「す、すぐに帰る予定だったんだよ。目的さえ果たせたら、長居をするつもりはなかったんだ」
「目的って?」
私が問い返すと、男の子は気まずそうに目を泳がせた後、再び黒豆の方へ視線を戻した。
「……おせちってやつを食べてみたいんだ。こっちの世界では、正月に食べるのが決まりなんだろ?」
あまりにもささやかなその願いに、私は拍子抜けした。
「えっ。目的って、それだけ?」
半人前のあやかしがこちらの世界へ来るのは難しいことなのだと、前に聞いたことがある。
そんな大変な思いをしてまで叶えたい願いがおせちを食べることだなんて。
呆気に取られる私に、隣から猫神様が捕捉してくれる。
「幽世では、おせちを食べる習慣はありませんからね。こちらの世界に精通している者に作ってもらうか、こうして現世に来て食べるしか方法がないのは確かです」
そういうものなんだ——と頭で納得しているうちに、猫神様がまた男の子に尋ねる。
「おせちのことは、幽世で誰かに教えてもらったんですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど。でも存在は前から知ってるし、ずっと食べたかったっていうか」
「なるほど」
猫神様はしばらく考えてから、男の子を安心させるように微笑みかける。
「では、よければうちで一緒におせちを食べますか? 現世の食材でも、私が料理したものでしたらあなたも食べられますから」
「えっ。いいのか!?」
猫神様が頷くと、男の子は興奮した様子で目を輝かせる。
きっとこうなるだろうとは思っていたので、私も安心して二人のやりとりを見守っていた。
「そうと決まれば、残りの買い物も早く済ませましょか。特に芋棒は時間がかかりますから」
必要なものを買い揃えて、私たちは錦市場を後にした。
そこから先斗町まで歩いて向かう途中で、聞き覚えのある声に呼び止められる。
「あれ? 天沢さんやん。おーい!」
朗らかなその声に振り返ると、一人の少女がこちらに手を振っていた。
クラスメイトの柚葉さんだ。
「柚葉さん。こっちに来てたんだね」
「あっ、猫神様も一緒やん。もしかして、二人でおせちの買い出し?」
「うん、そうなの。柚葉さんも?」
人混みを掻き分けてこちらにやってきた柚葉さんは、私の質問を受けるなりちょっとだけイタズラっぽい顔をする。
「いいや、あたしは親戚の子たちの面倒を見てるだけ。河原町の方を案内してって言われたから。おかげで家の仕事から解放されたわ」
彼女が視線を向けた先には、小学校高学年くらいの男の子たちがいた。
どうやら家のことを手伝うよりは、こうして子どもたちの面倒を見ている方が彼女にとってはありがたいらしい。
「それにしても、天沢さん。年末まで猫神様と一緒なんやね。そうやって二人で買い物してると、なんや夫婦みたいやなぁ」
「ふっ……夫婦!?」
その単語を耳にした瞬間、カッと耳が熱くなるのを感じた。
柚葉さんはこちらの反応に満足したのか、さらに嬉しそうな顔をする。
揶揄われているだけなのはわかっているのに、変に意識してしまった。
おかげで隣にいる猫神様の顔を見られない。
「あ、子どもたちが呼んでるわ。それじゃあね、天沢さん。それから猫神様も。良いお年を!」
未だ紅潮したままの私を放置して、柚葉さんはさっさと子どもたちのもとへ戻っていった。
一部始終をそばで静観していたあやかしの子は、
「なんか、台風みたいな奴だったな」
と、物珍しそうな目で彼女の背中を見送っていた。



