黒煉村民俗資料館は、村の中心から少し外れた場所にひっそりと佇んでいた。
 建物の周囲には季節外れの花々が静かに揺れており、どこか寂しげな美しさが漂っていた。

 出入口は開いていたが、中には誰もいなかった。管理人とか、そういう人がいると思ったのだが……。鍵をかけないままで書けてしまったのだろうか。田舎はいい意味でも悪い意味でも大らかなのだろう。
 仕方なく霧谷は室内に入り、目につくところに置いてあった「黒煉村の歴史」という本を手に取り、ページをめくり始めた。

 最初はネットで見た情報と大して変わらないように思えたが、村の伝承などはネットでは見つけられないものだろう。ぺらぺらと流し読みをしてみるが、特に気になることも「聴いたら死ぬ催眠」につながる情報も、六人部についても特に記載はなさそうだ。
 諦めて本を閉じようとしたとき、資料館の出入口からかすかな物音がした。顔を上げると、そこには一人の中年男性が立っていた。小柄で痩せた体型に、チェック柄のシャツと黒いじう顔を上げると、そこには一人の中年男性が立っていた。小柄で痩せた体型に、チェック柄のシャツと黒いウィンドブレーカーという、いかにも地元の人間らしい服装だ。
 彼はこちらに気づくと、少し驚いたように目を見開いた。

 「あれごめんねえ、ちょっと空けてたところに。あんた、学生さんかなにか?」

 男性は扉を閉めながら尋ねてきた。その声は低く、少し疲れたような響きがある。

 「いえ、そうじゃないんですが……。ちょっと調たいことがあって」

 霧谷は立ち上がり、本を胸に抱えながら答えた。「扉が開いていたので、勝手に入らせてもらいました。すみません。」

 男性は「空けてた俺が悪いんで、気にしねぐてえなだ」と小さく頷き、無言のままカウンターの方に歩いていった。どうやらこの資料館の管理人らしい。

 「それで、何調べったなだ?」

 カウンターの裏から埃っぽい布巾を取り出しながら、男性は尋ねた。その顔にはよそ者への薄い警戒心が浮かんでいる。

 「六人部家について、少し詳しいことを知りたくて。」

 霧谷がそう言うと、管理人の手が一瞬止まった。そして、露骨に嫌そうな顔をした。

 「六人部だって?」

 彼は低い声で繰り返し、ため息をついた。「また六人部……。よそ者はいっづもそこに興味を持つんだがな」とぽつりとつぶやく。声が大きいので、霧谷にもしっかり聞こえてしまっている。

 「あの、六人部というのは、そんなに……なんというか、この村の禁忌、なんでしょうか?」

 霧谷の言葉に、管理人は少し眉をひそめた。

 「禁忌っちゅうか……。あんた、六人部についてどんぐれ知ってんなだ?」

 「ええと……」

 何を知っているか、と聞かれても、何も知らない。どう説明したものか少し考え、口を開く。

 「10年ほど前に、インターネットで交流があった友人がいたんです。その人が当時、黒煉村に住んでいる、本名は六人部だ、と教えてくれたことがあったんです。
 その人とはいつの間にか連絡が取れなくなって、ずっと心配をしていたんです。たまたま楠宮市まで来る用事があったので寄ってみたのですが……
 すれ違った村民の方に六人部さんは、もういないと言われて……」

 全部が全部嘘というわけではない。
 適当なでっち上げ話に、管理人は納得したように、何度もうんうんと頷く。

 「はあああ、インターネットね。そういえば、六人部の娘さんがインターネットをしてたとか、聞いたこともある気がすんねえ。はああ、インターネットでねえ……」

 管理人は、「よっこいしょ」と体を動かし、資料室の奥の方の棚を指さす。

 「あっちの棚の一番下に、古い記録ばいくつかある。六人部について書かれたもんは、それくらいしかねけど、読めるもんなら読んでみるどいい」

 その言葉にはどこか、霧谷を憐れむような響きがあった。霧谷はお礼を言って棚の方へ向かった。

 棚の一番下に手を伸ばすと、埃っぽい空気が舞い上がった。そこには古びた革表紙のノートや、黄ばんだ紙が挟まれたバインダーが置かれている。慎重に取り出して中を確認すると、六人部家の家系図や村での役割に関する手書きの記録が記されていた。

 霧谷は椅子に座り直し、記録の内容に目を通し始めた。