やがて時刻は十九時を回り、最終の便が発車した。
混雑していた駅舎からは人が捌け、代わりに夜の冷えた空気が舞い込んでくる。
緋彩さんは最後にもう一度だけ辺りを見渡してから、力のない足取りでこちらに戻ってきた。
「どうでしたか?」
私が恐る恐る尋ねると、彼女は「残念ながら……」と肩を落とした。
彼女の様子から予想はしていたけれど、やはり目的の人物は見つからなかったらしい。
「明日、もう一度ここに来ますか?」
猫神様が言った。
明日こそは会えるかもしれない——そんな希望を私は抱いていたけれど、当の緋彩さんは「いいえ」と首を横に振った。
「もう、よいのです」
昨日と同じ言葉を、彼女は口にする。
「緋彩さん。諦めちゃうんですか?」
せっかくここまで来たのに。あともう少しで再会できるかもしれないのに、彼女の心は折れてしまうのか。
なんとか引き留めようとする私に、緋彩さんは「違うのです」と再び首を振った。
「わたくしは諦めたわけではありません。むしろ、その逆です」
「逆?」
どういう意味だろうと首を傾げる私の隣で、猫神様は納得したように頷いて言った。
「ようやく、確信が持てたんですね」
緋彩さんが彼と目を合わせると、二人はお互いに微笑み合った。
どうやら何もわかっていないのは私だけのようだ。
「え。あの、どういうことですか? それに『確信』って……?」
混乱する私に、緋彩さんは穏やかな笑みを浮かべたまま説明してくれた。
「やっとわかったのです。わたくしがあの人ともう一度会えるとしたら、それは間違いなくこの場所なのだと。そして、あの人は今、まだこの世には生まれていません」
彼女はそう断言する。
どこか晴れ晴れとしたその顔には、もはや迷いの色はどこにもない。
「まだ、生まれてない……? って、どうしてわかるんですか?」
「わたくしにはわかるのです。あの人を求めるわたくしの魂が、それを感じ取っているから……。そうですよね、猫神様?」
「ええ」
今度は猫神様が、私に微笑む。
「強く思い合った二人の魂は、お互いに引かれ合います。緋彩さんがこうしてあやかしとして生まれ変わってもなお、その人を求め続けてることがその証です。彼女の心が向かう先に、その人はいます。それでも会えなかったということは……おそらく彼は、まだこの世に誕生してないんやと思います」
死してなお、惹かれ合う二人。
その魂は共鳴して、お互いの居場所を感じ取っている。
「わたくしは八尾比丘尼。およそ八百年は生きると言われる長寿のあやかしです。たとえこれからどれだけ長い時間がかかるとしても、私はあの人との再会を待ち続けます。ですから今は……わたくしは幽世へ帰ります。そして一人前のあやかしとなった暁には、必ずここへ戻ってきます。あの人ともう一度巡り会うために」
彼女がこの世界に留まる理由は、もうなかった。
進むべき道を見据えた彼女の瞳からは、もはや未練のようなものは消えてしまっていた。



