「穴場、ですか……確かに」
緋彩さんは何かを思案するように呟く。
「言われてみれば、そういったことをあの人とも話したような気がします。わたくしたちの体のことを考えると、あまり混雑したエリアでは満足に鑑賞できないかもしれないと……」
街の上空を飛び越えると、やがて辺りは緑深い山々に囲まれる。
猫神様はそこで一旦動きを止め、今度はその場でゆっくりと旋回を始めた。
「この辺りの山々が西山連峰になります。もう少し南へ行くと、大阪の高槻市に入りますね」
彼がそう説明している間に、山の斜面には陽が差していく。
灰色の雲はどんどん東へ流れていき、空に明るさが戻ってくる。
こうして改めて見ると、やはり雨の影響で落葉はかなり進んでしまったようだった。木々に残された葉の数はまばらで、中にはほぼ裸木になっているものもある。
そんな景色を見渡している内に、私はあることに気づいた。
「あれ? あそこって、もしかして嵐山ですか?」
北東の方角に、山のそばを流れる川があった。幅の広い清流で、そこに立派な橋が架かっている。
多くの人が行き交い、どう見ても観光地であるその風景は、私の記憶が正しければ嵐山で間違いなかった。
「ええ。ようわかりましたね」
猫神様に言われて、やっぱりそうなんだ、と思う。
今年の夏、私は嵐山で灯籠流しと五山送り火を見た。
桂川を中心とした人気の観光地。その周りを山が囲んでいたことは認識していたけれど、あれは西山連峰の一部だったのかと今さら気づく。
「さすがに、嵐山の周辺は人が多いですね」
そう猫神様が言った通り、桂川の周りは観光客でひしめき合っていた。
体の弱い人があの辺りを歩くのは、ちょっと難しそうだ。
「あそこには、船があるのですね」
緋彩さんが、ぽつりと呟くように言った。
見ると、彼女は少しだけ前のめりになって興味深そうに川の奥を眺めている。
「ええ。あそこでは屋形船やレンタルボートに乗ることができます。それから、保津川下りの終着点にもなってますね」
猫神様の口にした保津川下りというのは、保津川と呼ばれる十数キロの川を手漕ぎの舟で下るアクティビティのことだ。
京都市の西隣にある亀岡市から、この嵐山の辺りまで、渓谷を縫うようにして伸びる保津川は美しい自然に囲まれ、四季折々の景観を楽しめると言われている。
「保津川……」
再び、緋彩さんが小さく呟く。
その声は先ほどよりも繊細で、わずかに震えているようだった。
「保津川……という名前は……なんだか、特別な響きを感じます。何か、胸騒ぎがするような……」
言いながら、彼女は胸の辺りに両手を添える。
「緋彩さん?」
どこか様子のおかしい彼女に、私は首を傾げた。



