朝になり、食事を運んできたドットと共にテーブルにつく。
いつもなら簡単な健康観察を済ましてすぐ退出してしまうのに、今朝はそうはいかないらしい。
ドットは昨夜門番を勤めた兵士からさっそく報告を受けていたらしく、私はパンとスープを食べながら詳細な説明を求められていた。
「本当よ。夜中に外の空気が吸いたくて、窓を開けたら大きな蛾が入ってきてびっくりしただけなの。すぐに追い払ったから、大丈夫だって言ったのよ」
「本当にそれだけだったのですか?」
「ここには、ちゃんと結界が張られているのでしょう?」
「もちろんです。それが破られたような気配はありません」
「だったら問題ないんじゃない?」
ドットはこの国一番の魔法使いで、宮廷に仕える魔法庁の長官だ。
そのドットが張った結界をすり抜けて来られたということは、やはり人畜無害な魔法使いだったのだろう。
グレグの使いだと言っていた。
この塔や城の中にも、ドット以外の魔法使いは沢山いるし、私の部屋の門番として、彼らが当番にあたることもある。
「ドットより弱くて簡単に倒せる魔法使いなら、結界をすりぬけられる?」
「魔力が弱く敵意がないのなら、その可能性はあります」
「だったらやっぱり、こちらに害はないってことね」
彼は何かを諦めたようにため息をつくと、卵を食べるために持っていたナイフとフォークを皿の上に置いた。
「それでも、わずかな変化や気になることがあれば、必ず私にご報告ください。すぐにです。少しでも遅れてしまえば、あなたをここに閉じ込めてまで、守ろうとしている意味がありません」
「もちろんよ。すぐに相談するわ」
カイルのことは……。もう少し、黙っておこう。
ドットを刺激して、カイルを怖がらせたくない。
それにもう一度彼がここに現れて、グレグからの返答を伝えてくれないことには、交渉の中身を相談することも出来ない。
「あのね、ドット……」
「はい。なんでございましょう、ウィンフレッドさま」
私は生まれつきくるくると巻く、赤い琥珀色をした髪をそっと撫でた。
この髪も髪と同じ色をした目も、肖像画で見るひいお爺さま、15代国王ユースタスさまにそっくりだと、いつも思っていた。
ひいお祖父さまは直接、グレグと剣を交わしたことのある人。
「ドットは、グレグがどんな人か知っているの?」
「もちろん直接会ったことはありませんが、彼の仕業だと噂される話は、あちこちに残っています」
「本当に悪くて酷い魔法使いだったのよね」
「そうです。彼を甘くみてはいけません」
カイルは大丈夫なのだろうか。
そんな恐ろしい魔法使いに弟子入りなんかして。
あどけない表情をしながら、凛とした仕草の彼を思い浮かべる。
グレグからいいように扱われていなければいいんだけど……。
「ウィンフレッドさま」
ドットの透き通るような淡いブルーグレーの目が、私の気持ちを推し量るかのようにじっとのぞき込む。
「必ず、お知らせくださいね。お約束でございます」
「わ、分かってるわよ。そんな睨まなくても、分かってるって……」
そうは言ったものの、ドットの目は確実に怒っている。
どうやら彼を誤魔化すことは、私には難しいらしい。
「あのね、ドット」
「はい。なんでしょうかウィンフレッドさま」
彼は目を閉じ、すました顔で食事を続ける。
「実は少し、お願いがあって……」
「なるほど。それではウィンフレッドさま。こういうのはいかがでしょうか……」
私はドットと相談して、いくつか必要と思われるモノを用意してもらった。
彼は何も言わず、その準備を整えてくれる。
そうして待っていたのに、その日の夜になっても、カイルは塔に現れなかった。
私は閉じ込められた狭い部屋で、一人本を読んで過ごす。
ドットと立てた作戦は、すっかり頭に入っていた。
それに飽きたらぐるぐる部屋の中を歩き回りながら歌を歌って、彼が来るのを待つ。
刺繍をしても絵を描いていても、外へ出られなければ何も楽しくない。
一人で閉じこもっているのは、それが重要なことだと分かっていても、とても気持ちが苦しい。
いつもなら簡単な健康観察を済ましてすぐ退出してしまうのに、今朝はそうはいかないらしい。
ドットは昨夜門番を勤めた兵士からさっそく報告を受けていたらしく、私はパンとスープを食べながら詳細な説明を求められていた。
「本当よ。夜中に外の空気が吸いたくて、窓を開けたら大きな蛾が入ってきてびっくりしただけなの。すぐに追い払ったから、大丈夫だって言ったのよ」
「本当にそれだけだったのですか?」
「ここには、ちゃんと結界が張られているのでしょう?」
「もちろんです。それが破られたような気配はありません」
「だったら問題ないんじゃない?」
ドットはこの国一番の魔法使いで、宮廷に仕える魔法庁の長官だ。
そのドットが張った結界をすり抜けて来られたということは、やはり人畜無害な魔法使いだったのだろう。
グレグの使いだと言っていた。
この塔や城の中にも、ドット以外の魔法使いは沢山いるし、私の部屋の門番として、彼らが当番にあたることもある。
「ドットより弱くて簡単に倒せる魔法使いなら、結界をすりぬけられる?」
「魔力が弱く敵意がないのなら、その可能性はあります」
「だったらやっぱり、こちらに害はないってことね」
彼は何かを諦めたようにため息をつくと、卵を食べるために持っていたナイフとフォークを皿の上に置いた。
「それでも、わずかな変化や気になることがあれば、必ず私にご報告ください。すぐにです。少しでも遅れてしまえば、あなたをここに閉じ込めてまで、守ろうとしている意味がありません」
「もちろんよ。すぐに相談するわ」
カイルのことは……。もう少し、黙っておこう。
ドットを刺激して、カイルを怖がらせたくない。
それにもう一度彼がここに現れて、グレグからの返答を伝えてくれないことには、交渉の中身を相談することも出来ない。
「あのね、ドット……」
「はい。なんでございましょう、ウィンフレッドさま」
私は生まれつきくるくると巻く、赤い琥珀色をした髪をそっと撫でた。
この髪も髪と同じ色をした目も、肖像画で見るひいお爺さま、15代国王ユースタスさまにそっくりだと、いつも思っていた。
ひいお祖父さまは直接、グレグと剣を交わしたことのある人。
「ドットは、グレグがどんな人か知っているの?」
「もちろん直接会ったことはありませんが、彼の仕業だと噂される話は、あちこちに残っています」
「本当に悪くて酷い魔法使いだったのよね」
「そうです。彼を甘くみてはいけません」
カイルは大丈夫なのだろうか。
そんな恐ろしい魔法使いに弟子入りなんかして。
あどけない表情をしながら、凛とした仕草の彼を思い浮かべる。
グレグからいいように扱われていなければいいんだけど……。
「ウィンフレッドさま」
ドットの透き通るような淡いブルーグレーの目が、私の気持ちを推し量るかのようにじっとのぞき込む。
「必ず、お知らせくださいね。お約束でございます」
「わ、分かってるわよ。そんな睨まなくても、分かってるって……」
そうは言ったものの、ドットの目は確実に怒っている。
どうやら彼を誤魔化すことは、私には難しいらしい。
「あのね、ドット」
「はい。なんでしょうかウィンフレッドさま」
彼は目を閉じ、すました顔で食事を続ける。
「実は少し、お願いがあって……」
「なるほど。それではウィンフレッドさま。こういうのはいかがでしょうか……」
私はドットと相談して、いくつか必要と思われるモノを用意してもらった。
彼は何も言わず、その準備を整えてくれる。
そうして待っていたのに、その日の夜になっても、カイルは塔に現れなかった。
私は閉じ込められた狭い部屋で、一人本を読んで過ごす。
ドットと立てた作戦は、すっかり頭に入っていた。
それに飽きたらぐるぐる部屋の中を歩き回りながら歌を歌って、彼が来るのを待つ。
刺繍をしても絵を描いていても、外へ出られなければ何も楽しくない。
一人で閉じこもっているのは、それが重要なことだと分かっていても、とても気持ちが苦しい。