「んっ」
陸玖はうっすらと目を開ける。
誰かが話す声が聞こえる。ボーっとする頭。
まだ靄がかかったようにはっきりとしない。
真っ白な天井から視線を横に逸らすと、背中を向けて誰かと電話で話す長身の男の姿が目に入る。
-誰?
まだ頭がすっきりしない。その背中をぼーっと眺めていると視線に気づいたその男はこちらに向き直る。
-お兄ちゃ…ん?
まだ感覚が鈍い手を伸ばしてみる。
するとその男ははぎゅっと手を握ってくれた。
-暖かい…
「…陸玖ちゃん?」
控えめに名前を呼ばれ急に思考がクリアになる。握られた手を辿る。
「っっっ!!!」
陸玖はバッと手を離す。
「ぁ、琉伽!?なんでっ!」
「なんでって、御影と話し終わったら握ってほしそうに手差し出すから」
「っっつ」
「違った?」
琉伽はコテンと首を傾げ陸玖を見つめる。
恥ずかしさで声が出ない陸玖は自分がしでかした事が信じられない。
「っっ!そ、それより、お兄は?」
「…なんとなく目星は着いたよ」
「なんとなく?」
「特定はまだ出来てないらしい。でも、ここにいるだろうっていう場所は分かったて…」
「場所…」
「そこに海偉はいる」
「…………」
「陸玖ちゃん?」
「…ごめん。疑って暴れて」
陸玖は琉伽の顔を見て謝る。
「家族が攫われたら正気じゃいられないよ」
「………」
「絶対に海偉は見つけるから」
「…うん」
小さな、消えるような声で頷いた。
琉伽はポンと陸玖の頭を撫でる。
「ところで体調はどう?」
「まだちょっと身体がだるい…」
「そかっ」
陸玖はじーっと琉伽の顔を凝視する。
「なににやついてんの?」
慌てて口元を腕で隠す琉伽。
「に、やついてなんかないよ?」
「ふーん」
「…ただ」
「ただ?」
「ただ、ちょっと安心しただけ、陸玖ちゃんが落ち着いたようで」
照れ臭そうに言う琉伽の顔は兄が妹に向けるように和らい表情だった。
「なにそれ」
陸玖はふふっと笑いがこみ上げてきた。
-まだお兄が無事とも限らない、ただ自分が寝ている間に六花のことだから総力を使って行方を掴んでくれたんだろう。
それなのに初めから疑って暴れて傷つけようとして…本当に情けない。少し自分が嫌になった。家族のことになると気持ちが抑えられない
『陸玖、大丈夫だ。兄ちゃんが来た』
そう言って笑った゛兄様゛の顔が今でも忘れられない。私はお兄まで失うわけにはいかない…
だってお兄は‘‘兄様‘‘の…
気づいたら僕はここにいた。
毎日毎日家族が減っていく。
弟も妹もいつもどんどん…どんどん…いなくなる。
どうしてかな。なんでかな。
僕たちは一体何をしたのかな。
これは僕たちの罰なのかな。
逃げて逃げて…逃げて、逃げて…
僕たちはいつまで逃げ続ければいいんだろう。
今日もまたあの時間が始まる。
僕たちはジッとその時間まで冷たくて寒い牢屋の壁に身を寄せ合いながら何も発さずジッとする。
それが僕たちの日常だった。だけどその日は違うことがひとつあったんだ。
椅子に縛り付けられているお兄さんの姿。
そのお兄さんは僕たちの姿を見るなり瞳を大きく見開いてびっくりしたように僕たちを凝視する。
誰だろう…。
「…んっ、げっほ。お、お前…」
そのお兄さんは僕と目が合うとむせながら言葉を発する。
僕はなんとなくそのお兄さんに興味が沸いて近くまで寄って行った。
「お前たち…」
「お兄さん…誰?吸血種?」
あいつらとは違う雰囲気に気づいたら声をかけていた。
「いや、俺は違う。人間種だ」
「…に、人間種?」
僕たちのほかに人間がいたの?この世界に…?
本当に…?僕は信じられなくて呼吸が苦しくなってくる。
「はぁ…はぁ、」
「おい、大丈夫か?おい!」
お兄さんは呼吸が乱れている僕のことを心配して動こうとするけど手を縛られいるせいで動けない。
「苦しいとこ悪い、腕のこれ。外せるか?」
僕はそのお兄さんの言葉を聞いて震える手で固く結んでいるロープを必死で解いた。
「おっ、ありがとうな」
お兄さんは僕の頭を撫でる。
その瞬間撫でられて頭が暖かくなった気がして何故か涙が出そうになった。
「お前…」
まだ息が苦しくて胸を抑える。
人間…僕たちと同じ人間。僕たち以外の人間に初めて出会った。
その少年はただただ怯えていた。
冷たくて寒い牢屋の中、数十人の子ども達が身を寄せ合い虚ろな目で虚空を見つめていた。
俺の縛られた縄を解いてくれた少年は俺の目をジッと見つめる。
「お前たちも人間種だよな、何処から来た?こんな傷だらけで何があった?」
「…何処…から?」
俺の言葉に少年は困惑する。
「…何処から…何処から、来たんだろう」
「…ぇ。【リアゾン】から攫われたんじゃねーの?」
「…【リアゾン】?【リアゾン】って何?」
「…何って、お前」
その少年の言葉の意味が分からなかった。
少年は【リアゾン】という言葉を初めて聞いたように首を傾げる。
「知らないのか?」
「…うん。僕たち生まれてからずっとここにいるから…。知らない」
「…生まれた時から?」
「人間種は僕たちだけなんだって。あいつらは言うの。でも、お兄さん人間種なんだね。僕たち以外にも居たんだね」
少年は少し嬉しそうに笑い海偉の服の裾をぎゅっと掴む。その仕草に海偉は何も言葉が出ずただ少年を抱きしめるしか出来なかった。
「……っ」
他の子ども達も少年同様傷だらけ。
何かに怯えるようにただ膝を抱える。
何が起きている?この子ども達は一体何をさせられてる?
海偉は自分の心臓の音が速くなっていくのを感じた。
その瞬間大きな音が空間を支配する。
ブーッブーッブーッ
その音共に子ども達は悲鳴をあげる。
「やだぁぁあ!!嫌だぁぁあ!!」
「ぁぁあああああ」
「助けて…やだよぅ…」
泣き始める子ども達。
海偉は何が何か分からず困惑する。
「…始まった」
少年はぽつりと呟く。
「お兄さんもするの?鬼ごっこ」
「…鬼ごっこ…?」
瞳に光のない少年はそう呟いた。
「で?上手く潜入出来たはいいけどこれからどうすんだ?」
愁は高そうなスーツに身を包み、仮面を付け、片手には赤く染まった異様な匂いが漂うワイングラスを片手に壱夜に話しかける。
「さぁ?海偉が何処にいるかだよね〜」
壱夜も愁と同様にスーツと仮面で身を包みワイングラス片手に広い部屋の片隅に身を寄せていた。
ただ広い部屋にはいくつかの丸いテーブルの上には豪華な食事が並びウエイトレスが飲み物を運ぶ。皆仮面を付けており、誰が誰かなんて区別は付かない。ただ招かれているもの達は皆装飾品が豪華だった。一般人ではないのは明らかだった。
「なぁ、壱夜」
「んー?」
愁はワイングラスに入った赤い飲み物をじーっと見つめる。
「これおかしくね?」
「…だね」
血なんてここではそんな珍しいものでもない。
ただ愁はこの血だけはおかしいと思った。
通常この【リデルガ】で流通している血液は人間の血を薄めたものしかないはずだ。
血を提供してくれている人間種の健康のためにも採取する血液量は決められている。
だがそれだけでは【リデルガ】の人々の飢えは凌げない。その為血液は薄められ提供される…のだが…。
「これ、原液だぞ」
愁の一言に壱夜の顔は険しくなる。
おかしい、原液なんてこの【リデルガ】で流通している筈がない。
-ここでは何が起きているんだ?
するとパッと目の前が光り、愁も壱夜も目を細める。
目の前にはゆっくりと大きなスクリーンが現れる。
『さぁさぁ皆様お待たせ致しました!これより鬼ごっこを初めます』
部屋中に響いた声と鬼ごっこという意味深な言葉。
『プレイヤーとなり参加される方は2階、朱の間まで起こし下さい』
「…プレイヤー…?」
壱夜はボソッと呟く。
『それでは開始までもう少々お待ち下さい』
「…愁どうする?」
壱夜の言葉に愁は考える。
何が行われるか分からない以上踏み入れるのは危険なのではないか…愁は頭を悩ませる。
「私が行く」
その声に愁と壱夜は後ろを振り返る。
「…陸、玖」
「…陸玖…?なんで」
そこには陸玖の姿があった。
黒いタイトなドレスと仮面に身を包み長い髪は頭の上で1つに束ね立っていた。
「あの暴君野郎が行けって」
-暴君野郎って…御影?
「ちょっ、お前ここがどういう場所か分かってんのか!?海偉にこんな事バレたら俺ら殺されるんだけど!?」
「そうだよ!危険だ!陸玖!今すぐ帰った方が…!」
「大丈夫、私強いから。じゃっ、行ってくる」
そう言って部屋を出ていこうとする陸玖の肩を掴もうとする愁。
その瞬間パシンっと手を振り払われる。
陸玖と目が合った愁はその強い瞳に何も言えなかった。
「…はぁ…もう。」
「…愁?」
「分かった。俺が行くよ、壱夜はここで待機。俺らに何かあったら御影に連絡して」
「…俺も!」
「いや、何が起こるか分からない。ひとりはここにいた方がいいだろう」
「………」
「頼んだ」
壱夜を残し部屋を出た二人は2階へと続く階段へと急いだ。
2階へ続く階段を上り、陸玖は先程の御影との会話を思い出していた。
コンコン…
琉伽は部屋で談笑を続けていると部屋の扉を誰かがノックをした。
「はい」
琉伽が陸玖の代わりに返事をする。
キィーと遠慮がちに開いた扉の先には御影の姿があった。
「…御影」
琉伽がボソッと呟く。
御影は何も言わず部屋に入り1枚の紙を陸玖に渡した。
陸玖はその紙を受け取り、開く。
そこに書いていたのは何処かの住所と時間が記されていた。
「…これ」
「服は正装、仮面を忘れるな。」
御影の一言に琉伽は動揺を隠せない。
「御影!これ!」
御影は琉伽の言葉を気にも止めず部屋を出て行った。
陸玖は御影の背中をじっと見つめていた。
「…陸玖ちゃん、これ…」
「…ここにお兄がいるかもなんだよね」
「……っ、でも危険だよ。何が起こるか…」
「行くよ。私、行くよ」
「…陸玖ちゃん」
それ以上琉伽は何も言わなかった。
そして今陸玖は海偉がいるであろう屋敷に潜入している。何が起こっても私は絶対お兄を見つけ出し助ける。
その思いだけが陸玖がつき動かしていた。
「ついてこなくて良かったのに」
「そういう訳にもいかねーだろ。女の子ひとりで」
「…女の子って…。私ハンターの一族何だけど?」
「そりゃ分かってますよー。いや、なんかさー」
「なに?」
「ひとりで行かせたなんて知られたら琉伽に何されるか…」
「…なんであいつが出てくるの?」
その言葉に愁はきょとんとする。
その顔を見て、陸玖は眉間に皺を寄せる。
「…え、なに?どういう事?」
「…いや、なんでもねーわ。忘れて」
-こいつ何も気づいてねー!!
琉伽の陸玖に対する行動は傍から見ていたら感が良い奴はある程度分かるあからさまな行動だ。
当の本人が気づいてないとは…。
案外陸玖は鈍感なのかもしれない…と愁は思った。
もう既に外は暗く、静かな夜が【リデルガ】を覆っていた。
【学園】の六花専用室の窓からは光が煌々と漏れていた。
翼は何が何だか追いつけないまま専用室に真理愛とふたりで過ごしていた。
【占いの館】戻った御影はすぐに姿を消し、そして愁と壱夜で舞踏会に潜入する事が決まっていた。
琉伽は陸玖ちゃんに付きっきりで、庵と弦里は隣の部屋で何か話している。
私は翼ちゃんと部屋の窓から降る雨を眺めていた。
「…よく、降るね」
「…うん」
ただならぬ事態に私も翼ちゃんも気分が落ちる。
海偉くんが攫われたなんてそんな事が起こるなんて…。
真理愛は何だか、落ち着かない…、胸騒ぎが収まらない…。
-怖い…。
愁と陸玖は2階の一室に入ると、壁から絨毯まで真っ赤の部屋が2人の視界を覆う。
そこには数人の貴族たちの他に部屋の隅に小柄な黒いワンピースと仮面に身を包んだまだ幼い少女が立っている。
「…皆様、お待たせ致しました」
その少女が淡々と落ち着いた声色で言葉を発する。
「それでは…鬼ごっこのスタートです」
その言葉と共に愁と陸玖は気づいたら全く知らない場所へと飛ばされていた。
「「え…?」」
陸玖は周囲を見渡す。
そこにはただ広い空間が広がっており、巨大な熊のぬいぐるみや、つみきという子どものおもちゃが規格外の大きさで転がっている。
さっきまでいた洋館とは全く違う。
「ここ…どこ…」
そして陸玖は気づくここには自分ただ1人しか居ないことを…。
「愁…どこ行った?」
一瞬にしてさっきまでいた場所と違う所に飛ばされた陸玖の頭は困惑していた。
ここで一体何が起きるのか…陸玖の身体は強ばり脈が早くなる。そんな身体を落ち着かせようとふーっと深く深呼吸をする。
-冷静になれ…冷静に…。
するとカサっと背後から人の気配を感じ、咄嗟に太ももの銃を手に取りその方向へ向ける。
誰もいない。気配のする方へジリジリと慎重に向かう。そして一気に、距離を詰め物陰に銃を向け照準を合わせた…がそこにいたのは子どもだった。
「…ぇ…」
三人で身を寄せ合い固まる幼い子ども達。
少し大きな身体の男の子が幼い二人の子どもを覆い被さる様に抱きしめている。
陸玖はその三人の子どもの気配に銃を降ろした。
-なんで…なんで、
吸血種と人間種の気配は全く違う。
-どうしてここにいるの…?
自分の五感が人より鋭い事は幼い時から身をもって自覚している。
普通は聞こえない小さな音や、人の気配、匂い…何もかも人とは感じ方が違った。
それでも陸玖は今は自分自身が信じられない。
だってこの子達はここに居るはずのない子どもなのだから…。
「…なんで人間の子どもが…?」
ここに居るはずがない…。
いてはいけない、のに…。
その瞬間
『おい!聞こえるか陸玖!』
脳内に愁の声が響く。
その慣れない感覚に咄嗟に頭を抱えた。
「…っ」
『おい!陸玖!
「聞こえてるっつーの!急に思考繋がないでくれる!?」
『ぁ、悪ぃ、急に居なくなるからびびったわ』
陸玖は愁の能力を思い出す。
ー確か…
愁は人と人との思考や視界を繋ぐことが出来る能力を持っている。
離れた場所にいても愁が意志を持って触れた人物とは思考が繋がり頭の中で直接会話が出来たり、愁が見せたい視界を共有することが出来る。
ーさっき肩を触られた時…
その時から愁は何かあってはぐれたらこうするように考えていたんだろう。
「急にいなくなったのはあんたでしょう…」
陸玖は愁の急な登場に少し落ち着きを取り戻す。
『陸玖…』
愁の動揺の声が頭に響く。
その声に目線を子どもたちに向ける。
ーきっと、愁の目の前にも…
『…人間か…?』
そうこれはきっと吸血種と人間種の゛鬼゛ごっこ。
「ねえ…」
部屋の物陰に隠れる子ども達は身体が震え、泣いている。
ーそりゃ怖いよね…私まで動揺してたら元も子もない。
陸玖は仮面に手をかける。
カチャという音と共に、仮面を外し素顔を見せた陸玖は子ども達に手を差し出した。
「…ごめんね、何もしないから」
その優しい声に子ども達は陸玖の方へ視線を向ける。
「…人間…」
その子はボソッ呟いた。
「…二人目だ」
「…ふたり、」
その言葉に陸玖はその子どもの肩を掴む。
「それって!」
「うわあ!」
「…ぁ、ごめん」
『陸玖どうした!大丈夫か!?』
「いや、大丈夫」
愁の言葉に反応すると、子ども達は誰と話しているのか訳分からず困惑する。
子ども達には愁の声は聞こえていないのだから…。
-この子ども達のいう二人目とはどういう事だろうか。もしかしてお兄のこと?
目の前で怯える子ども達にどうしたものかと悩ませる。
「…お姉ちゃん…人間…?」
「…君達は…」
「人間種だよ、どうしてお姉ちゃんここにいるの?吸血種は?」
「………」
「今日は違うことばかりだ…」
-違うこと…
『なんだよ、これ…』
その時愁の震えた声が聞こえた。
「…愁?」
『陸玖!今すぐその子たちを守れ!』
その瞬間壁を破壊する大きな音が鳴り響いた。
陸玖は咄嗟に幼い二人を抱き抱え、男の子の手を引き物陰に隠れた。
パラパラと壁の砂が舞う中人影が現れる。
そこにはスーツ姿の仮面をした男。
はあはあ…と息を荒らげ何かに興奮している。
その時陸玖は口元に目がいった。
真っ赤な血を口元から垂らしている。
「足りない…足りない…もっとだ」
そう言って男はまた壁を破壊し何処かへと消えた。
-何あれ…
「………っ」
ガダガダと震えが増す子ども達。
鬼ごっこ…プレイヤー…この言葉の意味。
「…そういう事…」
陸玖は理解した。
壱夜はスクリーンに映し出される映像を見て息を飲んだ。
『それではお楽しみ下さい』
その音声と共に映し出されたスクリーンには怯える子ども達とその子どもに襲い掛かる吸血種の姿。
逃げ惑う子ども達、それを躊躇なく捕まえ首元に牙を立てる。
『ぁぁあああああ!!!』
まだ幼い子ども達。
必死に小さな身体で逃げるが大人からは逃れる事は出来ない。
楽しそうに人間種を追いかける吸血種達。
色々な角度から映し出される映像に、一体どうやって撮っているのか分からない角度の物もあった。
牙を突き立て噛まれる瞬間、子どもの泣き声と悲鳴、赤く飛び散る血…壱夜はスクリーンから目を背けた。
-何だこれ…人間種?
身体全身に怒りが湧いてくる。
握る拳には爪が食込みじわっと血が滲み出る。
この部屋にいる吸血種達はそのスクリーンを楽しそうに、時にスポーツ観戦をしているかのように湧き立つ。その様が腹ただしかった。
その時スクリーンには見慣れた人物が映し出された。
-愁…?
愁は襲われそうな子ども達を守りながら次々見つかりにくい場所へと子ども達を隠していく。
その光景にさっきまで歓声をあげていたもの達は困惑の声をあげていく。
「何しているのかしら?」
「他のプレイヤーには見つからないようにしているんじゃないか?」
「なんの為に?」
「後で独り占めする為じゃないか?」
「あの人何を?」
次々と襲っていくプレイヤーが多い中、愁は子ども達に優しく手を取り他のプレイヤーから遠ざける姿にスクリーンを見ているものは何がしたいのかと困惑する。
その姿に壱夜は自分がやらなければならない事を思い出す。
『人間種の存在を確認したら、確保 保護。加担している吸血種達は暗血線送りにする』
潜入する前の御影の言葉を思い出す。
ここにいる数百に満たないもの達をひとりで相手するのは少し厳しいがやるしかない。
一人残らず絶対に逃がさない。
「…はぁ、はぁ…」
走り回る中息が浅くなっていく。
小さな子ども達を抱え走り回るなんて、そうそうある事じゃない。
泣き喚く子どもを落ち着かせるのも一苦労だ。
愁は次々と子ども達を見つけ出し物陰や子どもしか入れないであろう狭い場所に隠し続けた。
絶対出てきちゃダメだと伝えると子ども達は素直に頷く。
そうして回っているとひとり男が近づいてくる。
「…何してんだ独り占めか?」
「……」
その男は口元にべったりと血を着け、興奮している様子だった。
「お前のせいで獲物が何処にもいないじゃねーか。独り占めすんなよ」
「…獲物って」
-動物じゃねーんだよ、こいつらは…。
その男の言葉にイラつきつつも、攻撃を仕掛けようとしてくる男に警戒する。
「ぁ、」
その時物陰に隠れていた子どもが体勢を崩し顔を出す。その瞬間その男がにやっと笑った。
愁はその子どもを抱き抱えようと一直線に走る。それと同時にその男も子どもを攫おうと手を伸ばす。
一歩の差で子どもを抱き抱えた愁はそいつから距離を取る。
「…いたっ」
腕の中の子どもは自身の頬を触り、手のひらを見る動作をする。
その小さな手にはべったりと赤い血がついており頬には一本線の切り傷から血が流れていた。
その小さな頬から目の前の男に目をやると、そいつは手についた血を舐めとる動作をする。
「…お前…」
「いい匂いだなぁ〜!なぁーんでこんな血って美味しんだろうなあ〜!」
「…いかれてやがる」
血を飲む事しか頭にないようだった。
ただただ血に飢える化け物だ。
一歩の差で子どもを守れたが、愁の能力は意思疎通だ。攻撃型の壱夜には及ばないが小さな頃から六花として鍛錬は組んできた。ただの貴族には負けない。
-子どもを守りながらは少し気が重いが…。
陸玖は大丈夫だろうか…そんな事をふと思う。
「愁伏せて!!!」
耳を劈く、その声を聞き咄嗟に子どもの頭を守りながらしゃがむ愁。
ドガンっっ!!!
大きな音が部屋を覆う。
すると目の前の男はどさっと倒れる。
一瞬の事で何が起きたか理解するのに少し時間がかかる。
「…陸玖」
振り返ると陸玖は銃を男に向けたまま立っていた。
「…はぁ…はぁ、はぁ」
肩で息をしながら腰に手を当てる。
「…陸玖、大丈夫か…?」
「大丈夫じゃないわよ!名前呼んでも全然反応無いし!目の前で吸血種は子どもを襲うし!走ってやっと見つけたと思ったら今にも殺り合う感じだったし!」
「…ごめ、集中してて。声届いてなかった」
「なんの為の意思疎通よ!!」
必死な表情で怒鳴る陸玖。
吸血種の俺に対してこうも心配してくれるとは思っても見なかったから驚いた。
「もう…」
「ごめん、ところで陸玖さん」
「…なに!」
「あいつ死んだ?」
倒れている男を指さし愁は陸玖に聞く。
「死んでないわよ、気絶してるだけ。ゴム弾頭に撃ったから」
「…ゴム弾でも、頭に撃ちゃ死ぬだろ」
「吸血種が何言ってんの」
愁は一応その男の息を確認する。
死んではいないようだ。
吸血種といのは本当に頑丈らしい。
「…お姉ちゃん、大丈夫?」
陸玖の後ろから他の子どもより少し年齢の高い子どもが顔を出す。
「大丈夫よ、ありがとう」
陸玖はその子の頭を撫でる。
「陸玖、その子は」
「私が飛ばされた部屋にいた子ども。他の子どもより年齢が上だから色々教えて貰ったんだけど…」
陸玖は呼吸を整え言った。
「お兄も゛鬼゛ごっこに参加してる」
屋敷の一室。
暖炉には火がぱちぱちと燃えている。
暖かい部屋に大きなソファ。
そのソファに寝転びながら男は目の前のスクリーンを眺める。
「…いいの?」
「なあーにが」
黒いワンピースに身を包んだ夜々ややは部屋の片隅に身を潜めソファの上の男に声をかける。
「…プレイヤーのひとり人間種だった」
「あぁ、そうだな」
ぶっきらぼうに答える男に夜々は眉をしかめる。
「…気づいてたの?」
「気づいてねーわけねーだろ」
「…じゃあ、なんで」
「…良い機会だと、思ってな」
そう言うと男はソファから立ち上がりスクリーンへと目を向ける。
スクリーンでは人間種の女と吸血種の男が子ども達を守りながら行動している姿が映し出される。
「さて、始めるか」
そう一言呟き、男は一瞬にして部屋から消えた。
夜々だけが部屋に取り残される。
夜々はただジッとスクリーンを眺める。
ただジッと…。その瞳に焼き付けるように。
一通り話し終えた少年は最後にこう締め括った。
「だからね、僕達は逃げるしかないんだ」
その少年の話を愁と陸玖は物陰に隠れながら真剣に耳を傾けた。
その話は信じられないものだった。
物心ついた時からから既にこの鬼ごっこに参加していたというのだ。
その子は運が良く今まで逃げ切っていたが、大体は幼い子ども故 大人の吸血種からは逃れられず餌食になり絶命する事が殆どだという。
愁は頭を抱え俯く。
「…こんな事あっていいのかよ」
俯きながら呟く愁の姿。
陸玖は怒りが湧いてくるのを必死に抑えた。
一体いつから鬼ごっこが行われていたのか分からない。ただ六花である最高権力者達がこの事実を見逃していたという事に愁は自分自身に怒りを覚えた。
「鬼ごっこはいつ終わるの?」
陸玖の言葉に少年は頭を傾げる。
「…わかんない。いつも気づいたら牢屋に戻ってるから」
「…戻って、る…」
この話を聞いて陸玖は先程の黒いワンピースの少女を思い出す。
きっとあの少女が御影の言っていた能力者だと確信する。それは陸玖特有の鋭い感がそうだと言っていた。
陸玖が【学園】を出ようとした時陸玖の目の前に御影が現れ『首謀者は能力者だ。100年前に六花権限を失った元貴族。油断するなよ』それだけ言って去っていった。
御影の言っていた六花権限を失った元貴族。
気づいたらこのよく分からない部屋にいた事、少年の言う牢屋にいたという発言。
それは全てあの少女の能力なのか…。
そもそも能力者はひとりなのか…。
まだまだ分からない事が沢山ある。
「…誰かの能力か…」
愁の言葉に敵は何人いるんだと心が騒ぐ。
「陸玖、さっき海偉も参加してるって言ったよな?」
「…ぁ、うん。この子がね、鬼ごっこが始まる前に人間種のお兄さんと会ったって、」
「うん!そうだよ!人間のお兄さん!お姉さんと同じ目の色してたの!」
「…目?」
そう言われ愁は陸玖の瞳に目をやる。
パッと見は黒だが、よく見ると深い黒に近い緑の瞳だ。
「おぉ、緑だ。気づいてなかった」
「うん!初めはね吸血種かなって思ったの、吸血種は色んな目の色してるでしょ?でもね、なんとなく人間だと思って。人間は黒なのに緑色綺麗だなあって覚えてたの!」
「…遺伝?」
愁の言葉に陸玖は答える。
「ハンターの一族の血を引いてる人間は瞳は緑で生まれる事が多い。何故かは知らない。」
「ふーん、じゃあそのお兄さんってのが海偉って事か?」
「多分、お兄だと思う。緑の瞳の人間種なんてハンターの一族しかいないもの」
「そのお兄さんとは何処で会ったんだ?」
「牢屋だよ!僕達が暮らしているところ。ヤヤとトキが連れて来たんだ」
「ヤヤ?トキ?」
すると少年はそのふたりについて話し出す。
「ヤヤは女の子でトキがお兄さん!いつも一緒にいてね、トキの言う事は絶対だよ。逆らっちゃダメなんだ」
「そのふたりが能力者ってこと?」
陸玖が愁に聞く。
「…多分な」
その愁の言葉に陸玖は頷く。
「お兄…じゃなくて、さっきの人間のお兄さんもそのヤヤとトキって人に連れて来られたの?」
陸玖の言葉に少年は頷く。
「そうだよ、トキが牢屋に連れてきたんだ。でもねお兄さんを見つけたのはハクだよ」
「…ハク」
次から次へと聞き慣れない名前が出てくる。
その時点で三人の名前が挙げられた。
能力者は最低三人いるという事なのか…。
「鬼ごっこが始まるまでお兄さんと一緒にいたんだ。だからきっとお兄さんも何処かにいるよ」
何処かにいる…。
その言葉に海偉は生きている…その事実に陸玖は安堵する。ただきっとお兄の事だから私や愁のようにきっと子どもを守りながら逃げているはず。
-どうか無事でいて…
そう陸玖は心の中で呟いた。
「おっらぁぁああ!」
海偉は野太い声を上げ吸血種の男の頬に思いっきりパンチをお見舞いする。
先程の変な音と共に気づいたらこのよく分からないおもちゃ箱をひっくり返したような部屋にいた。次々現れる吸血種に襲いかかられる中全て返り討ちにしていた。
「舐めんじゃねーぞ、ハンターの末裔を!」
目の前で気絶している吸血種達に中指を立てべーっと舌を出す。
そして海偉はくるりと後ろを振り返り物陰に隠れる子ども達に声をかける。
「もう大丈夫だ」
その言葉に数人の子ども達が顔を出す。
怯えた顔でうるうると瞳に涙を溜めている。
海偉自身何が起こっているのか最初は分からなかったが仮面を付けた吸血種達が襲ってくること、鬼ごっこという単語。
これは吸血種が人間種を狩るということ、それを鬼ごっこと呼んでいるのだろうと想像ができた。
そこらは襲ってくる吸血種を全て返り討ちにしていた。
海偉はその子ども達の頭を撫でた。
「ここはもう大丈夫そうだ、さっきの所で終わるまで隠れてろな?俺は他の部屋行って、お前らの仲間助けるから絶対に顔出すなよ」
そう言うとコクコクと頷く子ども達。
海偉はニコッと微笑んで次の部屋へと足を進めた。
一部屋一部屋扉が着いており、扉を開けるとまた同じような部屋が広がる。
ここがどのような造りなのか全く把握が出来ない。海偉はカチャと次の扉を開けた。
すると海偉の目の前には赤い赤い血の海が顔を出す。
「…ぇ」
そしてその血の海の先には男が子どもの首に牙をたてジュルジュルと音を立てながら吸っている。
その光景を見た途端海偉は考えるよりも先に身体が動き殴り掛かっていた。
「!?」
だが意図も簡単に海偉の攻撃は避けられた。
今までの吸血種とは身のこなしが違う。
その吸血種の男はフラフラと立ち上がり、海偉を凝視する。
「…さっきの人間だぁ」
そしてにやっと笑った。
「…さっき?」
気味の悪い吸血種。
ニタニタと笑みを浮かべ身体はふらふらと左右に振っている。
「【学園】にいたよね〜、僕ね君の血が吸いたくてね〜。でもね刻ときに怒られたんだぁ〜。君はハンターの一族なんだってねぇ〜。殺しちゃダメだって怒られたんだぁ〜。あの時は」
-こいつ、俺を襲った吸血種か!?
【学園】の森を歩いていた時に変な気配を察したと思ったら急な衝撃に意識を失った。
-こいつが…。
「でもねぇ〜、もうねぇ〜。鬼ごっこ始まったからいいんだよぉ〜。食べてもいいんだって刻とき言ってたから来たんだよぉ〜」
語尾の伸びた変な話し方にイライラする海偉。
するとその吸血種は海偉の目の前から消えた。
「…っ!!」
消えたと思ったら海偉の背後から強烈な蹴りを食らわされる。壁まで飛ばされた海偉は咄嗟に受身を取る。
「凄いね〜凄いね〜!やっぱりハンターの一族だよ〜、あははははっ」
「…頭イカれてんじゃねーの、お前」
「…頭?そうだねぇ〜、そうかもねぇ〜。僕ね血を飲まないと頭おかしくなるだぁ〜、もうずっとそうなんだなぁ〜」
海偉はそいつの言っている意味が分からない。
「だからねぇ〜、まずはあの子達の飲んでいいよねぇ〜」
そう言ってそいつはにやっと笑い、物陰に隠れる子ども達目掛けて走り始めた。
海偉もその男の後を追った。必死に手を伸ばす。
震え強ばる子ども達の顔…。
-ダメだ!ダメだ!
ドゴォォォォォン!!
「なに…」
大きな破壊音が愁と陸玖がいる部屋まで届く。
「…向こうの部屋からだよな」
愁は部屋の扉を指差す。
陸玖と愁は立ち上がり、その扉へと向かう。
「待って、僕も行く」
「は?ダメだ、お前はその子達とここで待ってろ」
物陰に隠れる数人の子ども達を指さしここにいろと諭す。
「嫌だ!行く!お願い!連れてって!」
「ダメだって、ほら隠れとけ」
「………」
陸玖はふたりのやり取りを眺める。
「なんでそんなに行きたいの?死んじゃうかもしれないよ?」
陸玖の言葉に少年は言葉を発する。
「…お兄さんが、鬼ごっこが始まる前『終わりにする』って言ってくれたんだ」
鬼ごっこが始まる前。
始まりの合図のブザーがなる中。
『何が起こるか分からねーけど、絶対俺が終わりにするから!お前達を助けるから!だから…』
意識が途切れそうな中
『生きろよ!』
その言葉が聞こえた。
「だから、僕はお兄さんともう一度会いたい」
その言葉を聞いた陸玖はお兄らしいなと思った。
一体何が始まるか分からない中で、お兄は必死だったんだ。
お兄は頭がとにかくきれる、何となくその場の雰囲気や誰かの発する言葉でこれから起こるおおよそのことは予想が出来ていたんだろう。
だから『生きろよ』なんて言葉が出たんだ。
「だったら、尚更ここにいて。危険な場所へは連れて行けない。」
「でも!」
「絶対会わせてあげるから。あの子達守って待ってて」
陸玖の言葉に少年は渋々頷いた。
「あのね!気をつけてね!」
「うん」
「それとね、ハクには気をつけてね。他の人とは違うよ。あれは吸血゛鬼゛だから」
「陸玖!行くぞ」
「…うん」
陸玖は愁の後を追う。
さっき少年の言葉。
『吸血゛鬼゛だから』
その言葉に違和感を覚える。
-吸血…鬼…
少年はずっと吸血種と言っていた。
なのにそのハクという人物に対しては吸血゛鬼゛と言った。その表現が陸玖の心に違和感を落とす。
部屋から部屋へと扉を開けるを繰り返し音のする方へと向かう。
扉を開けても開けても同じような部屋が広がる。
壁や床に血の後や、倒れている子どももいれば血の後もない部屋もある。
子ども達の姿は見えないが、きっと何処かに隠れているんだろう。
幸い吸血種とは出会わなかった。
ただどんどんさっきの破壊音が近づいてくる。
ガチャ
一番大きく聞こえた破壊音と同時に扉を開けた。
「…お兄」
陸玖は小さな声で呟く。
目の前の部屋は赤く血の海が出来ており、壁中に血が飛んでいる。壁が崩壊している所もある。
激しい戦闘をしていた事は一目瞭然だった。
でも、陸玖はそんな事より今目の前の状況を把握するのに精一杯だった。
子どもを抱えて逃げながらも追いかけてくる白髪の男と交戦している海偉の姿。
「海偉!!!!」
愁の声に海偉は視線をこちらに向ける。
一瞬驚いたように目を見開いた海偉は優しく微笑み抱えている子どもを愁に放り投げた。
円を書くように小さな身体が宙に舞う。
「っ!!!」
愁は子どもを危機一髪で子どもを抱き止めた。
横目で無事子どもを抱き止めた愁を確認した陸玖は海偉へと視線を戻す。
海偉は子どもを抱き止めた愁に安堵した表情をするも、その後ろから白髪の男が迫って来ていた。
「お兄!!!!!!」
陸玖は精一杯の声を上げ、海偉へと向かう陸玖。
白髪の男は大きな口を開け、牙を覗かせる。
-お兄!お兄!お兄!
その瞬間血飛沫が舞った。
目の前がスローモーションに見えた。
海偉の首元に躊躇もなく齧り付く男。
目の前が赤くなる。赤…赤…赤…赤赤赤赤赤赤
-ぁ…まただ…。
その頃私はいつも本を読んでいた。
周りの子ども達が外で遊ぶ中、私はずっと部屋の中にいた。
部屋の窓から眺める外は私には眩しかった。
聞こえる音も多い、五感が人より鋭いせいでよく体調を崩していた。
そんな中両親が死んだ。
仕事先で事故にあったと言うのだ。
親戚もいなかった私は養護施設へと送られた。
あまり感情が顔にもでなければ自分の感情に鈍感で両親が亡くなっても涙ひとつ見せない私を大人達は少し気持ち悪がっていたのを覚えている。
養護施設に行っても私は何ら変わりはなかった。
毎日毎日部屋で本を読んで過ごす生活。
そんな時だ。
兄様が現れたのは…。
『陸玖ちゃん、ちょっといいかな』
施設の先生が珍しく声をかけてくるそれを不思議に思い先生の後をついて行った。
客間に通された私は部屋の窓から外を眺める男の人に目がいった。
『陸玖ちゃんの親戚の人よ』
先生はそう言った。
自分に親戚がいたなんてこの時まで知らなかった。
私に気づいた男の人は私を見るなりニコッと笑った。
『陸玖迎えに来たぞ』
緑色の瞳がきらりと揺れる。
私の目と同じ色。
それが加賀美空羅、兄様との出会いだった。
それから私は加賀美家へと引き取られ養護施設を出た。
何が何だか分からないまま加賀美家へと連れて行かれた。施設の外へ出るのは久しぶりで、街中の音や人の匂い、気配…様々なものに当てられ加賀美の家へ着いた頃には身体が悲鳴を上げていて熱を出していた。
『空羅、お帰りなさい』
『お帰り空羅』
出迎えてくれたのは加賀美の両親。
ふんわりとした雰囲気の女性とキリッとした少し怖そうな男性。
その2人を見るなり兄様は優しい笑顔になった。
『ただいま、この子が陸玖だよ』
『あら、可愛い。陸玖ちゃんこれからよろしくね』
『疲れただろう、食事にしようか?』
両親の優しい笑顔、暖かい家。
何だかこの人達は他の人と違って嫌な感じがしなかった。
その瞬間安心したのだろうか、私は意識を失った。
次に目が覚めた時見慣れない天井に加賀美家に来たんだと思い出す。
覚醒しない頭で天井を眺めていると、横から視線を感じ視線を横へと向けた。
するとそこには空羅とよく似た幼い子どもが陸玖をじーっと見ていた。
陸玖と目が合ったその子は一瞬びっくりした顔をして部屋から出て行った。
『兄ちゃん!陸玖が起きたー!』
その声と共に空羅とその子が部屋に入ってくる。
『陸玖、大丈夫か?』
陸玖は空羅のその言葉にコクっと頷く。
『まだちょっと熱高いな、ご飯食べれそうか?』
『…うん』
『じゃあ、少しでもいいから食べような。あ、そうだ』
空羅は海偉を自分の前へ誘導した。
『こいつは海偉、俺の弟だよ。陸玖よりは3歳年上だ。仲良くしてやって』
陸玖は空羅から海偉へと視線を移す。
少し緊張気味の海偉の表情が面白かったのを覚えている。
それから私はこの加賀美家で色々な事を教えて貰った。
加賀美家は代々ヴァンパイアハンターの一族の末裔として今も【リアゾン】と【リデルガ】の均衡を保つため影で色々な仕事に就いていること。
ハンターの一族は緑の瞳で生まれる事が多い事、そして私の父は空羅と海偉の母親である希那きなさんと姉弟きょうだいである事。
色々な事を少しずつ…。
『陸玖ちゃんは悟(さとり)によく似てる』
『…お父さん?』
『えぇ、目の形とか特にね。』
希那(きな)さんはたまに私の父の話をしてくれた。
父はハンターの一族に生まれた事が嫌で、成人してから加賀美の姓を捨て私の母と結婚したのだと言う。ハンターの歴史は深い、完全に切り離す事は出来ずたまにハンターの仕事をしていたのだそう。その時は教えてくれなかったが、私が13歳になった時両親が亡くなったのはハンターの仕事中だったという事実を教えてくれた。
加賀美家に来た陸玖の一日と言うと希那さんの家事の手伝いをしたり歳の近い海偉とよく一緒に遊んだ。
空羅はハンターの仕事に忙しくたまにしか家にはいなかったが家にいる時は海偉と陸玖とよく遊んでくれる優しいお兄ちゃんだった。
陸玖には兄弟はいなくひとりっこであったため空羅と海偉の関係は少し羨ましいと思っていた。
空羅が海偉を見る目も海偉が空羅を見る目も尊敬や愛を含む眼差しだったのを覚えている。
兄を慕う弟、海偉は空羅が帰ってくるといつも一番に出迎えていた。
『兄ちゃん!』
そう言って空羅に飛びつく海偉。
『ほら、陸玖もおいで』
そう言われ陸玖も空羅に遠慮気味に飛びつく。
その陸玖の行動に空羅も海偉も笑った。
そんなただ穏やかな日常がずっと続くと思っていた。
加賀美家に来て一年が経った頃、ここでの生活にも慣れ陸玖は表情が顔に出るようになっていた。
そんな時だった陸玖の一言が始まりだった。
『兄さまに会いたいな』
陸玖のボソッと呟いた言葉だった。
何気ない一言。
『…会いに行く?』
『え?』
『俺も兄ちゃんに会いたい、』
『でもどこに行ってるか分からないよ?』
『…俺分かるよ』
家を出た海偉は迷いもなく歩みを進めていく。
小さな身体で一生懸命着いていくる陸玖を気遣いながらも海偉は歩みを止めなかった。
『…ここどこ?』
境界線付近の森の中、枝や草花を押し退け進んでいく。
『…兄様こんな所にいるの?』
『前に後を付けたんだ、あそこ』
海偉が指さしたのは大きな古いトンネルのような通路。
海偉は中には入らず、入口の近くの木を背もたれにし座る。
『ここで待っとこう、兄ちゃん来るから』
『…うん』
陸玖は海偉の隣に座りただじっとふたりでそのトンネルを見つめた。
そして待てど暮らせど空羅は現れない。
痺れを切らした陸玖は徐おもむろに立ち上がるとトンネルへと走り出す。
『陸玖!ダメだって!』
『大丈夫だよ~、兄様に会うだけだからっ!』
『陸玖っ』
トンネルの入口に立つと冷たい風が一気に流れ込んでくる。それでも陸玖は走る足を止めなかった。
暗いトンネルの中も空羅に会えると思ったら何故か怖くはなかった。
『陸玖!戻って!』
海偉が慌てるように声をかけ追いかけてくる。
その時ピタッと陸玖の足が止まった。
『…陸玖?』
追いついた海偉は陸玖の視線の先へと目を向ける。
『……。』
誰?陸玖の目の前には同じ歳くらいの子どもが蹲っている。
『大丈夫?』
海偉は蹲っている子の背中を撫でながら声をかける。
『…お兄…』
『…気持ち悪い?大丈夫?』
海偉の言葉に反応を示さない子ども。
どうしようと不安になっていると…
『お兄!!!その子から離れて!!』
陸玖の大きな言葉。
『…ぇ』
その瞬間海偉の身体がふわっと浮いた。
衝撃で目を瞑る。
『海偉、大丈夫か?』
耳に指す居心地のいい声がした。
『兄ちゃん!』
空羅はしっかり海偉を抱き抱え、その子どもから距離を取っていた。
『陸玖、もう大丈夫だ』
『…兄様』
『海偉、陸玖連れて逃げろ』
『でも、兄ちゃん…』
『大丈夫だ、父さんと母さん呼んできてくれ。』
『…陸玖行くよ』
海偉は陸玖の手を引っ張りトンネルから出ようと試みる。
『いや!兄様といる!』
『ダメだよ!陸玖!』
『陸玖!!』
空羅が陸玖の名前を呼ぶ。
『帰ったら何して遊ぶか考えとけよ!今日は朝まで付き合ってやる!海偉!頼んだぞ』
空羅の言葉に海偉は頷いて、陸玖の手を引っ張りトンネルから出た。
その後の事はあんまり覚えていない。
気づいたら大人達が沢山いて、兄様は死んだと言われた。あの子どもが何だったのか、どうして兄様が死んだのか私は覚えていない。
兄様が死んで加賀美家は変わった。
朗らかで優しかった希那さんは自室に篭もり続け時折部屋からは泣き声と叫び声が聞こえ、海偉の父は仕事ばかりで家に寄り付かなくなった。
あの時私がトンネルの中に入らなければ兄様は死なずにすんだのか…。
そんな事をずっと考えていた。
兄様が亡くなって一年経った頃、希那さんも死んだ。死因は自殺。兄様を失った事が耐えられなかったんだろう。
私がここに来なければずっと幸せでいられたかもしれない。
お兄から兄様を奪わないで済んだかもしれない。
みんなみんな、私のせいだ。
私の…。
『…陸玖』
『………』
『陸玖のせいじゃないよ、僕のせいだよ』
そう言って希那さんのお葬式が終わった後お兄は私の前で初めて泣いた。
声を押し殺しながら、大粒の涙を流して。
その姿を見ていたら、私も涙が止まらなくてふたりしてその日は目が腫れるまで泣いた。
誰も知らない。ふたりだけの記憶。
まだ幼い私たちには残酷で心が壊れそうで、助けてくれる大人もいなかった。
だから、ふたりで耐えた。耐えたんだ。
もう二度とあんな思いしないって…。
「お兄!!!!!!!」
手を伸ばしても掴めないものってきっとこの世にはあると思う。でも今は絶対に掴まなきゃいけない時何だと思う。
陸玖は倒れる瞬間の海偉の身体を受け止める。
「お兄!しっかりして!お兄!」
ぐたっと力が抜けた海偉の身体。
「…嘘だ、ろ」
海偉の首元から血液が流れる。
「あはははははっ!美味しいねえ〜とっても美味しいよ〜!ハンターの血ってこんなに美味しいんだね!でも…なんか前にも似た味あった、な…?」
珀はケラケラと笑いながら、少し考える。
「…まぁ、でも僕覚えてないし」
するとゴォォオという音と共に地震のように揺れ始めた。そして部屋が崩れ始め床は地割れを起こしたように割れ始める。
「うわっ!」
愁の目の前で床は地割れを起こす。
そのせいで、陸玖と海偉の元へと行けない。
「陸玖!!海偉!!!」
名前を呼んでも周りの音がうるさく愁の声が届かない。
泣か叫びながら海偉の名前を呼び身体を揺さぶる陸玖の姿。その目の前でケラケラ笑う白髪の男。
それを最後に愁は意識を失った。