「貴様、わざわざ気配を消して俺に近づくなとあれほど……!」
犬神様は今にも噛みつきそうな勢いで、振り向きざまに猫神様を睨む。
けれど当の猫神様は穏やかな表情を崩さず、素知らぬ顔で私の手元へ目を落とした。
「おや、三毛猫さんですか。この辺りでは見ない顔ですね」
彼がそう言って笑いかけると、三毛猫は無言のままそっぽを向く。そのまま私の胸に顔を寄せてきたので、私は空いた方の手でよしよしと頭を撫でた。
「この子、幽世に迷い込んじゃったそうで……おうちの場所がわからないんです。犬神様が探してくれているみたいなんですけど」
撫でられるのが好きなのか、三毛猫は自分の頭をぐいぐいと私の手に擦り付けてくる。その力が思ったよりも強くて、私は笑ってしまった。
「ふふ、可愛い。この子、すっごく人懐っこいんですよ」
これだけ甘え上手なところを見ると、元のおうちでもとても可愛がられていた子なのかもしれない。
「……少々、桜さんに甘えすぎではありませんか?」
「え?」
頭上から予想外の言葉が降ってきて、私は再び視線を上げた。
すると、そこに見えた猫神様の顔はいつになく不満げだった。眉間にはわずかにシワが寄っていて、珍しく口角も下がっている。
「猫神様……? どうかしたんですか?」
「ああ、いえ。……なんでもありません」
言いながら、彼はさりげなく視線を逸らす。
なんだろう。
いつもの猫神様とはどこか様子が違う。
「ほほう?」
と、今度は犬神様が急に上機嫌になって猫神様の顔を覗き込んだ。
「貴様もそういう顔をすることがあるんだな。ははっ。これは面白い」
「からかわんといてください、犬神様」
そう反論する猫神様の声にはちょっとだけトゲがある。
やっぱり様子がおかしい。
「この三毛猫さんのおうちが見つかればいいんですよね? なら、早よ探しましょう。とりあえずここでは人目につくんで、私のところに来てください」
猫神様の言う通り、ここで話していると周りの目が気になる。
猫神様と犬神様はあやかしなので、彼らの姿は普通の人には見えない。
したがって、私はこの三毛猫とひたすらおしゃべりしている怪しい人として認識されてしまうのだ。
「貴様に借りを作るのは不本意だが……ふふ、今回はやはり任せよう。面白いものが見られそうだ」
犬神様はどこか不敵な笑みを浮かべて、何かを企むような悪い顔をしている。
状況がよく飲み込めていない私は、猫神様に案内されるまま、いつものように先斗町へと向かった。



