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炊き立ての栗ごはんに、きのこや根菜がたくさん入ったつみれ汁。それからあさりとチンゲン菜の蒸し煮と、メインは新物サンマの塩焼き。
座敷に通された私たちのもとへ猫神様が用意してくれたのは、旬の食材をふんだんに使った手料理だった。
「うぅ……今日のメニューもおいしそう」
食欲をそそる美しい盛り付けと、サンマの香ばしい匂いに当てられて涎が湧き出てくる。
時刻はまだ夕食には早い五時前だというのに、猫神様のお料理を目の前にした途端、私の胃はすっかり空腹モードになっていた。
私の隣で席に着いている栗彦くん——体が小さいので、テーブルの上でモコモコのハンカチを座布団代わりにして正座している——も、見るからに目を輝かせてお料理を眺めている。
「さあ、遠慮せんと召し上がってくださいね」
猫神様が穏やかな声で言って、私と栗彦くんは「いただきます!」と声を合わせた。
そうして私が最初に箸を伸ばしたのは、サンマの塩焼きだった。
ほどよく焦げ目のついた表面にすだちを搾り、大根おろしと醤油をかけ、ホクホクの身をほぐして口へ運ぶ。
すると舌の上には肉の旨みと、さわやかなすだちの酸味とが瞬時に広がって、たまらず幸せな気持ちになる。
「おいしい……!」
まさに今が旬の新物サンマは脂が乗っている。
思わず舌づつみを打つ私の隣で、栗彦くんもまた満足そうにつみれを頬張っていた。
彼は身の丈ほどもあるコーヒースプーンを器用に使い、お料理を次々と口へ運んでいく。
よほどお腹が空いていたようで、その小さな体からは想像もつかないほど大量のおかずを平らげていった。
「それにしても、栗彦さん。まさかあなたのように真面目な人が、幽世の掟を破ってこちらの世界へやってくるとは思いませんでしたよ」
テーブルを挟んで向かいに座っていた猫神様は、色鮮やかなチンゲン菜を箸で摘みながら言った。
「半人前のあやかしがこちらの世界へ来ることは禁じられてると、あなたもご存知のはずですよね?」
その口ぶりからすると、どうやら猫神様と栗彦くんはもともと面識があるらしい。
半人前、と言われた栗彦くんは口いっぱいに含んでいたおかずをごくりと飲み込むと、どこか気まずそうに視線を逸らして言った。
「……そのことについては、返す言葉もない。自分は確かにまだ半人前で、この現世へ来ることは許されていない身だ。だが、それでも……どうしてもこちらの世界で確認したいことがあるのだ」
二人の言う通り、まだ半人前のあやかしはこちらの世界に来てはいけないことになっている。
あやかしというものは本来『幽世』と呼ばれる別の世界に住んでおり、私たち人間の住む『現世』へ来るためには、一人前のあやかしになる必要があるのだ。
「それを承知の上でここへ来たいうことは、栗彦さんの中で、それだけ強い思いがあったいうことですね?」
猫神様が確認するように聞くと、栗彦くんはスプーンを傍らに置いて、ハンカチの上に改めて正座して言った。
「自分は、前世で……こちらの世界で世話になった人間に会いたいと思っている。会って、この目でどうしても確かめたいことがあるのだ」



