第六章 真実
ジリジリと暑い太陽の日差しが俺の頭を痛いぐらいに照らす。
今日は奏は学校が振り替え休日で、友達の家に行くためいない。
家のドアを勢いよく開ける。
「「ただいまー(!)」」
もちろん声は返ってこない。
「なんだか寂しいねー」
「そだなー」
洗面所に顔を洗いに行く。
水道水をひねって出てくる冷たい水で顔を洗う。
「ふー! すっきりしたー!」
キッチンにある冷蔵庫におやつを探しに行く。
「あれ? ない」
奏は絶対に、家にいない日は冷蔵庫にクッキーとか入れてくれるんだけどなぁ……。
次は冷凍庫を開ける。
冷凍庫にはお皿にバニラアイスがのっていて、ラップが丁寧にかけられていた。
アイスを冷凍庫から取り、キッチンの引き出しからスプーンを取る。
リビングの机には「れいにぃお帰り! 冷凍庫に手作りのバニラアイスあるから食べてね!」という内容の置手紙が置かれていた。
お茶を入れ、置手紙を机の端によせ、アイスを食べる。
「「いただきまーす(!)」」
食べた瞬間、バニラの味が口いっぱいに広がるのと同時に頭がキーンと痛くなる。
「もうすっかり夏だなー」
「ねー。けど、昔はこんな暑い日でもバスケしてたよー!」
「へぇー」
奈那がシュートをする練習をする。
テレビをつけ、ニュース番組にチャンネルを合わす。
「由海さんって、好きな食べ物あるのか?」
「大福だよ! 由海ちゃんと昔はよくあの和菓子屋さんで一緒に食べたなー!」
大福かー。今度奏にフルーツ大福でも作ってもらって、持って行こう。
ニュース番組がCMに入る。
奈那と話していると、アイスが溶けそうになっていた。
急いでアイスを食べると、さっきよりも頭がキーンとなる。
急いでお茶を一口飲む。
「今日何するー?」
「奏が修学旅行行くから、それの準備。とりあえず、保険証探し」
「修学旅行かー! 由海ちゃんと部屋でまくら投げしたなー!」
修学旅行の記憶なんか誰と一緒の部屋だったのかも覚えてないな。いいな、奈那はそんな思い出があって。
食べ終わったお皿をキッチンのシンクに置き、タンスから奏の保険証を探す。
「どんなの?」
「黄色の入れ物なんだけど」
「りょーかい!」
奈那も一緒にタンスにあるものを出してくれる。
奏の保険証よりも早く、俺の保険証が入っている黒色の入れ物が出てくる。
「うわ! 小さい頃の冷斗だ! めっちゃかわいい~」
奈那が小さい頃に奏と遊んでいる写真を持っている。
「今とは全く違うね~。こんなにかわいかったんだ~」
写真越しの俺の頭を撫でる。
「小さい頃の写真なんか久しぶりに見たなー」
「あれ? なんか既視感あるなぁ……」
「なにぼーっとしてんだ。保険証探し手伝ってくれ」
「わかった!」
写真を机に置き、奏の保険証を探す。
「これじゃない?」
奈那が黄色の入れ物を持っている。
「それそれ」
入れ物から奏の保険証を取り出し、机の上に置く。
「せっかくだし、俺の保険証もチェックするか」
黒色の入れ物から、自分の保険証を取り出す。
ガシャンと家のドアが開く。
「ただいまー」
母さんが重そうな荷物を持ちながら、家に入って来る。
「お帰りー」
保険証を床に置き、母さんの元に駆け寄り荷物を仕分ける。
「冷斗これ!」
奈那の大きな声が家中に響き渡る。
「なにー」
奈那が保険証を大きく指さす。
「ほらこれ!」
「え~と、ジナン?」
……は?
俺は急いで保険証を手に持つ。
何度見ても次男と書いている。
もちろん俺には兄はいない。
「母さんこれどういうこと」
母さんが座っている手前に保険証を思いっきり見せる。
「次男ってなに」
氷のように冷たい声でそう言うと、母さんはお茶を一口飲んで、喋り始めた。
目の前の豪邸の表札には大きく如月と書かれている。
『冷斗―着いたよー』
眠たい目を小さな手で擦っている。
『おはようにいちゃぁん……』
『バッグ背負っていくよー』
『はーい』
小さなバッグを背負い、車から出る。
『今着いたから、門、開けて』
勉が電話越しでそういうと、門が開き、綺麗な日本庭園が広がっている。
悠が冷斗の手を握る。
『お義母さん、説得出来るかしら……』
『大丈夫。絶対できる』
勉が丸くなっている叶恵の背中を撫でた。
お手伝いの楓(かえで)が顔を出す。
『あっ! かえでねぇちゃんだ!』
『冷斗くんに悠くん! 久しぶり!』
服が汚れないようにしゃがみ、頭を優しく撫でた。
『勉様も叶恵様もお久しぶりです! 奥の部屋でお母様がお待ちなので、ご案内しますね!』
立ち上がり、部屋まで案内する。
ししおどしの音が響く。
『失礼いたします』
ゆっくりと襖を開けた。
『母さん……』
『まあとりあえず座りなさい』
楓が奥にある急須で茶を沸かし、茶を人数分出す。
『あっ! ざしきわらしのおねちゃんだぁ! あのねあのね__』
『うるさい! 気持ち悪い!』
大声で叫び、声が部屋に響く。
冷斗は唖然とし、目に涙が浮かぶ。
楓と悠がすぐに冷斗に近づき、泣かないようにあやす。
『ちょっと母さん! 今のは何が何でも酷いよ!』
『この由緒正しき如月家にこんな気持ち悪い子要りません! 楓! 冷斗を今すぐどうにかして!』
『そう言われましても……』
冷斗は今にでも泣きそうな表情だ。
『そうだ! 冷斗くん! 今から私とどこか行かない?』
『いいの……?』
『うん! どこでもいいよ!』
冷斗の頭を撫で、あやす。
『とらさんみたい……』
『なら動物園行こっか!』
小さくうなづき、手を繋いだ。
『悠はここにいなさい。話さないといけないから』
『……わかりました……。冷斗! お家帰ったら、一緒に遊ぼうな!』
『うんっ!』
冷斗の頭を撫で、ハイタッチをした。
『なら私、着替えないといけないから、ちょっと待ってね!』
『うんっ!』
優しく微笑んだ。
『失礼いたしました』
ゆっくりと襖を閉めた。
部屋に無言の時間が続いた。
『率直に言います。今すぐ悠の親権だけ得て、離婚しなさい』
『母さん! いくら何でも酷すぎるよ! さっきの悠を見ただろう⁉ この子と冷斗を生き別れになんかさせられない!』
『あんな気持ち悪い子の家族など、恥ずかしいことよ』
悠は黙って下を見続ける。
『悠、お前はどうしたい?』
『……冷斗とこれからも一生ずっと幸せでいたい……』
『それは無理です』
『母さん!』
悠の目から、何粒もの涙が流れた。
『わあー! とらさんかっこいい!』
『ねー! 大迫力だねー!』
冷斗くんはガラスにへばりつくようにしてキラキラした目でトラをみつめる。
トラも視線を感じたのか、冷斗くんに近づく。
冷斗くんはさらに目を輝かせた。
本当に楽しそう。連れてこれてよかった。
『冷斗くん! ライオンさんも見に行かない?』
『うん! 行く!』
冷斗くんの小さくてかわいい手を握り、ライオンがいる場所に移動する。
『らいおんさんだ! うわー!』
ライオンは餌の骨付き肉を豪快に食べている。
さっきと同じように見てる。本当に動物大好きなんだな。
『かえでねぇちゃん! しゃしんとって!にいちゃんにみせるの!』
『うん!』
カバンからスマホを取り出す。
『はいチーズ!』
冷斗くんは純粋な笑顔を浮かべた。
本当にかわいいな。これで最後なのかな。冷斗くんと一緒にお出かけできるのも。もっともっと『かえでねぇちゃん!』って呼ばれたいな……。
少し涙が出てき、ハンカチでぬぐう。
『どうしたのかえでねぇちゃん?』
『何でもないよ! 冷斗くんはさ、わたしのこと、好き?』
『うん! だいすき! ねね! だっこしてー!』
わたしは優しくうなずいた。
冷斗くんが悠くんと離れ離れになりませんように……!
母さんから兄ちゃんがいたことを言われた
瞬間は信じられなかったが、母さんが見せてくれた写真に、俺とそっくりな人が映っていた。
その写真を見た奈那は見たことないぐらい目を輝かせていた。
俺は自分の部屋で情報を整理することにした。
俺には悠という名の兄ちゃんがいたこと。
父さんが再婚し、半分だけ血がつながっている弟がいること。
兄ちゃんは橋から飛び降りて、二年前に自殺したこと。
奏には絶対にこのことを言わないこと。
俺は頭をかく。
「奈那、お前は今、どんな気持ちなんだ?」
「すっきりした気持ちだよ! 悠くんと冷斗が兄弟ってわかって! どおりで似てるんだよなー!」
奈那が俺の顔をのぞき込む。
「冷斗は?」
俺は少し黙り、考える。
「わかんない……いろいろと……」
「誰だってそうだよ」
奈那が優しく俺の頭を撫でてくれる。
「彼氏が死んだって聞いて、辛くないのか?」
奈那が少し黙る。
「……生きてたら、辛かったと思うよ。だけど、わたしも今は死んでるからね」
それを聞いて、涙が出てくる。
「とりあえず! わたしのことは気にしないで! 冷斗はゆっくり休んで!」
奈那がベッドから毛布を取り、俺の体に優しくかけてくれた。
「ありがとう……」
奈那が俺の横にちょこんと座ってくれる。
「何があってもわたしは冷斗のそばにいるかたね!」
俺は安心したのかすぐに寝てしまった。
バシャーン!
昼休み、奈那はトイレから出ると真央たちに水をかけられた。
『ごめんごめん! 手が滑ちゃった!』
奈那は黙って下を見る。
『けど、びしょびしょになった制服の方がかわいいよー!』
真央たちが嘲笑う。
『いいよ別に。ジャージ持ってきてるし』
『ええー! 残念だなぁー。奈那の制服姿もっとみたいのにー!』
奈那は真央たちに気づかれないようにため息をつく。
『そうそう! ゆーとは上手くいってる?』
奈那は小さく頷く。
『へぇー! まあどうせすぐ別れるよ! 奈那なんかゆーと釣り合わないもんねー!』
一緒にいる女子も同調する。
奈那は足早にトイレから出る。
『あ~あ。逃げられちゃった。ていうかなんでゆーも奈那と別れないんだろうねー』
『さあ?』
真央たちはトイレの鏡で髪を整え、トイレから出る。
会話を聞いていた悠が呆れたように『チッ』と舌打ちをし、教室に向かった。
ほとんどの生徒が外に出て遊んでいる中、奈那は一人で屋上で寝っ転がっていた。
ガシャとドアが開く。
『おっ! 待ってたよー! 悠くん!』
奈那はトイレの時とは全く違う、満点の笑顔になり、悠はにこっと笑う。
奈那の服はやはりジャージで、制服はポリ袋に入っている。
『……真央たちにやられた?』
『うん。毎日こんな感じ』
悠は制服を脱ぎ、ジャージ姿になると、奈那の横に寝っ転がった。
『ごめんな。止めれなくて』
『ううん! 悠くんのせいじゃないし! こうやって話聞いているだけ嬉しいよ!」
奈那が にー! と笑い、白い歯が光る。
『ありがとう』
悠はスマホを取り出し、まだ髪が白くない時代の冷斗の写真を眺める。
『いっつも見てるけど、それ誰の写真?』
『弟』
『へぇー! 弟くんかわいいね~』
『そうだろー!』
悠が弾けるような笑顔になる。
『わたし、やっぱり悠くんの笑顔好きだな~』
『そう言ってくれて嬉しいよ』
悠が少し照れ笑いをする。
『わたしの妹も、悠くんの弟くんぐらい元気になってほしいなー!』
『夏海ちゃんも奈那みたいなバスケ上手いスポーツ少女になるのかなー』
『なってほしいなー!』
ジリジリと暑い日光が奈那たちの顔を照らす。
外から校庭で遊んでいる生徒たちの声が聞こえる。
『そうそう。今日って奈那の誕生日だよな?』
『うん!』
奈那の目がキラキラと輝きだした。
『誕生日おめでとー!』
『ありがとう! ……誕プレは?』
『ごめん、ない』
『ええ~……期待したのに……』
奈那がしょぼんとし、ため息をつく。
『うそだよ! じょーだんじょーだん! これあげるから許してくれよ』
貰った小袋を早速開ける。
『えっ! かわいいー! くまさんだー!』
『喜んでもらってよかった』
悠が小さくウィンクした。
学校が終わり、奈那と悠は一緒に帰っていた。
『悠くんいいの? 家の方向逆だけど……』
『いいのいいの! 誕生日ぐらい一緒に帰りたいしー』
悠はキャンディーを咥えながらにこっと笑った。
外はセミが鳴いていて、黄金色になった稲が気持ちよさそうに揺れている。
『悠くんはやっぱり人気者だなー』
『急にどうした?』
『だって今日だって、後輩の女の子に『如月せんぱーい!』って言われたじゃん』
悠が苦笑いを見せる。
『別に人気者じゃなくていいよ。人との付き合いも疲れるから』
『わたしは悠くんみたいな人気者になりたいけどなー』
ポンっと頭を軽く撫でてくれた。
『そういえばテストダメダメだったぁ~』
『マジ? 俺もだよ。まあそう落ち込むなって!』
背中を優しく叩いてくれた。
悠くんああ言ってるけどめちゃくちゃ頭いいんだよなぁ……。テストは四百五十点以下とったの見たことないし、番数もいつも一位か二位だし。
遠くから人が走って来る。
『おっ! 相変わらず元気だなー』
『ねー!』
奈那がしゃがみ、夏海を抱きかかえる姿勢になる。
『ねーねおかえりー!』
夏海が奈那に抱きつく。
『夏海―! ただいまー!』
夏海を抱きかかえ、ほっぺを触る。
『今日は保育所どうだったー⁉』
『たのちかった!』
『そっかそっか!』
奈那が優しく、夏海の頭を撫でる。
『わっ! とっと!』
『ホントだー! トンボだねー!』
夏海がトンボを触ろうと手を伸ばす。
『お久しぶりです南海さん』
悠は小さくお辞儀をする。
『悠くんありがとう。奈那と一緒に帰ってくれて』
『いや全然! 自分がしたいからしてるだけですよー!』
夏海が悠の方を見る。
悠は笑顔で振り向く。
『夏海ちゃん久しぶり!』
『ひさちぶり! ゆうにいちゃん!』
悠はふふっと、優しく笑う。
『キャンディー食べたい?』
『うんっ!』
かわいく頷いた。
『何味がいい?』
『いちご!』
悠はうなずきながら、ポッケからイチゴ味のキャンディーを取り出した。
『どうぞ』
『ありがとうっ!』
夏海が小さな手で、キャンディーの袋を取る。
『奈那も食べるか?』
『うんっ! オレンジある?』
『あるある。奈那はいつもそれだよなー』
悠がポケットの中を探る。
『悠くんって、なんでキャンディーをそんなに常備してるの?』
『昔大好きだった近所のお姉さんがキャンディーを俺と弟にくれて優しくしてくれたから……かな。はい』
悠がオレンジ味のキャンディーを奈那の手に乗せる。
『へぇー。そんな理由があったんだ』
奈那がキャンディーを口に運ぶ。
『そうだ! 今日、奈那の誕生日パーティーするけど、悠くんも来る?』
『いいんですか⁉ 行きたいです!』
悠が目を輝かせる。
『ならさっそく帰ろう!』
『うん! なつみおうちかえるー!』
奈那が夏海を下ろし、夏海と手を繋いだ。
悠がしゃがみ、夏海と目線を合わせる。
『キャンディー美味しい?』
『うん! おいちい!』
『よかった!』
悠は弾けるような笑顔を夏海に見せたあとに、勉にメールを送った。
『なつみゆうにいちゃんのことだいしゅきー!』
『ありがとう夏海ちゃーん! 僕もだよっ!』
悠はさらにもう一ついちご味のキャンディーを渡した。
『もしかして奈那、ちょっと嫉妬してる?』
『うんまぁ……ちょっとね』
『安心しなよ! 奈那のこと大好きだからさ!』
悠はにこっと明るく笑った。
『悠くんありがとう。こんなわたしの誕生日祝ってくれて』
奈那は少し寂しそうな表情を浮かべる。
『ううん! 奈那のこと祝ってやりたいしー! 彼氏としてな!』
『やっぱり優しいね悠くんは! わたしも大好きだよっ!』
奈那が優しく悠の頭を撫でた後に、悠のほっぺに優しくキスをした。
今日は月曜日だが祝日、俺は奏が作ったハムエッグをほおばる。
「どおれいにぃ? 美味しい?」
「うん! 美味しいぞー!」
「やった!」
俺は朝ごはんを食べる手をとめ、奏の頭を撫でる。
「あっ! そうそう!」
奏が冷蔵庫の方に行く。
「ちゃんとフルーツ大福作ったからねー!美味しくできたよー!」
「了解―。作ってくれてありがとな」
「由海ちゃん、奏ちゃんが作ったフルーツ大福食べれるなんていいなー!」
ハムエッグを食べ終わり、お皿を台所のシンクに置き、着替えをしに二階に行く。
「いつものでいいよな?」
「せっかくだし前買った服着てよー!」
「はーい」
前に買った服を引き出しから取り、着る。
黒色の帽子をかぶり、小さいバックを肩にかけ、イヤホンを着ける。
一階に降り、奏から大福を受け取る。
「はいこれ! 崩れないようにしてよ! 右から、イチゴ・ミカン・マスカットだから!」
フルーツ大福は、宝石のようにキラキラと輝いている。
マスカットって、いつ買ったんだよ。
「よし。じゃあ行ってくる」
「はーい!」
さすがに祝日だけあって駅もショッピングモールも人でごった返している。
俺と奈那は他のお店に目もくれず、陶芸ショップに向かう。
「いらっしゃいませー!」
由海さんが品出しをしながら、こちらを振り向く。
「あっ! 冷斗さん! お久しぶりです!」
「お久しぶりです由海さん! 特に奈那ちゃんの情報が分かったってことじゃないんですけど……」
俺はフルーツ大福が入った箱を由海さんに差し出す。
「開けてみてください」
由海さんが品出しをしている手を止め、箱を開ける。
「うわあー! 大福だ!」
由海さんが明るい笑顔になる。
「僕の妹が作ったフルーツ大福です。右からイチゴ・ミカン・マスカットです」
「お店かと思いましたよー! えー! 私が大福好きだって知ってました?」
「はい。奈那ちゃんからいっぱい聞きましたからね」
由美さんは全く驚かない。
「やっぱりなーなはいろんなこと喋るなー!」
隣で奈那が苦笑いをする。
「フルーツ大福おじいちゃんと美味しく頂きますね!」
「ぜひそうしてください!」
俺と奈那が頭を下げる。
「では僕はここらへんで」
「はい! ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」
由海さんが頭を下げ、俺らに手を振る。
俺と奈那は手を振って、お店を後にした。
「人多いなー」
「ねー。冷斗大丈夫?」
「うん。ありがとう。心配してくれて」
少し歩き、スポーツショップに立ち寄る。
「何買うの?」
「バスケットボール。欲しいだろ?」
「うん!」
奈那がキラキラした笑顔になり、それを見て俺も笑顔になる。
奈那が自由に店内を回る。
俺は椅子に座る。
「兄ちゃんか……」
少しむなしい気持ちになる。
「冷斗―! これ買ってー!」
奈那がウキウキしながら指さしていた赤色のバスケットボールを買った。
「満足か?」
「うん! ありがとう冷斗!」
さっきと同じ、明るい笑顔になった。
俺らは通路に設置されているソファーに座る。
スマホの電源をつけ、イヤホンと接続し、心霊動画を見始める。
かなりゾッとするシーンが映り、体が冷える。
「うおっ……」
ふと、奈那の方を見ると、体が尋常じゃないほど震えていた。
急いでイヤホンを取る。
「奈那どうした」
口元を手で押さえながら、指さす。
「…………ま…………お…………」
声が震えている。
奈那が震えながら指さしていた方向には、真那とそっくりな人がいた。
「奈那、ごめん」
奈那の方を向き、笑顔を見せた。
奈那の目には涙が溜まって、黒目がぴくぴくと震えていた。
「すみません。飛鳥奈那ちゃんって知ってます?」
「ナナ? あ~いたな~そんなヤツ」
真央は髪をいじる。
「で? 誰あんた?」
「悠の実の弟です」
真央が少し驚いた顔になる。
「ゆーの弟か。だったらいいこと教えてやるよ」
真央が髪をいじるのをやめる。
「いじめたのは私だけど、初めに奈那をいじめるって言ったのは、ゆーだよ」
「……は?」
なんで兄ちゃんが奈那のことをいじめるんだよ。マジで。
意味わからん。
コツコツと誰かが歩いてくる音がする。
「真央さんお待たせしましたー! って冷斗じゃん! 久しぶりー!」
小学校の頃、ずっと俺に付きまとって、俺をいじめた声。
学の声だ。
体中に虫唾がはしり、息遣いが荒くなるのと同時に、足が震える。
「お前なにー? 俺の彼女のお姉さんにも小学校の時みたいに、霊が見えるって言ってたのかー? 誰も信じないって! そんなヤバいヤツの話なんかー!」
学が俺の肩を叩き、顔を覗きこんでくる。
あの時と同じ言い方。何度も聞いた「ヤバいヤツ」
「ていうか冷斗、まだ生きてたんだなー。 早く死ねよ」
その言葉のせいか、目に涙が溜まってき、段々と視界が悪くなる。
あの時の封印していた記憶が頭の底から蘇ってきた。
今日もいつも通り学校に着いた。
相変わらず俺の靴箱には「死ね!」や「気持ち悪い」・「生きる価値ない!」という内容が書かれた手紙が置かれている。
俺はそれを破り、近くのゴミ箱に捨てた。
教室に着くと、学たちが相変わらず楽しそうに話している。
『あっ! 冷斗じゃん! また今日も幽霊と話すのか? 相変わらずヤバいヤツがすることは違うなー!』
無視をして、空を眺める。周りからはどんどん人が離れていく。
『聞いてるのかよ冷斗―!』
『なに』
冷たい声でそう呟いてみた。
『うわっ! 喋った! お前みたいなヤバいヤツなんか、誰も好きじゃないからなー! マジで早く死ねよ!』
誰にも相手にされず、こっちから話しても逃げられて。結局、話したのは幽霊さんだけだった。
蘇って来た記憶と同時に、尋常じゃない吐き気が襲ってくる。
すぐさまトイレに駆け込んだ。
奈那に取り憑かれた時とは比べ物にならない吐き気。
朝ごはんのハムエッグは見たくもない形で出てくる。
いつもと違い奈那が後ろから落ち着かせてくれない。
肩に冷たい水がかかる。
力を精一杯出して、鏡を見ると、奈那が見たことない量の涙を流していた。
ごめん……奈那……。俺の勝手な行動で泣かせちゃって……。
俺って、好きな子を泣かせて、しかもその涙を拭いてやれないんだな……。
部活が終わり、コンビニに立ち寄って買った、アイスを食べる。
『ねえゆー! 聞いてよー!』
真央が甘い声出す。
『飛鳥奈那って子いるじゃん?』
『うん』
『気に入らないんだよねー』
『わかるー!』
真央と仲がいい女子生徒が声を出す。
ブー! とスマホの着信音が鳴り、悠がアプリを開く。
両親からのメールだった。
『はぁ……。かわいいかわいい冷斗の写真眺めてる時に送って来るんじゃねぇよ……』
悠はボソッと呟く。
『どうせ俺じゃなくて、アイツの方を愛してるくせに……』
悠は大きな大きなため息をつく。
『ねぇゆー! 聞いてるー?』
『ごめんなんて?』
『だーかーら! 奈那が気に入らないっていう話だよー!』
『なら靴でもかくしてみたらー。少しは大人しくなるだろー』
『それいいじゃん! ナイスアイデア!』
『うそだよ。じょー……』
いつものように『じょーだん』と言おうとすると、真央が悠に近づき、悠のアイスを食べようとする。
悠はスマホをポケットに入れ、アイスを真央に取られないようにする。
『やめろやめろ。自分の食べろー』
『ええー! いいじゃんゆー! ケチだなぁ……』
真央は上目遣いをし、悠が食べているのと同じアイスをねだる。
『はぁ……仕方ないなぁ。また今度買ってやるから。今日は帰るぞー』
『やったー! はーい!』
真央が甘く、元気な声を出した。
なんとか家に帰ると奏がエプロン姿で待っていた。
「れいにぃお帰り! マスカットケーキ食べる?」
奏が天使のようなかわいい笑顔を浮かべながら聞いてくる。
ごめんな……。今日だけは……どうしても無理なんだ……。
「いらない」
人生で初めて奏のお菓子の誘いを断った。
「……え?」
奏はさっきとは真逆の、まるで世界が終わったかのような顔になり、その場でみじんも動かなくなり、額から汗が出て、目が横に、ブルブルッと揺れている。
「れいにぃ大丈夫⁉ 救急車呼ぼうか⁉」
奏が見たことない焦り方をしていて、スマホの緊急ダイアルに119を入力している。
「大丈夫。寝たら治るから……さ」
奏に極力心配して欲しくないから、俺はいつもの笑顔を作って見せた。
「れいにぃ……」
二階にある自分の部屋に着くと、ガチャンとドアを閉め、部屋の隅に座る。
奈那は入ってすぐにベットを思いっきり叩く。
俺は黙ってそれを見る。
「奈那……」
「うるさい! わたしに喋りかけてくるんじゃない!」
奈那の声は聞いたことがないほど怒っていて、俺を刃物のようにとても鋭い目つきで睨む。
「ごめん……」
「『ごめん』じゃないよ! なんなの! 謝ってすむとでも思ってるの!」
奈那が声を荒げ、壁を叩く。
「マジでさあ! なんなの冷斗! マジで嫌い! あんたのことなんか! 取り憑いたのが大間違いだった!」
今の奈那にはいつもの面影などどこにもない。俺はただただ今にでも消えそうな声で「ごめん……ごめん……」と何度も呟く。
「真央を見つけた時、わたしはすぐさまそこから逃げ出したかった。それなのに冷斗は……!」
奈那がもう一度俺をギロッと睨む。
奈那の言っていることは正しい。だけど俺は兄ちゃんのこと、奈那をいじめたヤツを知りたいばかりに奈那が嫌がることをしてしまった。しかも、学に声をかけられた時、すぐさま逃げた。奈那は頑張って耐えたのに……。
「本当に……お願いだよ……悠くん……助けて……」
奈那の体が小刻みに震え、雫のような涙を流す。
俺は体を丸くし、涙が出ている目をつぶった。
あれから一週間、奈那に取り憑かれてから初めて学校を休んだ。
奈那とは全く話していない。
委員長が三日目にお見舞いに来てくれたらしいが、俺は部屋から出なかった。
今日は久しぶりに学校に行く。
「行ってきますー……」
「行ってらっしゃい。れいにぃ」
奏はどことなく暗い。
きっと気を使ってくれているんだろう。
外に出ると雨がぽつぽつ降っている。
玄関から傘を取り出し、傘をさす。
はぁ……。いつもなら奈那が「天気悪いねー」とかを話してくれるんだろうな。
いつも横に立っている奈那がいない通学路はとてもいびつな感覚だ。
雨がしとしとと降る中、俺は学校の屋上にいた。
奈那をいじめたヤツの弟だぞ。そんなヤツが奈那と一緒に楽しく生きていいのか?
屋上の手すりを掴む。
奈那は屋上の隅から俺を見る。
奈那に微笑み、手すりを掴んでいる両手に力を入れる。
奈那がちらっとこちらを見る。
奈那、ありがとう。こんなどうしようもない俺なんかに、取り憑いてくれて。とっても楽しい日々を送らせてもらってさ。とっても大好きだよ。
「冷斗! 死んじゃダメ!」
奈那が俺の手を掴む。
「やめて! わたし、冷斗に死んでほしくないよ!」
「だって……」
こらえていた涙が出てくる。
「だってぇ……俺は……お前をいじめたヤツの弟だぞ……そんなヤツが今更奈那と仲良くしているなんて……なんて……」
涙腺が崩壊したのかと思うぐらい、涙が止まらない。
「ううん。冷斗はわたしをいじめたやつの弟なんかじゃない。冷斗は紛れもないわたしの、彼氏の弟だよ」
奈那が笑みを見せ、俺の頭を優しく撫でてくれる。
「わたしもこの数日どうすればよくわからなかった。だって、自分の彼氏が自分をいじめたやつって言われたからね」
雨がやみ、太陽が雲の隙間から照りさす。
「あの時はごめん。めちゃくちゃ酷いこと言っちゃって……」
「ううん……俺が百悪いから……」
また涙が出てくる。
「本当に、俺に生きてほしいのか?」
「うん! 本当は冷斗がいないとわたし寂しいよ! もっと生きて、冷斗と楽しく過ごしたいよ!」
奈那がいつも通りの笑顔を俺に見せてくれる。
「ありがとう。止めてくれて」
「いやいや! これからも冷斗とずっといたいからね!」
空には虹がかかっている。
「キレイだね~。悠くんと見たかったな~」
涙を濡れた制服でぬぐう。
「そうだ! 今度の金曜日に兄ちゃんに会いにでも行くか!」
「うん!」
奈那の目がキラキラと輝いた。
「さっ! 冷斗教室戻ろう!」
「うん!」
少しジメジメした風が俺らの体を通り抜けた。
ジリジリと暑い太陽の日差しが俺の頭を痛いぐらいに照らす。
今日は奏は学校が振り替え休日で、友達の家に行くためいない。
家のドアを勢いよく開ける。
「「ただいまー(!)」」
もちろん声は返ってこない。
「なんだか寂しいねー」
「そだなー」
洗面所に顔を洗いに行く。
水道水をひねって出てくる冷たい水で顔を洗う。
「ふー! すっきりしたー!」
キッチンにある冷蔵庫におやつを探しに行く。
「あれ? ない」
奏は絶対に、家にいない日は冷蔵庫にクッキーとか入れてくれるんだけどなぁ……。
次は冷凍庫を開ける。
冷凍庫にはお皿にバニラアイスがのっていて、ラップが丁寧にかけられていた。
アイスを冷凍庫から取り、キッチンの引き出しからスプーンを取る。
リビングの机には「れいにぃお帰り! 冷凍庫に手作りのバニラアイスあるから食べてね!」という内容の置手紙が置かれていた。
お茶を入れ、置手紙を机の端によせ、アイスを食べる。
「「いただきまーす(!)」」
食べた瞬間、バニラの味が口いっぱいに広がるのと同時に頭がキーンと痛くなる。
「もうすっかり夏だなー」
「ねー。けど、昔はこんな暑い日でもバスケしてたよー!」
「へぇー」
奈那がシュートをする練習をする。
テレビをつけ、ニュース番組にチャンネルを合わす。
「由海さんって、好きな食べ物あるのか?」
「大福だよ! 由海ちゃんと昔はよくあの和菓子屋さんで一緒に食べたなー!」
大福かー。今度奏にフルーツ大福でも作ってもらって、持って行こう。
ニュース番組がCMに入る。
奈那と話していると、アイスが溶けそうになっていた。
急いでアイスを食べると、さっきよりも頭がキーンとなる。
急いでお茶を一口飲む。
「今日何するー?」
「奏が修学旅行行くから、それの準備。とりあえず、保険証探し」
「修学旅行かー! 由海ちゃんと部屋でまくら投げしたなー!」
修学旅行の記憶なんか誰と一緒の部屋だったのかも覚えてないな。いいな、奈那はそんな思い出があって。
食べ終わったお皿をキッチンのシンクに置き、タンスから奏の保険証を探す。
「どんなの?」
「黄色の入れ物なんだけど」
「りょーかい!」
奈那も一緒にタンスにあるものを出してくれる。
奏の保険証よりも早く、俺の保険証が入っている黒色の入れ物が出てくる。
「うわ! 小さい頃の冷斗だ! めっちゃかわいい~」
奈那が小さい頃に奏と遊んでいる写真を持っている。
「今とは全く違うね~。こんなにかわいかったんだ~」
写真越しの俺の頭を撫でる。
「小さい頃の写真なんか久しぶりに見たなー」
「あれ? なんか既視感あるなぁ……」
「なにぼーっとしてんだ。保険証探し手伝ってくれ」
「わかった!」
写真を机に置き、奏の保険証を探す。
「これじゃない?」
奈那が黄色の入れ物を持っている。
「それそれ」
入れ物から奏の保険証を取り出し、机の上に置く。
「せっかくだし、俺の保険証もチェックするか」
黒色の入れ物から、自分の保険証を取り出す。
ガシャンと家のドアが開く。
「ただいまー」
母さんが重そうな荷物を持ちながら、家に入って来る。
「お帰りー」
保険証を床に置き、母さんの元に駆け寄り荷物を仕分ける。
「冷斗これ!」
奈那の大きな声が家中に響き渡る。
「なにー」
奈那が保険証を大きく指さす。
「ほらこれ!」
「え~と、ジナン?」
……は?
俺は急いで保険証を手に持つ。
何度見ても次男と書いている。
もちろん俺には兄はいない。
「母さんこれどういうこと」
母さんが座っている手前に保険証を思いっきり見せる。
「次男ってなに」
氷のように冷たい声でそう言うと、母さんはお茶を一口飲んで、喋り始めた。
目の前の豪邸の表札には大きく如月と書かれている。
『冷斗―着いたよー』
眠たい目を小さな手で擦っている。
『おはようにいちゃぁん……』
『バッグ背負っていくよー』
『はーい』
小さなバッグを背負い、車から出る。
『今着いたから、門、開けて』
勉が電話越しでそういうと、門が開き、綺麗な日本庭園が広がっている。
悠が冷斗の手を握る。
『お義母さん、説得出来るかしら……』
『大丈夫。絶対できる』
勉が丸くなっている叶恵の背中を撫でた。
お手伝いの楓(かえで)が顔を出す。
『あっ! かえでねぇちゃんだ!』
『冷斗くんに悠くん! 久しぶり!』
服が汚れないようにしゃがみ、頭を優しく撫でた。
『勉様も叶恵様もお久しぶりです! 奥の部屋でお母様がお待ちなので、ご案内しますね!』
立ち上がり、部屋まで案内する。
ししおどしの音が響く。
『失礼いたします』
ゆっくりと襖を開けた。
『母さん……』
『まあとりあえず座りなさい』
楓が奥にある急須で茶を沸かし、茶を人数分出す。
『あっ! ざしきわらしのおねちゃんだぁ! あのねあのね__』
『うるさい! 気持ち悪い!』
大声で叫び、声が部屋に響く。
冷斗は唖然とし、目に涙が浮かぶ。
楓と悠がすぐに冷斗に近づき、泣かないようにあやす。
『ちょっと母さん! 今のは何が何でも酷いよ!』
『この由緒正しき如月家にこんな気持ち悪い子要りません! 楓! 冷斗を今すぐどうにかして!』
『そう言われましても……』
冷斗は今にでも泣きそうな表情だ。
『そうだ! 冷斗くん! 今から私とどこか行かない?』
『いいの……?』
『うん! どこでもいいよ!』
冷斗の頭を撫で、あやす。
『とらさんみたい……』
『なら動物園行こっか!』
小さくうなづき、手を繋いだ。
『悠はここにいなさい。話さないといけないから』
『……わかりました……。冷斗! お家帰ったら、一緒に遊ぼうな!』
『うんっ!』
冷斗の頭を撫で、ハイタッチをした。
『なら私、着替えないといけないから、ちょっと待ってね!』
『うんっ!』
優しく微笑んだ。
『失礼いたしました』
ゆっくりと襖を閉めた。
部屋に無言の時間が続いた。
『率直に言います。今すぐ悠の親権だけ得て、離婚しなさい』
『母さん! いくら何でも酷すぎるよ! さっきの悠を見ただろう⁉ この子と冷斗を生き別れになんかさせられない!』
『あんな気持ち悪い子の家族など、恥ずかしいことよ』
悠は黙って下を見続ける。
『悠、お前はどうしたい?』
『……冷斗とこれからも一生ずっと幸せでいたい……』
『それは無理です』
『母さん!』
悠の目から、何粒もの涙が流れた。
『わあー! とらさんかっこいい!』
『ねー! 大迫力だねー!』
冷斗くんはガラスにへばりつくようにしてキラキラした目でトラをみつめる。
トラも視線を感じたのか、冷斗くんに近づく。
冷斗くんはさらに目を輝かせた。
本当に楽しそう。連れてこれてよかった。
『冷斗くん! ライオンさんも見に行かない?』
『うん! 行く!』
冷斗くんの小さくてかわいい手を握り、ライオンがいる場所に移動する。
『らいおんさんだ! うわー!』
ライオンは餌の骨付き肉を豪快に食べている。
さっきと同じように見てる。本当に動物大好きなんだな。
『かえでねぇちゃん! しゃしんとって!にいちゃんにみせるの!』
『うん!』
カバンからスマホを取り出す。
『はいチーズ!』
冷斗くんは純粋な笑顔を浮かべた。
本当にかわいいな。これで最後なのかな。冷斗くんと一緒にお出かけできるのも。もっともっと『かえでねぇちゃん!』って呼ばれたいな……。
少し涙が出てき、ハンカチでぬぐう。
『どうしたのかえでねぇちゃん?』
『何でもないよ! 冷斗くんはさ、わたしのこと、好き?』
『うん! だいすき! ねね! だっこしてー!』
わたしは優しくうなずいた。
冷斗くんが悠くんと離れ離れになりませんように……!
母さんから兄ちゃんがいたことを言われた
瞬間は信じられなかったが、母さんが見せてくれた写真に、俺とそっくりな人が映っていた。
その写真を見た奈那は見たことないぐらい目を輝かせていた。
俺は自分の部屋で情報を整理することにした。
俺には悠という名の兄ちゃんがいたこと。
父さんが再婚し、半分だけ血がつながっている弟がいること。
兄ちゃんは橋から飛び降りて、二年前に自殺したこと。
奏には絶対にこのことを言わないこと。
俺は頭をかく。
「奈那、お前は今、どんな気持ちなんだ?」
「すっきりした気持ちだよ! 悠くんと冷斗が兄弟ってわかって! どおりで似てるんだよなー!」
奈那が俺の顔をのぞき込む。
「冷斗は?」
俺は少し黙り、考える。
「わかんない……いろいろと……」
「誰だってそうだよ」
奈那が優しく俺の頭を撫でてくれる。
「彼氏が死んだって聞いて、辛くないのか?」
奈那が少し黙る。
「……生きてたら、辛かったと思うよ。だけど、わたしも今は死んでるからね」
それを聞いて、涙が出てくる。
「とりあえず! わたしのことは気にしないで! 冷斗はゆっくり休んで!」
奈那がベッドから毛布を取り、俺の体に優しくかけてくれた。
「ありがとう……」
奈那が俺の横にちょこんと座ってくれる。
「何があってもわたしは冷斗のそばにいるかたね!」
俺は安心したのかすぐに寝てしまった。
バシャーン!
昼休み、奈那はトイレから出ると真央たちに水をかけられた。
『ごめんごめん! 手が滑ちゃった!』
奈那は黙って下を見る。
『けど、びしょびしょになった制服の方がかわいいよー!』
真央たちが嘲笑う。
『いいよ別に。ジャージ持ってきてるし』
『ええー! 残念だなぁー。奈那の制服姿もっとみたいのにー!』
奈那は真央たちに気づかれないようにため息をつく。
『そうそう! ゆーとは上手くいってる?』
奈那は小さく頷く。
『へぇー! まあどうせすぐ別れるよ! 奈那なんかゆーと釣り合わないもんねー!』
一緒にいる女子も同調する。
奈那は足早にトイレから出る。
『あ~あ。逃げられちゃった。ていうかなんでゆーも奈那と別れないんだろうねー』
『さあ?』
真央たちはトイレの鏡で髪を整え、トイレから出る。
会話を聞いていた悠が呆れたように『チッ』と舌打ちをし、教室に向かった。
ほとんどの生徒が外に出て遊んでいる中、奈那は一人で屋上で寝っ転がっていた。
ガシャとドアが開く。
『おっ! 待ってたよー! 悠くん!』
奈那はトイレの時とは全く違う、満点の笑顔になり、悠はにこっと笑う。
奈那の服はやはりジャージで、制服はポリ袋に入っている。
『……真央たちにやられた?』
『うん。毎日こんな感じ』
悠は制服を脱ぎ、ジャージ姿になると、奈那の横に寝っ転がった。
『ごめんな。止めれなくて』
『ううん! 悠くんのせいじゃないし! こうやって話聞いているだけ嬉しいよ!」
奈那が にー! と笑い、白い歯が光る。
『ありがとう』
悠はスマホを取り出し、まだ髪が白くない時代の冷斗の写真を眺める。
『いっつも見てるけど、それ誰の写真?』
『弟』
『へぇー! 弟くんかわいいね~』
『そうだろー!』
悠が弾けるような笑顔になる。
『わたし、やっぱり悠くんの笑顔好きだな~』
『そう言ってくれて嬉しいよ』
悠が少し照れ笑いをする。
『わたしの妹も、悠くんの弟くんぐらい元気になってほしいなー!』
『夏海ちゃんも奈那みたいなバスケ上手いスポーツ少女になるのかなー』
『なってほしいなー!』
ジリジリと暑い日光が奈那たちの顔を照らす。
外から校庭で遊んでいる生徒たちの声が聞こえる。
『そうそう。今日って奈那の誕生日だよな?』
『うん!』
奈那の目がキラキラと輝きだした。
『誕生日おめでとー!』
『ありがとう! ……誕プレは?』
『ごめん、ない』
『ええ~……期待したのに……』
奈那がしょぼんとし、ため息をつく。
『うそだよ! じょーだんじょーだん! これあげるから許してくれよ』
貰った小袋を早速開ける。
『えっ! かわいいー! くまさんだー!』
『喜んでもらってよかった』
悠が小さくウィンクした。
学校が終わり、奈那と悠は一緒に帰っていた。
『悠くんいいの? 家の方向逆だけど……』
『いいのいいの! 誕生日ぐらい一緒に帰りたいしー』
悠はキャンディーを咥えながらにこっと笑った。
外はセミが鳴いていて、黄金色になった稲が気持ちよさそうに揺れている。
『悠くんはやっぱり人気者だなー』
『急にどうした?』
『だって今日だって、後輩の女の子に『如月せんぱーい!』って言われたじゃん』
悠が苦笑いを見せる。
『別に人気者じゃなくていいよ。人との付き合いも疲れるから』
『わたしは悠くんみたいな人気者になりたいけどなー』
ポンっと頭を軽く撫でてくれた。
『そういえばテストダメダメだったぁ~』
『マジ? 俺もだよ。まあそう落ち込むなって!』
背中を優しく叩いてくれた。
悠くんああ言ってるけどめちゃくちゃ頭いいんだよなぁ……。テストは四百五十点以下とったの見たことないし、番数もいつも一位か二位だし。
遠くから人が走って来る。
『おっ! 相変わらず元気だなー』
『ねー!』
奈那がしゃがみ、夏海を抱きかかえる姿勢になる。
『ねーねおかえりー!』
夏海が奈那に抱きつく。
『夏海―! ただいまー!』
夏海を抱きかかえ、ほっぺを触る。
『今日は保育所どうだったー⁉』
『たのちかった!』
『そっかそっか!』
奈那が優しく、夏海の頭を撫でる。
『わっ! とっと!』
『ホントだー! トンボだねー!』
夏海がトンボを触ろうと手を伸ばす。
『お久しぶりです南海さん』
悠は小さくお辞儀をする。
『悠くんありがとう。奈那と一緒に帰ってくれて』
『いや全然! 自分がしたいからしてるだけですよー!』
夏海が悠の方を見る。
悠は笑顔で振り向く。
『夏海ちゃん久しぶり!』
『ひさちぶり! ゆうにいちゃん!』
悠はふふっと、優しく笑う。
『キャンディー食べたい?』
『うんっ!』
かわいく頷いた。
『何味がいい?』
『いちご!』
悠はうなずきながら、ポッケからイチゴ味のキャンディーを取り出した。
『どうぞ』
『ありがとうっ!』
夏海が小さな手で、キャンディーの袋を取る。
『奈那も食べるか?』
『うんっ! オレンジある?』
『あるある。奈那はいつもそれだよなー』
悠がポケットの中を探る。
『悠くんって、なんでキャンディーをそんなに常備してるの?』
『昔大好きだった近所のお姉さんがキャンディーを俺と弟にくれて優しくしてくれたから……かな。はい』
悠がオレンジ味のキャンディーを奈那の手に乗せる。
『へぇー。そんな理由があったんだ』
奈那がキャンディーを口に運ぶ。
『そうだ! 今日、奈那の誕生日パーティーするけど、悠くんも来る?』
『いいんですか⁉ 行きたいです!』
悠が目を輝かせる。
『ならさっそく帰ろう!』
『うん! なつみおうちかえるー!』
奈那が夏海を下ろし、夏海と手を繋いだ。
悠がしゃがみ、夏海と目線を合わせる。
『キャンディー美味しい?』
『うん! おいちい!』
『よかった!』
悠は弾けるような笑顔を夏海に見せたあとに、勉にメールを送った。
『なつみゆうにいちゃんのことだいしゅきー!』
『ありがとう夏海ちゃーん! 僕もだよっ!』
悠はさらにもう一ついちご味のキャンディーを渡した。
『もしかして奈那、ちょっと嫉妬してる?』
『うんまぁ……ちょっとね』
『安心しなよ! 奈那のこと大好きだからさ!』
悠はにこっと明るく笑った。
『悠くんありがとう。こんなわたしの誕生日祝ってくれて』
奈那は少し寂しそうな表情を浮かべる。
『ううん! 奈那のこと祝ってやりたいしー! 彼氏としてな!』
『やっぱり優しいね悠くんは! わたしも大好きだよっ!』
奈那が優しく悠の頭を撫でた後に、悠のほっぺに優しくキスをした。
今日は月曜日だが祝日、俺は奏が作ったハムエッグをほおばる。
「どおれいにぃ? 美味しい?」
「うん! 美味しいぞー!」
「やった!」
俺は朝ごはんを食べる手をとめ、奏の頭を撫でる。
「あっ! そうそう!」
奏が冷蔵庫の方に行く。
「ちゃんとフルーツ大福作ったからねー!美味しくできたよー!」
「了解―。作ってくれてありがとな」
「由海ちゃん、奏ちゃんが作ったフルーツ大福食べれるなんていいなー!」
ハムエッグを食べ終わり、お皿を台所のシンクに置き、着替えをしに二階に行く。
「いつものでいいよな?」
「せっかくだし前買った服着てよー!」
「はーい」
前に買った服を引き出しから取り、着る。
黒色の帽子をかぶり、小さいバックを肩にかけ、イヤホンを着ける。
一階に降り、奏から大福を受け取る。
「はいこれ! 崩れないようにしてよ! 右から、イチゴ・ミカン・マスカットだから!」
フルーツ大福は、宝石のようにキラキラと輝いている。
マスカットって、いつ買ったんだよ。
「よし。じゃあ行ってくる」
「はーい!」
さすがに祝日だけあって駅もショッピングモールも人でごった返している。
俺と奈那は他のお店に目もくれず、陶芸ショップに向かう。
「いらっしゃいませー!」
由海さんが品出しをしながら、こちらを振り向く。
「あっ! 冷斗さん! お久しぶりです!」
「お久しぶりです由海さん! 特に奈那ちゃんの情報が分かったってことじゃないんですけど……」
俺はフルーツ大福が入った箱を由海さんに差し出す。
「開けてみてください」
由海さんが品出しをしている手を止め、箱を開ける。
「うわあー! 大福だ!」
由海さんが明るい笑顔になる。
「僕の妹が作ったフルーツ大福です。右からイチゴ・ミカン・マスカットです」
「お店かと思いましたよー! えー! 私が大福好きだって知ってました?」
「はい。奈那ちゃんからいっぱい聞きましたからね」
由美さんは全く驚かない。
「やっぱりなーなはいろんなこと喋るなー!」
隣で奈那が苦笑いをする。
「フルーツ大福おじいちゃんと美味しく頂きますね!」
「ぜひそうしてください!」
俺と奈那が頭を下げる。
「では僕はここらへんで」
「はい! ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」
由海さんが頭を下げ、俺らに手を振る。
俺と奈那は手を振って、お店を後にした。
「人多いなー」
「ねー。冷斗大丈夫?」
「うん。ありがとう。心配してくれて」
少し歩き、スポーツショップに立ち寄る。
「何買うの?」
「バスケットボール。欲しいだろ?」
「うん!」
奈那がキラキラした笑顔になり、それを見て俺も笑顔になる。
奈那が自由に店内を回る。
俺は椅子に座る。
「兄ちゃんか……」
少しむなしい気持ちになる。
「冷斗―! これ買ってー!」
奈那がウキウキしながら指さしていた赤色のバスケットボールを買った。
「満足か?」
「うん! ありがとう冷斗!」
さっきと同じ、明るい笑顔になった。
俺らは通路に設置されているソファーに座る。
スマホの電源をつけ、イヤホンと接続し、心霊動画を見始める。
かなりゾッとするシーンが映り、体が冷える。
「うおっ……」
ふと、奈那の方を見ると、体が尋常じゃないほど震えていた。
急いでイヤホンを取る。
「奈那どうした」
口元を手で押さえながら、指さす。
「…………ま…………お…………」
声が震えている。
奈那が震えながら指さしていた方向には、真那とそっくりな人がいた。
「奈那、ごめん」
奈那の方を向き、笑顔を見せた。
奈那の目には涙が溜まって、黒目がぴくぴくと震えていた。
「すみません。飛鳥奈那ちゃんって知ってます?」
「ナナ? あ~いたな~そんなヤツ」
真央は髪をいじる。
「で? 誰あんた?」
「悠の実の弟です」
真央が少し驚いた顔になる。
「ゆーの弟か。だったらいいこと教えてやるよ」
真央が髪をいじるのをやめる。
「いじめたのは私だけど、初めに奈那をいじめるって言ったのは、ゆーだよ」
「……は?」
なんで兄ちゃんが奈那のことをいじめるんだよ。マジで。
意味わからん。
コツコツと誰かが歩いてくる音がする。
「真央さんお待たせしましたー! って冷斗じゃん! 久しぶりー!」
小学校の頃、ずっと俺に付きまとって、俺をいじめた声。
学の声だ。
体中に虫唾がはしり、息遣いが荒くなるのと同時に、足が震える。
「お前なにー? 俺の彼女のお姉さんにも小学校の時みたいに、霊が見えるって言ってたのかー? 誰も信じないって! そんなヤバいヤツの話なんかー!」
学が俺の肩を叩き、顔を覗きこんでくる。
あの時と同じ言い方。何度も聞いた「ヤバいヤツ」
「ていうか冷斗、まだ生きてたんだなー。 早く死ねよ」
その言葉のせいか、目に涙が溜まってき、段々と視界が悪くなる。
あの時の封印していた記憶が頭の底から蘇ってきた。
今日もいつも通り学校に着いた。
相変わらず俺の靴箱には「死ね!」や「気持ち悪い」・「生きる価値ない!」という内容が書かれた手紙が置かれている。
俺はそれを破り、近くのゴミ箱に捨てた。
教室に着くと、学たちが相変わらず楽しそうに話している。
『あっ! 冷斗じゃん! また今日も幽霊と話すのか? 相変わらずヤバいヤツがすることは違うなー!』
無視をして、空を眺める。周りからはどんどん人が離れていく。
『聞いてるのかよ冷斗―!』
『なに』
冷たい声でそう呟いてみた。
『うわっ! 喋った! お前みたいなヤバいヤツなんか、誰も好きじゃないからなー! マジで早く死ねよ!』
誰にも相手にされず、こっちから話しても逃げられて。結局、話したのは幽霊さんだけだった。
蘇って来た記憶と同時に、尋常じゃない吐き気が襲ってくる。
すぐさまトイレに駆け込んだ。
奈那に取り憑かれた時とは比べ物にならない吐き気。
朝ごはんのハムエッグは見たくもない形で出てくる。
いつもと違い奈那が後ろから落ち着かせてくれない。
肩に冷たい水がかかる。
力を精一杯出して、鏡を見ると、奈那が見たことない量の涙を流していた。
ごめん……奈那……。俺の勝手な行動で泣かせちゃって……。
俺って、好きな子を泣かせて、しかもその涙を拭いてやれないんだな……。
部活が終わり、コンビニに立ち寄って買った、アイスを食べる。
『ねえゆー! 聞いてよー!』
真央が甘い声出す。
『飛鳥奈那って子いるじゃん?』
『うん』
『気に入らないんだよねー』
『わかるー!』
真央と仲がいい女子生徒が声を出す。
ブー! とスマホの着信音が鳴り、悠がアプリを開く。
両親からのメールだった。
『はぁ……。かわいいかわいい冷斗の写真眺めてる時に送って来るんじゃねぇよ……』
悠はボソッと呟く。
『どうせ俺じゃなくて、アイツの方を愛してるくせに……』
悠は大きな大きなため息をつく。
『ねぇゆー! 聞いてるー?』
『ごめんなんて?』
『だーかーら! 奈那が気に入らないっていう話だよー!』
『なら靴でもかくしてみたらー。少しは大人しくなるだろー』
『それいいじゃん! ナイスアイデア!』
『うそだよ。じょー……』
いつものように『じょーだん』と言おうとすると、真央が悠に近づき、悠のアイスを食べようとする。
悠はスマホをポケットに入れ、アイスを真央に取られないようにする。
『やめろやめろ。自分の食べろー』
『ええー! いいじゃんゆー! ケチだなぁ……』
真央は上目遣いをし、悠が食べているのと同じアイスをねだる。
『はぁ……仕方ないなぁ。また今度買ってやるから。今日は帰るぞー』
『やったー! はーい!』
真央が甘く、元気な声を出した。
なんとか家に帰ると奏がエプロン姿で待っていた。
「れいにぃお帰り! マスカットケーキ食べる?」
奏が天使のようなかわいい笑顔を浮かべながら聞いてくる。
ごめんな……。今日だけは……どうしても無理なんだ……。
「いらない」
人生で初めて奏のお菓子の誘いを断った。
「……え?」
奏はさっきとは真逆の、まるで世界が終わったかのような顔になり、その場でみじんも動かなくなり、額から汗が出て、目が横に、ブルブルッと揺れている。
「れいにぃ大丈夫⁉ 救急車呼ぼうか⁉」
奏が見たことない焦り方をしていて、スマホの緊急ダイアルに119を入力している。
「大丈夫。寝たら治るから……さ」
奏に極力心配して欲しくないから、俺はいつもの笑顔を作って見せた。
「れいにぃ……」
二階にある自分の部屋に着くと、ガチャンとドアを閉め、部屋の隅に座る。
奈那は入ってすぐにベットを思いっきり叩く。
俺は黙ってそれを見る。
「奈那……」
「うるさい! わたしに喋りかけてくるんじゃない!」
奈那の声は聞いたことがないほど怒っていて、俺を刃物のようにとても鋭い目つきで睨む。
「ごめん……」
「『ごめん』じゃないよ! なんなの! 謝ってすむとでも思ってるの!」
奈那が声を荒げ、壁を叩く。
「マジでさあ! なんなの冷斗! マジで嫌い! あんたのことなんか! 取り憑いたのが大間違いだった!」
今の奈那にはいつもの面影などどこにもない。俺はただただ今にでも消えそうな声で「ごめん……ごめん……」と何度も呟く。
「真央を見つけた時、わたしはすぐさまそこから逃げ出したかった。それなのに冷斗は……!」
奈那がもう一度俺をギロッと睨む。
奈那の言っていることは正しい。だけど俺は兄ちゃんのこと、奈那をいじめたヤツを知りたいばかりに奈那が嫌がることをしてしまった。しかも、学に声をかけられた時、すぐさま逃げた。奈那は頑張って耐えたのに……。
「本当に……お願いだよ……悠くん……助けて……」
奈那の体が小刻みに震え、雫のような涙を流す。
俺は体を丸くし、涙が出ている目をつぶった。
あれから一週間、奈那に取り憑かれてから初めて学校を休んだ。
奈那とは全く話していない。
委員長が三日目にお見舞いに来てくれたらしいが、俺は部屋から出なかった。
今日は久しぶりに学校に行く。
「行ってきますー……」
「行ってらっしゃい。れいにぃ」
奏はどことなく暗い。
きっと気を使ってくれているんだろう。
外に出ると雨がぽつぽつ降っている。
玄関から傘を取り出し、傘をさす。
はぁ……。いつもなら奈那が「天気悪いねー」とかを話してくれるんだろうな。
いつも横に立っている奈那がいない通学路はとてもいびつな感覚だ。
雨がしとしとと降る中、俺は学校の屋上にいた。
奈那をいじめたヤツの弟だぞ。そんなヤツが奈那と一緒に楽しく生きていいのか?
屋上の手すりを掴む。
奈那は屋上の隅から俺を見る。
奈那に微笑み、手すりを掴んでいる両手に力を入れる。
奈那がちらっとこちらを見る。
奈那、ありがとう。こんなどうしようもない俺なんかに、取り憑いてくれて。とっても楽しい日々を送らせてもらってさ。とっても大好きだよ。
「冷斗! 死んじゃダメ!」
奈那が俺の手を掴む。
「やめて! わたし、冷斗に死んでほしくないよ!」
「だって……」
こらえていた涙が出てくる。
「だってぇ……俺は……お前をいじめたヤツの弟だぞ……そんなヤツが今更奈那と仲良くしているなんて……なんて……」
涙腺が崩壊したのかと思うぐらい、涙が止まらない。
「ううん。冷斗はわたしをいじめたやつの弟なんかじゃない。冷斗は紛れもないわたしの、彼氏の弟だよ」
奈那が笑みを見せ、俺の頭を優しく撫でてくれる。
「わたしもこの数日どうすればよくわからなかった。だって、自分の彼氏が自分をいじめたやつって言われたからね」
雨がやみ、太陽が雲の隙間から照りさす。
「あの時はごめん。めちゃくちゃ酷いこと言っちゃって……」
「ううん……俺が百悪いから……」
また涙が出てくる。
「本当に、俺に生きてほしいのか?」
「うん! 本当は冷斗がいないとわたし寂しいよ! もっと生きて、冷斗と楽しく過ごしたいよ!」
奈那がいつも通りの笑顔を俺に見せてくれる。
「ありがとう。止めてくれて」
「いやいや! これからも冷斗とずっといたいからね!」
空には虹がかかっている。
「キレイだね~。悠くんと見たかったな~」
涙を濡れた制服でぬぐう。
「そうだ! 今度の金曜日に兄ちゃんに会いにでも行くか!」
「うん!」
奈那の目がキラキラと輝いた。
「さっ! 冷斗教室戻ろう!」
「うん!」
少しジメジメした風が俺らの体を通り抜けた。
