【書籍化】京都先斗町のあやかし案内人 猫神様と迷える幼子

 
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 三人連なって、先斗町まで歩く。
 錦市場からはそれほど距離はなく、徒歩で十分程度だった。

 京町家の並ぶ細い通りを進み、途中で角を曲がると、例の『狭間の場所』へ辿り着く。
 見慣れた入口の格子戸は、年末ということもありいつもと少しだけ様子が違っていた。

「あっ。もしかしてこれ、『根引松(ねびきまつ)』ですか?」

 私が尋ねると、猫神様が頷く。

 格子戸の左右に、根っこが付いたままの松の小木が飾られていた。
 根引松と呼ばれるそれは、京都を中心に関西の一部で用いられる門松らしい。他の地域ではなかなかお目にかかれないので、物珍しさから興味を注がれる。

「なー、早く中に入ろうぜ。オレお腹空いた!」

 つい根引松に釘付けになっていると、待ちくたびれたあやかしの子が唇を尖らせる。
 私が慌てて謝ると、隣の猫神様はくすりと笑って格子戸を開けた。

「さあ、どうぞ中へ。お料理もすぐ支度しますんで」

「へへっ、やった! これでやっとおせちが食べられる!」

 軽やかな足取りで玄関を潜った彼に、猫神様はどこか申し訳なさそうな声で言った。

「水を差すようで悪いんですが、今日はまだおせちは食べれませんよ。あれは年が明けてから食べるものなんで」

「えっ」

 嘘だろ、とでも言いたげな彼と同じように、私も猫神様を見上げた。

 確かに、おせち料理は一般的には元旦から、早い地域でも大晦日から食べ始めるものだ。
 とはいえ、わざわざ幽世からやってきたこの子にお預けを食らわせるのは可哀想な気がする。

「あの、猫神様。今日だけは特別に、この子におせちを食べさせてあげることはできませんか?」

「そうしたいのも山々なんですが、やはりおせちはお正月に食べるものですから。代わりに今日は別のものをご馳走しますよ」

 彼は頑として譲らず、明後日の元旦に合わせておせちを用意するという。
 あやかしの子は見るからに落胆した様子で、トボトボと廊下を進んでいった。

 猫神様の性格を考えると、迷子のあやかしの気持ちを優先しない、というのは珍しい。
 いつもなら多少のことには目を瞑るのに、と不思議に思っていると——

「可哀想ですが、明後日までは我慢してもらうしかありません。あの子の過去を探るためにも、今はこうするのが正解やと思います」

 猫神様はそう、私にだけ聞こえる声で弁明した。

「過去を探る、というと?」

「あの子はおそらく、前世からの未練があります。その思いに突き動かされて、この世界までやってきたんでしょう」

「えっ。単純におせちを食べてみたいだけじゃなかったんですか?」

「前世の記憶に、おせちが何かしら絡んでるんやと思います。あの子は幽世で、おせちについて誰かから教わったわけではないようでした。ということは、その知識は前世から受け継いだものと考えるのが自然です」

 てっきり好奇心だけでおせちを求めているものだと決めつけていた私は面食らった。

「おそらく本人も自覚はないんでしょう。前世の記憶を思い出せないまま、ここまで来てしまった。おせちを食べれば一旦は満足するかもしれませんが、それでは根本的な解決にはならへんと思います。彼が心置きなく幽世へ帰れるように、彼の前世を明らかにせんといけません。彼の記憶を呼び覚ますためにも、おせちを食べる流れはできるだけ本来の形に寄せるべきです」

 あやかしの子を座敷へ通すと、猫神様はすぐさま台所に向かった。
 私も何かお手伝いできないかと尋ねると、今はあやかしの子の相手をしてあげてほしいとのことだった。

 お料理が出来上がるまでの間に、あの子から少しでも情報を聞き出したい。
 これも大事な役目だと受け取った私は、改めて座敷の方へ足を向ける。

「桜さん」

 と、そこで猫神様に呼び止められた。

 何か言い忘れたことでもあったのかなと振り返ると、こちらを見つめる彼の顔にはいつもの笑みがなかった。
 神妙な眼差しを向けてくる彼に、私はおやと思う。

「どうかしましたか、猫神様」

「その……」

 珍しく口ごもる彼に、私はますます違和感を覚える。
 やがておずおずと口を開いた彼の声は、どこか頼りなげだった。

「先程、柚葉さんが言うてましたね。私と桜さんが一緒に買い物をしている姿は、夫婦に見えたと」

 まさかの話題を掘り返されて、私は硬直した。
 と同時に、またしても耳の辺りがカッと熱を帯びる。

「え……。あ、ああ! そ、そういえばそんな話をしてましたねっ?」

 頬も熱い。
 おそらく紅潮しているだろう自分の顔を見られたくなくて、慌てて猫神様から視線を逸らす。

「桜さん、なぜ顔を背けるのですか?」

 追い討ちのように問われ、冷や汗が流れる。
 もはやどんな顔をすればいいのかわからず狼狽えていると、猫神様はさらに声のトーンを落として尋ねてきた。

「やはり、嫌でしたか?」

「へ……」

 見ると、彼はいつになくしゅんとして、寂しげな瞳でこちらを見つめていた。

「私と夫婦のように見られたのが、嫌だったんではないですか? この話をすると、あなたは私と目を合わせてくれなくなるので」

 その指摘に、ハッと我に返る。

 つい恥ずかしさから顔を背けてしまっていた。
 特に悪意があってそうしていたわけではないけれど、猫神様からすれば、これはとても失礼な態度になってしまっていたかもしれない。

「ち、違います! 嫌だなんて思いません。猫神様と夫婦だなんて、むしろ嬉しいくらいで……」

 そこまで勢いで言ってしまってから、私はまたハッとする。
 なんだかものすごく大胆なことを言ってしまってはいないだろうか。

 対する猫神様はようやく納得したのか、頬を緩めて普段の優しげな表情に戻った。

「そうでしたか。なら、よかったです」

 ふにゃりと笑ったその顔は、いつも以上に甘く柔らかい。

(もしかして、喜んでくれてる……?)

 つい浮ついてしまいそうになる頭を、私はブンブンと左右に振った。

「そ、それでは! 私、座敷の方に行ってますね!」

 そそくさと退散する私はきっと、ブリキのおもちゃみたいにぎこちない動きをしていたと思う。