目の前の女は私が知らないタイプの大人だったが,私に居場所を与えてくれると言ったその言葉が嬉しかった。

 いままで全身タトゥとピアスだらけの大人と会ったことはなかったが,横柄だか真っ直ぐな言葉は安心感を与えてくれる不思議な存在だった。

 初めて入るマンションの一室は病院のようになっていて,その部屋で女に血を抜かれ,言われるがままにトイレで紙コップにオシッコをした。女の採血はやけに手慣れていて全く痛みを感じることがなかった。


「とりあえず,あんたが健康かどうか調べなくちゃいけないのよ。それから警察に捜索願が出ていないか調べるから名前と住所を教えて。別にあんたが家族のところに帰りたいならさっさと帰っていいから。いまのうちよ」


 私は自分がどこにいるのかわからないまま,女に言われる通りに何かの手続きに使うのかと思いながら紙に名前と住所を書いた。


「素直で結構。へぇ,あんた中三なんだ。ちなみに去年,日本で行方不明になった人の数って何人くらいいるか知ってる? 一年間で大体八万五千人。そのなかで中学生の女の子はザックリ一万人くらい。これ,警視庁が毎年発表してる数ね。私の仕事はそんな子達の回収と斡旋。足がつくような買春系はやってないから嘘はついてないわよ。そろそろ薬が回ってくるころね」


 女の声が頭の奥のほうで微かに聞こえていたが,返事をすることも質問することもできないまま激しい睡魔に襲われた。耳の奥で鐘が鳴るような気がしたが,視界が狭まり気持ち悪くなった。


「効いてきたわね。相変わらず時間通りね。もう,あんたが次に目を覚ますことはもうないから。この時期はほんと,あんたみたいに恵まれてるくせに不幸ぶる子がいくらでも湧いてくるから楽で助かるわ」


 意識が薄れていくなかで両親の笑顔か思い浮かび,頬を伝う熱い涙を感じたが,それを最後に視界が真っ暗になった。


『怖い……怖いよ……お願い……前みたいにちゃんといい子にするから……私を迎えにきて……お願いだから……私を一人にしないで……』