これは私が幼い頃にいまは亡き祖父母の家で過ごした時の話である。

 祖父母の住む集落は採石で成り立ち,山は切り崩され大きな岩が所狭しと積まれていた。

 毎年夏になると親戚一同が集まり,子供たちは夏休みの間ずっと山奥の祖父母の家に預けられた。

 蝉の音が鳴り響く集落のすぐ近くを通る鉄道が唯一の公共の交通手段で一日数本しかなく,親族以外よそから集落に入ってくる人はまずいなかった。

 そんな何もない場所で,子供たちは昼間は近くの渡良瀬川で水遊びをし蝉やトンボを追いかけまわし,夜はカブトムシやクワガタムシを獲り花火をして過ごした。

 大人たちはお盆休みを前にして懐かしい顔ぶれが揃ったことで毎晩のように宴会をしカラオケを楽しんだが,いつも決まって明方まで騒いで酔い潰れていた。

 そんな集落の住民たちは線路のレールの上を歩いて移動するのが当たり前で,生活道路のように歩き,ご近所さんとすれ違うと線路上で立ち話しすることも日常の光景だった。

 住民たちは電車が来る時間をわかっていたのでその時間帯を避けて線路上を歩いていたが,夏の間だけ遊びに来ている子供たちは楽しそうに頻繁に線路に耳をつけて電車が来ないか確認した。

 夏の線路は焼けるように熱かったが,それよりも枕木から臭うコールタールの油の臭いのほうが慣れるまで時間がかかった。

 子供たちは何度も線路に耳をつけ,熱がりながら電車の音が聞こえないか確認をしていた。集落に住む従兄弟たちは面倒臭そうにしていたが,普段線路の上を歩くことなどない集落の外に住む子供たちにとっては楽しくてしょうがなかった。

「あ……やばいのがきた……。おい,みんな,下を向け。何があっても顔をあげるなよ。喋るのも駄目だから」

 従兄弟が小さく囁くと,線路の奥のほうでゆらゆらとこっちに向かって歩いてくる子供たちの姿が見えた。

 カンカンカンカンカン!

 ゆらゆらと歩く子供たちはレールを鉄の棒で叩きながら大きな音を立て,遠くからでも聞こえる大きな笑い声を立てて歩いていた。

「お前たち……端に寄ってあいつらが通り過ぎるまで下を向いて顔をあげるなよ。絶対に顔をあげるなよ」

 カンカンカンカンカン!

 田舎の子供たちにもヒエラルキーがあるのかと思いながら,言われた通りに端に寄って下を向いた瞬間,近くを通り過ぎる子供たちの笑い声やレールをカンカンと叩く音が消え,まるで時間が止まったかのような音のない不思議な感覚に包み込まれた。

 音は聞こえないが気配は感じ,レールの上を歩く子供たちの足が視界に入った。その足は皮が剥がれ肉が剥き出しになり,骨まで露出している者もいた。

『え……? なに,すごい怪我? 大丈夫なのかな?』

 心の中で呟くと,一人の男の子が私を覗き込んで笑った。

「これはね,裏の山が崩れて家が瓦礫にのまれたときにできた怪我だよ。君,角の家の子だよね。いつも夏になると遊びに来る。心配してくれてありがとう。でも大丈夫,もうなにも感じないから」

『え……?』

 微かに顔をあげた瞬間,視界に入った覗き込んでくる子供の顔は潰れて半分しかなく,体もあちこちがなくなっていた。

『ひぃっ…てあぁぁ……やばい……見ちゃいけないって言われてたのに……どうしよう……』

「ふふふ……いいよ……いいよ。君は一族の子だもんね……大丈夫,でもね……僕たちのことを忘れないでね……」

 突然時間が動き出したかのように蝉の音が鳴り響くと,手や脚,頭のない子供たちは再び焼けるようなレールの上をゆらゆらと器用に歩き,カンカンと鉄の棒を杖のように使いながら音を響かせ大きな声で笑い,油臭い真っ暗なトンネルへと消えていった。

 それ以降,祖父母が亡くなるまで,お盆になると必ず仏壇にたくさんのお菓子を供え,祖父母は私の知らない何人もの名前を唱えながらお線香の煙のなかで手を合わせた。

 そんな集落はいまはもう消え去り,山は切り崩されて集落があった場所には大きな道路が真っ直ぐ伸びている。