前略。
家の前に色を添える梅の花が、少しずつ咲き始めました。
そちらはまだ凍えるほどに寒いでしょうか。
東京の春はとても短いです。
あたたかくなったと思えば、すぐに太陽が照りつけ、蒸し暑さを感じるようになります。
ふるさとで過ごした時間は、川のせせらぎのようになだらかだったように思います。
こちらに上京してから長い年月が経ちますが、いまだにふるさとでの記憶は鮮明です。
あのころ、あなたとともに過ごした時間は、かけがえのないわたしの宝ですから。
あなたのくれた最初で最後の手紙も、ずっと大切にとってあります。
手紙を読み返せば、足早に駆けていく時間が、あの日、初雪の降ったあの冬の日に巻き戻ってしまうのです。
あなたの言葉に従い、わたしは東京に出ました。
あれから良い伴侶にめぐりあい、子宝に恵まれ。
最近、娘のひとりが結婚し、孫が産まれました。
わたしはもう立派な「おばあちゃん」です。
とても幸せな人生を送れたのは、ひとえにあなたのおかげです。
やはりあなたは正しかった。
神様に頼らずとも人は幸せになれる。
あのころのわたしは、何も知らなかった。
水神様に輿入れすることになったあなたを、笑顔で送り出してしまった。
あれはめでたいことじゃない。人身御供だったのに。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
わたしの今の幸せは、あなたの犠牲の上に成り立っている。
手紙では「わたしの分まで幸せになって」と書いてくれていたけれど……そんなおそれ多いこと、とてもじゃないけどできません。今でさえこんなにも罪悪感に押しつぶされそうなのに。
ごめんなさい、姉さん。
本当に神様の嫁になっていてくれたならどれだけいいでしょう。
許してほしいとは思いません。
ひとりのうのうと幸せになったわたしのことを、いっそ呪ってほしい。
わたしはいつかふるさとに帰ろうと思います。
そして、あなたに会いに行きます。
それまではふつうの「おばあちゃん」でいることを、どうかご容赦ください。
……そう書き留めても、この手紙があなたに届くことはないのでしょう。
わかっているけれど、わたしは何度も、何通も、ためてしまいます。
あの手紙の返事を書く、この時間だけは、わたしはあなたの妹に戻れる気がするのです。
親愛なる姉さんへ。
最大級の愛と、謝罪を送ります。
美希より



