりこうして他の参加者と会話したりする住人たちでざわざわとしている。
 不意に明るかった会場が急に暗くなり、かわりに大きなモニターに司会者と思われる美しい人形のような住人の顔が映し出された。

 黒い髪に赤いガラスの瞳の球体関節人形に似たそのひとは、お姫様みたいに黒いひらひらのドレスの袖を翻しながら、咳払いをした後緩やかに手を上げる。

「……こほん。……魔法少女のお供マスコットになりたいかー!」
「おー!!」
「あれ、思ったよりテンション高い……」

 司会者のそんな元気な掛け声に、集まったみんなは大声を上げる。隣に居たアポロも両手を上げて嬉々として雄叫びを上げていた。

「あらためまして、お集まりいただきありがとうございます。わたくしこの『魔法少女のマスコット選抜試験』通称『デスペア』の司会進行をつとめさせていただきます。『チェルシー』と申しますわ。よろしくお願いいたしますね」
「ふー!」
「チェルシーちゃん可愛いー!」
「ふふ、皆様ありがとうございます」

 周りのみんなはチェルシーさんにすっかり魅了されているようだった。
 それにしても、デスペア……なんとも殺伐としたネーミングだ。死の二人組、あるいは直訳で絶望。そんな名前を冠した試験に、少しだけ緊張が増した。

「さて、今回は試験初挑戦の方も多く居ますし、早速概要説明に移りますわね。……我々『フェアリーテイル王国』の民が持つ『希望の力』……この力を魔法石を介して地球の……主に多感な年頃の少女に与えることで、奇跡の魔法を使う能力を与えられます」

 チェルシーさんは深紅の薔薇の花のような形の魔法石を翳し、その中に力を送る。すると魔法石はキラキラとダイヤモンドの煌めきのように美しい光を帯びた。

「それは我々にとっても大変名誉なことです。力を与えられた人間……通称『魔法少女』と我々の関係については、皆様ご存知ですね?」

 自分の持つ力を分け与えてまで誰かの願いを叶える、そんな崇高な精神はとても名誉なこと。
 そしてさらにそのパートナーの魔法少女が活躍し世界を平和にしたり、人気にでもなろうものなら、信仰や名声により彼女たちの力は増す。そしてその力を与えたマスコットも、当然誉高いのだ。

 だから魔法少女とマスコットは一蓮托生。運命共同体。
 そんな風に思っていた。いつか自分のパートナーになってくれる人間と、素敵な絆を育めたらと憧れていた。

「そう、我々は魔法少女に力を与え信頼させ、より強い信仰を集めるため利用しますわ。最後は奇跡の力の馴染んだ魔法少女の生命エネルギーを糧にするために、彼女たちと契約します」
「……え?」
「今回の選抜では、それぞれ仮パートナーの人間と契約していただきます。そして、魔法少女同士の殺し合い……」
「!?」
「……ではなく、上手く策略を立て、パートナーの魔法少女に絶望を与えていただきます。命は大事ですからね、殺さなくて構いません」

 絶望。先程アポロが呟いていた言葉だ。その意図がわからず、ボクは呆然とする。

「……まあ、魔法少女同士や受験者同士の潰し合いも、絶望の結果自ら命を絶つ場合も我々は関与しませんが……その際は延命等ではなく、少しでもエネルギーを確保できるよう尽力してください」
「は……? ちょ……」
「それでは早速、入場の際にお渡しした魔法石をご覧くださいな。そこに映し出されるのが、あなたの仮パートナーの簡易プロフィールと、その人間が抱える最大の絶望のトリガーですわ」
「え……ボクの、パートナー……?」

 チェルシーさんの言葉に頭が追い付かない。しかし淡々と進行されるまま、アポロはふわふわの毛の中から桃色のハートの魔法石を取り出し、ボクは首に下げていた赤い雫のような形をした魔法石を見る。

 どうやらそれぞれ違うようで、向こうのクラゲみたいなやつは水色の丸い石を触手で転がし、その隣の鳥みたいなやつはオレンジの菱形の石を啄んでいた。
 ボクは恐る恐る魔法石を覗き込む。ずっと憧れていたパートナー。しかし、今の話の通りなら、ボクはその子を不幸にしなくてはいけないのだ。

「……桜樹いちご……十四歳の女の子。彼女の絶望のトリガーは……」
「今回の舞台は日本『水菓子町』、そこに住む人間たちが、それぞれ受験生のパートナーとして振り分けられていますわ。ふふ、ひとつの町が絶望に染まる……素敵ですわよね」
「……」
「魔法石から得た情報や本人とのコミュニケーションをもとに、魔法少女としてのやりがいや希望を叶える喜びを与えた後、パートナーに最大限の絶望を与えてくださいな」

 彼女は司会進行と名乗っていたものの、悪趣味なデスゲームの主催者のような言動だ。

「チェルシーちゃんしつもーん、わざわざ上げてから下げる理由は?」

 不意に水色の石を持ったクラゲみたいなやつが、余った触手を挙手するように動かす。

「あら、いい質問ですわね。我々の力は、信仰や名声……人間の想いに比例して強くなる……まあ神様みたいなものですわね。そして契約して魔法少女となった人間のエネルギーは、魔法石の中で我々の力と混ざり合うことでより吸収率がいい。ここまではおわかり?」
「はーい! 人間の想いのエネルギーはおれたちのパワーの源!」
「ふふ、そう。お利口ですわね。……人間という土壌に種を蒔き、彼女たちの紡ぐ物語を肥料として想いの花を咲かせ、それを摘み取るのが我々の本能……」
「物語……信仰なら奇跡を起こしたり、魔法少女に人助けさせたり?」
「ええ。ですが……人間の心というものは、喜びより悲しみの方が深く、栄華より滅亡の方が強く残るものなのですわ」
「なるほど、だから一回持ち上げてから、落差でより大きい絶望の想いを得ようってこと?」

 当然のように語るチェルシーさんの言葉に、異論を唱えるものは居ない。アポロも隣で大きく頷いている。
 魔法少女とマスコットの関係は、パートナーなんかじゃない。これでは寄生虫ではないか。

「その通りですわ。みんなさんも実際目にしていただければわかります。どん底だと思っている人間に、力を与えて這い上がらせたとして、その喜びは持続しない。幸福に慣れてしまうのです。しかしその一時の幸福の絶頂で絶望に叩き落とせば……それは心を壊すに匹敵する強いものになる……」

 ボクがイメージしていた魔法少女が人助けをして名声を集めるのも、それによる喜びも、すべてその後の絶望の前菜のようなものなのだ。
 喜ばせ続けるだけでも本人や周りからのエネルギー回収は出来るはずなのに。効率重視で絶望を与えるなんて、あまりにもひどい。
 けれどチェルシーさんはそんなこと微塵も思わないようで、にっこりと綺麗な笑みを浮かべる。

「よって、その感情の落差が大きければ大きいほど、この試験の配点は高くなります。皆様頑張って、パートナーを絶望させてくださいな」