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最後にもう一度だけ紅葉が見たいという緋彩さんの希望で、私たちは駅の外に出た。
再び猫神様の背中に乗って、川の方へ向かう。
空はすでに真っ暗だったけれど、線路沿いの木々はライトアップされていて、暗闇の中にぼんやりと楓の赤が浮かび上がっていた。
猫神様は川岸の岩場で私たちを降ろすと、ポンッと白煙を上げて普段の白いあやかしの姿に戻った。
緋彩さんは崖の上に見える木々を仰ぎ、一つ深呼吸をすると、今度は猫神様の方に体を向けて深々と頭を下げた。
「猫神様。何から何まで、お世話になりました」
それはお別れの挨拶だった。
猫神様は「本当にいいんですね?」と最後の確認をする。
「はい。わたくしが今この世界でできることは、ここまでです。あの人との約束の場所はわかりましたから……あとは、待つだけです」
彼女の覚悟は決まっていた。
「あの人のためなら、わたくしはいつまでも待ち続けることができます。わたくしが八尾比丘尼のあやかしとして生まれ変わったのも、きっとそのためなのです」
たとえどれだけ長い時間がかかったとしても、大切な人との再会を待ち続ける。
彼女のその思いはきっと、天に届いたのだ。
「わかりました。それでは緋彩さん。あなたを幽世へ送り帰しますね」
猫神様はその場に跪き、差し出された彼女の右手を取る。
そして、その白い手の甲にそっと口付けを落とすと、たちまち緋彩さんの体は白い光に包まれていった。
「お二人とも、本当にありがとうございました。またいつか、どこかで……」
その声とともに、彼女の姿は秋の夜空へと消えていった。
川のせせらぎが、思い出したように私の耳へと届く。
「緋彩さん、納得できたようで良かったですね」
私が笑いかけると、猫神様もふわりと微笑み返してくれる。
「ええ。ほんまに良かったです。一時はどうなることかと思いましたが……桜さんのおかげで、手がかりが見つかりました」
ありがとうございます、と彼はぺこりと頭を下げる。
「えっ。いや、私は何も……。この場所へ来れたのも、結局は緋彩さんの記憶のおかげでしたし」
最終的には目的の場所が見つかったから良かったものの、私は特に何もしていない。
もともと西山の方面を紹介してくれたのは茜さんだったし。
それに私は穴場の紅葉スポットの散策を提案したけれど、嵯峨野トロッコ列車は秋の定番といえるほど人気の観光列車だ。
「それでも、ここに辿り着くきっかけをくれはったのは桜さんですから。ほんまに感謝してます。……私だけではきっと、緋彩さんをここまで案内できんかったと思いますから」
そこまで言ったところで、猫神様の表情がわずかに曇る。
「猫神様?」



