雲一つない晴天が空いっぱいに広がっている。
 「うー! 今日は特別暑いねー! 屋上でお弁当食べる?」
 「う~ん……さすがに暑いな」
 日光が俺の目を刺激する。
 早く教室行きたいな……。
 俺はその想いで、教室に向かった。
 教室は扇風機がつけられていて、女子たちの制汗剤のにおいが混ざったにおいが充満していた。
 気づかれないように自分の席に座り、窓を開けた。
 「風が吹いたら涼しいな案外」
 「そだね~。どこで食べるの?」
 「またその話か。屋上でいいんじゃないか? 暑いけど」
「りょうかーい!」
 奈那は明るい笑顔だ。
 屋上の陰になっている所で食べるか。
 いつも通り外の景色を眺める。
 向かいの山のロープウェイが動いている。
 「おはよう!」
 体が少しビクッとなる。
 「おはよう委員長」
 委員長からは柑橘系の甘いにおいがする。
委員長、ボーっとしている時に来るから、毎回驚くんだよな。
「なんか嬉しそうだな」
「うん! 今週末いとこが帰って来るんだー! 半年ぶり! めちゃくちゃ楽しみー!」
 委員長はいつもよりテンションが高めで話してくる。
 「ねね! キミっていとこいるの?」
「いる」
「へぇー! なんて言う名前?」
「千夏(ちなつ)姉ちゃん。写真見る?」
「うん!」
陽気な笑顔でうなづいた後に、スマホのロックを解き、昔撮った写真を見せた。
「めちゃくちゃ美人じゃん! えー! 奏ちゃんに似てるねー!」
 「そうか?」
 俺は千夏姉ちゃんの写真を顔を近づけて、じっくりと見る。
言われてみれば……か?
「そうそう! 明日さ!」
「うん?」
「前はキミの家行ったから、明日は家来てよ!」
「あ~うん。了解。どうせ明日は奏となんか作るだけだったし」
「わかった! じゃあ明日の三時前に来てね! あとこれ地図!」
「はーい。ありがとー」
委員長から地図をもらうと、委員長は自分の席に戻り、周りと話し始めた。
「おー! とうとう冷斗が人の家に行くのかー! なんだか想像出来ないなー!」
「緊張するからやめてくれ」
「はーい」
いつも通り外を眺めていると、クラス中に甲高い笑い声が響く。
「幽霊なんか絶対いないってー!」
「いやいるよー!」
「いやいや! 幽霊見えるとか言ってるヤツはイキってるだけだからなー!」
……は?
ちょっと今のは聞き逃し出来ないな……!
「冷斗落ち着いて!」
奈那が強く、俺の肩を抑える。
「あの子だって悪気があって言ってるんじゃないから! とりあえず深呼吸深呼吸!」
俺は下を向きながら、大きく息を吸う。
奈那が優しく背中を撫でててくれる。。
「いると思うよ私は」
「冬李それ本気か?」
「うん! だって私、幽霊とか、信じるタイプだからさ!」
「何それかわいいー!」
クラス中にさっきと同じような笑い声が響いた。
「話変わるけど今度一緒にカラオケいかない?」
「いいなそれ!」
ワイワイと盛り上がってるのを横目に、委員長は俺に向かってウィンクしてきた。
俺は委員長に向けて手を合わせた。
「さすが冬李ちゃん! 冷斗も落ち着いた?」
 「うん……。ありがとう奈那」
 「全然いいよこれくらい!」
 奈那が明るい笑顔を見せる。
少しし、外を見ると、校門のフェンスはもう閉じていた。

 キーンコーンカーンコーンと昼休みを告げるチャイムが学校中に響き渡る。
 俺は号令が終わると、体を伸ばした。
 「う~! やっとお昼だな~」
 「だねー」
 俺は四限目の数学の教科書を机にしまい、屋上に向かう。
 いつものように購買に行く生徒が、走って購買に向かっている。
 「お腹減った……⁉」
 いつもは誰もいない階段に二人の生徒がいる。
 「霊か? いや、コンタクトしてるし……」
 「あれ冬李ちゃんだよ!」
 俺と奈那は階段の踊り場から、見られないように顔を出す。
 委員長と、クラスの男子が二人きり。
 「冬李ちゃん! 好きです!」
 委員長は驚く顔ではなく、申し訳なさそうな顔になる。
 「ごめんね……。私、別に好きな人がいるんだ……」
 男子がとても悲しそうな顔になる。
 「じゃ……じゃあね……」
 気まずそうに二人が言葉を交わす。
 俺らは急いで階段を降り、二人が階段からいなくなったのを確認し、屋上に向かった。
屋上に着き、影がある所に座る。
 「まさか委員長が告白される現場に出くわすとはな」
 「ねー。なんだか悠くんに告白された時のことを思い浮かべるよー!」
 奈那がさっきよりも嬉しそうになる。
 「どんな感じだったんだ?」
 「もうね! 言葉では表せないぐらいかっこよかった!」
 「へぇー」
 やっぱり会ってみたいな。悠に……。

 「委員長挨拶―」
 「はい! 姿勢、起立、礼!」
 「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」
 ふぅー。やっと学校終わった~。
 校庭を見るともう、他クラスの生徒が走っていた。
 「今日はこの教室ちょっと使うから自習とかで居残るの禁止なー。えーと……あっ、水間、後で職員室来い」
 体がビクッとなる。
 俺なんかしたかな……。
 渋々職員室に向かう。
 「冷斗何かしたんじゃないー?」
 いたずらっ子のような笑顔を浮かべ、煽ってくる。
 「いやぁ……なんにもしてないと思うけど……」
 廊下では生徒たちが急いで生徒玄関に向かう。
 「失礼します……」
 入った瞬間、先生が立っていた。
 「あ、水間。お前の髪の色のことについてなんだが……」
 あ~そういえば、委員長に話かけられたりとかして、地毛証明書先生に提出してなかったな。
 「これ、地毛証明書です」
 バックから地毛証明書を取り出し、先生に提出する。
 先生は目を細めて確認している。
 「すまんな。校長先生がそこら辺うるさいから……」
 「そうなんですね。失礼しました」
 ノックをして、職員室を出た。
 他の生徒は、いなくなっていた。
 外からはセミの鳴き声が聞こえ、涼しい風が吹いている。
 「そういえば、なんで冷斗ってイヤホンしてるの?」
 「お前と話してるのが不自然に思われないため。まあ、全く意味を成し遂げてないけどな」
 俺はイヤホンを外し、カバンにしまった。
 靴箱に靴を入れ、校庭に出た。
 涼しい風が俺と奈那の髪を揺らす。
 いつも通り家に向かう。
 俺はスマホをつけメールチェックをする。
 いつも通りメールは来ていない。
 「ねぇねぇ、あの子のセーラー服、冷斗の学校と一緒じゃない?」
 奈那が指を指し、俺はその方向を向く。
 「うん? 本当だ」
 セーラー服を着ている子が別のセーラー服を着ている女子に詰め寄られている。
 「……冬李ちゃんじゃない⁉」
 奈那が俺の肩を叩く。
 「とりあえず行くぞ!」
「うん!」
 急いで委員長の元に向かう。
 「久しぶりだね。冬李」
 「う、うん……」
 「おい。嫌がってるだろ」
 咄嗟に女子の腕を掴む。
 「はぁ⁉ 何あんた! 冬李の彼氏?」
 逆に腕を掴まれる。
 「ああそうだよ」
 空気がピリッとなる。
 「やめな、こんなヤツと付き合うの。他の女の男奪って、その前に付き合ってた男を捨てるヤツだから」
 「そ、そんなつもりはなかったよ……」
 委員長が絶対に言わないぐらいの弱弱しい声を出す。
 「俺は別に捨てられたりしてもいいよ。それぐらい冬李のこと、好きだから」
 委員長が驚いた顔でこちらを見る。
 「ああ! もう! 話になんない!」
 勢いよく掴むのをやめる。そのせいで、壁にぶつかった。 
 「もういいや。コイツと話しても意味ないし。ささ! 私は帰って、彼氏といちゃつこー!」
女子は委員長の方を向きながら言い、委員長の家とは別の方向に歩きながら帰った。
 その場に座った。
 ふと、委員長の方を向く。
 「ごめんな。彼氏なんて嘘ついちゃって。あと呼び捨てしたことも」
 委員長が顔を赤くしながら「ううん」と首を横に振る。
 「あ、ありがとう」
 「いや別に。家まで送ろうか?」
 「ううん。大丈夫。じゃあまた明日」
「うん。また明日」
 俺は委員長に手を振り、通学バックを肩にかけ、家に帰る。
 ふと奈那を見ると、少しだけ暗い表情をしていた。
 「どうした奈那?」
 「ううん! 気にしないで! ちょっと考えごとしてただけだからさ! それにしてもめっちゃかっこよかったよ冷斗!」
 奈那が興奮気味でそう言い、俺の背中を叩く。
 通学バックを肩にかけ直す。
 「明日委員長の家行くときさ、どうすればいい?」
「まあ、わたしだったら私服姿とか髪型とかを褒めたりしてくれたら嬉しいかなー!」
 「わかった」
 さすが現役JKだ。
 奈那と話していると、突然ピロンッ! とスマホの通知が鳴った。
 画面には千夏姉ちゃんのメッセージが表示されている。
 俺はウキウキで、メッセージを開くと「冷斗くん久しぶり! 突然だけど今日、冷斗くんの家行っていい?」という内容が表示された。俺は「はい! 奏にも連絡します!」と返信した。すると、かわいい動物のスタンプが送られてきた。
 「やった! 千夏姉ちゃんに会える!」
 「冷斗嬉しそうだねー!」
「嬉しいに決まってるだろ! 奏に電話しないと!」
 急いで電話帳を開き、奏に電話をかけるとすぐに出てくれた。
 「もしもし? れいにぃどうしたの?」
 「千夏姉ちゃん帰って来るって!」
 「ホント⁉ それなら早速今からいっぱい料理作るねー!  れいにぃも楽しみに帰って来てねー!」
 「りょうかーい!」
 俺は電話を切った。
 「千夏ちゃん久しぶりに見るなー!」
 「なー! 正月振りかー!」
 今度は何色に髪染めてるんだろ。
 俺は胸を躍らせながら、帰り道を歩く。
 「あっ! いたいた! 久しぶりだねー!冷斗くん!」
 後ろを振り向くと、スーツに身を通し、片手にパソコンの入った袋を持っていて髪を少し赤く染めた千夏姉ちゃんがいた。
 「久しぶり千夏姉ちゃん!」
 「ね! まーたおっきくなってー! 奈那ちゃんも久しぶり!」
 「久しぶり! 千夏ちゃん!」
 奈那と千夏姉ちゃんは同級生で、とても仲がいい。
 「千夏姉ちゃん今日はどうしたんですか?」
 「ちょうど急遽決まった出張でねー。最初はすぐに帰るつもりだったんだけど、やっぱりこっちに来たんだったら奏ちゃんの手料理食べないと!」
 「相変わらず、奏の手料理大好きですね」
 「本当に奏ちゃんは世界中のどのシェフより美味しい料理作るよ!」
 千夏姉ちゃんはウキウキしながら、目を輝かせている。
 「最近、ずっと歩いてたらナンパされるんだよねー」
 「千夏姉ちゃん美人ですもん。俺の友達もそう言ってましたし」
 「え⁉ 冷斗くん友達出来たの⁉」
 「はい。奈那のおかげで」
 「奈那ちゃんありがとう!」
 千夏姉ちゃんはまるで自分のことのように 喜ぶ。
 「ささ。着きましたよ」
 「おー! 久しぶりだー!」
 俺はドアを開け、家に入る。
 「「ただいまー(!)」」
 「お帰りれいにぃ! 奈那ちゃん! 千夏ちゃんは?」
 少し遅れて千夏姉ちゃんが顔を出す。
 「久しぶり! 奏ちゃん!」
 千夏姉ちゃんが家に入ると、奏が早速抱き着く。
 「おおっ! 相変わらずかわいいねー!」
 「えへへ~」
 奏がほんわかとした笑顔で、千夏姉ちゃんに甘える。
 「そうそう! 今日のご飯はなに?」
 「ビーフシチューと千夏ちゃんが大好きなシフォンケーキ!」
 「おー! 楽しみだなー!」
 「とりあえず、上がってください」
 千夏姉ちゃんと奏が手を繋ぎながら、リビングに向う。
 「千夏ちゃんのお団子はやっぱりかわいいなー!」
 「なー。ていうかシフォンケーキ作るとかすごいな」
 リビングには、シフォンケーキの甘いいい香りが漂う。
 「いいにおーい! あれ? そういえば、叶恵ちゃんは帰って来てないの?」
 「母さんは今ごろイギリスです」
 「大変だなー」
 千夏姉ちゃんが椅子に座る。
 「あっ! これお土産!」
 渡された箱を開けると、中には美味しそうなチョコレートカヌレが八個入っていた。
 「奏ちゃんが作るスイーツには負けるけどねー」
 「いやいやー! れいにぃと二人で食べるねー!」
奏がカヌレを冷蔵庫に入れる。
 「奈那ちゃんの彼氏って、名前は確か、悠だよね?」
 「うん。急にどうしたんですか?」
 「いや、私の知り合いにも同じ名前の人いたなーって思っただけだよ」
千夏姉ちゃんはどこか懐かしそうにスマホを眺める。
「よし! 完成! れいにぃ運ぶの手伝ってー!」
「はーい」
俺は奏がついだビーフシチュ―を千夏姉ちゃんの元に届ける。
「おー! 美味しそう!」
千夏姉ちゃんは早速写真をいろんな角度で撮っている。
「「「「いただきまーす(!)」」」」
口に入れると、ビーフシチュー特有の濃厚な味わいが、口いっぱいに広がる。
「美味しい―! いやあー! 奏ちゃんの料理は本当に毎日食べたいなー!」
「えへへ~。そう言ってもらって光栄です!」
 千夏姉ちゃんが奏の頭を撫でる。
 「千夏ちゃん! れいにぃの小さい頃の写真見たい!」
 「おっ! いいよー!」
 千夏姉ちゃんはスマホを取り出し、写真アプリを開き、スクロールして昔の俺の写真を探す。
 「あった!」
 それは昔に撮った髪があまり白くない俺とのツーショットだった。
 「それいつの写真ですか」
 「えっとねー十三年前!」
 ちゃっかりとその写真にはお気に入りがついている。
 「冷斗めちゃくちゃかわいいじゃん! えー!」
 「れいにぃの昔の写真って、なんでこんなにかわいいんだろー!」
 段々と体温が上がってくる。
 「千夏姉ちゃん、それぐらいにしてくださいよ」
 「えー。じゃあラスト!」
 さっきと同じぐらいの俺が千夏姉ちゃんに膝枕され、寝ている写真だ。
 写真を見た瞬間二人の目が星のようにキラキラと輝いた。
 「寝顔⁉ ダメだコレ! めっちゃ好き! 携帯の待ち受けにしたい!」
 「お前には夏海がいるだろ」
 奈那は俺の言葉に耳も貸さず、写真をキラキラした目で眺める。
「かわいいでしょー! この頃の冷斗くんは本当にかわいくて、食べちゃいたいぐらいだったよ!」
 「奏も会ってみたいなー!」
 「はい! そこまで!」
 俺はすかさず、千夏姉ちゃんのスマホの電源を切った。
 「けど、冷斗の写真ってどこかで見覚えあるんだよなー」
 「気のせいだろ」
 俺はビーフシチューを食べ終わり、台所のシンクに置く。
 「れいにぃ! 千夏ちゃん! シフォンケーキ食べる?」
 「「うん(!)」」
 奏が意気揚々と、冷蔵庫からシフォンケーキを取り出し、食器棚からお皿とフォークを取る。
 「千夏姉ちゃんなに見てるんです?」
 「うん? 昔の写真だよ」
 千夏姉ちゃんは何かを埃のような小さな声で呟いた。
 奏がシフォンケーキを持ってくる。
 「待ってました! 美味しそー!」
 千夏姉ちゃんがさっきと同じように写真を撮り、口に運ぶ。
 「どう……?」
 「うん! 美味しいよ! 前よりか若干酸味強い気がするけど……」
 「生地の中にミカンパウダー入れたんだよね……」
 「だからかー! 私は前よりこっちの方が好きかな! 冷斗くんは?」
 千夏姉ちゃんに聞かれ、シフォンケーキを口に運ぶ。
 「俺は前の方が好きかな」
 「わかった! なら今度は二種類作るね!」
 奏は残ったシフォンケーキを小分けしている。
 「やっぱり奏ちゃんが作る料理はどれも美味しいなー! 冷斗くんは本当に幸せだなー!」
 千夏姉ちゃんが俺の頭を撫でる。
 「奈那にも同じこと言われます」
 「みんな羨ましいってことだよ!」
 さっきよりも強く頭を撫でる。
 「千夏ちゃん! 今日はどうするの?」
 「もう帰るかな! あんまり長居してたら会社から不審がられるからねー。あと、残った仕事しないと」
 千夏姉ちゃんがお茶を飲み切る。
 「ならこれ! 残りのシフォンケーキ! いっぱいあるからね!」
 「おっ! それはありがたい! 出張先のお偉いさんに渡そ!」
 千夏姉ちゃんは席を立ち、シフォンケーキを受け取る。
 「また今度来るときは、冷斗くんの小さい頃の写真印刷して持ってくるねー!」
 「やめてください!」
 「えー! ま! 私の気分だけどー!」
 千夏姉ちゃんはいたずらっ子のような笑みを見せる。
 「じゃ! また今度! 奏ちゃん! 料理美味しかったよ!」
 「はい! 今度来るときはもっともっと美味しいの! 準備するね!」
「うんっ! お願いします!」
 千夏姉ちゃんは綺麗にお辞儀したあと、奏の頭を撫でる。
 「じゃあね冷斗くん、奈那ちゃん! また今度!」
 「「うん! またね千夏(姉)ちゃん!」」
 千夏姉ちゃんは笑顔で家を出て行った。
 「……千夏ちゃん帰っちゃったね」
 「な。また会いたい」
 「れいにぃやっぱり千夏ちゃんのこと好きだね~」
「まあな」
 俺はリビングのソファーに座る。
 「ささ、奈那、見たいって言ってた映画でも見るか?」
 「え⁉ いいの! 見る見る!」
 奈那はその場でかわいく跳ねる。
 「れいにぃー! 奏も見る!」
 奏が隣に勢いよく座って来た。
 「じゃ、見るぞー」
 再生ボタンを押し、三人全員映画の世界に引きずり込まれた。

 時刻は二時を回り二時半。
 昼飯を食べ終わり、昼のワイドショーを見ていた。
 奏は洗い物をし終わり、洗濯物を取り込んでいる。
 見ていたワイドショーがCMに入った。
 「ううう……そろそろ行く準備するかー」
 俺は着替えをし、黒色の帽子をかぶり、小さなバックをかけ、玄関に向かう。
 「それじゃあ奏。行ってきまーす」
 「ちょっと待ってれいにぃ!」
 奏が急いで、こちらに向かってくる。
 「これ、かなでが作ったヨーグルトパフェ! 冬李さんとれいにぃの分入れてるからね!」
 奏が保冷剤が入ったレジ袋を手渡す。
 「うん。ありがと。じゃあ行ってくる」
 「うん! じゃあね! れいにぃ!」
 笑顔で手を振りながら、玄関のドアを閉めた。
 外はセミの鳴き声が響いている。
 「奏ちゃん、冬李ちゃんの家行くって言った時は驚いてたなー」
 「まあ俺が奈那以外の人の家行くなんてヤバいことだからな」
 小中とも友達いなかったわけだし。
 「冬李ちゃんの家って案外近いんだね」
 「な。俺もそこに家あるとは知らなかった」
 きっと新築なんだろうな。
 道際に生えている雑草が風に気持ちよさそうに吹かれている。
 打ち水をしているおばさんに声をかけられ少し裏返った声で返した。
 「ここが委員長の家か」
 「オシャレな家だね~」
 ポストの横にあるチャイムを押し、家から誰かが降りてくる音がする。
 ガチャ
 家から委員長が出て来た。
 「おはよう! ようこそ我が家へ!」
 俺は小さく頷き、家に入らせてもらう。
 家の中はとても綺麗で、ほのかに杉のいい香りもする。
 委員長はいつもと違う私服姿。カジュアルな長袖と、ハーフパンツを着ていて、いつもと違い髪を降ろしている。
 「服と髪型似合ってるじゃん」
 「キミにそんなこと言われると、なんだか照れるなー! でもありがと!」
 委員長がひまわりのような笑顔を見せる。
 「あっ、委員長。これ」
 委員長にレジ袋を差し出す。
 委員長がレジ袋の中身を見る。
 「うわあ! ヨーグルトパフェだ! 美味しそう!」
 委員長がキラキラした目でこちらを見る。
 「これ奏ちゃんお手製?」
 「うん」
「すっご!」
 委員長がもう一回袋の中を見る。
 「とりあえず適当に座っててー!」
 委員長が嬉しそうに、冷蔵庫にヨーグルトパフェをしまった。
 「にゃー! にゃー!」
 部屋の奥にいた猫が鳴き、委員長の元に駆け寄り、抱いてもらっている。
 「名前、なんて言うんだ?」
 「きなこだよ! まぁ保護猫だし、気まぐれ屋さんだかた、キミには懐かないと思うけど……」
 きなこ委員長の手から離れ、悠々自適に歩き始める。
 「ほらね」
 苦笑いを浮かべ、冷蔵庫の中から飲み物を取り出す。
 「キミって炭酸飲めるー?」
 「飲める」
「了解ー!」
 外から涼しい風が部屋に入って来る。
俺は椅子を引き座ると、奈那がかがんだ。
「きなこちゃーん! おいでー!」
きなこはゆっくりと近づき、奈那が頭を優しく撫でている。
なんかかわいいな。奈那もきなこも。
 委員長がコーラとタピオカミルクティーを持ってきた。
 「はいこれ!」
 「ありがと」
 俺は委員長がタピオカミルクティーを飲んだあとに、飲んだ。
 委員長はあの時と同じ、不思議な顔を浮かべている。
 「ねぇねぇ、きなこは奈那ちゃんのこと見えてるのかな?」
 「うん。ペットは結構見えるの多い。奈那―、俺にも撫でさせてー」
 「はーい!」
 きなこを渡してきてくれる。
 「すご! 鳴かない! めちゃくちゃ大人しいじゃん!」
 「なんか動物から好かれるんだよな。昔から」
 きなこの喉を撫でると、気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いた。
 「にしてもキミすごいね! きなこにそこまで懐かれるなんて!」
「そうか?」
 頭を撫でた後に、奈那に返した。
 「委員長って、引っ越してきたのか?」
 「うん! ちょうど今年から! 中学時代ちょっとね……」
 委員長も奈那と同じで何かあったのか。
 きなこを抱えている奈那が真剣な顔になり委員長は呼吸を一度、整えた。
 「昨日、私に詰め寄った子、あの子中学の時の同級生なの」
 俺は固唾を飲んで、委員長の話を聞く。
 「私、ある男の子と付き合ってたんだ。半年ぐらいしてその子とは別れて、ちょっとしたら、あの子の彼氏くんに告白されて、その子と付き合ったんだ。そしたらそれがあの子の逆鱗にふれちゃったみたいで、制服びちゃびちゃに濡らされたり、靴隠されたりをされるようになった」
 アイツが言ってた「他の女の男を奪ってその前まで付き合ってた彼氏は捨てる」ってこういうことか。
 「それで中学時代いたところはいろいろとムリになったからこっちの方に引っ越したんだ」
 委員長がタピオカミルクティーを飲みながら言う。
 「最近あの子に学校バレて、下校の時間ずらしてたんだよね」
 だから掃除してたのか。
 「それにしても、昨日はありがとう。助かったよ」
「いいや」
 俺はコーラを一口飲む。
 「あんなこと言ってごめんな」
 「ううん。ああでも言わないとあの子は引かないと思うから」
 外からセミの鳴き声が聞こえる。
 「言いたくないなら全然言わなくていいんだけど、その子の名前って?」
 「武田真那(たけだまな)だよ」
 聞いたこと……ないな。
 「委員長どこの中学校通ってたんだ?」
 「南広山中学校だよ」
 奈那の実家がある方面か。遠いな。
 「こんな暗い話やめやめ!」
 委員長は席を立ち、外の風を浴び、きなこと少しじゃれあっている。
 「なんか微笑ましいねー」
 「うん」
 きなこは委員長のことなんかお構いなくにキャットタワーの上に登り始めた。
 少しため息をつき「相変わらず気分屋さんだなぁ……」と、小さな声で呟いた。
 「委員長の親って何してるんだ?」
 「お母さんもお父さんも事務の仕事だよ」
 委員長が飾ってある両親の写真を、ストローを咥えながら見ている。
 「キミのご両親の名前って?」
 「母さんが叶恵(かなえ)で、父さんが勉(つとむ)」
 「そうなんだ! なんのお仕事してるの?」
 「母さんがCAで、父さんは小さい頃に離婚した。奏が一歳にもなってない時に」
 「そうなんだ。なんか、ごめんね……」
 「ううん」
 一気に重い空気になり、時計の音が部屋中に響く。
 「私ちょっとトイレ行ってくるね」
 「うん」
 委員長が席を離れた。
 気まずい雰囲気にしちゃったかなぁ……。
 俺は頭の後ろをかく。
 「やっぱり蛙の子は蛙だねー」
 「急にどうした?」
 「武田真那って子、わたしのこといじめてた武田真央(まお)の妹だよ。確か弓道部入りたいから南広山中に通ってたはず」
 確かに。南広山中には弓道部がある。
 「いじめの仕方も完全にわたしにやってたことだし。蛙の子は蛙だね」
 奈那の目と声は完全に呆れている。
 委員長がトイレから戻ってきた。
 「お待たせ―!」
 委員長はいつもと変わらない声になっていた。
「にゃ~」
 キャットタワーの頂上に登ったきなこが鳴き出した。
 委員長は一目散に駆け寄った。
 「どちたの~? お腹でもすいた?」
 委員長も赤ちゃん言葉になるんだ。意外。 
「にゃ!」
 「ちょっと待ってねー!」
 委員長は奥の部屋に行き、ペットフードを持ってきた。
 「ほぉれ~いっぱいお食べ~」
 お皿いっぱい入ったペットフードをむしゃむしゃときなこが食べ進める。
 「かわいいー! わたしも昔猫ちゃん、飼ってたらよかったなー!」
 「へぇー。飼ってなかったんだ」
 きなこの餌の見守りをしていた委員長が立ち上がった。
 「キミって得意なスポーツとかあるの?
学校の体育男女別だから気になるな~って」
 「何にもない。昔から苦手だから」
 「へぇー」
少しし、委員長が髪をいじりだした。
 「私の過去言ったんだからさ、キミの過去教えてよ」
 「急だな。俺の過去?」
 「うん。キミの」
 委員長が、真剣な眼差しでこちらを見てくる。
 「奈那ちゃんは知ってると思うけど」
 「奈那にも言ってないことが一つだけある」
 それまでのほほんとしていた奈那が驚いた表情になる。
 「え⁉ わたしに言ってない冷斗の過去ってあったの⁉」
 「お前の過去を聞いたとき言おうとしたお話さ」
 俺はコーラを一口飲んだ。
 「小学校四年間はずっと仲間はずれにされてた。俺みたいに霊が見えるヤツはヤバいヤツだからって言われてさ……笑えるよな」
 冷笑しながら喋る。
 きっと今の俺の目、全く笑ってないんだろうな。
 「入学したては霊が見えるって言ったら一目置かれる存在になれたけど、二年生からはカーストの高い男子に「そんなわけないだろ
! みんなー! コイツ霊が見えるヤバいヤツだぜー!」って言われて、それからずっと話そうとしたら避けられたりされた」
 その頃の記憶が頭の底から湧いてくる。それを防ぐように別のことを考える。
 「先生にも、家族にも言えなかった。それから中学入ったら今みたいに誰とも話さないようになった。それから少しして奈那に取り憑かれたってわけ」
 目の奥からなぜか涙が出てき、その涙を抑えようと必死にこらえる。
 奈那が何も言わず優しく背中をさすってくれる。
 「委員長とかの過去よりは全然マシだけどな」
 「そんなことないよ! 辛かったんじゃないの?」
 「うん。辛かったよ。とっても」
 我慢していた涙が少しだけこぼれ落ちる。
 「これが俺の過去……かな。今はこうやって楽しく生きられてるわけだけど」
 奈那の方を向き、少し涙目の笑顔を見せると、奈那は優しく頭を撫でてくれた。
 「にゃあー!」
 きなこが大声で鳴いた。
 「どちたのきなこー!」
 「にゃあー!」
 キャットタワーの頂上から、委員長の胸めがけて飛び乗った。
 「うわっ! 私に甘えたかったの~?」
 「にゃあ!」
「そっかー!」
 委員長が嬉しそうに、きなこにほっぺをすりすりする。
 「へぇー冷斗にもあんな過去があったんだ」
 「まあな。奈那のいじめに比べたら全然だけども」
 俺のされてたヤツは奈那のとは比べ物にならないんだけども。
 「そんなことないよ! 無視されるのが一番辛いとわたしは思ってるから!」
 そうか。奈那は無視はされてないのか。しかも悠もいたし。
 「そうそう! ヨーグルトパフェ食べる?」
 「食べる」
「了解!」
 委員長がきなこをいったんキャットタワーに乗せ、冷蔵庫にヨーグルトパフェを取りに行った。
 「冬李ちゃんはいい子だな~。かわいいしー!」
 「マジメな性格だよな」
 あんな人がいじめられるって、世の中は残酷だな。
 「奏ちゃんは本当に料理上手だねー!」
 委員長がスプーンを刺したヨーグルトパフェを落とさないよう慎重に持ってくる。
 「私も料理上手になりたいなー」
 「料理上手じゃないのか?」
 「得意料理はカップ麺です!」
 胸を叩き、自信満々気に言う。
 意外だな。委員長、料理が下手って。
 俺らはヨーグルトパフェを食べ始めた。
 「美味しっ! ほっぺた落ちちゃうよ~」
 「うん! さすが奏だな」
 ヨーグルトの酸味と中に入ってるイチゴの甘味がいい感じにマッチしている。
 「委員長って、苦手なことあるのか?」
 「う~んやっぱり人間関係かなぁ……。委員長っていう立場上、クラス中の人から信頼される人にならないといけないと私は思うから。いろんな人と話して仲良くないとダメだからね、そのために」
 人間関係が苦手って、委員長らしいな。俺は委員長以外のクラスの人と話したことないし。
 「ずっと気になってたんだけど、なんで俺に話かけたんだ?」
 「いやまぁ……う~ん……とっても言いにくいんだけど……」
 委員長がヨーグルトパフェを食べ、タピオカミルクティーを一口飲む。
 「じゃんけんで負けた人がキミに話しかけるっていうのに負けたからだよ」
 委員長が苦笑いを浮かべる。
 「あ~うん。そんな理由だろうなぁって思ってた」
 あんな理由じゃないと俺となんかと話したくないだろうな。
 「負けたのが委員長でよかった」
 「多分あの時キミに話しかけなかったら、ずっと話してないだろうね。キミって、めちゃくちゃ話しかけずらい性格だし」
 「あんなことがあったからな……」
 少し体が震える。
あんなことさえなかったらもっといろんな人と話してたんだろうな。
 「ねえねえ! 突然だけど! キミってさ好きな人いるの?」
 委員長がまた、上目遣いをしながら聞いてくる。
 「え? う~んまぁ、奈那と奏のことは好き」
 奈那がいつもより長めに俺の頭を撫でる。
 「私はー?」
 「委員長に恋愛感情を抱いたことなんかないな」
 「えええー残念だなぁ」
 「残念だなぁ」って……。
 「逆に委員長は?」
 「いないよー」
 どこか寂しそうにタピオカミルクティーを飲む。
 ああ言ってたのって告白されたからか。
 「高校入学して、何十人から告白されたけど、全部断ってるよ。付き合って誰かに真那がしたことをされたくないから」
 委員長が小さなため息をつく。
 「だから告白断ったのか」
 「そそ……え⁉ 見てたの⁉」
 委員長が驚きを隠せない表情になる。
「うん」
 「マジか~。ま! キミならいっか!」
 委員長がいつもの笑顔に戻る。
 「キミぐらいだよ。こんな話が出来る友達なんか」
 「他の女子は?」 
 「恨み買いそうじゃん。男子は男子で、相談したらいろいろと面倒なことになりそうだし。ていうことで、一番なんもしてこないキミにこんな話をしてるってわけ!」
 確かに俺なら委員長を恨んだり、告白なんかしないな。
 俺たちは奏の作ったヨーグルトパフェを食べ進める。
 「そういえばさ、奏ちゃんってどこの学校通ってるの? 制服姿見たことないしさ」
 「え? 私立横浜白鳥学園」
 委員長の目が見開き、飲んでいたタピオカミルクティーが気管に入ったのか、何度も咳をした。
 「白鳥⁉ 偏差値六十五の中高一貫校だよね⁉」
 「うん。奏、料理好きだから、あそこの調理師専門コースに特待生で入学した」
 「えー! すごい! ってことは奏ちゃん頭いいの⁉」
 「普通ぐらいじゃないか? そうだよな?奈那?」
 奈那が苦笑いを浮かべて、頭の後ろをかいた。
 「う~ん……冷斗も奏ちゃんも結構頭いい方なんだよねぇ……。わたしが知ってる限りでは、テストは四百点以下をとったことないし、番数もいっつもトップスリーだし」
 「ふ~ん……」
 委員長が目を輝かせながら、こちらを見ている。
 「奈那が言うには俺らはいい方らしい。ていうか委員長、前の実力テスト何点だった?」
 「えっとねー! 三百八十! 結構勉強頑張ったんだー!」
 やわらかい笑顔を浮かべる。
 「そういうキミは?」
 「四百三十だったけ」
 「えええ⁉ すっご!」
 昔から自分が頭いいと思ったことないんだけどなー。
 「へぇー! 白鳥かー!」
 「うちは母さんもほとんどいなくて三人きりだし、いっつも奏が料理作ってくれるけどその食費も全て学校側が出してくれてる」
 今頃クッキーでも作ってるのかな。
 外に植えているアサガオが湿った風によって揺らされていた。