『あなたは1秒1秒大切に生きなさいー。』

あの日。中学2年生の春。おばあちゃんが死んだ。

大好きだった。笑ったときの目の横にできるクシャッとしたシワとか私の名前を呼ぶ優しい声とか。
一緒にストーブの上で焼いた焼きみかんも普段より何倍も美味しかった。

だからこそ亡くなった時はすごく悲しかったし泣き顔がおばあちゃんに見せられる最後の顔になってしまった事は今でもすごく後悔している。でも、私が一番鮮明に思い出せるのはやっぱり最後に握った手の温もりだったー。





「おはよう亜梨沙ちゃん!今日の朝ごはん持ってきたよ〜」
「ありがとうございます!」
いつも通り看護師の山本さんが私の病室に私のご飯を持ってきてくれる。忙しいはずなのに私が話しかけたら最後まで話に付き合ってくれるし、私が話しかけなくても私の最近の様子を気にしてくれるすごく優しい看護師さんだ。
「いいえ〜」
「あの…お母さん、また私が寝ている間に…」
「そうね」
「そうですか〜お母さん元気そうでした?」
そう尋ねると山本さんは少し笑顔を曇らせた後にいつもの笑顔で、
「元気そうだったよ〜も〜亜梨沙ちゃんはホントにいい子だねぇ、お母さんの心配がすごくできて!こんな娘が欲しかったよ〜笑」
「それは良かったです!そんなこと言ったら息子さん泣きますよぉ笑」
山本さんの反応から大体お母さんが元気じゃなかったことくらい分かる。
でも身体に異常があるわけではないのでおそらく精神的にだろう。

一ヶ月前まで忙しくても毎日会いに来てくれてたのになぁなんて思いながらその後も山本さんと少し話をして私は朝食に手を付けたー。




「今日はいい天気だなぁ」
いつも、この時間はワークを開いているが今日はなんとなくそんな気になれなくて裏庭や屋上など病院の至る所を散歩している。
正直、院内を歩くのはあまり好きではないけど、たまには外にでもでないとやっていけない。
この病院の屋上からは私達の住む街が一望できる。
家族と、おばあちゃんとの思い出が詰まった場所。
友達と遊びに行った場所。
あんまりいい思い出のない中学校。
近いからという理由で決めたけど数回しか登校しなかった高校。
もう1回行けたら良いほうかななんて思いながら屋上のベンチに腰掛けた。
今は寒くも暑くもなく涼しい季節。目を閉じれば少し冷たい風が頬をなでる。

たまには良いなぁなんて思いながらあまり人と会いたくないから病室に戻ろうと足を病室の方へと向けた。


散歩が終わった頃にはもう昼食の時間になっていて外にいると時間の流れが早いなぁなんて思いながらお世辞にも美味しいと言えないご飯を食べていると、別の党のさっき私がいた屋上に私と同じくらいの歳の男の子の姿が見えた。はたから見たらただ街の景色を眺めているだけに見えるだろう。けど私には分かる。 

『あの子はあそこから落ちて死ぬ』ー。

助けに行っても無駄だって分かってる。それでも私は気づいたら屋上まで辿り着く階段を全速力で駆け上がっていたー。


屋上に行くと当たり前だが男の子がいた。
顔が見れない。黒い髪が風に少し吹かれてサラサラとなびいている。
「はじめまして、こんなところで何してるんですか?」
出来るだけ好印象を残すために明るい声でなにもないように話しかける。
「それ、あんたに関係ある?」
そう言って振り向いた男の子はやっぱり私と同い年くらいの子で、鼻が高くて目がすごくぱっちりしている。
いわゆる『イケメン』。
でも、そんなことよりももっともっとありえないことが目の前で起きていた。


「え、」


思わず声を出してしまった。
だって、


『さっき病室から見た運命とは全く違う運命になっいる』ー。




こんなこと初めてだった。
いや、もしかしたら少し遠い距離から見ていたから間違えた運命を見ていたのかもしれない。きっとそう。
だってそうじゃないとおかしい。
そんなこと、ありえない。

「あんたは絶対ってあると思う?」
「え?」
私は自分の心を落ち着かせるのに精一杯でいきなりの質問を理解するのに時間がかかってしまった。
でも、落ち着いて考えてみると答えは決まっている。

「絶対はあるよ」

理解してから即答だった。
運命は絶対に変えることは出来ない。

私が真っ直ぐ答えると目をみひらいて
「あんた、面白いね。名前は?」
私の回答のどこに面白い要素が合ったのか謎だけど少し不思議なこの少年のことを私も知りたいと思ったから何の迷いもなく名前を教えた。
「浜咲 亜梨沙。あっちの塔の124号室に入院してる。君の名前は?」
「橋本 光」
「橋本くん!これからよろしく!」
いつも通りの私の取り柄である笑顔で手を前に出した。
橋本くんは嫌だったのか少し眉間にシワを寄せた後乱暴にだが握手をしてくれた。



あの日から一週間が経った。
お母さんとは一ヶ月以上前になるあの日以来顔を合わせていない。
勿論寂しいし会いたいなと思う瞬間がないと言ったら嘘になる。
でも、最近私には朝食後に一つ楽しみが出来た。

いつも通り山本さんと雑談を終えて朝食を完食した後、私は少し早足で橋本くんの病室に向かう。
「コンコンコンッ 浜咲です!」
病室の扉を叩くといつも通りの無愛想な声で「ん」と言われるのを合図に私は扉を開ける
「おはよ!」
元気に挨拶すると彼は呆れた顔で
「朝から元気そうで何より」
と少しだけこっちを見てからまた目線を読んでたであろう漫画にもどした。

あの日以来私は橋本くんの病室で学校からの課題やお母さんに買ってもらったワークをやっている。
自分で言うのもなんだが私は頭は良い方だからこのくらいの難易度の問題なら誰かに質問しなくても答えられる。
だから別に橋本くんに課題を教えてもらいにきているわけじゃない。
一緒に遊ぶだめに来ているわけでもないし世間話をしたいわけでもない。
本当にただただお互いがお互いのやりたいことをやって、たまに私から質問してそれにちょっと橋本くんが答えるだけのこの時間。この時間が私にとって唯一誰にも気を使わなくていい時間ですごく楽しい時間になっていたー。



次の日、私は久しぶりの診察の日だった。
いつも通り朝食を食べた後、診察室に移動した。
別に興味はなかったかもしれないが一応橋本くんにも今日が診察のことは伝えておいた。勿論、彼は敏感に反応することもなくいつも通り「ふぅん」というくらいだった。

 


「最近はどうですか?」
この人は私の主治医。メガネをかけていて優しい笑顔と整った顔立ちをしている。一部の院内の女子高生に人気なんだとか。
私にはよく分からないが、取りあえず笑顔で最近の自分の状態をいつも素直に話すようにしている。
「特に発作も出ないし問題ないです!」
「そうか。顔色も悪くないし元気そうだし、先週の検査結果も悪くないね」
「ありがとうございます!」
検査の結果を聞くのは何回目でも慣れない。薬や点滴を増やされて嬉しい人はいないだろうし、やっぱり自分の命に関わることを聞くのは少し怖い。
だからこそ、こうして良いと言われるのは嬉しい。
「この調子だと、来週くらいに一度退院でも大丈夫かもしれないね」
「ホントですか?」
『退院していい』なんて言われると思ってなくてつい声が大きくなってしまった。


正直、退院は不安だ。勿論身体の面での心配もある。
けど、それ以上に私は高校に上がってから学校に数回しか行ったことがないことがすごく不安だった。
クラスの人の名前を覚えられていないどころか声をかけてもらった人の顔も曖昧だ。
もし、私があって誰だか思い出したとしても向こうは私のことを忘れているだろう。

やっぱりあの学校という1日のほとんどを過ごす場所でひとりぼっちというのは私にとってすごく怖い。

しかも今回はお母さんとどんな顔して会えばいいのかさえも分からない。

でもやっぱり一番退院したくない理由はあの無愛想な彼との時間がなくなってしまう事だと思ったー。


結局、退院は嫌ですと言えるはずもなく3日が経ってしまった今日、いつも通り私は橋本くんの病室でワークに向かっていた。


橋本くんの病室は私と違って個室ではなく、4人の共同部屋で、一番端っこの窓から丁度街が見える位置にある。

ふとした瞬間に窓の方に目を向けるとここらへんで一番大きい川の川沿いに桜が咲き始めているのが見えた。
「ねぇあそこの桜、もう少しで満開だね」
なんとなく独り言のような感覚で喋りかけてみた。
別に返答がして欲しいわけじゃないけど、してくれたら勿論嬉しい。
「来週の水曜日くらいじゃね?満開」
「来週の水曜日…か…」
来週の水曜日…丁度私が退院する日だ。間近で見たら綺麗なんだろうななんて思いながらもう一度桜に目を向ける。
「来週の水曜なんかあんの?」
珍しく橋本くんから質問された。

橋本くんには退院の話はまだしてない。どうせ来週までには言っておこうと思っていたからいい機会だ。
「退院するんだ!来週の水曜日」
退院が嫌なことがバレないように出来るだけ明るい声で答える。

「嫌なの?」
でも、橋本くんは感が良いからやっぱり私の顔がすこし引きつっていることくらいお見通しなのだろう。
「私さ、高校1年生の本当にはじめの方に病気見つかっちゃって、ほとんど高校行けてないから友達できるか不安で…笑」
「ふぅん。まあ、あんたなら大丈夫なんじゃないの?」
「なんで?」
「明るいし、元気だし、友達すぐできそう」
そんなふうに思ってくれてたんだと思うとすごくうれしかった。
根拠なんてない言葉だけど自然と橋本くんの言葉は安心感があって本当に大丈夫な気がしてきた。


あれから数日経って今日は退院。
朝ごはんを食べ終えてからはすぐに診察を受けた。
生活していくうえでの注意を先生から聞いた。
その後、荷物をまとめて今は病院の退院手続きを済ませたところ。

忙しくて最後に橋本くんに挨拶したかったけどする余裕がなかった。
「はぁ」とため息を吐いた後、そういえば今日が川沿いの桜が満開になる日だということを思い出して、せっかくなら寄って帰ろうかななんて思っていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。
「よっ」
看護師さんかなと思って振り向くとそこには初めて見る、私服姿の橋本くんがいた。
「え!?なんで橋本くんがいるの!?」
まさか見送りに来てくれたのかと思ったけどそんなことのためにわざわざ着替えるキャラでも、見送りに来るキャラでもないはず…

「俺も今日退院なんだわ」
ポカンとしている私のことは気にせずそんな事を言いだした。
「え?そんなこと言ってたっけ?」
「まあどーでもいいや」
良くないけどねと心で思いながらも私は嬉しかった。
今日も喋れるなんて思ってなかったし。

「ねぇ」
「ん?」
彼にしては珍しく、彼から話しかけてきた。
「川沿いの桜見ていかね?」
「へ?」
まさかそんな誘われるなんてこと思ってもいなかった私は裏返った声を出してしまった。
「別に、嫌なら…」
「行こう!」
多分、橋本くんの言葉を遮ったのは初めてだ。
でも、私には断るなんて選択肢はなかった。


「ホントに満開だ」
橋本くんの予想は的中し、今日は満開の桜が咲きみだれていた。
「綺麗」
少し桜から目を逸らして橋本くんをみると、