――――あぁ、私、人生詰んだ。
ここは中華風世界の後宮である。さらに誰もがまるで超能力のような異能を持つ。
それはものをちょっぴり浮かせるとか指の先から水をポタポタ出せるとかそんなささやかなものから、相手を言葉で縛る言霊とか人体発火などの超常的なものまで様々だ。
そんな異能が当たり前にある世界のとある帝国の後宮で暮らす私、丹莎娜は、後宮でも皇帝陛下からもとてつもなく嫌われていた。
――――それはそうである。実家の権力を使い無理矢理皇后の座をもぎ取り、ほかの妃たちに嫌がらせは日常茶飯事。さらに後宮で働く侍女にはひときわ厳しく、茶の温度が少し熱いだけでそれを侍女の顔にぶっかける。まるでこの髪と目の色のように苛烈な女性。
「……ダメだわ。もう完全に詰んでいるわ」
「いかがなさいましたか、莎娜さま」
私の独り言に難なく応じたのは闇から現れた部下。私の懐刀。白髪に黒い目のこの男、人呼んで暗鬼。『鬼』はこちらの世界では『幽鬼』を指す。つまりは幽鬼のように実体がないかのごとくどこにでも現れ私の命で悪事を働く男。
「その、暗鬼。相談があるのだけど……」
「はい。飽きられましたか。ならば毒殺にいたしましょうか?」
アカンアカンアカンアカンアカンッ!!!この男完全に思考がブラックである。かく言う私も前世の記憶が戻るまではそうだった。
しかし記憶が戻った私は何故か鞭を構え、目の前で縮こまって脅える少女を見下ろしていた。
この少女の名前は櫻星麗。桜色の髪に翡翠の瞳。まるでお伽噺のヒロインのような見た目である。しかし他人の怪我を癒すと言う特殊な異能を持ったがゆえに後宮入りした12歳の少女である。この世界ではその年頃で後宮入りなんてことは普通だ。妃としての義務を果たさせるかは時の皇帝の道徳倫理観に委ねられる。しかし政略的に、皇帝や帝国の利益になる娘は下手にお手付きにならないうちに後宮に入れる……なんてことは普通にある。しかしながら私。前世の記憶を取り戻した私。12歳の少女の前で鞭を振るうなんてそんな最低なことできるはずないでしょうが!もちろん毒殺もよ!
――――だって。
『いや……死にたくない……おうちに帰りたい……』
莎娜の異能は……他人の心の声が聞こえることだったから。
しかしながら前世の記憶を取り戻しても、この子を家族の元へ返してやることなどできやしない。後宮を出られるのは、あまり想像はしたくないが皇帝が見罷られ後宮の妃が出家する時や……或いは妃が死んだ時。
しかしこの少女は特異な異能故に出家など許されはしない。たとえ代替わりしたとしても便利な道具として後宮に囚われる。現帝の治世であれど、皇帝に何かあった際はその力を使わされる。
私が後宮に召し抱えられたのも、間諜などを秘密裏に察知するため。莎娜はその役目を利用して、間諜の疑いのない妃や侍女まで虐待していた。莎娜は実家の権力を盾にそれをお役目だと豪語したが、皇帝陛下には完全に怪しまれている。
莎娜はやりたい放題やりすぎだ。だが今の私にはどうして彼女がそうしたのか分かる気がする。だって絶えず他人の心の声が聞こえるのだ。こんなにひとがごった返す後宮の中、心の平静を保てるはずがない。
「櫻星麗」
「……っ」
少女がビクンと震える。
「あなたは後宮に入った以上、家族の元に帰ることは出来ません」
「……」
『そんな……もう、絶対に……?』
――――残酷だけれど、そうなのよ。
「だから……あなたのことは、のこ皇后宮に監禁します」
「……ひっ」
『拷問されるの!?』
いやちゃうちゃうちゃう。やはり私は莎娜なのよね。
ついつい莎娜節が出てしまう。
「ええと、その……あなたはここに住むのです」
これでいいか。
「……え?」
「それから……」
ここに住むには何か理由が必要だわ。それから彼女の悲しみをどうにかしてあげるためには。
「あなたは私の妹妹になりなさい」
「……はい?」
これでいい。後宮に頼るものがいないよりは姐姐がいた方がいい。まだ12歳の少女である。この少女を守ってあげられる人間が必要だわ。
「そろそろ飯時ね。いらっしゃい」
そう告げれば、暗鬼にサッと鞭を預ける。
昔から暗鬼の心の声だけは聞こえない。ま、だからこそ莎娜は傍らにおいているのね。そして暗鬼は何事もなかったかのように闇に溶けていく。
私がいつもと違う行動を取ったのに……彼は何も言わない。これは莎娜との信頼関係ゆえか、それとも彼には何か考えがあると言うことか……?しかし今は……。
「……」
『ごはんが……たべられるの……?』
少女は緊張しながらも立ち上がり、とぼとぼと私の後をついてくる。
何だかかわいいなぁ。思えば前世では一人っ子だったから、妹妹なんて初めてだ。
『ごはんなんて……何日ぶり』
いやいや待って。この子、後宮入りしてもう3日は経ってるわよね!?そして周囲から特別視されつつちやほやされ、私に挨拶にも来ないと怒った莎娜が呼びつけたのだ。
だけどご飯が出されてない?注目を集める異能を持つ彼女が……か?
『でも、ほんとうに食べてもいいの?』
どういう意味かしら。
『私は……治癒の異能を持つから、食べちゃいけないって……後宮の、女官長が』
どうしてそんなことを彼女に……?治癒の異能を持つこととご飯を食べてはいけないことに何の関係があるのだろう。
「ご飯の用意を。私とこの子の分を2人前ね」
そうびくびくしながら控えていた女官に告げれば。
『だけど女官長が、櫻星麗にはご飯を与えるなと……』
『でも皇后陛下に逆らえば、私たちの命が……っ』
莎娜は精神的な余裕が無さすぎて、この異能の正しい使い方をまるで実践していなかったのね。まぁ無理もないが。でも何故かしらね。守るものができると、どうしてか強くなれるのよ。
この異能に苦しむことよりも、さらに。
「……なら、厨房を借りるわよ」
「はい!?皇后陛下!?」
侍女たちが戸惑うのも我関せずに厨房に乗り込んだ!さーて……こっちの包丁は出刃包丁だからちょっと恐いけど。野菜を刻んで……と。
「こ……皇后陛下が……料理……?」
料理番が絶句している。
奶とお肉も揃ったし……米は炊いてあるのがあるのね。
後は……。
「ねぇ、これ火点けたいんだけど」
前世はガスコンロ民。竈の使い方なんて知らないわ。
料理番が慌てて竈に火を点けてくれたので。
「ありがと」
中華鍋をふるって炒める!
『皇后陛下が……礼を……?』
料理番から妙なところで感心されているようだけど……。
しかしまぁ、中華鍋って初めてなのだけど。前世の料理番組の真似をしてみたら何とかできたわね!でも……。
「炒飯ってどうやって円く盛るのかしら?」
前世の中華屋さんのようには行くまい。
料理番が慌てて皿を用意してくれて、ドーム型に盛った炒飯が2人前完成である!
「あの……それは……」
『とてもじゃないが、皇后陛下が食べるものでは……』
まぁ普段は魚翅だとか魚子醤だとか……高級なものだものね。でも前世の記憶が戻ったのよ……?中華ならやっぱり炒飯じゃない!
つまりは炒飯が食べたい。そして炒飯ならきっと子どもも喜ぶわ。
中華卓に炒飯を並べ、櫻星麗に座るよう促す。
「さ、あなたも食べるのよ」
「……いいの、ですか?」
『女官長に食べるなって、言われているのに……』
「お家では普通にご飯を食べていたんでしょう?」
「……はい」
『お姉ちゃんが……作ってくれたから』
「なら、いいじゃない。ここで一番偉いのは私よ」
だからこそ今までの横暴が許されたのだ。
「あなたは私の妹妹に認定したんだから、星麗と呼ぶわ。あなたも私を姐姐と呼ぶといいわ」
いつもの莎娜の勝ち気なところがついつい出てしまうが……でも。
「……はい……お……お姉さま」
かわいくないかこの妹妹――――っ!?
「ふふっ、じゃぁお姉さまの愛妻料理をたーんと食べなさい!」
あれ……?姐姐なら愛妻ではないような……でも、細かいことを気にしてはいけないわ。
星麗が恐る恐る炒飯に口をつける。
『おい……しぃ……』
炒飯を気に入ってくれたのか……それとも空腹のお陰か、星麗が少しずつ炒飯を口にする。うーん……空腹が続いてるならお粥の方がよかったかしら……?いやでもまずは炒飯。炒飯はこうして姉妹の絆を深めるためにも使える万能料理なんだからいいわよね!?
暫くすれば侍女がお茶をいれてくれる。しかも星麗の分もだ。
『飲み物はダメとは言われていませんし』
そんな侍女の言葉が聞こえてくる。あら……それは女官長が1本取られたわね。しかし女官長は何故彼女にご飯を与えなかったのだろうか……?
だが炒飯を味わっていれば、ほどなくして何だか騒がしくなってくる。それは外の物音も……だが、人々の入り交じる心の声もだ。
この異能は通常心の声を拾う範囲を調整できる。神経を集中すれば、遠くまで。そこまで神経を研ぎ澄ませなければ半径2、3メートル。しかしその通常の異能適用範囲が警鐘を鳴らすようにその先の音まで拾ってくる。
『……は無事か』
『あの皇后め、よりにもよって……』
『今度こそただでは済むものか!』
怒りの声、怨みの声、それに混じって……。
「皇后陛下!皇帝陛下が……!」
侍女が顔を青くして飛び込んできた。
そうね、陛下の声も……したもの。
「あなたたちは控えていなさい」
私が命じれば、侍女たちが不安な表情で私の傍らに控える。そして手荒に扉を蹴破らん勢いで武官たちが雪崩れ込んでくる。
その先頭にいるのはもちろん陛下。そしてその隣には女官長が控えている。
「丹莎娜!貴様、なんてことをしてくれた!まだ子どもの櫻星麗を……!ん……?」
怒りの形相で乗り込んできた陛下がピタリと止まる。
『何故……2人仲良く炒飯を食っている……!?』
まぁそんな大勢で武装して押し掛けてきたのは、恐らく私が星麗を呼びつけたからだろう。どうせ女官長が私が星麗を拷問しているだの何だの陛下に吹き込んだのでしょうね。そしてあわよくば私を破滅させられればと企んだのでしょう。
しかしながら……決死の形相で乗り込んできた武官たちまで唖然としている。
皇帝陛下も……唖然。
しかしながら……相変わらずのイケメンよね。この帝国の皇帝陛下。陽琉竜。黒髪に紫水晶の切れ長の瞳。まだ28歳と若いながらも帝国を纏めあげる凄腕。こりゃぁ莎娜も皇后の座にすがり付いて執着するわねぇ。
「あの……今食事中なのですが」
「……それは、見たら分かるが……」
『女官長から丹莎娜が櫻星麗を宮に監禁し拷問を加えていると通報があったのだが……?』
やっぱりそう言う魂胆ね。
「埃っぽくなりますし、食事の邪魔ですので後にしていただけます?」
「いや……だが。な、何故ここに櫻星麗がいる」
『彼女の異能は特異なものだ。彼女に危害を加えられるわけにはいくまい』
その前に12歳を後宮に召し上げるのはどうなのよ?そのせいでこの子はお姉さんと離れ離れになったのよ?
――――だからこそ、私は。卓から立ち上がり、陛下と向かい合う。
「それは私が星麗の姐姐になることにしたからよ!」
「……は?」
陛下が完全に固まっている。
「だって、12歳で後宮にひとりきり、頼る家族もいないだなんて酷すぎるわ。ただでさえ女官長が……星麗に食事を与えていなかったようだし……?」
女官長を見れば、すかさず目が泳ぐ。
「そ……そんな……私は……っ」
『ただ空腹の状態でどれだけ自己治癒ができるかを試していただけ……!これは兪大臣からの命令で……っ』
この子はその異能で空腹をまぎらわすような自己治癒までできるのか。だけどその原動力って彼女の生命力や精神力から来ているのではなくて?
「どうやら兪大臣の命令で彼女の異能を実験するために故意に断食をさせたそうですよ、陛下」
「じ、事実無根よ!」
私は陛下とお話しているのに、横入りする気?もうあなたの敗けは確定しているのに、粘るわね。
「この皇后は嘘をついて他者を貶めようとしている!」
『この女が根こそぎ後宮の女官や侍女を追い出さなければ、手のかかったものから情報を集められたのに!』
ふーん……星麗にお茶を出してくれた彼女たちはまだ女官長の息がかかっていない侍女だったのね。莎娜は知らず知らずのうちに女官長の息のかかったものたちを自分から遠ざけていたのね。
「他者の心を読む異能。私の異能はそのためにあり、そのために後宮に召し抱えられたはずでは?私はその異能をお役目のために果たしているだけです」
「……」
『そうとは思えぬほどに、後宮を好き勝手掻き回したのにか』
陛下もまた、私の異能を知っているだろうに。それを私の前で思うのならば、それは私自身に問い掛けているってことよね。
「確かに……今まで暴れまくったのは反省しております」
「……っ」
『まさか……謝った!?』
うんー……やっぱりそんなに意外?ま、そう言ったことをしてきたのが莎娜なのだけどね。
「でもそれは全て撹乱のためですわ。現に炙り出せたではありませんか……後宮に巣くう……害悪を!」
女官長に指をビシッと突き付けてやる。ザマァ見たか!
「……女官長を捕らえよ。そして兪大臣を急ぎ召集せよ」
陛下が命じれば、武官たちがさくっと女官長を捕らえる。
「そんな……!冤罪ですわ!陛下!きっとまた皇后の横暴で……っ」
「言い訳は牢屋で聞く」
陛下が女官長をキッと睨み付ければ、武官たちが泣き叫ぶ女官長を無理矢理この場から連れ出していく。
『治癒の異能を持つからってだけで……特別扱いだなんて!平民のガキが、貴族の私を差し置いて……!!』
女官長は貴族であったが陛下には選ばれなかった。私を蹴落とそうとしたのは、単に私が邪魔だったからってだけじゃぁ無さそうね。
「……丹莎娜」
「何でしょう陛下」
「私もここで昼飯を食べていく」
は……?
そう言うと陛下が平然と空いている席に腰掛ける。
「私にも同じものを」
はい……?はいいいぃっ!?
「いや……その、手首が疲れたのでもう今日は陛下の分はないです」
夜は料理長にお粥でも作ってもらうとして……炒飯はもう完売よ。
「な……何故だ!?」
『そして炒飯を追加することで何故、丹莎娜の手首が疲れるんだ!?』
「その、皇后陛下。料理番に頼んで参ります」
そこで恐る恐る侍女が口を開く。
「あ……そうか。料理番に作ってもらえばいいわよね!」
これで一件落着。侍女が炒飯を追加で頼みに行ってくれて、相方の侍女がお茶を追加で用意してくれる。
「さて、星麗も続きを食べていいのよ」
「えと……」
『心の声が聞こえる、異能』
そうか……この子は平民の出。貴族の間ではしれ渡っている私の異能も知らないだろう。後宮に来て間もない、食事も与えられない。貴族出身の女官や侍女も多い中、平民の出身でありながら異能のせいで後宮に召し抱えられた少女をよく思うものなどほとんどいなかったのか。彼女に後宮の内情を、たとえ皇后の情報とてここに連れて来られるまでは知らなかっただろう。
そして私の異能を知ったものは……。
実家でもそうだった。両親は私を政略の道具にすることを決め、後は自分たちの脳内を読まれないために私をひとり離宮に追いやった。使用人たちも私の異能を恐れた。
ただ恐れなかったのは、私の異能が効かない暗鬼だけだった。莎娜はずっと、誰かに愛されたかったのだ。けれど地位と権力と金だけはあり、好き勝手できる私に比べ。
後宮に召し抱えられればただ大人たちの醜い策謀に呑まれるしかない少女。私はこの少女を守りたいと願ったが、それで彼女を脅えさせれば意味がない。
「その……もし私が恐ければ、できるだけ私の寝室とは違う部屋を用意するわ」
この非力な少女を皇后宮から出すのは危険すぎる。ならばせめて確実な私の勢力域で。彼女が大人になり、彼女を守ってくれるひと臣下が現れるまで。
「食事も部屋に運ばせましょう。それなら……」
あなたも恐くはないだろう。
「……行かないで……捨てないで……っ!」
その時星麗が私の袖を引っ張る。
「ひとりにしないで……」
『もう、帰るところなんてない。おかあさんも、おとうさんも、お姉ちゃんも……みんな私のせいで死んじゃった……』
え……?それじゃぁこの子が家に帰りたがっていたのはまさか……。
死んでしまった家族の元へ、いくため。つまりは【死ぬため】だ。この子にご飯を作って上げていたお姉さんはもう、この世にいないのだ。たった12歳の少女が異能のせいで天涯孤独になるだなんて。
「私でもいいの?」
こんな異能を持っているのに。
「お姉さまがいい」
その言葉は、心の声と共鳴するこの子の本心だ。
「分かった。それじゃぁ、これからも一緒よ」
小さな少女をそっと抱き寄せれば、今まで我慢していたのか大粒の涙を溢す。
星麗が泣き付かれて私の腕の中ですやすやと寝息を立て始めた頃。
陛下がゆっくりと口を開く。
「この子は……異能のために家族を全員殺されている。その上賊に拐われ賊により無理矢理異能を使わされてきた」
「……だから後宮に?」
「保護のためだった」
「私がいるのに」
こんな横暴で、ヤバい女が皇后なのよ?
「お前がこの子に何かすれば即通報するように女官長に通達していた」
「裏目に出ましたけど」
「今回は完全に1本取られたが……お前は、本当に撹乱のために今までのことを……?」
いやー……全部本心でしたけどねー。
「そのお陰で、こんな恐ろしい皇后の妹妹に手を出すバカはそうそう現れないでしょう?」
「……お前は、本当は優しいのだろう?」
「……っ」
そう……なのかしら。分からない。異能に苦しんでいた莎娜はただただ感情のままに暴れるだけだった。ただ寂しくて臆病な少女だった。
「……ご想像にお任せします」
多くは語るまい。語りたくても語れまい。
だがほんの少しだけでも陛下とのわだかまりが溶けたのなら、私はこの子を守りながらこの後宮の本当の皇后になるためにまた一から頑張らなくてはね。
そう答えれば、陛下はくすりと微笑んだ。
『まるで昔の彼女のようだな』
昔とは……よく、思い出せないが。
『しかし……腹が減ったな』
そう言えば……陛下の炒飯は……?
暫くすれば、陛下の前に料理が運ばれてくる。魚翅のスープに高級そうな肉料理に色取り取りの野菜料……何これ!?料理長のフルコース!?
まさか時間がかかっていたのは、相手が陛下だからわざわざ料理長が駆け付けたからとか!?まぁ確かに陛下の料理は賄いや小腹が空いた時用のピンチヒッター料理番では荷が重いかしらね……?
『炒飯は……』
そんなに炒飯が食べたかったのかしら?このひと。
「ほら、私はもういいから。炒飯分けてあげる」
皇帝陛下に残り物を差し出すのはどうかと思うが、でも炒飯食べたそうなんだもの。
「でも料理長が作った料理もちゃんと食べてあげなさいよ?」
残ったら賄い行きだとは思うけど……わざわざ駆け付けてきた料理長に悪いもの。
「……分かった。ありがとう」
「……っ」
その言葉は……本心だ。まさか陛下から感謝されてしまうだなんて。そんな幸せな時間が訪れるだなんて、後宮入りした頃は考えもしなかっただろう。
そして陛下が美味しそうに炒飯に口をつける。世界は確実に変わり始めている。だから私もこの後宮で、大切なものを守りながら、陛下のささやかな笑顔を守るために頑張らなくてはね。

