かつて古くから日本各地で行われていた雛祭りは，現代の雛祭りとは大きく異なり，幼い子どもがいる家庭で厄祓いのために紙や木で造られた人形(ひとがた)を無病息災を願って川や海に流したり，山奥で燃やしていたといわれている。

　人形を用いて災いを祓う「身代わり信仰」は日本全国で根付いており，古くは生贄として生きた人間を神々に捧げて災などが起こらないよう地域の安定を願った祭りが各地で行われていた。

　時代とともに生贄という因習はなくなり，代わりに形代(かたしろ)が用いられると，それは月日とともに人形として子どもたちのおままごとの相手になり，やがて人形は職人の手により綺麗な化粧をして華やかに着飾り華美なものとなってその家の女児の健康を願う祭りへと変わっていった。

　現代の日本では地方の大きな古い家にとくに多いのだが，かつて娘の厄祓いとして祭られてきた美しい雛人形たちはいつの間にか日の当たらない物置きや納戸へ仕舞い込まれ，そのまま忘れ去られていった。

　娘たちを災いや邪悪なものから守ってきた雛人形が長い間忘れさられ，暗闇に放置されることで，人形そのものが邪悪なものとなるのは必然であり，人間が無意識のまま自ら産み出した災いとなった。

　そんな雛人形たちが多く眠る地方の町や村では，時間とともに若者が減り，住民が消え去り，やがて限界集落となり，ゆっくりと土地が枯れていった。

　かつて人々が暮らしていた土地には，いまでも三月三日になると小さな小さな綺麗な着物で着飾った雛人形たちが行列を作ってゆっくりと太鼓や横笛を奏ながら闇夜を練り歩き，若い人間が残っていないか探し回った。

　人形たちが若い女性を見つけると，女性に気づかれることなく取り囲み，そのお腹を撫でながら嬉しそうにお腹の中へと消えていった。知らぬ間に取り憑かれた女性は一生子どもを授かることはなく，そのお腹に居座る雛人形を抱えたまま何も知らずに歳を重ねていった。

　そんな放置され忘れ去られた雛人形が練り歩く土地では，新しい命が授かることはなく，雛人形とともにゆっくりと時間をかけて朽ち果てていった。

　いまでも一部のお寺では古くなった雛人形を集めて，かつて人々を守ってくれた人形たちに感謝を込めて供養しているが供養される雛人形はほんの僅かであり，いまでも三月三日の雛祭りの深夜に美しく着飾った人形たちが優しい音楽を奏ながら生贄を求めて練り歩く土地が日本全国に存在する。