第三章 奈那の命日
ピヨピヨと鳥の鳴き声が聞こえる。
眠い目をこすりながら電子時計を見ると、
六月十日(日)午前八時と書かれている。
「冷斗おはよう! 問題! 今日は何の日でしょう!」
「お前の命日」と迷わず答える。
「おー! 正解―!」
奈那が手をパチパチさせる。
「お前に取り憑かれてから一度も忘れたことなんかないぞ」
重い体を何とか起こし、階段を下りてリビングに向かった。
さすがに休日なので奏はまだ起きていなかった。
テーブルに置いてあった食パンをトースターにセットし、タイマーをかける。
「三年前の今日、普通に家出て、いつも通りの学校生活が始まるって思ってたな……」
奈那がどこか寂し気な声でつぶやく。
ちょっと励ましてやるか。
「もしかしたら今日、お前の大好きな夏海に会えるかもな」
「確かに! 今年こそは会いたいなー!」
奈那が目を輝かせる。
台所に行き、お茶を入れる。
「毎年毎年ありがとうね冷斗」
「こっちが好きでやってるだけだ」
入れたてのお茶を一口飲む。
「冷斗は本当に優しいねー!」
奈那が俺の頭を撫でる。
「今日ぐらいは許してやるよ」
「やったー!」
奈那が飛び跳ねる。
チン! とトースターが鳴る。
お皿を持っていき、トーストをお皿にのせる。
「いただきまーす」
奏がいないからなんか味気ないな……。
ガチャ
ずっと仕事に出かけていた、母さんが両手に荷物を抱えて帰って来た。
「ただいまー」
「母さんお帰りー」
トーストを口に咥えている状態で母さんを見る。
「冷斗ごめんね。一か月ぐらい家開けちゃって」
「全然」
手を横に振る。
「奏と奈那の三人っきりで楽しかったよ」
「それならよかった」
母さんは持って帰って来た荷物から何かを冷蔵庫に入れる。
「冷斗休日なのに起きてたんだ」
「うん。奈那の命日だから」
母さんは少し驚いた表情になる。
「そうだったわね。奏は?」
「まだ寝てるんじゃない」
母さんがうなずく。
トースト食べ進める。
「今日はどうするの?」
「奈那のお墓参り行って、奈那の行きつけだったお店で昼ご飯食べて帰って来る」
「わかったわ。夕ご飯までには帰って来てよね」
「はーい」
トーストを食べ終わり母さんのためにお茶を入れる。
母さんは大きなため息をつき、椅子に座った。
「母さんも仕事、お疲れ様」
「ありがとう冷斗」
母さんはお茶を飲み、一息つく。
洗面台に向かい、歯磨きをする。
「奈那何が飲みたい?」
「うーんっとね、コーヒー!」
「お前コーヒー飲めるんだな」
「飲めるよ!」
また奈那に叱られてしまった。
歯磨きをし終わり、うがいをする。
トイレをすまし、自分の部屋に行く。
奈那が俺の部屋に飾っているシロクマのぬいぐるみを見つめる。
「どしたー?」
「いや、冷斗の部屋のあるのが不思議だなって思って」
「誰かからの貰い物だから置いてるだけ。誰から貰ったのは、忘れたけど」
「なにそれー」
ガチで誰から貰ったんだろう……。
着替えをすませ、黒色の帽子をかぶり、小さなバックを背負い、イヤホンを着け、家を出る。
「じゃ、夕飯までには帰って来るから」
「気を付けていってらっしゃい」
ガチャンとドアを閉めた。
外は真夏のように暑い。
「暑いなー」
「そだねー。三年前もこんな暑さだったよ―」
奈那のお墓に行くため、駅に向かう。
「夏海ってどんな子なんだ?」
「えっとねー! とってもかわいい子! 大好きなんだよね! とっても会いたい!」
会わせたいな。
コンビニに立ち寄り、奈那の好きなクッキーと、缶コーヒーを買う。
「これでいいか?」
「うん!」
奈那が笑顔になる。
店を出て、また駅に向かう。
「なぁなぁ奈那?」
「うん?」
「急なんだけどさ、奈那の過去、教えてほしい」
奈那が驚きを隠せない表情になり、少しすると困った表情になる。
「う~ん……いいよ! 教えてあげる! ちょうどわたしが冷斗に取り憑いて、二年になるもんね!」
そうか。今日でちょうど二年か。
「中学校までは陽キャの女の子だったよ。だけど、高校から変わった」
奈那が真剣な表情になる。
「いつものように靴を履こうとしたら靴がなかったの。そこで気づいた。いじめられているんだって。そのあとはドラマで見るようないじめ。制服をどこかに隠されたりお弁当に虫入ってたり、捨てられたりねー。だから学食にしたんだ」
奈那がいじめられたことなんか初めて知ったな……。
「なんでいじめられたんだ?」
「さあ? わたしのこと気に食わなかったんじゃない? こんな性格だしねー」
気に食わないがいじめていい理由になるか?
奈那の話を聞きながら頭を抱える。
「ごめんねー。こんな話しちゃって。だけど、わたしいじめられていたんだ。いろんな人からね。だけど、帰ったら夏海に会えるからとか、悠くんがいたからとかで、頑張って生きてたんだ。ま、死んじゃったけどねー」
奈那が悲しそうに外の景色を眺める。
「ま、これがわたしの過去だよ」
奈那はいつもと違い、冷たい目をして、外を眺めている。
「ごめんな。聞いて」
「ううん! 別にいつでも話すよ!」
奈那がにこっと笑った。
やっと駅に着いた。
駅のコンビニで炭酸ジュースを買う。
プシュッ
ゴクゴクゴク
「あー生き返るー」
「美味しそうに飲むねー!」
改札にスマホをかざし、ピコン! と鳴った改札を通り抜けた。
「よしじゃあ行くか」
「はーい!」
ホームに向かう。
「今日の昼ご飯何食べようかな」
「あそこのお店はハンバーグ定食が一番オススメだよ!」
「おー、ハンバーグ定食かー。美味しそうだな」
スマホを取り出し、メールのチェックをする。
やっぱりなんもきてないか。
「電車が来ますので、黄色い線までお下がりください」
アナウンスが流れると電車が来た。
俺は電車に乗り、スマホを触る。
車内は俺と奈那を含めて五人しかいなかった。
「少ないな。休日なのに」
「まああっちの方は田舎だからねー」
「だからトンボ捕まえたりしてたのか」
「正解っ!」
電車が発進し、車内が少し揺れる。
スマホを閉じ、外の景色を眺める。
外は一面畑で、建物は、民家しかない。
「奈那のお母さんって何て名前?」
「南海(みなみ)だよ!」
「南海さんか」
外は一面田んぼと畑が広がっていて、まるでアニメで見るような田舎だ。
「奈那っていじめられてたこと親に言ったのか?」
「ううん。言ったのは悠くんぐらいかな。
家族に心配させたくなかったから……」
奈那の声が段々小さくなる。
「靴箱で冷斗が普通に靴をとって、履くことさえわたしには羨ましいんだよ。高校になって靴が靴箱にあったことなんて数えれる回数だからね……」
そこから俺は奈那の過去の話をいろいろ聞いた。
気が付いたら、奈那のお墓がある所の最寄り駅についた。
電車を降り、奈那のお墓に向かう。
「うわー! 久しぶりだなこの景色!」
「奈那の誕生日ぶりに来たから九カ月ぶりか」
奈那のお墓がある所はただの田舎であまり人はいない。
奈那のお墓がある方向へと向かう。
「昔はよくここの道、お母さんと夏海で来て一緒に散歩したなー!」
「へぇー。いい思い出じゃん」
俺も昔はよく奏と散歩してたなー。
「お腹減ったなー。なんかここら辺で食べるものない?」
「えーとね! もう少しこの道歩いてたら和菓子屋があるよ! 店主のおばあさん優しいんだよー!」
「和菓子食べたいしよるかー」
奈那の言う通り、道を歩く。
最近奏が洋菓子ばっかり作るから食べれてないんだよな。和菓子食べるのなんか何カ月ぶりだろう。
おっ。ここか。
店の雰囲気は昔ながらの和菓子屋さんだ。
お店に入った。
「失礼しますー。和菓子食べたいんですけどー」
店の奥のふすまから店主と思うおばあさんが出て来た。
「あらあら、若い子が来るなんて久しぶりだねぇ。見たところここら辺の子じゃないねぇ?」
「ええ。まぁ、ちょっと大好きな子のお墓参りで……」
そう言った瞬間奈那は俺の頭を撫でる。
「もしかして飛鳥奈那ちゃん?」
「はい」
やっぱりおばあさん、奈那のこと知ってるんだ。
「ここら辺では有名な子だったよ。姉妹そろって、顔立ちもよくてスタイルもよくてねぇ。今日が命日だったねぇ」
へぇー……。奈那って地元で有名な子だったんだ。
「そうだったそうだった。和菓子を食べに来たんだねぇ。ちょっと待ってねぇ」
おばあさんはふすまの部屋へと戻った。
「『大好きな子』って! 言ってくれるじゃん冷斗!」
「……建前だ」
「もぉー! ツンデレなんだから!」
奈那が、俺の頭をわしゃわしゃと荒く撫でた。
するとおばあさんがお茶と団子を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」と言い、お茶を一口飲み、団子を食べた。
久しぶりに和菓子食べたけど、美味しいなやっぱり。
「奈那ちゃんとどういう関係だったんだい?」
「奈那ちゃんと一緒のスイミングスクールだったんですよ」
まあ嘘だけど。
奈那のことを奈那ちゃんって言ったの人生で初めてかも。
「そうなんだねぇ。奈那ちゃんのこと大好きなんだねぇ」
「ええ。僕に優しく、バタフライとかの泳ぎ方教えてくれたんで」
「やっぱり奈那ちゃんは優しい子だねぇ」
おばあさんは感心した顔でそう言う。
「あの、夏海ちゃんって今どうなってるんですか?」
「夏海ちゃんはお姉ちゃんに似てとってもいい子だよ。つい最近いじめられてた子を助けたらしいわよ」
「そっか。夏海はいじめられてる子を守れる立場になったんだ。わたしとは見た目は似てても、性格は全然似てないな……」
奈那が小さな声で俺の耳元と呟く。
お茶を一口飲む。
「奈那ちゃんも天国で見守ってるんでしょうねぇ」
「ええ。きっとそうでしょうね」
そこから俺は奈那のことについていろいろ聞いたり、喋った。
気が付くと時刻は昼前だった。
「僕そろそろお墓参り行かないと。おばあさん、いろいろとありがとうございました」
頭を下げる。
おばあさんは「いやいや」と言い、手を横に振る。
「あの代金は」
「いいよいいよ。そんなの。奈那ちゃんのことがいろいろ知れたのが代金だよ。じゃあ気を付けていってらっしゃい」
「はい」
店を出て、奈那のお墓に再び向かう。
「冷斗って『僕』とか『奈那ちゃん』って言うんだ! 初めて知った!」
「ああいう場所とかだったらな」
やっぱり慣れない。
少し歩いた所で奈那に質問をした。
「奈那に言いたいことがあるんだけどさ」
「なに?」
「夏海とか絶対に触れるなよ。ややこしいことになるから。“絶対”にな」
「わかってる!」
奈那が自信満々気に胸を叩く。
その言葉を信じながら歩き、やっと奈那のお墓に着いた。
「ここがお前が本来居ないとダメな場所だな」
「そうだね」
周りにはやはり誰もいない。
俺は軽くお墓にある落ち葉などを取ったりし、簡単な掃除をし終わらせ、お墓に奈那の好きなクッキーとコーヒーを置いた。
そして、奈那と一緒に、お墓に手を合わせた。
「よし、じゃあ帰るか」
「そうだね。久しぶりにこっちに来れてよかった」
「俺もよかった。来れて」
奈那が俺の頭をいつもより長めに撫でる。
「ねぇねぇお母さん、この人だぁえ?」
振り向くと髪が茶色く、小学生ぐらいの女の子が立っている。
「こらこら。すみません」
奈那を見ると、これまでに見たことがない目をしていた。
奈那がこんな目してるってことはそういうことか。
これは帰れそうにないな。
夏海に目線を合わせるため、しゃがんだ。
「いえいえ。初めまして、飛鳥夏海ちゃん!」
夏海は目を丸くする。
「なんでお兄さんはなつみの名前知ってるの?」
「昔お姉ちゃんからいろいろ聞いてたから
ね~。お姉ちゃんとそっくりだね~」
優しく夏海の頭を撫でる。
おばあさんが言ってたけど、本当に奈那とそっくりだな。茶色い髪の色も顔立ちも。
南海さんがとても驚いた顔をする。
「もしかして、奈那のお友達ですか?」
「はい!」
俺がそう言うと、南海さんが目に少し涙を浮かべる。
一方で夏海が奈那と同じように目を輝かせる。
「お兄さん! ねーねーとどこで知り合ったの?」
「奈那ちゃんが通ってたスイミングスクールで知り合ったよ」
夏海、ごめんな。嘘ついちゃって。
「へぇー!」
夏海、言い方もどことなく奈那に似てる。やっぱり姉妹だな。
「南海さん、奈那ちゃんのお墓参りって奈那ちゃんの友達とか来ているんですか?」
南海さんが首を横に振る。
「奈那が死んだときは奈那の彼氏が来ましたけど、それ以降は……」
「そうですか……」
悠、今は来てないのか……。
奈那はやはり、寂しそうな表情になる。
「お兄ちゃん! 名前なんて言うの?」
「水間冷斗だよ。よろしくね!」
夏海とハイタッチをする。
「冷斗くん、よければ家で一緒に昼ご飯食べませんか?」
「ちょっと待ってください。一回親に確認してみます」
俺はスマホをつけ、メールをするふりをしながら小声で奈那と話をする。
「奈那どうする?」
「もちろん食べる! だって実家のご飯だよ!」
「了解」
奈那からすれば即決の案件か。
スマホを閉じ、南海さんの方を向く。
「食べます!」
「よかったね。夏海」
「うん!」
夏海と手を繋ぎながら、奈那の家まで歩いた。
「お邪魔しますー」
綺麗な家だなー。
ていうか、人の家行くのなんて初めてじゃないか……?
「れい兄ちゃん! これ見て!」
夏海がランドセルを持ってくる。
「これね! ねーねーのでね、なつみも使ってるんだ!」
「へぇー!」
ランドセルに金色の糸で小さくひらがなで「なな」と刺繍をしている。
奈那はそれを見て「懐かしー! わたしのだ! ずっと使ってたなー!」と言った。
「高校のバックってあるのか?」
「うん! 持ってくる!」
夏海が少しすると、バックを持ってきた。
「なんでか高校のバックは綺麗じゃないんだよね」
夏海が言ってる通り、ランドセルとは比べ物にならないぐらい汚い。縫い目がたくさんある。
「もういいよ。ありがとう」
「うん!」
夏海は高校のバックと、ランドセルを元の位置に戻す。
「奈那あれって……」
「うん。いじめられてた証拠だよ。蹴られたり、死ねってマジックで文字書かれたりしたからね……」
やっぱりか……。夏海は何にも知らないんだな。
「お姉ちゃんのこと今でも好き?」
「うん大好き! ねーねーとっても優しかったし! 強かったし!」
「強いか……。わたしは全然強くなんかないよ夏海……」
奈那が涙ぐみながら言う。
その声を黙って聞くしかなかった。
「冷斗くん、夏海、ご飯できたわよ」
「「「はーい!」」」
夏海が俺の隣の席に座わる。
南海さんが、カルボナーラを俺と夏海に出す。
美味そっ!
「うわー! お母さんの得意料理のカルボナーラだ! 昔わたしが『美味しい!』って言ったらずっと作ってくれたんだよなー!」
そんな思い出があったんだな。
「お母さんが作るカルボナーラとっても美味しいんだよ! ねーねーも『美味しい!』って言ってたし!」
夏海が嬉しそうに話す。
話している時の目は、奈那が夏海のことを話している時と全く同じだ。
「「「いただきまーす!」」」
フォークに上手にカルボナーラを巻き付け口に運んだ。
うんっ! 美味しっ! 下手したらのカルボナーラより美味しいぞ!
「どう冷斗くん? 美味しい?」
「はい! クリームが麺によく絡んでますし!」
「よかった!」
南海さんが笑顔になる。
奈那の笑顔と似てるな。
「夏海ちゃん小学校どう?」
「とっても楽しいよ! けど、やっぱりねーねーがいないのが寂しいかな」
夏海に表情が一気に暗くなる。
「奈那ちゃんはそんな顔してほしくないと思ってるよ」
「それもそっか!」
さっきとは一転し、明るい笑顔になった。
カルボナーラを食べ終わり、リビングで夏海と遊ぶ。
「れい兄ちゃんはどこに住んでるの?」
夏海が純粋な目でこちらを見る。
「僕はここから電車でニ、三十分のところだよ」
絶対奈那に取り憑かれてなかったら、こっちには来なかったな。
「冷斗くんスイーツ食べる?」
「いいんですか⁉ 食べます!」
南海さんの作るスイーツ気になるな。
「はい。プリンだよ」
南海さんが出してくれたのは自家製プリンだった。
口に運ぶと、優しい甘さが口いっぱいに広がり、一瞬で平らげてしまった。
「南海さんこれ美味しかったです!」
「ふふっ。よかった」
南海さんは優しく笑った。
「れい兄ちゃん! 一緒にねーねーの部屋行こっ!」
夏海が手を引っ張て、行く気満々だ。
奈那って自分の部屋あったんだ。
「うん!」
夏海に弾けるような笑顔を見せた。
「今はどうなってるかなー! 昔はいっぱいぬいぐるみとか置いてたんだけど!」
ぬいぐるみか。かわいいじゃん。
夏海に連れられ、奈那の部屋に着いた。
「毎日なつみがちゃんと掃除してるよ!」
夏海がそう言う通り、部屋は埃一つなく、めちゃくちゃ綺麗だ。
ぬいぐるみもちゃんと洗濯されている。
「わたしの部屋だ! あの頃と何にも変わってないなー! 悠くんがくれたくまさんの置物もそのままだし!」
へぇー彼氏からプレゼントとか貰ってたんだ。
「夏海ちゃんって動物好きなの?」
「うん! ねーねーと一緒に行った虫捕りは楽しかったなー!」
夏海は虫捕りをする真似をする。
それを見て奈那は笑った。
「そろそろ降りよ!」
「うん」
俺らは奈那の部屋を後にした。
下では南海さんが洗い物をしていた。
夏海はテレビをつけ、子供向け番組を楽しそうに見る。
「奈那ちゃんが亡くなった時、奈那ちゃんの友達とか来たんですか?」
「小中の友達は来ましたけど……高校の友達で来たのは奈那の彼氏だけです」
「そうですか……」
やっぱりなぁ……。ダメなこと聞いちゃったなぁ……。
「ねえねえれい兄ちゃん! 一緒にバスケしよおー!」
夏海が俺のところに駆け寄る。
「いいよー!」
そっか。奈那がバスケ部だったからボールとかあるのか。
俺らは裏庭に出た。
裏庭には洗濯物と、バスケゴールが立っていた。
夏海がどこからともなくボールを持ってきそのボールをパスしてきた。
「れい兄ちゃんパス!」
「ほい」
軽くパスをし、夏海がボールを受け、シュートをする。
リングの上を無条件に転がり、地面に落ちた。
「うわっ! 外した!」
「惜しいなー!」
「れい兄ちゃんもシュートして!」
「えええ……わかった……」
あんまりバスケとか得意じゃないんだよなぁ。
俺がシュートをすると無事、外した。
「冷斗下手だなー!」
「うるせぇ。俺こういうの苦手なんだよ」
夏海に気づかれないように会話をする。
夏海が転がったボールを取る。
「ねーねーずっと学校帰ってきたら練習してたんだよ!」
「へぇー!」
夏海はシュートを何本も放ち、その中の数えられる本数がゴールに入る。
「れい兄ちゃんもう一回やって!」
「……うん」
う~ん……。苦手なんだけどなぁ……。
「冷斗はフォームからなってないなー!
ちゃんと指でもって! 肘閉めて!」
奈那にフォームを修正される。
「はい! せーの!」
放ったシュートはパサッと音を立てて、地面に落ちた。
「おおおー! かっこいいよれい兄ちゃん!」
「ありがと!」
俺は落ちたボールを取る。
「奈那ありがとうな」
「ううん! 夏海にかっこいいところ見せれてよかったじゃん!」
奈那が輝く笑顔になった。
「夏海ちゃん。野菜持ってきたよ」
塀の向こうから、袋が揺れる音がする。
「あっ! 隣のおばあさん! 今からそっち行くねー!」
夏海が大声で言う。
「れい兄ちゃんちょっと待ってね!」
俺はうなずき、ボールを拾った。
「どうする奈那? ちょっとぐらいやっていいぞ。誰も見てないし」
「やったー! やるやる!」
奈那が幼稚園児のような輝いた目をする。
奈那にボールを渡す。
「いくよー! 見ててね!」
奈那が幼稚園児のような目から一転、真剣な目に変わった。
空気がピリッとした瞬間、シュートを放った。
ボールはとても綺麗な弧を描き、ゴールに入った。
「しゃあ!」
奈那が大きくガッツポーズをする。
その姿はまるで、高校野球のエースのようだ。
「おおーすげぇじゃん」
俺はパチパチと拍手をする。
「でしょー! まだ技術死んでないなー!」
三年間全くバスケしてなくてもあんなにも綺麗な弧を描けれるんだな。
「やっぱりバスケって楽しい!」
奈那はドリブルをし、颯爽と駆け抜け、シュートをする。
奈那の茶色い髪が揺れる。
「レイアップもいけるなー! 冷斗の体借りて、オリンピック目指そうかな……!」
「やーめーろ!」
絶対奈那に体のっとられたら気持ち悪くなるな。
裏庭に干してある洗濯物がひらひらと揺れている。
奈那はシュートを何本も決める。
「うん! じゃあ、ありがとう!」
夏海そろそろ戻って来るな。
「奈那これが最後な」
「りょうかい!」
奈那は線が描かれている場所まで下がる。
よく見るとそこには3と書かれていた。
「ふぅー……」
奈那が息を吐き、スリーポイントシュートを放った。
バサッとゴールが音を立て、ボールが落ちる。
「しゃあー! スリーも決まった! これやっぱり現役いけるな! 冷斗! 体借して!」
「いやムリムリムリ。俺を死なせる気か」
さすがの命日だからってなんでもお願い聞くわけじゃないからな。さすがに。
「れい兄ちゃんー!」
夏海が戻って来る。
急いでボールを拾う。
奈那は急いで俺の左に戻る。
「れい兄ちゃん何してたの?」
「うん? シュートの練習だよ」
「あー! だからシュートの音が聞こえたのか!」
夏海が手をポンッと叩いた。
納得してくれてよかった。
ふとスマホを見て時刻を確認する。
やべ、もう四時か。そろそろ帰るか。奏が心配したらダメだしな。
奏に今から帰るとメールを送り、スマホを閉じる。
「夏海ちゃん。そろそろお家に戻ろうか。僕そろそろ帰らないとダメだし」
「えええ~もっとれい兄ちゃんと遊びたいのに……」
夏海が少し、涙目になる。
夏海をあやしながら奈那の家に戻り荷物をまとめた。
「最後にお仏壇にお祈りさせて」
「うんっ! わかった!」
お仏壇がある部屋まで案内してくれた。
奈那の遺影は学ラン姿で、明るい笑顔だ。
奈那と夏海と一緒に手を合わせた。
これで今日やることは終わりか。楽しかったな。
玄関に向かう。
「今日はいろいろとありがとうございました! とっても楽しかったです!」
頭を下げる。
「わたしも楽しかった!」
夏海が奈那とそっくりな笑顔になる。
「また来てくださいね」
「はい! また来るからね夏海ちゃん!」
「うんっ! 今度はわたしがれい兄ちゃんの家に行く!」
「おっ! 楽しみにしとくよ!」
夏海の頭を撫でる。
奈那もきっとこうしてたんだろうな。
「じゃあね夏海ちゃん!」
「うんっ! バイバイれい兄ちゃん!」
俺は玄関を出て、ドアを閉めた。
周りはすっかり夕焼けになっている。
「今日はどうだった?」
「やっぱり実家はいいね! 久しぶりに楽しめたよ! ありがとう冷斗!」
「感謝するのは俺じゃなくて夏海にしろ。にしても疲れた」
周りには街頭もなく、なにもない。やっぱり田舎だ。
道端にはいろんな草が生えている。
田んぼには水が貼っていて、所々に苗が植えられている。
「やっぱりバスケは楽しいなー! 体育の時間冷斗の体使っていい?」
「だからムリ」
奈那がため息をつく。
「ささ、電車乗って帰るか」
「そうだね!」
道端に生えている枯れたススキが風によって音を立てながら揺れていた。
ピヨピヨと鳥の鳴き声が聞こえる。
眠い目をこすりながら電子時計を見ると、
六月十日(日)午前八時と書かれている。
「冷斗おはよう! 問題! 今日は何の日でしょう!」
「お前の命日」と迷わず答える。
「おー! 正解―!」
奈那が手をパチパチさせる。
「お前に取り憑かれてから一度も忘れたことなんかないぞ」
重い体を何とか起こし、階段を下りてリビングに向かった。
さすがに休日なので奏はまだ起きていなかった。
テーブルに置いてあった食パンをトースターにセットし、タイマーをかける。
「三年前の今日、普通に家出て、いつも通りの学校生活が始まるって思ってたな……」
奈那がどこか寂し気な声でつぶやく。
ちょっと励ましてやるか。
「もしかしたら今日、お前の大好きな夏海に会えるかもな」
「確かに! 今年こそは会いたいなー!」
奈那が目を輝かせる。
台所に行き、お茶を入れる。
「毎年毎年ありがとうね冷斗」
「こっちが好きでやってるだけだ」
入れたてのお茶を一口飲む。
「冷斗は本当に優しいねー!」
奈那が俺の頭を撫でる。
「今日ぐらいは許してやるよ」
「やったー!」
奈那が飛び跳ねる。
チン! とトースターが鳴る。
お皿を持っていき、トーストをお皿にのせる。
「いただきまーす」
奏がいないからなんか味気ないな……。
ガチャ
ずっと仕事に出かけていた、母さんが両手に荷物を抱えて帰って来た。
「ただいまー」
「母さんお帰りー」
トーストを口に咥えている状態で母さんを見る。
「冷斗ごめんね。一か月ぐらい家開けちゃって」
「全然」
手を横に振る。
「奏と奈那の三人っきりで楽しかったよ」
「それならよかった」
母さんは持って帰って来た荷物から何かを冷蔵庫に入れる。
「冷斗休日なのに起きてたんだ」
「うん。奈那の命日だから」
母さんは少し驚いた表情になる。
「そうだったわね。奏は?」
「まだ寝てるんじゃない」
母さんがうなずく。
トースト食べ進める。
「今日はどうするの?」
「奈那のお墓参り行って、奈那の行きつけだったお店で昼ご飯食べて帰って来る」
「わかったわ。夕ご飯までには帰って来てよね」
「はーい」
トーストを食べ終わり母さんのためにお茶を入れる。
母さんは大きなため息をつき、椅子に座った。
「母さんも仕事、お疲れ様」
「ありがとう冷斗」
母さんはお茶を飲み、一息つく。
洗面台に向かい、歯磨きをする。
「奈那何が飲みたい?」
「うーんっとね、コーヒー!」
「お前コーヒー飲めるんだな」
「飲めるよ!」
また奈那に叱られてしまった。
歯磨きをし終わり、うがいをする。
トイレをすまし、自分の部屋に行く。
奈那が俺の部屋に飾っているシロクマのぬいぐるみを見つめる。
「どしたー?」
「いや、冷斗の部屋のあるのが不思議だなって思って」
「誰かからの貰い物だから置いてるだけ。誰から貰ったのは、忘れたけど」
「なにそれー」
ガチで誰から貰ったんだろう……。
着替えをすませ、黒色の帽子をかぶり、小さなバックを背負い、イヤホンを着け、家を出る。
「じゃ、夕飯までには帰って来るから」
「気を付けていってらっしゃい」
ガチャンとドアを閉めた。
外は真夏のように暑い。
「暑いなー」
「そだねー。三年前もこんな暑さだったよ―」
奈那のお墓に行くため、駅に向かう。
「夏海ってどんな子なんだ?」
「えっとねー! とってもかわいい子! 大好きなんだよね! とっても会いたい!」
会わせたいな。
コンビニに立ち寄り、奈那の好きなクッキーと、缶コーヒーを買う。
「これでいいか?」
「うん!」
奈那が笑顔になる。
店を出て、また駅に向かう。
「なぁなぁ奈那?」
「うん?」
「急なんだけどさ、奈那の過去、教えてほしい」
奈那が驚きを隠せない表情になり、少しすると困った表情になる。
「う~ん……いいよ! 教えてあげる! ちょうどわたしが冷斗に取り憑いて、二年になるもんね!」
そうか。今日でちょうど二年か。
「中学校までは陽キャの女の子だったよ。だけど、高校から変わった」
奈那が真剣な表情になる。
「いつものように靴を履こうとしたら靴がなかったの。そこで気づいた。いじめられているんだって。そのあとはドラマで見るようないじめ。制服をどこかに隠されたりお弁当に虫入ってたり、捨てられたりねー。だから学食にしたんだ」
奈那がいじめられたことなんか初めて知ったな……。
「なんでいじめられたんだ?」
「さあ? わたしのこと気に食わなかったんじゃない? こんな性格だしねー」
気に食わないがいじめていい理由になるか?
奈那の話を聞きながら頭を抱える。
「ごめんねー。こんな話しちゃって。だけど、わたしいじめられていたんだ。いろんな人からね。だけど、帰ったら夏海に会えるからとか、悠くんがいたからとかで、頑張って生きてたんだ。ま、死んじゃったけどねー」
奈那が悲しそうに外の景色を眺める。
「ま、これがわたしの過去だよ」
奈那はいつもと違い、冷たい目をして、外を眺めている。
「ごめんな。聞いて」
「ううん! 別にいつでも話すよ!」
奈那がにこっと笑った。
やっと駅に着いた。
駅のコンビニで炭酸ジュースを買う。
プシュッ
ゴクゴクゴク
「あー生き返るー」
「美味しそうに飲むねー!」
改札にスマホをかざし、ピコン! と鳴った改札を通り抜けた。
「よしじゃあ行くか」
「はーい!」
ホームに向かう。
「今日の昼ご飯何食べようかな」
「あそこのお店はハンバーグ定食が一番オススメだよ!」
「おー、ハンバーグ定食かー。美味しそうだな」
スマホを取り出し、メールのチェックをする。
やっぱりなんもきてないか。
「電車が来ますので、黄色い線までお下がりください」
アナウンスが流れると電車が来た。
俺は電車に乗り、スマホを触る。
車内は俺と奈那を含めて五人しかいなかった。
「少ないな。休日なのに」
「まああっちの方は田舎だからねー」
「だからトンボ捕まえたりしてたのか」
「正解っ!」
電車が発進し、車内が少し揺れる。
スマホを閉じ、外の景色を眺める。
外は一面畑で、建物は、民家しかない。
「奈那のお母さんって何て名前?」
「南海(みなみ)だよ!」
「南海さんか」
外は一面田んぼと畑が広がっていて、まるでアニメで見るような田舎だ。
「奈那っていじめられてたこと親に言ったのか?」
「ううん。言ったのは悠くんぐらいかな。
家族に心配させたくなかったから……」
奈那の声が段々小さくなる。
「靴箱で冷斗が普通に靴をとって、履くことさえわたしには羨ましいんだよ。高校になって靴が靴箱にあったことなんて数えれる回数だからね……」
そこから俺は奈那の過去の話をいろいろ聞いた。
気が付いたら、奈那のお墓がある所の最寄り駅についた。
電車を降り、奈那のお墓に向かう。
「うわー! 久しぶりだなこの景色!」
「奈那の誕生日ぶりに来たから九カ月ぶりか」
奈那のお墓がある所はただの田舎であまり人はいない。
奈那のお墓がある方向へと向かう。
「昔はよくここの道、お母さんと夏海で来て一緒に散歩したなー!」
「へぇー。いい思い出じゃん」
俺も昔はよく奏と散歩してたなー。
「お腹減ったなー。なんかここら辺で食べるものない?」
「えーとね! もう少しこの道歩いてたら和菓子屋があるよ! 店主のおばあさん優しいんだよー!」
「和菓子食べたいしよるかー」
奈那の言う通り、道を歩く。
最近奏が洋菓子ばっかり作るから食べれてないんだよな。和菓子食べるのなんか何カ月ぶりだろう。
おっ。ここか。
店の雰囲気は昔ながらの和菓子屋さんだ。
お店に入った。
「失礼しますー。和菓子食べたいんですけどー」
店の奥のふすまから店主と思うおばあさんが出て来た。
「あらあら、若い子が来るなんて久しぶりだねぇ。見たところここら辺の子じゃないねぇ?」
「ええ。まぁ、ちょっと大好きな子のお墓参りで……」
そう言った瞬間奈那は俺の頭を撫でる。
「もしかして飛鳥奈那ちゃん?」
「はい」
やっぱりおばあさん、奈那のこと知ってるんだ。
「ここら辺では有名な子だったよ。姉妹そろって、顔立ちもよくてスタイルもよくてねぇ。今日が命日だったねぇ」
へぇー……。奈那って地元で有名な子だったんだ。
「そうだったそうだった。和菓子を食べに来たんだねぇ。ちょっと待ってねぇ」
おばあさんはふすまの部屋へと戻った。
「『大好きな子』って! 言ってくれるじゃん冷斗!」
「……建前だ」
「もぉー! ツンデレなんだから!」
奈那が、俺の頭をわしゃわしゃと荒く撫でた。
するとおばあさんがお茶と団子を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」と言い、お茶を一口飲み、団子を食べた。
久しぶりに和菓子食べたけど、美味しいなやっぱり。
「奈那ちゃんとどういう関係だったんだい?」
「奈那ちゃんと一緒のスイミングスクールだったんですよ」
まあ嘘だけど。
奈那のことを奈那ちゃんって言ったの人生で初めてかも。
「そうなんだねぇ。奈那ちゃんのこと大好きなんだねぇ」
「ええ。僕に優しく、バタフライとかの泳ぎ方教えてくれたんで」
「やっぱり奈那ちゃんは優しい子だねぇ」
おばあさんは感心した顔でそう言う。
「あの、夏海ちゃんって今どうなってるんですか?」
「夏海ちゃんはお姉ちゃんに似てとってもいい子だよ。つい最近いじめられてた子を助けたらしいわよ」
「そっか。夏海はいじめられてる子を守れる立場になったんだ。わたしとは見た目は似てても、性格は全然似てないな……」
奈那が小さな声で俺の耳元と呟く。
お茶を一口飲む。
「奈那ちゃんも天国で見守ってるんでしょうねぇ」
「ええ。きっとそうでしょうね」
そこから俺は奈那のことについていろいろ聞いたり、喋った。
気が付くと時刻は昼前だった。
「僕そろそろお墓参り行かないと。おばあさん、いろいろとありがとうございました」
頭を下げる。
おばあさんは「いやいや」と言い、手を横に振る。
「あの代金は」
「いいよいいよ。そんなの。奈那ちゃんのことがいろいろ知れたのが代金だよ。じゃあ気を付けていってらっしゃい」
「はい」
店を出て、奈那のお墓に再び向かう。
「冷斗って『僕』とか『奈那ちゃん』って言うんだ! 初めて知った!」
「ああいう場所とかだったらな」
やっぱり慣れない。
少し歩いた所で奈那に質問をした。
「奈那に言いたいことがあるんだけどさ」
「なに?」
「夏海とか絶対に触れるなよ。ややこしいことになるから。“絶対”にな」
「わかってる!」
奈那が自信満々気に胸を叩く。
その言葉を信じながら歩き、やっと奈那のお墓に着いた。
「ここがお前が本来居ないとダメな場所だな」
「そうだね」
周りにはやはり誰もいない。
俺は軽くお墓にある落ち葉などを取ったりし、簡単な掃除をし終わらせ、お墓に奈那の好きなクッキーとコーヒーを置いた。
そして、奈那と一緒に、お墓に手を合わせた。
「よし、じゃあ帰るか」
「そうだね。久しぶりにこっちに来れてよかった」
「俺もよかった。来れて」
奈那が俺の頭をいつもより長めに撫でる。
「ねぇねぇお母さん、この人だぁえ?」
振り向くと髪が茶色く、小学生ぐらいの女の子が立っている。
「こらこら。すみません」
奈那を見ると、これまでに見たことがない目をしていた。
奈那がこんな目してるってことはそういうことか。
これは帰れそうにないな。
夏海に目線を合わせるため、しゃがんだ。
「いえいえ。初めまして、飛鳥夏海ちゃん!」
夏海は目を丸くする。
「なんでお兄さんはなつみの名前知ってるの?」
「昔お姉ちゃんからいろいろ聞いてたから
ね~。お姉ちゃんとそっくりだね~」
優しく夏海の頭を撫でる。
おばあさんが言ってたけど、本当に奈那とそっくりだな。茶色い髪の色も顔立ちも。
南海さんがとても驚いた顔をする。
「もしかして、奈那のお友達ですか?」
「はい!」
俺がそう言うと、南海さんが目に少し涙を浮かべる。
一方で夏海が奈那と同じように目を輝かせる。
「お兄さん! ねーねーとどこで知り合ったの?」
「奈那ちゃんが通ってたスイミングスクールで知り合ったよ」
夏海、ごめんな。嘘ついちゃって。
「へぇー!」
夏海、言い方もどことなく奈那に似てる。やっぱり姉妹だな。
「南海さん、奈那ちゃんのお墓参りって奈那ちゃんの友達とか来ているんですか?」
南海さんが首を横に振る。
「奈那が死んだときは奈那の彼氏が来ましたけど、それ以降は……」
「そうですか……」
悠、今は来てないのか……。
奈那はやはり、寂しそうな表情になる。
「お兄ちゃん! 名前なんて言うの?」
「水間冷斗だよ。よろしくね!」
夏海とハイタッチをする。
「冷斗くん、よければ家で一緒に昼ご飯食べませんか?」
「ちょっと待ってください。一回親に確認してみます」
俺はスマホをつけ、メールをするふりをしながら小声で奈那と話をする。
「奈那どうする?」
「もちろん食べる! だって実家のご飯だよ!」
「了解」
奈那からすれば即決の案件か。
スマホを閉じ、南海さんの方を向く。
「食べます!」
「よかったね。夏海」
「うん!」
夏海と手を繋ぎながら、奈那の家まで歩いた。
「お邪魔しますー」
綺麗な家だなー。
ていうか、人の家行くのなんて初めてじゃないか……?
「れい兄ちゃん! これ見て!」
夏海がランドセルを持ってくる。
「これね! ねーねーのでね、なつみも使ってるんだ!」
「へぇー!」
ランドセルに金色の糸で小さくひらがなで「なな」と刺繍をしている。
奈那はそれを見て「懐かしー! わたしのだ! ずっと使ってたなー!」と言った。
「高校のバックってあるのか?」
「うん! 持ってくる!」
夏海が少しすると、バックを持ってきた。
「なんでか高校のバックは綺麗じゃないんだよね」
夏海が言ってる通り、ランドセルとは比べ物にならないぐらい汚い。縫い目がたくさんある。
「もういいよ。ありがとう」
「うん!」
夏海は高校のバックと、ランドセルを元の位置に戻す。
「奈那あれって……」
「うん。いじめられてた証拠だよ。蹴られたり、死ねってマジックで文字書かれたりしたからね……」
やっぱりか……。夏海は何にも知らないんだな。
「お姉ちゃんのこと今でも好き?」
「うん大好き! ねーねーとっても優しかったし! 強かったし!」
「強いか……。わたしは全然強くなんかないよ夏海……」
奈那が涙ぐみながら言う。
その声を黙って聞くしかなかった。
「冷斗くん、夏海、ご飯できたわよ」
「「「はーい!」」」
夏海が俺の隣の席に座わる。
南海さんが、カルボナーラを俺と夏海に出す。
美味そっ!
「うわー! お母さんの得意料理のカルボナーラだ! 昔わたしが『美味しい!』って言ったらずっと作ってくれたんだよなー!」
そんな思い出があったんだな。
「お母さんが作るカルボナーラとっても美味しいんだよ! ねーねーも『美味しい!』って言ってたし!」
夏海が嬉しそうに話す。
話している時の目は、奈那が夏海のことを話している時と全く同じだ。
「「「いただきまーす!」」」
フォークに上手にカルボナーラを巻き付け口に運んだ。
うんっ! 美味しっ! 下手したらのカルボナーラより美味しいぞ!
「どう冷斗くん? 美味しい?」
「はい! クリームが麺によく絡んでますし!」
「よかった!」
南海さんが笑顔になる。
奈那の笑顔と似てるな。
「夏海ちゃん小学校どう?」
「とっても楽しいよ! けど、やっぱりねーねーがいないのが寂しいかな」
夏海に表情が一気に暗くなる。
「奈那ちゃんはそんな顔してほしくないと思ってるよ」
「それもそっか!」
さっきとは一転し、明るい笑顔になった。
カルボナーラを食べ終わり、リビングで夏海と遊ぶ。
「れい兄ちゃんはどこに住んでるの?」
夏海が純粋な目でこちらを見る。
「僕はここから電車でニ、三十分のところだよ」
絶対奈那に取り憑かれてなかったら、こっちには来なかったな。
「冷斗くんスイーツ食べる?」
「いいんですか⁉ 食べます!」
南海さんの作るスイーツ気になるな。
「はい。プリンだよ」
南海さんが出してくれたのは自家製プリンだった。
口に運ぶと、優しい甘さが口いっぱいに広がり、一瞬で平らげてしまった。
「南海さんこれ美味しかったです!」
「ふふっ。よかった」
南海さんは優しく笑った。
「れい兄ちゃん! 一緒にねーねーの部屋行こっ!」
夏海が手を引っ張て、行く気満々だ。
奈那って自分の部屋あったんだ。
「うん!」
夏海に弾けるような笑顔を見せた。
「今はどうなってるかなー! 昔はいっぱいぬいぐるみとか置いてたんだけど!」
ぬいぐるみか。かわいいじゃん。
夏海に連れられ、奈那の部屋に着いた。
「毎日なつみがちゃんと掃除してるよ!」
夏海がそう言う通り、部屋は埃一つなく、めちゃくちゃ綺麗だ。
ぬいぐるみもちゃんと洗濯されている。
「わたしの部屋だ! あの頃と何にも変わってないなー! 悠くんがくれたくまさんの置物もそのままだし!」
へぇー彼氏からプレゼントとか貰ってたんだ。
「夏海ちゃんって動物好きなの?」
「うん! ねーねーと一緒に行った虫捕りは楽しかったなー!」
夏海は虫捕りをする真似をする。
それを見て奈那は笑った。
「そろそろ降りよ!」
「うん」
俺らは奈那の部屋を後にした。
下では南海さんが洗い物をしていた。
夏海はテレビをつけ、子供向け番組を楽しそうに見る。
「奈那ちゃんが亡くなった時、奈那ちゃんの友達とか来たんですか?」
「小中の友達は来ましたけど……高校の友達で来たのは奈那の彼氏だけです」
「そうですか……」
やっぱりなぁ……。ダメなこと聞いちゃったなぁ……。
「ねえねえれい兄ちゃん! 一緒にバスケしよおー!」
夏海が俺のところに駆け寄る。
「いいよー!」
そっか。奈那がバスケ部だったからボールとかあるのか。
俺らは裏庭に出た。
裏庭には洗濯物と、バスケゴールが立っていた。
夏海がどこからともなくボールを持ってきそのボールをパスしてきた。
「れい兄ちゃんパス!」
「ほい」
軽くパスをし、夏海がボールを受け、シュートをする。
リングの上を無条件に転がり、地面に落ちた。
「うわっ! 外した!」
「惜しいなー!」
「れい兄ちゃんもシュートして!」
「えええ……わかった……」
あんまりバスケとか得意じゃないんだよなぁ。
俺がシュートをすると無事、外した。
「冷斗下手だなー!」
「うるせぇ。俺こういうの苦手なんだよ」
夏海に気づかれないように会話をする。
夏海が転がったボールを取る。
「ねーねーずっと学校帰ってきたら練習してたんだよ!」
「へぇー!」
夏海はシュートを何本も放ち、その中の数えられる本数がゴールに入る。
「れい兄ちゃんもう一回やって!」
「……うん」
う~ん……。苦手なんだけどなぁ……。
「冷斗はフォームからなってないなー!
ちゃんと指でもって! 肘閉めて!」
奈那にフォームを修正される。
「はい! せーの!」
放ったシュートはパサッと音を立てて、地面に落ちた。
「おおおー! かっこいいよれい兄ちゃん!」
「ありがと!」
俺は落ちたボールを取る。
「奈那ありがとうな」
「ううん! 夏海にかっこいいところ見せれてよかったじゃん!」
奈那が輝く笑顔になった。
「夏海ちゃん。野菜持ってきたよ」
塀の向こうから、袋が揺れる音がする。
「あっ! 隣のおばあさん! 今からそっち行くねー!」
夏海が大声で言う。
「れい兄ちゃんちょっと待ってね!」
俺はうなずき、ボールを拾った。
「どうする奈那? ちょっとぐらいやっていいぞ。誰も見てないし」
「やったー! やるやる!」
奈那が幼稚園児のような輝いた目をする。
奈那にボールを渡す。
「いくよー! 見ててね!」
奈那が幼稚園児のような目から一転、真剣な目に変わった。
空気がピリッとした瞬間、シュートを放った。
ボールはとても綺麗な弧を描き、ゴールに入った。
「しゃあ!」
奈那が大きくガッツポーズをする。
その姿はまるで、高校野球のエースのようだ。
「おおーすげぇじゃん」
俺はパチパチと拍手をする。
「でしょー! まだ技術死んでないなー!」
三年間全くバスケしてなくてもあんなにも綺麗な弧を描けれるんだな。
「やっぱりバスケって楽しい!」
奈那はドリブルをし、颯爽と駆け抜け、シュートをする。
奈那の茶色い髪が揺れる。
「レイアップもいけるなー! 冷斗の体借りて、オリンピック目指そうかな……!」
「やーめーろ!」
絶対奈那に体のっとられたら気持ち悪くなるな。
裏庭に干してある洗濯物がひらひらと揺れている。
奈那はシュートを何本も決める。
「うん! じゃあ、ありがとう!」
夏海そろそろ戻って来るな。
「奈那これが最後な」
「りょうかい!」
奈那は線が描かれている場所まで下がる。
よく見るとそこには3と書かれていた。
「ふぅー……」
奈那が息を吐き、スリーポイントシュートを放った。
バサッとゴールが音を立て、ボールが落ちる。
「しゃあー! スリーも決まった! これやっぱり現役いけるな! 冷斗! 体借して!」
「いやムリムリムリ。俺を死なせる気か」
さすがの命日だからってなんでもお願い聞くわけじゃないからな。さすがに。
「れい兄ちゃんー!」
夏海が戻って来る。
急いでボールを拾う。
奈那は急いで俺の左に戻る。
「れい兄ちゃん何してたの?」
「うん? シュートの練習だよ」
「あー! だからシュートの音が聞こえたのか!」
夏海が手をポンッと叩いた。
納得してくれてよかった。
ふとスマホを見て時刻を確認する。
やべ、もう四時か。そろそろ帰るか。奏が心配したらダメだしな。
奏に今から帰るとメールを送り、スマホを閉じる。
「夏海ちゃん。そろそろお家に戻ろうか。僕そろそろ帰らないとダメだし」
「えええ~もっとれい兄ちゃんと遊びたいのに……」
夏海が少し、涙目になる。
夏海をあやしながら奈那の家に戻り荷物をまとめた。
「最後にお仏壇にお祈りさせて」
「うんっ! わかった!」
お仏壇がある部屋まで案内してくれた。
奈那の遺影は学ラン姿で、明るい笑顔だ。
奈那と夏海と一緒に手を合わせた。
これで今日やることは終わりか。楽しかったな。
玄関に向かう。
「今日はいろいろとありがとうございました! とっても楽しかったです!」
頭を下げる。
「わたしも楽しかった!」
夏海が奈那とそっくりな笑顔になる。
「また来てくださいね」
「はい! また来るからね夏海ちゃん!」
「うんっ! 今度はわたしがれい兄ちゃんの家に行く!」
「おっ! 楽しみにしとくよ!」
夏海の頭を撫でる。
奈那もきっとこうしてたんだろうな。
「じゃあね夏海ちゃん!」
「うんっ! バイバイれい兄ちゃん!」
俺は玄関を出て、ドアを閉めた。
周りはすっかり夕焼けになっている。
「今日はどうだった?」
「やっぱり実家はいいね! 久しぶりに楽しめたよ! ありがとう冷斗!」
「感謝するのは俺じゃなくて夏海にしろ。にしても疲れた」
周りには街頭もなく、なにもない。やっぱり田舎だ。
道端にはいろんな草が生えている。
田んぼには水が貼っていて、所々に苗が植えられている。
「やっぱりバスケは楽しいなー! 体育の時間冷斗の体使っていい?」
「だからムリ」
奈那がため息をつく。
「ささ、電車乗って帰るか」
「そうだね!」
道端に生えている枯れたススキが風によって音を立てながら揺れていた。
