これは僕たちが小学校の同窓会で体験した話。

 僕が小学生の頃は,ランドセル,帽子,体操着,ジャージ,上履き,と,学校で使用するすべての物にクラスと名前を書くのが当たり前だったし,書いていないと先生から注意された。

 男子も女子もフルネームが一目でわかり,大人たちもそれが当たり前だと思っていた。

 僕が通っていた小学校のすぐ近くに古い団地があり,その団地の住人が度々問題になっていた。

「佐藤裕太。古田詠一。広瀬忠信。緑川楓。吉岡優子」

 校庭で体育の授業をしていると,双眼鏡を手にした年配の女性が団地のベランダから大きな声で生徒たちの体操着に書かれた名前を大声で読み上げた。

 学校も何度かその女性に直接注意をしたのだが,その行為自体が違法というわけでもなく警察に相談しても犯罪とまでは言えず注意はするがそれ以上は何もできないと言うだけだった。

 その行為は何年も続いたが,次第に女性がベランダに現れる回数が減り,いつの間にか女性の姿を見ることがなくなっていた。

 何年かして,卒業生が勤務する病院にその女性が入院していると噂になったこともあったが,その真偽を確かめようとする者は誰もいなかった。

 僕たちが小学校を卒業して三年ほどして,老朽化のために団地が取り壊された。

 しばらく空き地になっていたが,地質調査から整地などを行い取り壊されてから五年ほどかけてその場所に大きなマンションが建った。

 マンションが建ち十年が過ぎた頃,大人になった僕たちは同窓会で母校の小学校に集まった。かつて通った校舎は耐震のために大きな柱で覆われ,担任だった先生は校長になっていた。

 自分たちが学んだ教室を見て周り,小さな机や椅子に触れて懐かしさと寂しさを感じながらみんなで校庭に出た瞬間,突然,自分たちの名前を呼ぶ,悲鳴にも似た絶叫する女の声が全員の頭の中に響き渡った。

「佐藤裕太ぁぁぁぁ!! 古田詠一ぃぃぃぃ!! 広瀬忠信ぅぅぅぅ!! 緑川楓ぇぇぇぇ!! 吉岡優子ぉぉぉぉ!!」