ゴミ捨て場の井戸端会議

あ、もうしゃべっていいんですか?
あ、あの、私の家族が全員いなくなってしまったんです。
どうか探してくれませんか?


「落ち着いてください。まずなにがあったのか話をしてくれますか?」


は、はい。
家族がいなくなったのは昨日のことです。

昨日もゴールデンウィークでしたけど、夫はやり残した仕事をしに会社へ行って、息子は部活に行っていました。

ふたりとも、朝早くに出ていきました。


「家にはA子さんひとりが残っていたんですか?」
いいえ。
家には義母がいました。
義母は80代で、一月前から寝たきりになっていました。

階段でこけてしまって骨折したんです。
それがまだ治りきっていなくて。



「なるほど。それではふたりでいたと」



はい。
私は夫と息子を送り出してからゴミ捨てに行きました。

昨日は不燃物の回収の日だったので。
そこでちょうどご近所の山田さんと安岡さんが立ち話をしていたので、私も少し加わったんです。

ふたりとも両親の世話とか子育てとかに忙しい、同世代だから普段から仲良くしています。
私達が三人揃えば何時間でもおしゃべりできるような関係です。

そこで、あの……
今思えばそれは悪かったのかもしれなくて……。
「急に歯切れが悪くなりましたね? そこでなにかあったんですか?」


えぇ。
あの。
でも私達にとっては日常的なことですし、特に関係ないのかも。


「話していただけますか?」


……はい。
いつものように山田さんが介護中のお母様の愚痴を言い始めたので、私と安岡さんは頷きながら聞いていました。

私も義母の世話をしていますから、愚痴を言いた気持ちは理解できますし、聞いてあげることくらいしかできないから。
そうしていると今度は安岡さんが自分の娘について愚痴にはじめました。

安岡さんのオタクの娘さんは今度20歳になるんですけど、高校中退後ずっと引きこもりなんです。
原因は……イジメがあったとか、なんとか。

それで安岡さんが私へ向けて「A子さんのところの○○くん(名前がわからないように音を消している)はいいわねぇ」とか言うんです。

でもそこで「そうなのよ」なんて言えないじゃないですか?
話の流れ上、特に問題がなくても問題があるように言わないと。

それがご近所付き合いですし。
だから……言ったんです。
「ずっと遊んでばかりでちっとも勉強しないの。困った子よ」って。



「それくらいのことなら、どのご家庭でもあるんじゃないですか?」
むしろ家庭自慢でマウントを取るよりもマシだと、僕は感じました。
そうでしょう?
そうよね?
だけどあのとき、私達の横を黒いバンが横切ったのよ。

ほんの一瞬だったけど運転席にいた男の顔を見たわ。
黒いサングラスをかけて、こちらをみて笑ってた。

その車がね、昼間家にいるときに家の前に停まったの。
車の横には「不用品回収」って書かれていたけれど、電話番号も社名もわからなかった。

なんだろうと思って見ていたら、朝見たあの男が車からおりてきて玄関チャイムを鳴らしたの。

不用品買取って言いながら高額なお金を請求してきたり、高価な宝石を持っていっちゃうって聞いたことがあったから、私チャイムが鳴っても出なかったの。

会話をしたのはモニター越しだけだったのよ。
男はモニター越しに「捨てるものありすよね?」って聞いてきたの。

おかしくないですか?
普通「捨てるものありませんか?」って、聞くわよね?
それなのに……。



「A子さん大丈夫ですか? 真っ青ですよ?」



え、えぇ大丈夫よ。
だから私「捨てるものなんてありません」って突っぱねたの。

だけどモニターの向こう側で男がニヤァって笑って。
本当に気持ちの悪い笑いで。

「では勝手に回収していきますね」って言われて、なんのことかと思ってずっとモニターを見ていたら、男はそのままなにも取らずに車に戻っていったの。

気味が悪かったけれど、きっと玄関を開けなかったかイヤガラセだったんだろうと思って。
でも、それからしばらくしたらなんだかおかしかったの。
「おかしかったとは、なにがですか?」


家の中の様子よ。

誰も入ってきていないはずなのに、誰かが入ってきたような、いえ、出ていったような妙な寒々しさもあって。

とにかくおかしな感覚になって、私慌てて義母がいる部屋に向かったんです。

ちょうど、このリビングの隣が和室になっていて、寝たきりになってからはずっとその部屋にいたんです。

でも……私が部屋に入っていたとき、義母はもういなかったんです。



「いなかった? 失礼ですが、寝たきりだったんですよね? ひとりでいなくなることなんてできるんですか?」
いいえ……。
だからさっき言ったじゃないですか。
誰かが入ってきて、出ていったような感じがしたって。


「それじゃ、侵入者がいたってことですか?」


……わかりません。
義母の部屋をくまなく探しましたけれど、窓に鍵はかかっていましたし、玄関へ行くとしたらこのリビングを通る必要があるので、気がつくはずです。

なによりも、義母は足を骨折してから歩けなくなっていたので、ほんの数分の間に姿を消すなんてこと、ありえないんです。


「それから、どうしたんですか?」

すぐ夫に連絡しました。

夫は私が目を離したせいだと散々文句を言って、でも仕事が終わるまで帰ってきてくれませんでした。

だから私はひとりで近所中を探し回りました。

義母がひとりで動き回れるはずがないとわかっていましたけれど、他にどうすればいいかわからなくて。

でも、見つかりませんでした。
それどころか日が暮れてきても夫も息子も戻って来ないんです。

普段は部活を終えて戻ってきている時間になっても、一向に帰ってこない。

一旦義母探しを諦めて夕飯の準備をしていたんですけど、なんだか嫌な予感がしてすぐに息子の中学まで出向きました。

そしたら部活動の先生が言うんです。
「今日○○くんは来ていませんよ」って。