「緋彩さん?」
「……あれです!!」
こちらの声を遮る勢いで、緋彩さんが叫んだ。
「私とあの人が目指していたのは、あの列車です!」
雨上がりの澄んだ空気に、一際高い彼女の声が響き渡る。
列車は保津川に沿う形で、山肌を縫うようにしてゆっくりと走っていた。
「あの列車……って、もしかしてトロッコ列車ですか?」
嵯峨野トロッコ列車。
これは保津川下りと同じく保津峡を通る観光列車で、紅葉の時期は特に人気があると聞いている。
旅行番組や雑誌などでは、保津川下りとセットで紹介されているイメージが強い。
「トロッコ列車……。そうです、トロッコ列車です。あの人はわたくしに、一緒にあれに乗ろうと言ってくれたのです。座席のチケットが取れたら、二人で一緒にって……」
この時期のチケットは特に人気で、予約を取るのは難しいはず。
しかし逆に考えてみれば、指定席のチケットさえ手に入れば、緋彩さんたちは座ったままでゆっくりと紅葉を楽しむことができるのだ。
「ようやく見つけましたね」
猫神様は満足げに呟くと、高度を下げて列車に近づいていく。そうして列車の後を追う形で、線路のすぐ上を飛行した。
私たちの周りを、鮮やかな赤が流れていく。
左側には保津川が続いていて、たまに舟が下っていくのが見える。
「この景色です。わたくしがあの人と見たかったのは……」
ようやく見つけた、約束の場所。
緋彩さんは声を詰まらせ、細い指先で目元を拭う。
きっと彼女の中では今、その人との思い出が溢れ出しているのだろう。
列車はその後も二十分ほどかけて、終点の亀岡駅まで走っていった。
◯
駅のホームで、緋彩さんはひたすら待ち続けていた。
列車を乗り降りする人や、窓口で切符を購入する人。その場を行き交う人々の顔を、彼女は一人一人確認していく。
私はホームにいると邪魔になるので、駅舎の端からその様子を見守っていた。
隣には人間の姿に化けた猫神様が一緒に立ってくれている。
「緋彩さん……。見つけられるといいですね」
「そうですね」
もう何度目になるかわからない私の呟きに、猫神様は律儀に応えてくれる。
時刻はすでに十八時を過ぎていて、次の列車が最終便だった。
けれど緋彩さんの捜している人物はまだ見つかっていない。
(……やっぱり、今日もだめなのかな)
弱気な思考とともに、昨日の猫神様の言葉が思い起こされる。
——今回ばかりは、さすがに難しいかもしれませんね。
緋彩さんの想い人は、まだこの世に生まれ変わってはいないかもしれない。
そしてそれが事実だった場合、二人が再会することは物理的に不可能なのだ。



