これは僕が学生時代に経験した十五年ほど前の話である。
当時,田舎の高校を卒業すると大学に通うために都心から少し離れた場所に部屋を借りた。駅から距離があったこともあり安い物件だったが,リフォームされたばかりの綺麗な部屋だった。
近所には古いアパートが何棟もあり,やけに高齢者が目立つ地域でもあった。
そのうちの一棟のアパートの一角に膝丈ほどの小さな石碑があるのに気づいたのは,この土地に引っ越してから半年ほどしてからだった。
【藏闇坂刑場跡】
風化して崩れた石碑はまるで車止めと見間違うようで,アパートの敷地に食い込むように建てられていた。
「刑場跡……昔ここに罪人の処刑場があったのか……」
石碑に刻まれた薄くなった文言から推測されたのは,江戸時代にこの辺りに刑務所と処刑場があったということだった。
そんな場所も今では住宅街になっていることに長い歴史を感じたが,とくに気にすることもなく毎日石碑の前を通って通学した。
これまで何もなかった日常でおかしな光景を一度だけ見たことがあった。
その日は大学の友人達と終電ギリギリまで呑んでいたのだが,最寄駅に帰ってきた瞬間,駅から見える光景が自分が住んでいる場所とはまるで違い,野山に囲まれた山奥のようだった。
「え……? ここ,どこ?」
駅名を確認すると間違えてはいなかったので恐る恐る辺りを見回すと,古いアパートがあった一帯に大きなお寺と不自然に窓の少ない木造の建物が建っていた。
夜なのにやけに明るいその寺からは機械的にザク,ザクと野菜を切るような音が鳴り続け,音に反応するかのように寺の白壁に血しぶきのような模様と人の名前のような文字がぐにゃぐにゃと浮かび上がっては消えていった。
「やばいな……相当酔ってるな……」
そこで記憶が曖昧になっているのだが,気がつくと自分の部屋で朝を迎え下半身は玄関にはみ出して鞄を枕にして大の字になって寝ていた。
「めっちゃ背中痛てぇ……呑み過ぎたな……どうやって帰ってきたか全然覚えてない……」
しばらく経ち,そんな出来事を忘れたころ,駅へ向かって歩いていると古いアパート郡の寂れた郵便受けに書かれている名前が視界に入った。その瞬間,フラッシュバックのように寺の白壁に浮き上がった名前が頭に浮かび郵便受けの名前と一致していることに気がついた。
「え……? どういうこと……?」
それ以来,大学を卒業するまでアパートに住む高齢者たちの視線を強く感じるようになり,常に大勢に監視されているような気がした。
当時,田舎の高校を卒業すると大学に通うために都心から少し離れた場所に部屋を借りた。駅から距離があったこともあり安い物件だったが,リフォームされたばかりの綺麗な部屋だった。
近所には古いアパートが何棟もあり,やけに高齢者が目立つ地域でもあった。
そのうちの一棟のアパートの一角に膝丈ほどの小さな石碑があるのに気づいたのは,この土地に引っ越してから半年ほどしてからだった。
【藏闇坂刑場跡】
風化して崩れた石碑はまるで車止めと見間違うようで,アパートの敷地に食い込むように建てられていた。
「刑場跡……昔ここに罪人の処刑場があったのか……」
石碑に刻まれた薄くなった文言から推測されたのは,江戸時代にこの辺りに刑務所と処刑場があったということだった。
そんな場所も今では住宅街になっていることに長い歴史を感じたが,とくに気にすることもなく毎日石碑の前を通って通学した。
これまで何もなかった日常でおかしな光景を一度だけ見たことがあった。
その日は大学の友人達と終電ギリギリまで呑んでいたのだが,最寄駅に帰ってきた瞬間,駅から見える光景が自分が住んでいる場所とはまるで違い,野山に囲まれた山奥のようだった。
「え……? ここ,どこ?」
駅名を確認すると間違えてはいなかったので恐る恐る辺りを見回すと,古いアパートがあった一帯に大きなお寺と不自然に窓の少ない木造の建物が建っていた。
夜なのにやけに明るいその寺からは機械的にザク,ザクと野菜を切るような音が鳴り続け,音に反応するかのように寺の白壁に血しぶきのような模様と人の名前のような文字がぐにゃぐにゃと浮かび上がっては消えていった。
「やばいな……相当酔ってるな……」
そこで記憶が曖昧になっているのだが,気がつくと自分の部屋で朝を迎え下半身は玄関にはみ出して鞄を枕にして大の字になって寝ていた。
「めっちゃ背中痛てぇ……呑み過ぎたな……どうやって帰ってきたか全然覚えてない……」
しばらく経ち,そんな出来事を忘れたころ,駅へ向かって歩いていると古いアパート郡の寂れた郵便受けに書かれている名前が視界に入った。その瞬間,フラッシュバックのように寺の白壁に浮き上がった名前が頭に浮かび郵便受けの名前と一致していることに気がついた。
「え……? どういうこと……?」
それ以来,大学を卒業するまでアパートに住む高齢者たちの視線を強く感じるようになり,常に大勢に監視されているような気がした。



