1931.12.24 くもり
わたしは今夜、死ぬだろう。
これは、どうあがいても避けられない運命。
きっと産まれたときから、決められていたことだった。
神様とやらによって。
この集落は、おかしい。
何もかも神様に支配されている。
正確には、集落のみんなは、神様に支配されることを望んでいる。
いいことがあると神様のおかげ、悪いことが起これば神様の祟り。すべて神様の思し召し。この集落は、神様を中心にまわっている。
わたしは集落の同世代の子たちのなかでいちばん生理が来るのが遅かった。
神様に愛された子だと、家族はたいそう喜んでいた。どういう理屈がわからないけど、心底気持ち悪い例えだと思う。
高校生になるとやっと初潮が来た。集落の同世代の子たちのなかでいちばん生理が重かった。
神の御加護のためだと、これまた家族は喜んだ。大量に赤飯を炊いて、近所の家に配り回った。恥ずかしくてしばらくの間、外に出るのがいやだった。
わたしからしてみれば、こんなの呪いでしかない。
何が愛だ。何が加護だ。
いつまでも初潮が来なくて、自分の体はふつうじゃないのかもしれないと、不安で眠れない夜もあった。
生理痛に耐えられなくて、学校でテスト中、気絶してしまったこともあった。
わたしは、ずっと、つらかった。
なのに。
どうして、喜ばれなきゃいけないのか。
神様に感謝なんかしたくない。
本当に実在するなら、むしろわたしは一発くらい殴ってやりたい。
おまえのせいで、わたしは傷だらけだ!って。
やっぱり一発じゃ足りないな。経験してきた苦しさは、そんなもんじゃなかった。
わたしは今でもおまえに苦しめられているよ。
ねえ、神様。
わたし……このままだと、神様のお嫁さんにさせられてしまうよ。
わたしが神様に愛された子だから。御加護を受けているから。だから、神様に嫁入りしなきゃいけないのだと。
さっき、両親にそう言われた。
相変わらず、幸せそうに喜んでいた。
やったね、よかったね、神様にお嫁に行けるなんてとてもありがたいことよ、うちから嫁が出るなんて鼻が高い、あんたもうれしいでしょう、これでしばらく安泰だ……。
いつにもましてにぎやかな食卓。晩御飯は、できたての赤飯だった。わたしはひと口も食べなかった。
この集落は、つくづくおかしい。
嫁入りだなんてきれいな言葉を使っているけれど、実質、人身御供だ。
集落のみんなが祟りだと思いこんでいる厄災が、お祈りやお供え物をしてもいっこうにおさまらないから、18の村娘を生贄にしようとしているのだ。
それって……ふつうのことなのか。仕方がないのか。
人殺しと何がちがうというのか。
おかしいよ。
イカれてるよ!
わたし、いやだ。死にたくない。
結婚するなら好きな人とがいいし、子どももほしい。いろんなところに旅行したいし、いろんな人と話したい。お酒の味も、車の運転も、喫茶店の店員も、やってみたいことがたくさんある。
まだ生きていたい。
だけど、もう叶わない。
うたかたの夢だった。
わたしは今夜、殺されるだろう。
きれいな白無垢を着せられ、神様の元へ送られるのだ。
これは、逃れられない運命。
わたしの宿命だ。
だからせめて、妹の美希には自由に生きてほしい。
その願いをこめて、妹にだけ手紙を書いて、こっそり枕元に置いてきた。
美希、あなたは好きなことをして生きてね。
あわよくば、こんな愚かな故郷を出て行って、好きなところで好きな人と好きなように暮らして。
わたしの分まで幸せになって。
伝えるべきことはすべて、言葉にして送った。
きっと大丈夫。
美希なら、自分で運命を切り拓いていける。
そう信じている。
神様なんていない。
人生に救いはない。
それでもわたしは笑っていよう。
それがわたしにできる、最後の抵抗だろうから。



