黒煉村の伝承その五 黒い手

 ああ、黒き手の話かい? それはな、ずーっと昔から村に伝わっとる話じゃよ。わしも子どもの頃、ばあさまからよう聞かされたもんじゃ。

 昔この村はの、鉄鉱石がようけ採れた。今でも山を掘れば出るけど、昔はもっとええ石がゴロゴロしとったんじゃ。それで村は鍛冶の人らで賑わっとった。けどの、その石がええもんだって話が外にも広まって、よそ者が盗みに来るようになったんじゃ。

 ある時、一人の鍛冶屋風の男が村に来ての、「旅の途中で鍛冶仕事をするために泊めてほしい」って言うたんじゃ。村の者は親切に迎えたけど、その男、実は鉱山の石を盗みに来た悪い奴だったんじゃよ。

 夜になると、そいつは村人が寝静まるのを待って、こっそり鉱山に行ったんじゃ。で、手に入るだけの鉄鉱石を袋に詰め込んでたんじゃと。そしたらな、急に風も吹かんのに木々がざわざわし始めての、空気が変に重くなったんじゃと。そいつがびっくりして辺りを見回したら、どこからともなく低い声が聞こえたんじゃ。

 『盗む者、許さぬ……』

 それでの、男が慌てて逃げようとしたら、真っ黒な霧みたいなもんが足元から出てきての、そいつの体をぐわっと掴んだんじゃ。その霧の中から見えたのがの、大きな真っ黒い手じゃったんと。鉄を練るときの火で焼けたような、ゴツゴツした手じゃ。そいつは大声で助けを呼んだらしいけど、誰も気づかんかったんじゃの。結局そのまま男はその黒い手に連れて行かれての、翌朝になってもどこにもおらんかったそうじゃ。

 村じゃ、その黒い手が『黒い手』として伝わっての、悪いことする奴を懲らしめる村の守り神みたいに言われとる。子どもの頃なんか、わしらよう言われたもんじゃ。『夜遅く遊んだり、嘘ついたりすると、黒い手に連れ去られてしまうど』ってな。それ聞くと怖うてな、ちゃんと家に帰るんじゃよ。

 ほんでもの、この黒い手は悪い奴にだけ現れるんじゃ。掟を守っとる者には害を与えんって言われとるけぇ、昔の村祭りでは黒い手に感謝する祈りも捧げられとったんじゃ。今じゃそんな祭りもせんようになったけど、村の掟を守るための大事な話として、こうして語り継いどるんじゃよ。

 一部表現を修正しています。
 語り手 木戸鳥トメ 1975,6,4採集