母さんから兄ちゃんが自殺した場所を教えてもらった。
電車で二時間ぐらいかかる場所だった。
キーンコーンカーンコーンと今日の学校生活の終わりを告げる、チャイムが鳴った。
「姿勢! 起立! 礼!」
委員長の大きな声が響く。
 「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」
 体をぐーっと伸ばした。
「どうだ? 楽しみか?」
「うん!」
 奈那の目は遠足前日の小学生と全く同じでその場を小さく跳ねている。
 いつもと同じように教室を出た。
 教室では委員長が他の女子と楽しそうに会話をしている。
 「冷斗もわたしも、いじめがなかったらああやって楽しそうに友達と話せていたんだろうな……」
 「俺は友達とかと話すより、奈那と話すほうがずっと楽しいけどなー」
 「ホント⁉ 冷斗大好きー!」
 奈那が勢いよく頭を撫でてきた。
少しすると、 委員長がこちらに近づいてくる。
 「ねね! 今日さ! 一緒にスイーツ食べよ!」
 なんでよりによって今日なんだよ……。
 「ごめん委員長! 今日はちょっと予定あってムリなんだ!」
 深く、頭を下げた。
 「えええ……。まさかキミに断られるとはなぁ……。ま! いいよ! また行けばいい話だし! こっちもごめんね! 急に言っちゃって! もっと早く言っとけばよかったよね!」
 「委員長ありがとう!」
 やっぱり委員長は優しいな。
 「そういえば委員長。前に買い物一緒に行ったけど、大丈夫だった?」
 「うん! ……とは言えないなぁ……」
 委員長が少し苦笑いを浮かべる。
 「ま! キミは心配しないでよ! なんとか誤魔化したからさ!」
 「ありがとう委員長!」
 委員長はにこっと笑った。
 「はぁ……冷斗くんと…………」
 委員長が小さな声で何か呟く。
 「なんか言った委員長?」
 「ううん! なんでもないよ!」
 通学バックを肩にかける。
 「じゃ! また月曜日!」
 「うん! じゃあねー!」
 手を振りながら、教室を出た。
 玄関に降り、学校の敷地から出る。
 「ささ! 兄ちゃんに会う前に! 兄ちゃんのことを千夏姉ちゃんに聞くか!」
 「うん! 聞く聞く!」
 俺は早速、千夏姉ちゃんに電話をかける。
 ニコールほどで電話に出てくれた。
 「あっ! もしもし千夏姉ちゃん!」
 「もしもし、冷斗くん。今日、悠の所行くんだってね」
 「……はい」
 母さんが事前に連絡入れてたのか。
 「悠のこと、知りたい?」
 「そのために電話しました」
 千夏姉ちゃんは数秒だまり、「よし!」と言って話し始める。
 「とっても優しくてね、頭もよくて、イケメンな人だったよ。会うたびに毎回、『冷斗と奏は元気か?』って聞いてきて。本当に……大好きだったな……」
 千夏姉ちゃんの声は涙ぐんでいる。
 「中学生の時は、あんまり会ってないんだけど、たまに会うとずっと冷斗くんと奏ちゃんのこと聞いてきてね。別れ際には毎回『千夏! 冷斗と奏のこと頼んだぞ!』って言ってたなぁ……」
 千夏姉ちゃんの話を聞くと、会いたい気持ちがより一層高ぶる。
 「高校になってからは会ってないんだけどお葬式の時はすごい人数来てたよ。まあ、詳しいことは奈那ちゃんに聞いた方がいいよ。私が話せるのは、これぐらいかな」
 「……ありがとうございました」
 電話の向こうで小さな「ふふっ」と言う笑い声が聞こえた。
 「ま! 今日会って来て、いろいろ話してきなよ! 今度その話、私にも聞かせてね~」
 「わかってますよ」
 「よし! いい子だ! じゃ! 悠に『冷斗くんと奏ちゃんのことは任せといて!』って伝えといてねー!」
 「了解です。伝えときますね」
 少しし、電話を切った。
 「兄ちゃんって、高校の時、どうだったんだ?」
 「人気者だったよ! 本当に! わたしみたいな暗い子にも、真央みたいな明るい子にも話せてね! わたしが寂しそうにしているとそばに寄り添ってくれて、本当に大好きだった!」
 「俺も、兄ちゃんみたいになりたかったな……」
 「冷斗は冷斗で大好きだけどね!」
 奈那が俺の頭を荒く撫でた。
「そうそう! どうするの? 今日は?」
 「通り道にお前の家あるだろ、奏が作ったお菓子でも届ける」
 「おー! 夏海も喜ぶな―! それは!」
 時間があまりないため、走って家に向かった。
 勢いよくドアを開けた。
 「「ただいまー(!)」」
 「お帰りれいにぃ! チーズケーキ準備するねー!」
 「頼んだー」
 二階に上がり、自分の部屋に入り、着替える。
 「どうするの、今日のファッションは?」
 「黒色でいいだろ」
 タンスから黒色のズボンと服を取り出し着替える。
 「どう?」
 「いいじゃん! 似合ってるー!」
 「ならこれでいっか」
 いつも通り、黒色の帽子をかぶり、小さなバックを肩にかける。
 走って一階に降りる。
 一階では奏が箱を持って待機している。
 「はいれいにぃ! チーズケーキ!」
 丁寧に箱を渡してくる。
 「ありがと。じゃ、行ってきますー」
「はーい! 崩れないようにしてねー!」

 電車に三十分ほど揺られ、奈那の家がある所に着いた。
 相変わらず田舎だ。
 「うー! 着いたー!」
 体を伸ばし、空気を吸う。
 「ささ! 行こー!」
 「はいはい」
 初めてだな。奈那に関係ない日に、ここに来るのなんか。
 少し歩くと、和菓子屋さんがあった。
 中に入ろうとしたが、子供たちが集まっていたので中には入らなかった。
 外は一面田んぼが広がっている。
 「夏海、レモンケーキ喜んでくれるかな?」
 「うん! 夏海はわたしに似て、甘い物大好きだからねー!」
 奈那の家に着き、涼しい風が吹き、背の高い雑草が揺れている。
 ピンポーンと玄関のチャイムを鳴らした。
 「はいはーい。あっ! 冷斗くん!」
 エプロン姿の南海さんが出てくる。
 「お久しぶりです南海さん!」
 奈那の目はやっぱり、キラキラと輝いている。
 「夏海―! 冷斗くんが来たよー!」
 「え⁉」
 廊下から大きな足音が聞こえる。
 「れい兄ちゃん!」
 体操服姿の夏海が勢いよく出て来た。
 夏海とハイタッチを交わす。
 「久しぶり夏海ちゃん! 元気にしてた?」
 「うん! 元気元気! れい兄ちゃんは?」
 「僕も元気だよ!」
 夏海とまたハイタッチをする。
 「今日はどうしたんですか?」
 「ちょうど用事があってこっちに来たんでついでに寄っただけです! あとこれ! 開けてみてください!」
 南海さんにレモンケーキが入った箱を丁寧に渡す。
 南海さんが、夏海にも見えるように開封する。
 「うわー! チーズケーキだ!」
 やっぱり言い方、奈那にそっくりだな。
 「買ってくれたんですか?」
 「いえ! 僕の妹がお菓子とか作るのが得意なんで持ってきました!」
 「妹ちゃんすごいですね! ちょっと冷やしてきます!」
 南海さんが冷蔵庫に向かった。
 「れい兄ちゃん! 妹さんに会いたい!」
 「わかった! また今度、連れてくるね!」
 「うん! 楽しみにしてる!」
 南海さんが戻って来る。
 「珍しいですね。こっちに用事なんて」
 「ええ」
 死んだ兄ちゃんに会いに行くなんて言ったらどうなるか……。
 「僕そろそろ行かないといけないんで……失礼しました!」
 「いえいえ。また寄ってください」
 南海さんが優しく微笑む。
 夏海と同じ目線になるようしゃがむ。
 「じゃあね夏海ちゃん! 次は妹連れてくるね!」
 「うんっ! バイバイれい兄ちゃん!」
 「バイバイー!」
 手を振りながら南海さんに会釈をし、ドアを閉めた。
 力が抜け、体を伸ばす。
 「どうだった?」
 「楽しかったー! とっても! また来たい!」
 奈那の興奮はまだ冷め切っていない。
 「次来るときは、お盆の時期だな」
 俺らは駅に向かってまた歩き出した。
 
奏が生まれて早、五か月。叶恵と勉は月一で会っていた。
悠が冷斗に抱きつく。
『久しぶり冷斗ー!』
『にいちゃん!』
冷斗はその場でぴょんぴょんかわいく跳ねる。
『相変わらず冷斗はかわいいなー!』
悠が冷斗の頭を撫でる。
冷斗の髪の毛は前会った時よりも明らかに白くなっている。悠はそれを心配そうに見つめる。
『どうしたの? にいちゃん?』
『ううん! なんでもないよ! 冷斗! こっち向いてー!』
冷斗は悠が向けているスマホのカメラに向けてピースをする。
『はいチーズ!』
シャッター音が公園に響く。
『うん! いい写真!』
すぐさま撮った写真をお気に入りに登録し写真アプリのアルバムに追加する。
『悠―冷斗―! お昼ご飯食べるよー!』
『『はーい!』』
走ってレジャーシートが敷かれている場所に向かう。
奏がベビーカーの中で気持ちよさそうに寝ている。
レジャーシートの上には叶恵が今朝作ったおにぎりや唐揚げなどがある。
 『冷斗、美味しい?』
 『うん! おいしい!』
 冷斗はぱくぱくとご飯を食べる。
 悠は写真を撮る。
 『お気に入りは後でいっか』
 そう呟き、スマホをポッケにしまい、冷斗と一緒にご飯を食べる。
 『そうそう冷斗! これあげる!』
 悠が袋を渡す。
 冷斗がウキウキしながら袋を開ける。
 『うわー! しろくまさんだー!』
 すかさず写真を撮る。
 『悠、いつそれ買ったの?』
 叶恵が奏の頭を撫でながら聞く。
 『冷斗の誕生日に』
 『相変わらず冷斗のこと、大好きだね』
 『そりゃあ大切な弟だから!』
 奏が目を覚まし、出していた離乳食を指さす。
 叶恵が離乳食を食べさせる。
 冷斗と悠も奏に近づく。
 『妹かぁ……。俺のこと、覚えてくれないかなぁ……』
 悠が奏の頭を優しく撫でる。
 奏が不思議そうな目で悠を見る。
 『俺も、冷斗と同じお兄ちゃんなんだけどなぁ……』
 悠は悲しそうにおにぎりを食べる。
 『にいちゃん! あとでボールあそびしよー!』
『え~』
 悠が不満そうな表情を浮かべ、冷斗が泣きそうな表情になる。
 「うそだよ! じょーだんじょーだん! あとでしような!」
 冷斗に弾けるような笑顔を見せた。
 『冷斗の髪の毛……』
 『ええ。何度も病院に連れて行ったけど原因不明って言われて』
 二人は冷斗と悠に聞こえない声で話す。
 『冷斗が幽霊が見えるって言いだしてからなのよね……』
 『幽霊の仕業がこれ以上進行してほしくないな……』
『そうね……』

電車に一時間ほど揺られ、電車を降りた。
 全く見たことない街だ。
 「奈那はここ、来たことあるか?」
 「うん! 悠くんとのデートでよく来たよ! ここにもおっきなショッピングモ―ルがあるんだよー!」
「へぇー。そうなんだ」
 ようは、二人の思い出の地か。
 こっちの方が俺がよく行くショッピングモ―ルよりも近いもんな。
携帯で時刻を確認すると、もう八時。奈那の案内でショッピングモール内のレストランでご飯を食べることにした。
「ここのお店、照り焼きチキンソテーがとっても美味しいんだよ! わたしが悠くんとのデートで最初に食べた食べ物だし!」
やっぱり兄ちゃんのこと喋る時は楽しそうに喋るな。
「いらっしゃいませー。何名様で?」
「ふ……一人です」
人差し指を立てる。
「ご案内します」
店員さんが窓際の席を案内してくれると、お冷を出してくれ、そのまま奈那がオススメした照り焼きチキンソテーを注文した。
 奈那の目がいつもより輝いている。
 「もしかして、この席、思い出のか?」
 「うん! 初めてこのお店で悠くんとご飯食べた時と一緒!」
「そっか」
 奈那は窓から外の景色を見ている。
 「気になるんだけど、冷斗って悠くんのこと全く覚えてないの?」
 「……いや、あるにはあると思うんだけど……」
 一口お冷を飲む。
 「……多分、幽霊との記憶が混じってるから覚えてないだけだと思う……」
 昔の記憶をよびおこす。
 「だって俺、二歳ぐらいから幽霊見えるもん」
 「だったら悠くんとの記憶もあんまりないよね」
 「しかももう十二年は会ってないし」
 いくら思い出しても兄ちゃんとの記憶が出てこない。……会ったら出てくるか。
 少しすると店員さんが料理を運んできてくれた。
 チキンソテーが鉄板の上の乗っていてジュージューと食欲をそそる音をたてている。
 「ありがとうございます」
 「ご注文以上でよろしいですね?」
「はい」
 さっそくナイフとフォークを使って、チキンソテーを切る。チキンソテーから美味しそうな肉汁が溢れ出す。
 「「いただきまーす(!)」」
 チキンソテーを口に運ぶ。
 「うん! 美味しい!」
 奈那が「ふふっ」と笑う。
 「悠くんと食べた時の顔もセリフも一緒だねー! やっぱり兄弟だなー!」
 構わずチキンソテーを食べ進める。
 「そこまで似てるんだったら会ってみたいな」
 「早く食べて行こうよー!」
「はいはい」
 チキンソテーを食べ終え、会計をすましショッピングモール内から出る。
 スマホの地図アプリを起動させ、兄ちゃんが死んだ場所を目的地に設定する。
 「奈那は兄ちゃんが死んだ場所知ってる?」
 「知らない。多分人目が付かない場所で自殺したんだろうね」
 確かに目的地は路地裏だ。
 コンタクトを取り、目的地に向かう。
 早速人ごみの中に霊が見える。
 「うわっ……すごっ……」
 老若男女問わずいろんな霊がいる。
 「思えば悠くん、いっぱい小さい頃の冷斗の写真見せてくれたなー!」
 「……確かに。めちゃくちゃ写真撮られた気がする……」
 「でしょー! けど変わってるねー! 今と昔じゃ、あの優しそうな目つきはどこにいったんだろう!」
 優しそうな目つきか。そんなの覚えてないや。
 段々と人が少なくなっていき、路地裏に入る。
 「もうそろそろだな」
 「うん」
 胸の高まりが最高潮に達する。
 薄暗い路地裏を抜け、街灯と大きな時計ポツリと立っている橋に寂しそうに立っている霊がいる。
 スマホの地図アプリが「お疲れ様でした」と音声を流し、案内が終了する。
 帽子を深くかぶり直す。
 「兄ちゃんか?」
 「うん! 間違いなく悠くんだよ!」
 奈那は興奮気味で、目は見たことないぐらい、キラキラと輝いている。
 「先に声かけてくれよ」
「はーい!」
 奈那が元気な声を出し、幽霊がいる方向に
ゆっくりと歩く。
 「悠くん!」
 奈那が幽霊の肩を叩く。
 「な、奈那⁉ なんでここに!」
 「会いたくて来ちゃったー! 久しぶりー!」
 嬉しそうにする奈那と反対的に、兄ちゃんは涙を流す。
 「ごめん……本当に……実は俺が……」
 兄ちゃんは大粒の涙を流す。
 「わかってる。真央から聞いたから」
 「……奈那のいじめを止めたかった。だけど……止めて……俺までもいじめの対象になっていじめられるのが怖かったから……真央たちから仲間外れになるのが嫌だったから……真央たちに何も言えなくて……止めれなかった……」
 兄ちゃんは涙を自分の服でぬぐう。
 「そのいじめで奈那が死んだってわかって……なんだか……いろいろとわかんなくなって……死にたくなった……」
 奈那が兄ちゃんの頭を優しく撫でる。
 「うん。そうだよ。わたしだってそうするよ。いじめられたくなんかないもん」
 兄ちゃんが今にでも消えそうな声で「ごめん……ごめん……」と何度も呟く。
 「悠くん、今も悠くんのこと大好きだし、悠くんのこと嫌いなったことなんてないよ」
「……ありがとう」
 街灯がチカチカと光り、少しジメジメとした風が俺らの髪の毛を揺らす。
 「悠くん、ゆっくりでいいからわたしの質問に答えてくれる?」
 兄ちゃんはとても小さく頷く。
「なんでいじめられたわたしと付き合ったの?」
 兄ちゃんは少しの間黙った。
 「……嘘告だよ。最初はすぐに別れるつもりだったけど、一緒にいたらその気持ちがなくなった」
 そのことを聞き、奈那も少し黙った。
 「そっか。すっかり信じちゃったなー!
けど今だったらわたしのことはー?」
奈那が兄ちゃんの顔を覗きこんだ。
 「……大好きだよ……とっても」
兄ちゃんは少しだけ顔を赤らめていた。
「その言葉、わたしが生きていた時に聞きたかったなー!」
奈那は橋の欄干に腰掛ける。
兄ちゃんも奈那の横に腰掛ける。
「そして今日は! 悠くんが一番好きな人もいるよー!」
「俺が一番好きな人?」
兄ちゃんが首をかしげる。
「それがー!」
兄ちゃんに近づく。
「久しぶり。兄ちゃん」
帽子を脱ぎ、子供のような笑顔を兄ちゃんに見せる。
兄ちゃんの目が震え、涙が出ている。
「れ……れ! 冷斗!」
兄ちゃんがおもいっきり俺に抱き着き、さっきまでと雰囲気が違う。
懐かしい。俺が小さい頃に遊んでもらってた人だ。
「兄ちゃん! 懐かしい?」
わざと子供っぽく接する。
「うん! ずっとずっと会いたかった! 大好きだよ冷斗!」
兄ちゃんの目には涙がもう溜まっている。
「すっかり大人になって!」
力任せに俺の頭を撫で、弾けるような笑顔になる。
なんだか、安心する。
「わたし、やっぱり悠くんの笑顔好きだなー!」
「お前、三年前と同じこと言ってる」
奈那と兄ちゃんが同じタイミングで顔を合わせて笑った。
「どうだ冷斗―? 学校は?」
「奈那のおかげで楽しいよ」
「そうかそうかー!」
 兄ちゃんの目は星のようにキラキラと輝いている。
 「兄ちゃん。気になるんだけど、兄ちゃんには俺じゃない弟いるんでしょ? その子のために生きようとしなかったの?」
 「うん。父さんから『冷斗みたいに接しろ』って言われたけどムリだった。だって、俺にとってのきょうだいは、冷斗と奏だけだもん。全く愛せなくて、アイツからすれば最低な兄ちゃんだろうな……」
 兄ちゃんが空を見る。
 「後悔は?」
 「してるよ。もっといい兄ちゃん演じれてたらよかったなーって」
 兄ちゃんがもう一度大きなため息をつく。
 「そういう思いもあってこうやって成仏できてないんだろな」
 兄ちゃんが体を伸ばす。
「そうだ! 奏の写真見る?」
 「見る見る!」
 スマホの電源をつけ、奏が料理をし、ウィンクしながら天使のような笑顔でこっちを向いている写真を見せる。
 「え⁉ やっば⁉ かっわいい!」
 その場でかわいくはね、子どものような純粋な目で写真を見つめている。
まるで小動物を見たリアクションだ。
「奏、今はこんなかわいくなってるのかー! へぇー! 大人になったなー!」
 さらにスマホに近づき、見とれている。
 「あれ? そういえば、奈那と冷斗ってどういう関係?」
 「わたし冷斗に取り憑いたんだよねー。だからずっと冷斗と一緒にいるの!」
 「へぇー! そうなんだ! だったら俺も冷斗に取り憑こうかなー!」
 兄ちゃんがいたずらっ子のような目つきで見る。
 「やめてくれよ……奈那だけで手一杯なんだから」
 目に少し涙が出てくる。
 「うそだよ! じょーだんじょーだん! 昔から冷斗は俺のじょーだんに引っかかるんだからー!」
優しく、俺の頭を撫でててくれる。
 よく兄ちゃんの冗談に引っかかって慰めてもらったな。懐かしい。
 「ま、取り憑いてみたい気持ちもあるけどー! だって奈那見てたら楽しそうだし!」
 「うん! 楽しいよ! めちゃくちゃ! 奏ちゃんとか冷斗の友達と話せたりして!」
 「へぇーいいな―!」
 兄ちゃんがキラキラと目を輝かせる。
 「仕方ないなぁ。また今度考えとく」
 二人ともが目を輝かせ、二人ともその場で嬉しそうに跳ねる。
 「そういえば、奏って俺の存在知ってるのか?」
 首を横に振った。
 「知ってない。ていうか俺も兄ちゃんの存在、母さんに言われたのも最近だし」
 兄ちゃんが悲しそうな表情を浮かべる。
 「ま、奏もいつかは知ることになるだろ。知っても俺と違ってこうやって、会えないと思うけど」
「ああ~。確かに。悲しいなぁ……」
 奏が兄ちゃんのこと知ったらどうなることやら。
 俺も橋の欄干に腰をかけた。
 「冷斗は奏に、ちゃんと優しくしてるよな?」
 「うん! もちろん!」
 兄ちゃんは優しく笑って、頭を撫でてくれた
 「そっか。そこら辺は俺と一緒だな。きょうだい想いっていう面では」
 かわいいウィンクを浮かべた。
 「ていうか俺らは生きてたらもう二十一かー! 一緒にお酒飲みたかったなー!」
 「ねー! 本当本当!」
 意外。奈那がお酒飲みたいなんて思ってたの。
 「冷斗はお酒、将来飲みたいか?」
 「別にー。母さんも飲んでないし」
 「え⁉ 母さん飲んでないんだ!」
「うん、まずほとんど家にいなから」
 そういえば、フランスで仕事してるっていうメールがさっき届いたな。
 「そうそう。千夏姉ちゃんから『冷斗くんと奏ちゃんは任せて!』って言う伝言も預かった」
 「さすが千夏だな! あー! いろんな人にもう一回会いたいなー!」
 「わかるー! わたしもたまにそうなるなー!」
 二人とも楽しそう。こんなに奈那が笑顔で話しているのを、久しぶりに見た気がする。
 「ねね! 悠くんは将来わたしと結婚したかった?」
 「したくなかったらあんなに家にも行ってない」
 「うううー! もっと生きたかったなー!」
 奈那がぐぅーっと体を伸ばす。
 「けど、死ななかったら俺には会えてないぞ」
 「確かに! それも一理あるな~」
 奈那はかわいい笑みを浮かべる。
 「ていうか冷斗こそわたしが取り憑いてなかったら死んでたんじゃないの?」
 「実際そうかもな」
 ゴーン! とポツリと立っている時計が鳴る。
 時計の針は二十二時を指していた。
 「さっ! そろそろ帰らないとね。奏ちゃんが心配しているだろうし」
 「そうだな」
 欄干から離れ、体を伸ばす。
 「冷斗のこと頼んだぞー! 奈那!」
 「うん! 冷斗のことは任せといてよ!」
 二人は指切りげんまんをする。
 「そうそう冷斗!」
 兄ちゃんが俺の耳元に近づいてきた。
 「奈那のこと、絶対に幸せにしてくれ。兄ちゃんとの約束だぞ」
 子供っぽい笑顔で「うん!」と言った。
 「じゃ、また会いに来る! 今度は奏も連れて!」
 「うん! 楽しみにしてるなー!」
 兄ちゃんが俺の頭を撫でる。
 「じゃあな冷斗!」
 「うん!」
 俺だけが兄ちゃんから離れる。
「悠くん!」
「うん?」
兄ちゃんが不思議そうな顔を浮かべる。
奈那が兄ちゃんに飛びつき、兄ちゃんの頬に、キスをした。
 俺は驚きのあまり口を手で隠す。
 兄ちゃんは少し顔を赤らめる。
 「奈那―! びっくりするだろー!」
 「ごめんごめん! 久しぶりにしたかったんだ!」
 「ま、別にいいけどー」
 兄ちゃんが少し照れ笑いをする。
 「じゃ! また来てくれ! 高校生活楽しめよー!」
「「はーい!」」
 奈那と一緒に手を振りながら歩き、段々と兄ちゃんの姿が見えなくなった。
 コンタクトをはめ、明るい繁華街に出る。
 「兄ちゃんにまた会いに行こうな」
 「うん! 会う会う!」
 俺は優しく笑い、体を伸ばす。
 「奈那はさ、兄ちゃんとずっといたい?」
 奈那は少し考え、黙り込む。
 「いたいな~。だって大好きな彼氏だもん!」
「そっか」
 やっぱり兄ちゃんのこと大好きだな。
 「取り憑かれてもいいかもな~」
 「えええ⁉」
 奈那が口元を隠す。
 「だって奈那がそうしたいんだったら別にそうしてもいいかな~って。どうせ取り憑かれて死にそうになるのも一日だけだもん。それで一生楽しくなるんだったらそれぐらい我慢するよ俺は」
 ふと奈那の方を見ると、奈那の目に大量の涙が溜まっている。
 「奈那大丈夫か⁉」
 「嬉し涙だよ! 冷斗大好き!」
 奈那が勢いよく俺に抱きつく。
「俺もだよ」
「冷斗―!」
 いつもより荒く、俺の頭を撫で、頬に、キスをした。
 「……っっっ⁉」
 「あれ? もしかしてーキスされたことない?」
 奈那が少し苦笑いを浮かべながら聞いてくる。
 「う……うん……」
 自分でもわかるぐらい頬が赤くなり、体温が上がっている。
 キスなんて初めてされた……。
 「ってことはわたしが初めてキスした人かー!」
「そ、そうなるな……」
ううぅ……なんだか不思議な感覚だ……。
「ふふっ! 照れてる冷斗初めて見たけどかわいいー!」
奈那が俺の頭をもう一度撫でた。
 「と、とりあえず、奏に兄ちゃんの存在伝えてからな」
 「うん!」
 奈那がかわいい笑顔でそう言う。
 「奈那」
 「うん?」
 奈那が不思議そうな顔を浮かべる。
 ……あらためて、この気持ちを伝えるのはまた今度でいっか。
 「これからもよろしく」
 奈那は少し驚いた顔を浮かべたが、すぐに笑顔になる。
 「うん! これからもよろしくねー! 水間冷斗くんっ!」
 奈那があの時と全く同じ、太陽のような笑顔を浮かべた。
           ~終~