まだ一人前になっていない幼いあやかしは、本来は幽世という別の世界にいる。
しかし時折この現世に迷い込む者もあり、未熟な彼らはこの世の物に触れることができないのだ。
男の子は何度か黒豆を触ろうとしたものの、やがて無理だと悟ったようで地団駄を踏む。
「くっそー、目の前にあるのに。お腹すいたなぁ、もう!」
今にも泣きそうな顔で悔しがっているその姿を見ていると、なんだか可哀想になってきた。
私はちょうどお会計を終えた猫神様の袖を摘んで、男の子の方へ目配せする。
「あの、猫神様。あそこにいる子って、半人前のあやかしですよね?」
「おや、ほんまですね。あんまり人が多いんで、気配に気づきませんでした」
よう見つけましたね、と感心する彼と一緒に、私は男の子のそばへ歩み寄った。
男の子はようやくこちらに気づいたようで、ギョッとした顔で私と猫神様とを交互に見上げる。
「な、なんだよあんたら。もしかして、オレのことが見えてるのか?」
普通の人間にはあやかしの姿は見えない。
私のような例外と、人間に化けた猫神様とを前にして、男の子はかなり動揺しているようだった。
「ええ、見えてますよ。私もあやかしですから。今は人間の姿ですが——」
猫神様が丁寧に説明すると、男の子は次第に警戒を解いていった。
「ふーん、猫又か。そういえば、現世にはあやかしの案内人がいるって話を聞いたことがあるな」
こちらに敵意がないことを知って安心したのか、男の子は腰に手を当ててフンと鼻を鳴らす。
その出立ちは、白の作務衣に赤い半纏。髪はかなり短く、赤ん坊のようなポヨポヨの毛が頭頂部にあるだけだ。
そして何より私の目を引いたのは、彼の顔色だった。
(この子、なんだかちょっと顔が火照ってる?)
顔全体が、ほんのりと赤い。
もしかしたら熱があるのかも……と不安になって隣の猫神様を見上げると、彼はこちらの胸中を見透かしたかのように「大丈夫ですよ」と笑った。
「彼の顔色のことでしたら心配いりません。彼は『赤子』のあやかしですから」
「赤子、ですか?」
「ええ。産まれたばかりの赤ん坊のような赤い肌を持つあやかしです。ほら、顔だけでなく手足も赤いでしょう?」
言われてみれば、作務衣の袖から覗く小さな手も指先まで赤い。
どうやらこれが正常だということで、私はほっと胸を撫で下ろす。
「赤子のあやかしは見た目も幼いと聞いてますが、さすがにあなたはまだ半人前ですね?」
猫神様に指摘されて、男の子は「うっ」と顔を顰める。
その反応からすると、半人前のあやかしがこの世界に来てはいけないことを自覚はしているようだ。



