キャロットくるりの日記――
 お麩から送られてきたURLを読み進めていく。特定の記事より昔の記事は、いたって普通のオッサンのブログだ。読むべきものは20**年5月31日以降の記事だけだろう。
 日記を読みながら、重要なワードを付箋に書き出していく。

 5月31日
 unknown:あなたが聴く最後の音声
 silent shell studio
 「この音声を聴くと、あなたに死が訪れる可能性があります。ご理解の上ご視聴ください」

 本当に重要なことは、5月31日に書かれたこの記事に集中している。
 付箋をPCモニターの端に貼り、睨むような視線を向ける。
 あっさりと求めている音声作品のタイトルがわかり、霧谷は肩透かしを食らったような気分でいた。
 ハイボール缶を煽ると、中身はいつの間にか空になっていた。
 しぶしぶ立ち上がり、冷蔵庫へ向かう。冷蔵庫の中には、アルコール缶がいくつか転がっているだけだ。無造作に手を伸ばし、新しいハイボール缶を取るとパソコンの前に戻る。
 缶を開けながら、霧谷はブログをもう一度読み直す。

 ブログ主のキャロットくるりが狂っていく様子が、稚拙な文章で記されている。
 そして気になるのは、「unknown:あなたが聴く最後の音声」を聴いた直後に書かれたであろう6月2日1時のブログだ。

 「全然催眠音声じゃないんだけど
 マジで怒りがわいてくる」

 音声自体の中身についてはほとんど書かれていない。直接的に音声の内容について触れているのは、この一文だけ、と言えるだろう。
 つまりは、一般的に催眠音声、と言われて想像するようなものではなかったのだと想像できる。暗示に導き、性的な興奮を高める――そんな音声ではなかったのだろう。だからくるりは怒りのあまりブログを更新したのだ。
 しかし――
 霧谷はハイボールをぐいと煽る。

 はたして、このブログは、果たして本物なのだろうか。
 SNSの投稿日時と異なり、ブログの場合は投稿日を後から弄ることも出来る。
 だが、わざわざそんなことをしてどうなる? つまらない謎解きやARGでもあるまいし。
 このブログが本物なら、死んだら聴く催眠音声が実在した――ということになるのだろうか。
 もしそうなら――この調査は、どこへ向かうのだろうか。
 「聴いたら死ぬ催眠音声」が実在し、実際に聞いた人が死ぬとしたら、他に死んだ人がいてもおかしくない。にもかかわらず一切話題になっていない。「パチンコで勝ったので散在したい気分」だから購入した、とブログに書かれていた。販売価格がある程度高価なのだろうか。だとすれば、ただ単に、このキャロットくるり以外は音声作品を購入していないのかもしれない。

 キャロットくるりのブログが本物なのか、後々作られたフェイクなのか。
 ブログの更新が途絶えた以降、SNSなどに移住したのではないかといろいろ探してみたが、くるりの行方は分からなかった。
 ハイボールを一口煽る。
 「聴いたら死ぬ催眠音声」の調査を発信していくことで、SNSのフォロワーも少しずつ増えていっている。この調子で発信を続ければ、フォロワーが1万人を超えるのもすぐだろう。

 そんなことより、調べるべきものは、これだ。
 ブラウザのタブの+ボタンをクリックし新しいタブを開くと、URLバーに「unknown:あなたが聴く最後の音声」と打ち込む。「聴いたら死ぬ催眠音声」、そのもののタイトル。入力を終え、エンターキーを叩く。検索結果には――ああ、だめだ。
 最近の検索エンジンは優秀すぎて、「unknown」「あなた」「聴く」など自動的にキーワードを分解して検索をしてくれる。どうもこれではうまく調べられない。
 優秀な機能ではあるが、こういう時は不便でもある。
 ちっ、と小さく舌打ちをすると、表情を変えずに、タイトルをクォーテーションマーク(”)で挟み再度検索をする。「”unknown:あなたが聴く最後の音声”」と検索することで、この文字列が完全一致するWEBページだけがヒットするのだ。
 すると、あっさりいくつかのWEBページがヒットする。

「出た……」

 一番上にあったサイトを開いてみると、ダウンロード販売されている同人作品を紹介しているアフィリエイトサイトばかりだ。特に内容を紹介しているわけでもなく、機械的に発売された作品を並べたようなサイトだ。
 華やかな、官能的なサムネイルが並ぶページを上からスクロールをしていくと、「unknown:あなたが聴く最後の音声」のリンクも紹介されていた。

 「あった……」

 サムネイルは、ほかのサムネイルに比べると幾分シンプルに見えた。
 女性の顔がシルエットで描かれ、耳から口元だけがフレームに収まっている。
 女の耳からは――血のように赤い液体が滴っている。
 そして画像の右端に小さく、どこでも見かける明朝体で「unknown:あなたが聴く最後の音声」とタイトルが記されている。

 ――全身から液体が溢れ出てきます
 ――涙も、汗も、よだれも、吐瀉物も、精液も、尿も、無意識に垂れ流されてしまっています
 ――ああ、幸福だ

 くるりのブログの文言を思い出し、霧谷は少し気分が悪くなる。
 サムネイルを見ただけでは、どんな内容の作品なのかのイメージが全くわかない。ホラー小説の表紙画像だといわれた方が納得できる。
 アフィリエイトサイトには、作品名とサークル名、サムネイルのほかに、価格と簡単な紹介文も掲載されている。
 値段は――約2000円。これは、かなり強気な価格だ。こんなサムネイルで、実績もない新人サークルの作品で、この価格ならば、実際に購入した人はほとんどいなかっただろう。
 乱暴にマウスを動かし、サムネイルをクリックしてみる。一瞬画面が固まる、がすぐにページが遷移する。
 飛ばされた先は、霧谷もよくアクセスする人気ダウンロード販売サイトの、404エラーページだった。くるりのブログでも書かれていたように、「unknown:あなたが聴く最後の音声」はすでに販売停止になっているようだ。
 わかっていたとはいえ、エラー画面というのはいつ見ても気分が良くない。
  イライラしてきた。眉間にしわが寄り、マウスを握る手に力が入る。
 なんで、なんでこんな何かわからない作品をキャロットくるりは購入したんだ。実際の作品ページにはもっと情報があったのだろうか。
 ハイボールをぐいっと一気に飲み干す。

 しかし、これで販売されていた際のURLがわかった。URLバーに白く浮かんでいるURLをコピーし、メモ帳にペーストする。PCに貼った付箋に、そのページURLを間違えないように丁寧に写す。
 そして、ほかにもわかっていることがある。販売されていたのは、20**年05月31日から、長くても6月2日まで。
 ここまでわかっていれば、作品紹介ページの内容をもう少し掘ることが出来るかもしれない。

 こちらはいったんここまでとして、もう一つの手がかりについても調べてみることにした。
 新しいタブを開き、「”silent shell studio”」と検索する。この音声作品を発売していたサークル名だ。これで情報は――あっさりと見つかった。
 これもまた、古いブログのようだ。
 「いろはにほへと知璃ぬるを」というタイトルの、これまた更新停止されたブログに、こんな記事が残されていた。


 新たな活動について

 日付:20**-01-05 14:00:41
 テーマ:日記
 みなさん、あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いいたします。

 昨年中は、様々な活動を通じ多くの人々へ救いの道を示すことを目標に活動してまいりましたが、なかなか満足ができる結果が出せず、信じてくださった方へはまことに申し訳ございませんでした。
 救いはどこからでもアクセスできる小さな異界。異界へアクセスし次の次元へ上昇するためには、少しだけコツが必要です。このコツを、今年は多くの方へわかりやすく届けていきたいと思っています。
 そこで、これまでとは別の手段を使って救いの輪を世界へ広げていこうと考えております。
 わたくし、知璃ぬるは「silent shell studio」というサークルを立ち上げ、個人での活動とは別の発信をしてまいります。
 「silent shell studio」での活動についての詳細は、追って告知させていただきます。

 今年もよろしくお願いいたします。


 ――「知璃ぬる」
 霧谷はその名前を見ながら、なんとなく既視感を覚えていた。どこかで見たことがあるような気がする。
 そんなに昔ではない。この調査を始めてから見かけたような――
 集めていた資料の中に「知璃ぬる」に関するものがないか簡単に検索してみると、それはあっさり見つかった。

 知璃ぬる @666sss_hypnosis
 @mist_k_009 待ってます
 午前18:30 · 20**年4月17日

 「聴いたら死ぬ催眠音声」についてSNSで情報提供を募った際にリプライをくれたユーザとコメントを、念のためまとめて記録しておいた。その中に、千璃ぬるという名前のユーザーがいた。
 あわててSNSを立ち上げ、@666sss_hypnosisというアカウントにアクセスをするが、画面には「このアカウントは存在しません」という無機質な文字が表示されるだけだった。

 確実に、1人はこの「聴いたら死ぬ催眠音声」について、何か知ってる人間がいる。
 そして、その人間は霧谷がその音声について調査していることに、気づいている。

 パソコンの前で少し考えこむが、考えてもどうしようもない。
 今は「知璃ぬる」についての調査を進めるしかない。
 気を取り直して、知璃ぬるのブログを読み進めていった。