はじめに

　黒煉村（くろねむら）は、X県の山間部に位置する古い集落で、その起源は平安時代にまで遡るとされる。村名に含まれる「煉（ねり）」は、鉄を鍛える「練る」行為に由来しており、この地がかつて鉄鉱石を加工する鍛冶職人たちの拠点として栄えたことを象徴している。

　当時、この地域には豊富な鉄鉱石が眠っており、これを加工するための技術を持つ鍛冶職人たちが次々と集まり、村を築いたと言われている。平安時代後期には、黒煉村は周辺地域から職人や商人が訪れる交易の拠点としての役割を果たし、その名は遠方にまで知られるようになった。鉄製の武具や農具、そして建築材として用いられる加工品は、質の高さで評判を呼び、村の繁栄を支えた。

　また、鍛冶の技術が発展する中で、この地には特有の信仰や伝統も育まれていった。火を扱う職人たちは火神を祀り、村を見守る存在として「門傑神社」を建立した。門傑神社は村の精神的な拠り所として、その後の村の歴史においても重要な役割を担っていく。

　しかし、時代が進むにつれて鉄鉱石の産出量は減少し、江戸時代には鍛冶職人たちの多くが村を離れ、黒煉村は徐々にその勢いを失っていった。それでも、村の歴史や伝統は受け継がれ、祭礼や行事を通じて村人たちの生活に息づき続けた。

　昭和中期以降の近代化の波により、黒煉村もまた変化を余儀なくされた。鉄鉱業の衰退に加え、若い世代の都市部への流出により、人口は減少の一途をたどった。それでも、かつての栄華の痕跡は村の至る所に残り、歴史的遺産として訪れる人々を魅了している。

　本書では、黒煉村の鍛冶職人の歴史を軸に、その文化、信仰や伝承、そして人々の暮らしを辿り、現代に至るまでの変遷を記録する。村の豊かな過去と、それを受け継ぎ未来へと繋げようとする人々の努力を少しでも伝えることができれば幸いである。