「お正月用の蒲鉾、いかがでしょうかー」
「千枚漬、お土産にもおすすめでーす」
「左側通行でお願いしまーす!」
十二月三十日。大晦日の前日。
年の瀬を迎えた商店街は、どこもお正月の食材を求めるお客で溢れていた。
特にここ、京の台所と呼ばれる錦市場は、観光で訪れる人も多くごった返している。
「大丈夫ですか、桜さん。人に酔ってませんか?」
私の前を歩く猫神様が、心配そうに何度も確認してくれる。
今日はいつもの白い姿ではなく、黒髪に黒い着物の人間バージョンだ。
「大丈夫です。すみません、私のわがままに付き合わせてしまって」
「いえいえ。私もおせちの材料が足りなかったんで、ちょうど良かったです」
年末の錦市場は大賑わいで、地元の人は逆に行かない……なんて噂も聞いていたけれど、どんな様子か一度は見てみたいという願望が私にはあった。
それに付き合ってくれた猫神様は、やはりどこまでも懐の深い神様だと思う。
市場は東西にまっすぐ伸びており、全長は四百メートル弱のアーケード商店街だ。
西は高倉通から、東は寺町通まで。東の端まで行った先には『錦の天神さん』こと錦天満宮がある。
「猫神様は、どんな食材がお目当てなんですか?」
魚や肉の焼ける香ばしい匂いに包まれながら私が聞くと、彼は「そうですねえ」と改めて周囲を眺める。
「できれば鯛がほしいですね。あとは海老芋と棒鱈も」
「えびいも……ぼうだら……」
聞き慣れない名前を並べられて、私は幼子のごとく復唱する。
「海老芋は、その名の通り海老のような見た目をしたお芋さんです。棒鱈は鱈の干物ですね。この二つを一緒に炊いたものは芋棒といって、京都の伝統料理になってるんです」
へえぇ、と私はぽっかりと口を開けたまま頷く。
かれこれ京都に引っ越してきてからすでに半年以上が経つけれど、まだまだ知らないことだらけだ。
「棒鱈も用意する予定ですから、お正月にはぜひ食べに来てくださいね」
にこりと微笑む彼に、私は「ありがとうございます!」と全力で感謝を伝える。
京都の文化に触れながら猫神様の美味しい手料理も食べられるなんて、年明けからも楽しみなことがいっぱいだ。
そこからさらに足を進めていくと、まずは立派な鯛が売られているお店が見えてきた。
店頭に並んだ鯛を猫神様が吟味していると、手持ち無沙汰になった私はふとあることに気づく。
(あれ? あの子……)
隣のお店の前に、一人の小さな男の子がいた。おそらく幼稚園ぐらいの年齢だが、周りに親らしき人物は見当たらない。
もしかして迷子? と気になり始めたところで、男の子は無言のまま店頭に置いてあった黒豆に手を伸ばす。
「あっ、だめ……!」
売り物を素手で掴もうとした彼に、私は慌てて駆け寄った。
しかし、男の子の手は黒豆に触れようとした瞬間、スカッと空を切るように空振りした。
(あれっ?)
本来なら黒豆と接触するはずだった手が、通り抜けた。
この現象は、今まで何度も見たことがある。
(この世の物に触れない……ってことは、もしかしてこの子は、半人前のあやかし?)



