京都先斗町のあやかし案内人 猫神様と迷える幼子

 
 それは遠い昔、紅葉の盛りを過ぎた頃。秋の暮れのことだった。

 屋敷の裏手にある門から外に出てみると、ここにも楓の葉がはらはらと舞い落ちてくる。
 陽の光に照らされ、赤や黄色の輝きを放ちながら舞うそれを、視界の端で桃色の肉球がちょいちょいと突いた。

 釣られて目を落とすと、私の腕の中にはふわふわの生き物がすっぽりと収まっている。

 雪のように白い毛並みと、三角形の二つの耳。
 それから細長い尻尾を持ったその子は、目の前の葉っぱに夢中で前脚を伸ばしていた。

白雪(しらゆき)

 私がその名を呼ぶと、彼は黄金色の瞳でこちらを見上げて「にゃあん」と小さく鳴く。

 けなげで愛おしい、私の白猫。
 かけがえのない、私の宝物。

 この大事なぬくもりを、できることならずっと手放したくはなかった。
 こうして顔を見つめていると、つい名残惜しくなってしまう。

 だから——

「さあ、今のうちにお逃げなさい。もう二度と、ここへ戻ってきてはいけませんよ」

 この決心が揺らいでしまう前に、私は彼を地面にそっと下ろした。
 不思議そうにこちらを見上げてくる彼をその場に残して、私はすぐさま敷地の中に戻り、門の扉を閉める。

 彼の姿が見えなくなった途端、胸が押し潰されそうになった。
 大事なぬくもりを失った手が、小刻みに震える。

 扉越しに、にゃあ、にゃあ、と何度もあの子の声が聞こえてくる。カリカリと爪を立てている音も。

 中に入れてほしいと催促する音。
 叶うなら今すぐにでもこの扉を開けて彼を抱きしめてあげたい。

 けれど、彼のためを本当に思うなら、今はこうするしかないのだ。

「ごめんなさい、白雪。……ごめんなさい」

 きっとこれが、今生の別れになる。
 それを彼も理解したのかもしれない。

 やがて音は聞こえなくなり、彼の気配もどこかへ消えた。

 私は再び扉を開けて外の様子を窺ったけれど、そこにはもう、あの愛らしい姿はどこにもなかった。

「白雪……」

 木々を揺らす風の音にまぎれて、私の声だけが空しく響く。

 楓の葉が散っていく。
 季節は巡って、きっと来年もまた、この景色は戻ってくるだろう。

 けれどあの子はもう、私のもとには帰ってこない。
 帰ってきてはだめなのだ。

「どうか、元気で……。あなたの幸せを、心から願っています」