霧谷絋一がハイボール缶を煽りながら、Vtuber王月葬の配信を眺めていると、スマホの通知音が鳴った。パソコンのモニターから目を離し、スマホを手に取ると、友人からSNSでDMが届いていた。
 「お麩 @standby_fog」――よく話す相互フォロワーだ。霧谷と同じくオカルト好きで、昔から相互フォローだったのだが、王月葬のリスナーということが判明して以来親しくなり、よくDMでくだらない話をしている「友人」だ。

 「王月葬の配信見てる?」
 霧谷は「見てるよ」と短く返信する。王月葬の穏やかな声が部屋に響き、雑談枠のテンポの良さに心地よさを覚えていたところだった。
 アルバイト先のコンビニで弁当とアルコールを購入し、Vtuberの配信を聴くのが霧谷のささやかな楽しみだ。学生でもない、まっとうな会社員でもない、何者でもない霧谷は自分と似たような立場にいるらしいお麩に勝手に共感を覚えていた。
 もっとも、詳細な身の上話などをしたことはないのだが。

 お麩 @standby_fog
 調べたらマジで過去ログにあったわ

 お麩の次のメッセージには、正体不明のURLが貼られていた。アクセスしていいものかと少しためらっていると、間もなくお麩がDMを追送してくる。

 お麩 @standby_fog
 「聴いたら死ぬ催眠音声」だよ。配信聞いてるんだろ?
 
 お麩のメッセージを見ると、頭の中に染み込んでいたアルコールが少しだけ冷めていくのを感じる。「そのスレッドは、>>1が不在のまま不自然にdat落ちをしてしまい……」PCのモニターからは、王月葬の静かな声が流れ続けている。
 
 「フィクションじゃなかったのか」と霧谷は呟きながらスレッドを開いた。王月葬の声を聞き流しつつ、スマホの画面に目を落とす。スレッドの投稿はどれも古く、最初の書き込みにはこう記されていた。

 「聴いたら死ぬ催眠音声」って知ってるか?
 その音声を最後まで聴いた人は、ガチで死ぬらしい
 詳細知ってるやついる?

 霧谷はそのスレッドを流し見すると、小さくため息をついた。
SNSアプリに戻ると、素早くお麩に返信を送る。

 きりや_オカルト好き @mist_k_009
 つまんない釣りスレじゃん

 それに対し、お麩からすぐにメッセージが届く。

 お麩 @standby_fog
 釣りかもしれないけどさ。ググってみろよ
 まだ誰もこのネタ使ってないぞ

 きりや_オカルト好き @mist_k_009
 だから何?

 次の返信までは、少し時間が空いた。

 お麩 @standby_fog
 お前、オカルトライター目指してるんだろ

 お麩の送ってきた文面に、霧谷は思わず顔をしかめてしまう。
 霧谷は少し間を置いてから「目指してる、っていうか……」と返事を打った。

 昔からオカルトや都市伝説が好きで、昔はブログに自分で調べたネタを書き記していた。都市伝説系のYoutubeチャンネルを作り動画も投稿していたこともある。しかし、この都市伝説供給過多の時代、霧谷の投稿する記事や動画がハネることはなかった。
 どんどんと自信がなくなっていき、いまでは新しい記事や動画を投稿する頻度もかなり少なくなっている。
 ただのオカルト好きのフリーター、情けないが、それが現実だと自分でも納得している。

 お麩 @standby_fog
 「聴いたら死ぬ催眠音声」ってかなりキャッチーだし
 このネタけっこうバズるんじゃね?

 お麩のメッセージが画面に浮かぶ。
 バズる……。昔はバズりそうなネタがあれば、嬉々として飛びついていた。しかし、そういういいネタは大手がごっそりと手を付けてしまっているのが現状だ。
 確かに、テーマとしては引きがいい、気がする。

 「さて、それでは今宵の生前葬はここまでと致しましょう。また次回の生前葬にご参列ください。王月葬でした」
 PCではスレッドの内容を紹介し終わった王月葬が、聞きなれた〆の挨拶をしている。
 配信では、匿名掲示板の内容を摘まんで読み上げただけだった。情報募集もしていたが、それ以上の情報は集まることなくあっさりと終わってしまった。
 王月葬の配信でもこれしか内容が無いのだ。本当に情報がない、ただのガセネタなのではないだろうが。
 しかし――もし、深掘りした情報が見つかれば王月葬リスナーも、都市伝説ファンも興味を持ってくれるかもしれない。

 きりや_オカルト好き @mist_k_009
 でも、王月がこれしか情報掴めなかったんだし、
 もうほかに情報ないんじゃね?

 とDMを送る。
 王月葬はこれまでも都市伝説について取り上げたことがあるが、きちんと詳細を調査していた印象がある。
 といっても、今まで王月が取り上げたことがあるのは、きさらぎ駅にコトリバコ、リンフォン、つねにすでに、近畿地方のとある場所など、すでに有名になっているものばかりだ。今回のように、未知のネタを取り上げる自体がそもそも珍しい。

 お麩 @standby_fog
 そこはお麩先生に任せなさい。
 見つけたんだよ、>>16が見たっていうブログ

 お麩の返信を読みながら、霧谷は目を丸くする。「>>16」というのは、匿名掲示板のレス番号「16」のことだ。つまり、「16: 名無しさん 「聴いたら死ぬ催眠音声」って、なんか聞いたことあるな」と書き込んだ人間のことだ。

 きりや_オカルト好き @mist_k_009
 えっ? でもインターネットアーカイブも残ってないじゃん

 スレッドを読みながら、霧谷はすでに件のスレッドに記載されていたブログのURLにアクセスしてみていた。>>50で貼られていたブログのURLも、>>59で貼られていた謎のURLも。
 当然のように、どちらのサイトも消えてしまっていた。
 前者は「ご指定のページを表示できません」というブログサービスの404エラーが表示され、後者はドメイン自体がすでに手放されているようだった。
 もちろんアーカイブが残っていないかも確認していた。
 Internet Archiveというサービスを用いれば、今はもう見られなくなってしまったWEBサイトを見ることが出来る。現在も存在しているWEBサイトも、昔の状態を見ることが出来るので、リニューアルしてデザインが変わったサービスの昔のデザインを見ることが出来たりする。
 しかしアーカイブはまったく残っていなかったのだ。
 すぐに、お麩からひとつのURLが送られてきた。
 数年前には広く使われていた――いまはSNSに役割を奪われてしまった――無料レンタルブログのドメインだ。
 アクセスをすると、それは「キャロットくるりの日記」という、個人の日記ブログのようだった。シンプルなデザインのブログのファーストビューには、6か月以上更新がないと勝手に出てくる、でかいスクエアバナーが鎮座している。
 最後の更新は20**年6月3日。今から10年以上前だ。

 お麩 @standby_fog
 >>34の書き込みで、「『世界が反転した』みたいなことが書き込まれてて、そこから更新が途絶えてる」ってあったじゃん
 その手のキーワードで片っ端から検索したら見つけた
 URLは違うから、ブログのアカウントが書き込みに後に変更されたのかもしれない

 お麩のDMを読みながら、霧谷は「キャロットくるりの日記」の最後の投稿を開いた。



 無題
 20**-06-03 23:56:14

 テーマ:日記
 おはこんばんちゃ!くるりだよ~!(゚▽゚)

 みんな心配かけてごめんねぇ(^▽^;) くるりは全然元気だよぉ。あの音声聴いてからず~~~っと吐き気もして家じゅうゲロまみれ!? アハハ。やばいくらい全然元気!! ゲロは片付けられてないけど!ふふふ、何度音声を停止しても、データを消してもさあ、例の音声がず~~~~っと頭を回ってんの!いや、マジでもう平気だから心配しないで!

 壁が俺を笑ってる、アハハ、やばい、生きててごめんなあ、40過ぎても催眠音声でオナニーするしか能がない俺でカーチャンごめんなあ、アハハ!

 でももう大丈夫!ぜんぶわかったし。unknown、何も知らないを知っている俺はもうこの世界にいることが出来ないんだ。先に行ってるわ。

 たぶん、これが「世界が反転する」ってことなんだなあ。unknownの言う通りだ。sssは全部わかってて俺を救ってくれたんだああ~~空が赤い、赤い、空って地面じゃん。あれ?赤いのって空だけじゃない?全部?俺の目が赤いのか?

 じゃあお先に

 ありがとうございます
 さようなら

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